第4話 魔獣
ユーリの家であるゲストハウスは、歴史地区の端にあるらしい。私はまだこの時代のキルケの街を少しも把握できていないので、それがどこなのかわからないが。
(歴史地区ってなに?)
丘の上から千年後のキルケの街を見下ろしながら、ユーリが簡単に説明してくれた。
「簡単に言うと、約900年前から存在するエリアだよ。旧市街地ってやつ」
言われてみれば確かにあの辺り、面影が残っているような……。
(メイン道路は確かにあそこだったかも)
とは言ってもやはり千年前とは違う。約900年前から、ということは間の100年で街が変わってしまったのか。
(寂しいな)
そう思ってしまったことを自分でも驚いた。この街を好きもとも嫌いとも考えたことなんてなかったのに。
「んで、川向こうの方はそれ以降徐々に開発されていったエリアだよ」
ニョキニョキと高い建物が生えている。海を見張るためかと思ったが違うらしい。
(あそこでたくさんの人が暮らしていたり、働いているって……マジで?)
イマイチ想像がつかない。
「頑張って開拓したのねぇ」
魔法使いがいてもあれだけの広さを開墾し、建物を建てるのは大変だ。
「千年前って、あの辺はなんだったんだ?」
「海側は開けてたけど、巨樹のあたりは魔の森だし、川向こうもちょっと行けば森、森、そして森ね」
今は見る影もないが。
丘を降りると、とても綺麗に舗装された少し広い道にでた。
(真っ平らじゃん! これってどうやって……)
「危ない!」
「うわっ!!!」
「あの車、なんつー運転しやがんだ」
大き目の道に出た瞬間、ライドが肩を引きよせてくれて助かった。
鉄の鎧を被った魔獣が目の前を駆け抜けていく。先程丘の上からもたくさん見かけたが、剣を持たない人々と共生していたから大丈夫なんだと思ったけど、やはり油断してはいけない。
「2人とも下がって」
ああいうのは放置してたら後々大変だ。
(……あの鎧って剥いだら売れるかしら)
手のひらに雷を貯め始めると、急にライドとユーリが声を上げた。
「何する気だ!?」
「ちょちょちょちょっと待って!?」
思わずビクッと体が震えてしまった。落ち着けと言われたが、私は落ち着いている。
「あの魔獣は危険でしょ? 狩っておいた方がよくない?」
2人ともブンブンと首を横に振る。
「よくないよくない!」
どうやら千年後は色々と以前と違うルールがあるようだ。
(狩るのに領主に許可がいるタイプの魔獣かな?)
こりゃあ迂闊に魔法を使わない方が良さそうだ。ちょっと不便だな。
「ちゃんと見ろ、あれは車って言って人が乗ってるんだ」
「馬車とかと同じ、乗り物なんだよ」
「うそ!? あの中にいるのって本物の人間なの!?」
「驚くとこそこなの!?」
(擬態するタイプの魔獣かと思った)
以前そんな魔獣相手にずいぶん倒すのに手こずった。それ以来、見た目で全てを判断しないようにしている。
そんな話を2人は興味津々で聞いてくれた。だがすぐにユーリの方がハッとした表情になって、
「と、とりあえず不用意に攻撃を仕掛けちゃだめだよ」
と、気を使うように注意してくれた。魔女(仮)である私にとって、それが窮屈なことではないかと考えてくれたのだろう。
「そうみたいね」
不本意だが仕方ない。親切にしてくれる人の忠告は聞かなければ。それに郷に入っては郷に従え、だ。
(異世界に来たみたいなもんだし、様子見くらいしなきゃ)
「家に着いたらゆっくりこの時代のこと、説明するね」
「お前も聞きたい事あるだろ」
「うん。ありがとう」
石畳を歩きながらユーリの家へ向かう最中、小さな車輪のついた鞄をガタガタと引きずる人達をたくさん見かけた。魔法を使えないなら重い物を運ぶのに便利そうだ。
「観光客増えたな」
「いい季節だしね」
団体を見ながら2人が話しているのを聞く。周囲がチラチラと彼らを見たり、私を見たりしているのもわかる。
彼らを見ているのは、おそらくその見た目のせいだろう。女の子たちからキャッキャされている。ユーリもライドも慣れているのか、少しも気にかけていないようだが。
(うーん。服も取り替えなきゃ目立つ見たいね……)
素材をとりに行きたいが、どこに行ったら手に入るんだろう。商店はたくさんあるし、市も出ているようだから後で場所を教えてもらおう。
魔法といえど、材料がなければ服は作れない。
街並みを見るのは楽しい。切なくもあるが、やはりまだ実感がない。私自身もあの車輪付きの鞄を引く彼女達と同じなのだ。
千年後の世界、どんなんだろう。
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