第9話


【イミナ】の街は魔物の生息域だ。

わたしの魔王パワーの前では屁でもないが、なんか普通の人間からすると割と危険な街らしい。

強くなるにはレベリングが基本だと、ロープレマニアとして有名なバイト仲間のベギラ●ン田口が言っていたのを思い出した。戦って強くなる、シンプルisベスト。

後は少しの勇気と弾けるパッションが有れば越えられると信じていたが、実際この三日間で二人はグングン成長し、戦いのセオリーを身体で覚えたらしく、後半はわたしの援護無しでも戦い抜けていた。


「若いってのは素晴らしいね」

「お前も十分若いだろ」

「おう!」


そんな中、もっぱらの楽しみと言えばハンナの街の料理である。

三日間は魔物の巣に入り浸っていたので討伐した魔物を食べていたが、資金はたんまり稼いだのでここからは豪遊タイムだ。

この異世界に来てまともな食事と言っても過言ではない。


「楽しみですね晩御飯」

「ね♪」

「テンション高いな」

「ご飯だよ? 晩御飯だよ?」


浮き足立つのも当たり前だ。

この街のウワサは幾つかあり、一つ目は先にも言った魔物のテリトリーであること。二つ目は危険な場所にも関わらず、なんと料理の名店が多いことだ。

今いるこの店【篝火(かがりび)】もその一つらしく、焼き料理に定評があるという。


そもそも危険な場所に店を出すメリットは? と思ったが、聞けば一流の料理人もどこか頭がおかーーーーげふんげふん、感覚がピーキーらしく、新鮮な魔物食材が豊富な土地を選びがちとの事。

こちらとしても経験を積みながら美味しいものが食べられると、まさに一石二鳥という訳だ。


「お待たせしました」

「誰だてめぇは!」

「当店のシェフです。沢山ご注文してくださったお客様に直接料理をお届けしたいと」

「そっかありがとね!」

「……どんな情緒だよ」


言ってる側からやってきた一品目。

バレーボールくらいの大きさの鳥の丸焼きだが、見れば手羽が幾つも付いている。

当然ここは異世界。食材に限った話では無いが初見のものが殆どで新鮮だ。


「ブブ鳥の丸焼きでございます」

「ブブ鳥?」

「この地域に生息する極めて獰猛な鳥型の魔物ですね。空から人間の肉を抉ろうと急降下してきます」

「やべぇ鳥キタコレ!」


毛を毟られているから原型は分からないが、この丸々としたボディは恐らく垂直落下に特化したものと見た。こんなの落ちてきたら怖いもんね。


「ふっふ! あまり人間を舐めるなよ鳥風情が」

「丸焼き煽ってんじゃねぇよ」

「では食べやすい様に切り分けますねー」


シェフのスルースキルも中々だが、彼が器用にナイフを走らせると、こんがり焼けた皮目からジューシーな断面が現れる。

よくテレビで肉汁をジュースと表現するがまさにコレだ。鶏肉でここまで肉汁が溢れるのは珍しい気もするし、そもそも肉質もやや牛っぽく見える。

平たく言えば鳥と牛のハーフで何となく伝わるだろうか。


「どうぞ」

「おっほー! ではいただきます!」


小皿に取り分けられた肉をグルリと眺め、フォークでズブリと突き刺す。


「あんむッ」

「一口かよ!?」

「もむもむもむーーーーんぐッ、これは……ッ!」


これはシンプルに驚いた。

皮目の焼き加減は完璧という他に表現のしようが無く、バリッとした食感からの肉・肉・肉!

歯を弾きそうな弾力の後からジューシーさが追いかけ、一瞬で鳥の旨味が口一杯に広がっていった。


「……これは強いッッッ!」

「お気に召しましたか?」

「シェフを呼んでくれッ!」

「だから私です」

「美味すぎてテンションがバグってるな」

「リッカお姉さま素敵です」


正直言って期待以上だ。

これがまだ序の口の料理だと思うと期待で胸がはち切れそうである。これ以上大きくなると肩こりで死にそうだが。


「異世界やべぇ」

『おいリッカよ』

(お、グリ助いたんだ)

『ずっと居たわ馬鹿もん。それより実に良い料理を出す店だな』

(あれ? 食通のグリ助も知らない店?)

『ふむ。ここは以前は無かった店だ。まあ街の治安を考えれば当然かも知れんが』


魔物が絶えず襲ってくるんだもんね。なるほど。


『ブブ鳥は調理が難しく、扱いひとつで味が格段に変化する。このシェフの腕はホンモノだろう』

(この店を選んだわたしを褒めるがいい!)

『無意識だとしても、食への貪欲なこだわりがあるのだろう。流石は我の選んだ人間だ』

(グリ助も覚悟しとけよ。こっからドンドン料理ブチ込むからね!)

『クク、魔王の肉体を無礼(なめる)なよ』


結局、全料理を五週したところで店の在庫が尽きたそうな。

しかし料理を終えたシェフの顔は恍惚としており、そのまま壁にへたり込み安らかに眠ったという。

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