第3話 千年後

 呆然としている私をみて、2人は心配そうに目を見合わせていた。


「……大丈夫?」

「おい……」


(大丈夫? 何が? 私が?)


 混乱した頭を必死で元に戻す。どんなこともなんとかなる。そうやって修行を乗り越えてきた。


(なんのこれしき……だわ!)


 これも師匠の修行の1つだと思えばなんのその。というか、本当にその可能性だってある。


(あの師匠のことだもん)


「心配してくれてありがとう! それで、ちょっといろいろと教えてほしいんだけど」

「もちろん!」


 そう言いながらもふわふわの青年は、私が質問するより先にこちらに質問を投げかけてきた。なにやらワクワクしているのが伝わってくる。


「あ! オレ、ユーリ。こっちの強面金髪はライド。この街で大学生やってるの。おねーさんのお名前は? なんでココに?」


 そう言えばまだ自己紹介もしていなかったことを思い出した。ダイガクセイが何かわからないが、この国の役職かなにかだろうか。


「私はメルディ。大魔法使いソロモン・アリステリアの弟子よ。転移災害にあっちゃってココに……ここってどこかしら? キルケの街からは遠い? ティルネイア王国にあるんだけど」


 師匠はそれなりに有名だったはずだ。実力と変わり者具合が。王国も半世紀前からブイブイ言わせている。ここが小国であっても名前くらいは聞いたことがあるだろう。


「……!!!」

「うわぁぁぁ! すごい! すごい! あの手紙は本物だったんだ!!!」


 驚いて声もでないライドと興奮して手を横にブンブン振っているユーリ。そしてまたしてもわけがわからない私。 


「ああ! ごめんね! 勝手に盛り上がっちゃって……えーっとお答えします!」


 ウォホン! ともったいつけたように咳払いをした後、ユーリがハッキリとした声で信じられないことを言った。


「ここはティルネイアの街の1つ、名前はキルケ。だけどもう王国じゃないんだ。随分前に滅んでいて、名前だけ残ってる」 

「え? ……それってどういう……」


 呼吸が早くなる。だけど2人には決してバレないように注意した。他人に弱いところを見られたくはない。

 答えを知りたいような知りたくないような……けど知るしかない。


「メルディ、君は千年後の世界にやってきたんだ!」


(ああ、なんてこと)


 胃の中に重いものがのしかかってくる。ズンと体に響き渡った。


「時空転移……」


 ポソリとライドが呟いた。


 ただの転移じゃなかった。時空を超えてしまったなんて。


「どうやって帰ろう……」


 思わず声に出てしまった。


「あ……ごめんオレ……君にとっては大変なことなのに浮かれちゃって」

「ううん。教えてくれてありがとう。状況が理解できてよかった」


 ユーリが申し訳なさそうにしょぼんとした。それにしても何で私が来たのが千年前だとわかったんだろう。その疑問にはライドの方がすぐに答えてくれる。


「俺達はこいつん家の書庫でソロモンの手紙と思われるものを見つけたんだ。今日、この時間にこの場所に来るよう書かれてた。まあ俺は全然信じてなかったんだが……結果はこうだ」


 先ほどの様子とは違い、ライドは私を気遣ってくれている。気の毒に思ってくれているようだ。


「これなんだけど」


 ユーリが鞄から取り出した手紙は確かに師匠の字で書かれてある。


「確かに、これはソロモンが書いた手紙ね」

「やっぱり!!!」


 ライドが言った通り、この手紙を見つけた者へのお願いとして書かれていた。


「あとこれも。封筒の中に入ってたんだ」


 手渡された銀のプレートの表面には『メルディへ』と彫られていた。少し錆びている。


(……まあ何か仕込んでるんでしょうけど)


 師匠のことだ。こういう演出が好きな人。魔力を込めると、それはみるみる形を変えて、1つの鍵になった。


「うわぁ! て、手紙が……!」


 今度は手紙か……忙しいな。手紙の文字が浮かび上がりぐにょぐにょと形を変え、どんどん文章が出来上がっていく。えーっと……。


『やあメルディ! 君にとってはさっきぶりかな? 時空移動に巻き込まれるなんてドジを踏んだね! あ、僕は関係ないよ? 僕を疑ったでしょ? 僕はやってないからね! さて本題だ。君はまだ修行途中の身。と言うことで、引き続き課題をやってもらうよ! それは何かって? それを簡単に教える僕じゃないって君も知っているよね! じゃあまた!』


 なんとまぁご丁寧に。この手紙で言いたかったのは時空移動は自分のせいじゃないってのがメインね。


「ソロモンってこんな感じなんだ……!」


 師匠のこの手紙に感動できるユーリはすごい。ライドの方はちょっとひいているのがわかる。


(とりあえず、この鍵にあう何かを探せってことね)


 鍵をクルクル回しながらため息をつかずにはいられない。


「ねぇメルディ。これからどうするの?」

「え?」

「もう君の家はないんだろう?」

「千年も前だもんな」


 そう言えばそうだな、とライドがユーリに相槌をうっている。そして私もその通りだなと思っている。血の気が引きながら……。


(そうだ……まずはここで生きていく方法考えなきゃ!)


 私は孤児だ。弟子入り前はそれは悲惨な生活をしていた。またその生活なんてまっぴらごめんだ。


(い、今鞄に入っている魔獣の素材を売ったらいくらぐらいになるんだろ!? ま、まずはそれを売って……)


 今更パニックになりかけている私の表情を見て、また2人は心配そうな顔になっている。そして私を安心させるよう、優しい声で提案してくれた。


「よければオレらの家にくる?」

「え!?」


 え!? だ、男性の家に……!? 今の時代はそれは問題ないことなの!?


「あ! オレん家は下宿……はライドだけなんだけど、観光客向けにゲストハウスをやってるんだ。部屋ならあるからさ」

「ゲストハウス……」

「宿屋だ」

「ああ!」


 ライドの補足で理解できた。


 そして私は結局このゲストハウスにお世話になることにした。それにしても出来過ぎだ。時空転移は師匠のせいじゃないにしろ、この巡りあわせはきっと師匠が仕組んだに違いない。


(なんて……師匠が私にそんな優しいサービスするわけないか!)


 さて、とりあえず寝床が確保できたことだし、自活の道を探らなければ。

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