第5話 ゲストハウス
ユーリの家は思っていたよりずっと大きかった。部屋数も多い。宿屋というより集合住宅と言った方がしっくりくる。
(部屋の中にトイレ!? 小さな入浴場!?)
案内された部屋の中はコンパクトな家と言っていい。
「この部屋使って。下宿用に空けてるんだけど今年は入らなかったんだ。隣はライドだし、困ったことがあればすぐに呼べるだろ」
「ありがとう……とっても素敵な部屋ね」
本当に素敵な部屋だ。以前住んでいた時は木製の家具が無造作に置かれていて、ほとんど寝るためだけの空間だった。……何より散らかっていたし。
部屋の中には大きなベッドがあり、花柄のブランケットが綺麗に敷かれていた。サイドテーブルに勉強机、壁にはなんだかよくわからない箱、本棚まであった。なにより清潔だ。
「そうでしょう~!? なのに何で部屋埋まらなかったんだろう」
「そりゃ大学やビジネス街から遠いからだろ」
「観光客には立地がいいって喜ばれるんだけどな~」
これだけ設備の整った部屋となると、家賃はいくらだろうか不安になる。
(気にしないでとは言ってくれてるけど……)
ここまで親切だと裏があるんじゃないかと思ってしまう自分が悲しい。
(いやいや! こういう時は直感とフィーリングよ!)
それがあの師匠の教えでもある。わからないこと、すぐに判断がつかないこと。そんな時は直感で生きるのだ。この2人の側は心地いい。その感覚に重きを置こう。
「寝場所の提供と簡単な朝食やってるんだ。うちのコーヒー、評判いいんだよ」
「コーヒー……?」
「飲み物。苦味があるんだが慣れるとハマるんだ」
この建物のこの部屋にたどり着くまでに散々驚いたというのに、さらに食事関係までいちいちそれが何か確認する必要がありそうだ。そんな私を馬鹿にせず、2人は丁寧に教えてくれる。
「中庭の向こう側が食堂だよ。朝は10時半まで利用できるんだ。出ているもの、好きに食べてね」
「料金はかからねぇから」
ライドが先回りして教えてくれた。
(どういう仕組み!?)
何もかもサッパリだ。
「一息入れよう。メルディはお茶の方がいい?」
「……さっき言ってたコーヒー、飲んでみたいな」
「お! いいね!」
何事もチャレンジだ。
次に案内された部屋は、ユーリの家にあたるらしい。この建物の中に、下宿用の部屋、旅行客用の宿泊部屋、それにユーリとその家族の部屋がある。
「……にっっっが!」
「だろうな」
(なにこれ!? これにハマるってどういうこと!?)
コーヒーを一口飲んで急にこの時代の生活が不安になる。なんと言っても千年経ったのだ。人類の味覚が大きく変わっていて、私が食べれるものがあるかどうか。
「まあチョコでも食べて……」
そう言ってツルツルした可愛らしい包みの中に入った茶色いモノをユーリが勧めてくれた。正直食べたくない。
「それはたぶん大丈夫だ。お菓子だよお菓子」
躊躇っているのがあっさりバレた。だからなのか、毒見のようにユーリとライドがそれぞれそれを口の中に放り込む。顔を歪めることもない。満足気だ。
ゴクリ、と緊張しながらそれを口に含める。
「あっっっま!!!」
「あれ!? 甘すぎた!?」
喉がやけるような感覚がある。こんなに甘いものは初めて食べた。
(こんなの、貴族じゃなきゃ食べられないでしょ)
以前貴族の屋敷で食べたデザートより甘い。この屋敷の広さと言い、ユーリは貴族なのだろうか。本人はそんな振る舞い少しもしないが。
「それならこっちならどう? 甘さ控えめのクッキーなんだけど」
ユーリはどうしても美味しいという言葉を引き出したいようだ。あれこれと一生懸命にもてなそうとしてくれているのがわかる。
「無理はすんな」
ライドも同じように感じたようだ。出された新たなお菓子を前にした私にすぐに声をかけてくれる。
2人がそれぞれ私を気遣ってくれるのがわかった。
「2人ともありがとう。これからお世話になります」
座ったまま改めて頭を下げた。この2人に合わなかったら、私、どうなってたんだろう。
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