第12話
コロシアムという場所は戦いに特化したフィールドというだけあり、この殺風景な造りにすらどこか厳かというか、趣きを感じざるを得ない。
中央に広がる円形の舞台はざっと直径三百メートルはある。素手ゴロしろと言わんばかり、ただ広いだけでオブジェクト的なものはひとつも存在していなかった。
周りには深い溝が掘られており、下からはヒュウヒュウと風の音が聞こえる。言わずもがな、落下すればきっと無事では済まないだろう。
「つまり、わくわくが止まんねぇ!」
「元気のいい姉ちゃんだな」
新手のナンパか? と思ったが、振り返った先に居たのは若い盗賊風の男だった。ボサボサの茶髪をかき上げており、なにより眠そうな垂れ目がなんかムカついた。
「ああ!? 誰だてめぇは」
「おっと、こりゃ本物だ。お姉ちゃん闘技場は初めてかい?」
「おう文句あっか!」
「まあ聞けよ。俺はこう見えてココの常連だし、上位に入賞した事だってある。ちょいとルーキーが居るからアドバイスしてやろうと思ってな」
「アドバイス? そんなもんいらん。わたしは目の前の敵をぶっ倒すのみ!」
「はは、血の気の多い姉ちゃんだ。じゃあこれだけ聞いとけ、あそこの魔法使いには近付くな」
「ん、魔法使い?」
男の視線を辿ると、フィールドの中央に違和感を覚えた。
魔法使いらしき人物を中心に、そこだけ人が避ける様に配置されているではないか。
「なにあれ?」
「やっぱ知らないんだな。この辺りじゃあ色んな意味で有名だぜ? ヤツは最強の魔法使い……通称【絶氷のルナリナ】だ」
「なにその女性の健康サポートアプリみたいな名前」
「あぷり? よく分からんがとにかくアドバイスは聞いとけな。アレに関わらなければ上位に食い込む事も可能だ」
「ありがとうボサ男」
「ボサ……それって俺のコト?」
「お、そろそろ開始かな」
遥か遠くで司会者が大きな銅鑼の前に立っている。いかにも戦闘開始な雰囲気がむんむんだった。
「あれが鳴ったら俺らも敵同士だ。負けても恨むなよ?」
「ざけんなブッ飛ばすぞ」
「おっと怖い怖い……じゃあな」
ゴオオオオオン!!
ボサ男がフードを被るのと同時に、勢いよく銅鑼が鳴り響いた。
「さってと」
軽く身体を伸ばしつつ、辺りの状況をグルリと見渡す。
既に何組かは戦闘体制に入っているが、やはり目を見張るのはあの魔法使いだった。未だに誰も寄り付かず、その立ち姿は孤高に咲き誇る一輪の花を彷彿とさせる。
表情は大きめの帽子に隠れて読めないが、地面に触れそうなほど長い青髪を三つ編みにして、身の丈に合わない大きな杖を手に下げている。
グリ助の能力なのか、彼女の周りには淡く、しかし力強い魔力が滞留しているのが視覚できるせいか、小柄な見た目と魔力のギャップが不気味さを助長させていた。
「ほうほう」
やはりこの中では一線を画す存在なのだろう。グリ助は眠ったままだが、俄然として彼女に興味が湧いた。
「隙あり!」
「隙なし!」
「ぐはッ!?」
ヒラリと身を翻して背後から襲ってくる剣士を一蹴。よくドラマである首トンで一撃だ。
「うは、やる気満々じゃん」
いたいけな女性に対して全力で剣を振り下ろしてきやがる。なるほど、流石は闘技場というべきか。
つまり燃える。
「よっしゃドンドンかかってきんしゃい!」
「おいあの女なんかヤベェぞ……ノールックであの【小手先のゼッペルン】を倒しやがった!?」
「くそ、感知系に加えて自己強化スキルの使い手か。相手すんな、無視だ無視!」
「おろ?」
何故か皆がわたしを避け始めた。
気が付けばわたしの周りにも妙な空白が生まれ、あの魔法使いと合わせると闘技場に二つの空白が生まれた。
「えー何コレつまんない」
「はは、やっぱ姉ちゃんただモンじゃないね」
「お、さっきのボサ男じゃん。こっち来て戦おうぜ!」
「冗談はよしとくれ。俺もまだ負ける訳にはいかないんでね」
スッと人集りに消えるボサ男。
ううむ、他の参加者もこの魔王パゥワーにビビっているらしく、向こうからは手を出してこないらしい。
「んじゃ、やっぱりーーーー」
ダンッと地を蹴り、まるで突風の如く一瞬で距離を詰める。周囲の人間を何人か吹き飛ばしたが気にしない。
「おっす、戦おう」
「……だれ?」
通りなよろしく冷たい瞳がこちらを捉える。
「最強の肩書き、わたしにちょうだい」
「…………くだらない」
わたしがニカっと笑った瞬間、辺り一面の空気が凍り付いた。
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