第2話 巨樹

「……?」


 わけがわからない。ここはどこ? 魔の森なら仰向けに寝転がった状態で空なんて見えないはずだ。


「わぁ! あの人、魔法使いみたいな格好してる!」

「こら! ダメよ! こっちに来なさい!」


 声だけ聞こえる。子供と母親が急いで私から離れていく気配を感じた。


(魔の森に小さな子供ってことはないだろうし……まさか転移した!?)


 まだぼんやりとした頭で空を見ながら記憶を呼び覚ます。いつか読んだ書物に非常に稀な天変地異の一つとして記載されていた。


 転移……場所が人里が近くにあるなら幸運。海だとどうしようもない。各地にある魔の森だったら通常の人間は生きることを諦めるしかないだろう。


 そんなことが書かれていた。


(よし。人がいるような場所からならなんとか帰れるでしょ)


 腹筋を使ってよっ! と起き上がった。ぽろぽろと服についていた草が落ちる。


「!!!!!??」


 その景色を見た時の衝撃と言ったら。

 

 私が倒れていたのは小高い丘の上だった。とても眺めがいい。背後には巨大な木がそびえたっている。かなりの樹齢に違いない。


「なにあれ!?」


 ボコボコと大きな建物があっちこっちに建てられている。海の近くには大聖堂のような建物も。そこから離れた場所にはガラス窓がたくさん張り付けられた高い塔がいくつもある。といういか、建物自体多い。多すぎる。どうやら大都会に転移してしまったようだ。私が住んでいた街もそれなりに大きかったが、ここは王都よりも栄えている。もしかしたら国もまたいでいるのかもしれない。


「あれ~? おねーさん、観光?」

「へ?」


 ふわふわの髪の毛の青年が話しかけてきた。色素の薄い茶色の髪が、太陽に照らされて透けている。身に着けている服もなんだかとてもシンプルだ。この国の民族衣装だろうか。周囲にいる人達も飾り気のない服が多い。腰に剣をさしている人間もみかけない。


(よっぽど平和な国なのね)


 そうなると私は本当に幸運だ。


「おい。行くぞ」


 その後ろには短く借り上げたブロンドの背の高い青年がいた。私の方を怪訝そうな顔つきで見ている。そんな彼の方を振り向きもせず、人懐こい笑顔のまま私にこの街のことを教えてくれた。


「あれはね、アリステリア大聖堂。来年で900歳なんだよ! ちょー古いの!」


 あっちのあれだよ? と海の方を向いて指をさしている。


「とっても綺麗な建物……」


 それに師匠と同じ名前。何も知らないこの街だが、なんだか親近感が沸いてきた。

 私は魔法で自分の視界を拡大する。金縁のレンズが目の前に現れ眼鏡のようになった。大聖堂は色とりどりのステンドガラスがはめ込まれているのが見える。大聖堂前にはたくさんの人がいて、そこの広場には市が開かれているようだ。


「そうでしょ~! この街の一番の観光地!」


 ふわふわの青年は嬉しそうにしているが、その後ろのブロンドは目を見開き口をあんぐり広げている。


(なに!?)


 私達の反応に気づかず、相変わらずにこにこと話しかけてくる。


「おねーさんはコスプレ? あの巨樹の前で撮影すんのかな?」

「こすぷれ?」

「違った? メルディの樹も結構な人気スポットなんだけど。たまにロケ撮影してる人たちもいるんだよね」


(何その名前!?)


 私と同じ名前じゃないか。そういえばこの樹……どこかで……?


「なっ……おまっ、おまえっ! 魔法使いか!?」


 驚いた表情のまま固まっていたブロンドが声を上げた。何を今更。この大都会では魔法使いなんてそうそう珍しいモンじゃないでしょうに。


「魔法使いというか……まぁその……まだ見習いなんだけど……」


 胸を張って魔法使いと名乗れないのが少し悔しい。魔女や魔法使いを名乗るには、師匠によるの授与が必要なのだ。


『ん~メルディの杖? もうちゃんと用意してるよ!』

『え!? じゃあそろそろ!?』

『アハハ! ……僕がそう簡単にあげるとでも?』

『ンギー! やっぱり!!!』

『まあしかるべき時に君は手にするだろうよ』


 昨晩話したばかりの内容。杖を手にする為には早く師匠の所に戻らなければ。


「うそっ!? マジで!?」


 今度はふわふわの青年まで驚いている。幽霊でも見ているような顔だ。失礼な。


「この国では魔法使いが珍しいの?」


 これだけの大都市なのだから、きっと王宮魔術師もたくさんいるんだろうな、なんて考えていたのにとんでもない答えが返ってきた。


「魔法使いが珍しい? 世界中で絶滅寸前だっつーの」


 ……私はいったいどこに転移してしまったの?

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