第5話


『我は自分の側近に……殺されたのだ』


 グリ助から放たれた言葉に、わたしは思わず肉を焼く手を止めた。チリチリと燃える焚き火の炎が一瞬、大きく揺らいだ。気のせいだろうが、それはまるでグリ助の心を映し出しているかの様にも見えた。


「身内に殺されたのかー、そりゃ辛いね」

『……悪いのは我なのだ。自らの魔王としての責務を放棄したのだから』

「でもグリ助が食べ歩きにハマっててくれれば、人間にとっちゃ有り難い話だよね。世界は平和なまんまでしょ?」

『そう簡単な話ではないのだ』

「ん?」

『おい、そろそろ食べ頃じゃないか』

「おおッ! ほんとだ」


 やや核心に触れられないまま、グリ助に話題を逸らされた様に見えた。

 まあかなりデリケートな部分だ。きっとわたしが同じ立場でも、付き合いの浅い関係でそこまで話す義理もないと考えるだろう。魂が混ざり合っていても所詮は他人。わたしは一介の人間でグリ助は魔王である。


(あれ、なんか寂しいと思っちゃってる?)


 ないないない。

 そんなセンチメンタルな人間かよわたしは。


「おーいレック少年、ハンナちゃーん! 肉焼けたよ肉・肉・肉ぅー!」

「はーい」

「うっせーよ声でけぇ」

「またハグすっぞ?」

「う……それは勘弁してくれ」

「にっしし、ではでは!」


 テーブルは切り株、皿は大きめの葉っぱ。

 まさにアウトドアな雰囲気で作り上げた、ワイルドかつ豪華な昼食。


「さあ、リッカお姉さん特製『ビッググリズリーの香草焼き』を召し上がれ!」

「わあ、美味しそう」

「……み、見た目は良いな」

「味もきっと抜群だよ? この匂い……焼き加減は最&高とみた。さあ食べて食べて」

「じゃあ……」


 すると、ハンナちゃんは両手を握る様に合わせて目を閉じた。レック少年も慣れた様に同じ動作を行う。


「……それってお祈り?」

「はい。私達の孤児院では食事の前にこうするのが決まりなんです。頂く命に対して敬意を払いなさい。シスターの教えです」

「…………」

「んだよ。食事前の祈りがそんな珍しいかよ」

「……え」

「え?」

「偉い!!」

「うわッ!?」


 ガバッと二人を後ろからハグする。

 唐突な行動に二人は驚きを露わにするが、わたしはその衝動を抑えることが出来なかった。


「そうだよね、それが普通だよね!?」

「え? え? え?」

「ぶっ壊れたかよサイクロプス女!」

「んー! やっぱり君たち最高じゃん!」

「あの……リッカさん?」

「ごめんごめん。つい嬉しくて」

「嬉しい?」


 疑問符を浮かべるハンナちゃん。

 無理もない。これはきっと珍しい感覚なのかも知れないのだから。


「いやね、わたしの世界ーーーーええと国だとね、食べ物が豊富でさ。食べられる事に対する感謝の意が薄かったんだよね」

「へえ、そりゃ羨ましいことだな。この辺の土地は痩せてて作物もあまり育たないし、家畜は魔物に襲われちまう」

「食料が豊富というと……リッカさんは北の大陸の出身なのですか?」

「多分そう!」

「多分ってお前……」

「でもわたしは感動したよ」


 二人の対面側に座り、目の前のビッググリズリーの肉を前に手を合わせる。


「いただきます!」

「イタダキマス?」

「これはわたしの故郷? の食事前の挨拶みたいなものだね。君達の祈りと等しく、命を頂く事に対する礼節みたいなものさ」

「いただきます……なるほど」


 ハンナちゃんは見様見真似で手を合わせる。そしてレック少年にもそれを促した。


「ちッ、分かったよ」

「うふふ」

「っし! じゃあ皆んなでやりましょう!」


「「「いただきます!!!」」」


 食べる事、食べ物がある事は当たり前じゃない。

 わたしはそれをーーーー命を頂く事の尊さを魂に刻み込み、異世界で初めてのちゃんとした食事を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る