第9話 仕事
私は今、ユーリの家のゲストハウスのスタッフの1人として働いている。正直チョロい。
「ごめんねメルディ! 魔法使いの貴女にこんな仕事させちゃって」
「いいえ~こんなのチョチョイのチョイですから!」
ここぞとばかりに魔法で宿泊部屋の掃除をする。部屋の中はシンプルなので簡単だ。なにより、あの師匠のところで馬車馬の如く働いていた時に比べ、扱いは丁寧だし、ゲストハウスの客人たちもニコニコしているし、誰も無茶ぶりしてこない。今すぐマンドゴラ獲ってこいなんていう人はいない。
「頼もしいわ~!」
最近スタッフが1人産休に入り、ちょうど人手を探していたのだ。サンキューは挨拶だと思っていたが、どうやら出産前の休暇らしい。千年後は色んな制度がある。
「弟はいっつもフラフラしてるし! 本当に助かるわ! ありがとう!」
このゲストハウスはユーリの姉とその夫がここを経営していた。ユーリの家だが、正確には少し違う。ユーリとその家族の家なのだ。なのに私を勝手に住まわせてよかったのか? と心配になったが、彼の世話好きは血筋のようだった。
ユーリの姉、ナーチェは弟と同じふわふわの髪の毛で、背はすらっと高く、大きな声でよく笑う。夫のフランクはこれまた大男で、見かけ通り力持ちで迫力がある。だが誰にでも優しく、気遣いができる人だ。他にもゲストハウスには数人のスタッフがいる。皆とても親切だ。オーナーの人徳だろう。
「本日のネットチェック終了~! メルディの情報は漏洩してません!」
スマートホンをポケットに直しながらユーリが食堂にやってくる。大きなあくびを何度もしながら、目をシパシパさせていた。
「ライドはもう大学行ったわよ!」
「昨日調べものしてたんだよ~。それにオレ、今日は午前中休講だし」
タダで住まわせてくれる家主にサービスとして魔法でコーヒーを注いでみると、とたんに目が覚めたようだ。
「何度見ても魔法はいいなぁ!」
ありがと! と元気にお礼を言って、美味しそうにコーヒーをすすっていた。いまだにこの味にはなれないが、朝この匂いをかぐと幸せな気分になる。
「ねーちゃんにこき使われない?」
「ぜーんぜん。これでお給金貰ってるの申し訳ないくらい」
私の日給は1万エル。週に2、3日働いている。昔とは通貨どころか貨幣が変わっていて戸惑ったが、最近はちゃんとわかってきた。紙は持ち運ぶのに便利だ。重くもない。それどころか最近は実物の貨幣を持ち運ぶ必要すらないという。どれだけ便利なんだ。
「ねえ。次の休みに服を買いに行きたいんだけどついてきてくれない? ライドに断られちゃった」
「もちろんいいよ〜! ライドはねえ、店員さんに声かけられるのが嫌なんだよ〜」
私が今着ているのはナーチェのものだ。魔法使いの装いでは不便だろうと、何着も貸してくれた。この時代の服はとても着心地が良い。科学万歳だ。ナーチェの服をワンピース風にしてきていたのだが、いい加減返したほうがいいだろう。彼女からは十分な御給金を貰っている。
「寝不足って、またひいおじいちゃんの書庫漁ってたのー? ちょっとは片付けなさいよね!」
「昨日は例の手紙がいつ我が家の地下に来たのか、ひいじいちゃんの日記読んでたんだ」
「なにかわかった?」
「なーんにも。まだひいじーちゃん8歳だから」
そんな昔から日記をつけているのか。なかなか感心なひいじーちゃんだ。
「ひいじーちゃんは記録魔だったから可能性はあるんだよ」
私も地下の書庫を確認したが、例の手紙以外師匠の痕跡は見つからなかった。だが
師匠のことだ、巧妙に何か隠している可能性はある。なにも痕跡がないのが逆に怪しい。少なくとのあの手紙は、師匠があえてここの地下書庫に仕込んでいたと私は確信している。
(なーにを企んでるんだか)
「メルディ! お客さんがうちの場所わかんないみたいなの! ちょっと玄関に出てもらってもいいー?」
「はーい!」
命をかけることなくお金がもらえるとは。なんともありがたい世界だ。
私はマンドゴラを採取しに魔の森に行ったあの日のことを思い出していた。
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