第10話 お呼び出し

 スマートフォンの操作にもそろそろ慣れてきた。だが最近はパソコンのタイピングの練習をしている。ゲストハウスの予約の確認や問い合わせメールの返信をするためには一刻も早くタイピング能力を上げる必要があるのだ。


(ていうか! このタイピングゲームおもろっ!)


「まーたそれやってんのか」

「好きだねぇ~」

「世界最強の魔女の趣味がタイピングゲームか」

「いいじゃん! 楽しいじゃん!」


 私が世界最強の魔女なんて、師匠が聞いたら大爆笑して家の2、3軒破壊しそうだ。


 今日は大学の講義がお休み。ということで、満を持して向かうのはアリステリア大聖堂。なんと、師匠の墓がそこにあるらしい。


 1人で行けなかったのは、まあ色々と理由はあるが……何とも言えない不安があったからだ。要するにビビっていた。それに……


「師匠の墓とか怪しすぎる……!」

「我が街の一大観光名所なんだけど~」

「ソロモンは人気があんだよ。ゆかりの地ってだけで観光客が呼べるんだ」

「人気ぃ~!? 師匠が~!?」


 千年前はそれこそ大魔法使いとして名をはせていたが、性格に難があり過ぎて為政者たちが持て余していた。周囲の人間はソロモンに目を付けられては大変だと、取り扱い注意という扱いを受けていたくらいだ。


――ピリリ ピリリ ピリリ


 ユーリのスマートフォンが鳴り始めた。メッセージの通知音ではなく、電話が鳴るのは珍しい。


「うわっ! 市長じゃん」


 びっくり顔のままユーリは急いで電話に出る。


「はい。はい、います。はい、はい」


 はいばっかりだな。ライドの方は真面目な顔してユーリの方を見ている。


「メルディ。市長から、緊急の連絡だ」


 表情がこわばっている。なにやら大変な連絡らしい。


「魔獣が出た。しかも上級だ」

「え!?」


 キルケの街の遠海に大型魔獣が確認されたそうだ。この街の方へと移動をしているらしい。

 千年後にやってきて2週間。さっそく『約束』を果たしてくれとの依頼だった。  


(上級ってなに!? 『上』ってことはヤバいやつってことでしょ!?)


「も~~~! 何を勝手に『約束』なんてしてくれてんのよー!?」


 迷惑な話だが、まあしかたがない。『約束』ならしかたない……。


(ってなるかー!)


 私はまだ魔法使い(仮)なのだ。師匠曰く、私にはまだまだ経験値が足りないと言う話だ。


(リヴァイアサンだったらどうしよう……)


 海中の魔獣で『上』がつくならそのくらいの魔獣だろう……勝てるかなぁ……。


「……ニュース速報も出たな」


 外から警報音も聞こえてくる。


 ゲストハウスの食堂にいる誰もが不安そうな表情になっていた。

 ニュースによると明日中にはキルケの街に魔獣は到着してしまうそうだ。この街警報が出るのは3年ぶり、この国での魔獣の出現はこれで今年28回目、その中で上級は今年2度目、前回は甚大な被害の後、魔獣討伐隊によりなんとか駆除されたとテレビの中の男性が伝えた。そして、落ち着いて避難するようにとも。


「ナーチェ、避難の準備だ」


 皆も。とフランクが急かす。それを合図にゲストハウスの客達は急いで荷造りの為に部屋へと戻っていった。


「……行くわ」

「……いいのか?」


 ライドが心配そうな顔でこちらをみた。ユーリもだ。


「……ごめん。黙ってたんだけど、非魔法使いが『約束』を破ったあの日から、あの『約束』は曖昧になってる……」

「ああ~それで私を魔法使いだと知った人、ものすごく緊張してたんだ」


 粗相をすることを恐れているような行動をとる人が多かったのだ。魔法使いを恐れているのかと思っていたが違った。ユーリやライドのように最初から好意的な人は少数派だ。

 前回上級が出現した際も、魔法使いはなかなか現れなかった。それが被害を止められなかった1番の要因だったらしい。

 卑怯なことをした、と謝られた。まさかユーリも初回の魔獣討伐が上級になるとは思っていなかったようだ。上級魔獣が出るなんて、年に1回でも珍しいことらしい。

 その内、私が千年後の世界に愛着を持ったあたりで説明しようとしていたそうだ。


(はぁ~ユーリも色々考えてんのね)

 

 別に怒りは湧いてこない。それほど魔法が使える人間は貴重だということだろう。ユーリからはいつもの緩い表情が消え、恥じ入った顔つきになっていた。彼には似合わないな。ライドもばつが悪そうだ。ユーリに黙っているよう説得されていたらしいが、伝えなかった自分も同罪だと思ったのだろう。

 後で市長から手渡された『約束』について説明された冊子を見直したら、小さな赤い字で今の件が書かれていた。こんなとこまで読まなきゃならなかったとは。


「だから逃げてもいい。一緒に逃げよう」


 そう言って私の手を取り外に向かおうとするが、私はそれを拒否した。


「ソロモンの弟子を舐めないでちょうだい!」


 私なりの精一杯の強がりだ。

 

 この街がボロボロになるのは見たくない。なにより、まだアリステリア大聖堂に行っていない。

 師匠は手紙で、魔法使い(仮)の(仮)をとるために、引き続き課題をやってもらうと言っていた。地下書庫にそのヒントが見つからなかったということは、大聖堂にあるという師匠の墓になにかしらある可能性が高い。


(私は正式な魔法使いになりたいのよ!)


 これは意地だ。人生の目標だ。2週間、平和にのんびり過ごしたからといってそれが消えてなくなるわけではない。


「さあそれで私はどうすれば!?」


 2人の方に向き直ると、2人は一瞬言葉に詰まった後、


「俺も行く」

「オレも!」


 と、なにやらやる気を出していた。

 別に罪悪感を持つ必要はないのに。この時代の人間は優しいな。

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