第2話
「せんぱぁい! こっちですよ!」
自然豊かな地方都市、迷処町(まよいがまち)。そこに建てられた文武両道を理念とする私立壇条学院は中等部校舎・施設棟・高等部校舎の順番で並列して建つ白亜の三棟の学び舎とそれぞれを繋ぐ4本の渡り廊下で構成されている。
いつどこで起こるかわからないマヨイガ入りに他人を巻き込まないように中等部入学時から帰宅部だった探は入学5年目にして初めて踏み入れた施設棟内の文化活動部室フロアをついつい見回してしまう。
「ああ、初めてだからつい色々見てしまって……それでオカ研なる部活動は?」
「まさにここですよ、今ノックしますね……英里子(えりこ)ちゃん、いますか?」
『歴史研究会』の表札上にかなくぎ文字で『オカルト研究会』と書いた紙を無理やり貼り付けたいかがわしい部屋に美香は迷わず入っていく。
「うお―す、相変わらずのボインっぷりやねえ美香ちゃん。疲れ切ったあたしを癒してくれに来たのかなぁ?」
様々な物が無造作に積み上げられてごちゃごちゃの物置と化した部屋。年季の入った長椅子ソファーに寝転がって雑誌を読んでいた丸メガネにショートヘア、ブルマ体操着姿の小柄な女子生徒はむっくりと身を起こし、手をワキワキさせながら気だるそうに答える。
「もうっ、英里子ちゃん! 制服で待っているように連絡していたのに! 先輩、しばし外でお待ちください!」
部屋の隅に投げ出されていた通学カバンに押し込まれた制服を取り出した美香はメガネ女子を無理やり立たせて体操着を脱がせ始める。
~それからしばらくして~
「改めまして……オカルト研究会にようこそ先輩! 粗茶になります!」
「どっ、どうも……」
探は美香が淹れてくれたお茶を啜って落ち着こうとするが、テーブルを挟んで対面する配置でこちらをしげしげと観察してくるしわくちゃ制服眼鏡女子を意識してしまう。
「ええと、この子は中等部時代からの私の友達で現オカルト研究会部長の呉居 英里子(くれい えりこ)ちゃんです」
「はじめまして、呉居さん。壇条学院高等部2年生・雲隠 探です」
「……美香が彼ピッピ紹介するって言うとったけど、まさか雲隠先生んとこの御曹司さんだったとは。玉の輿チケット万歳やな、美香ちゃん」
「先生の御曹司?」
「ああ、そうか……美香ちゃんは県外から来とるから知らんのか。この前健康診断あったやろ? あの時ウチらの測定してくれた女医先生が雲隠さんの親御さんよ。うち生まれも育ちもここ迷処町なんやけど、雲隠医院のご夫婦先生言うたらこの地域の名士さんなんやで」
「へぇ……そうなんですね」
「まあそれはさておき……雲隠さん、美香ちゃんから相談されたんやけど。あんたこう……無口でクールなイメージをぶっ壊しかねないファンタジーで厨二でウチみたいな変人にしか言えんようなセンシティブなお悩みがあるそうやね? ウチで分かる事なら話してもええんよ?」
美香がどういう説明をしたのか全く分からないが、間違いなくこのオカルト研究会長は自分と美香さんのマヨイガ入りの件を知っている。そして優しい思いやりに溢れた口調で抑え込んではいるが、彼女の中で暴発寸前の知的好奇心を鎮めるにはありのままを話すしかない。
「実は……」
探は息を吸い込み、ゆっくりと自分自身のありのままを話す。
「……と、言う事なんだ」
「……ううん」
探と美香の話を一通り聞き終えた英里子部長は腕を組んで考え込んでしまう。
「まあ、言葉を選ばんでええなら救いようのない厨二病や。いまどきそんなネタ、オカルト雑誌に持ち込んだところで一文にもなりゃあせん。でもなあ……雲隠さんの家の事を考えれば―笑に付すには出来んしなぁ……」
「先輩の家?」
「ああ、うん……」
美香の問いかけに探は言葉を濁す。
「まあいずれにせよ、まずは状況再現が必要になるわねぇ。雲隠さんに美香、当事者として再現実験に協力してもらうで? クックック……」
英里子は不気味ににやりと笑う。
「せっ、せんばい……本当に来てくれたんですね! わっ、わだじ、とってもうっ、うれしいで、で、でずぅ」
「美香ぁもっと腹に力入れんか! そんなんじゃ未来のブロードウェイスターになれんぞ!」
昨日、マヨイガ入りしてしまった迷処山頂の大桜下。
再現実験と言う大義名分の下、カメラの前で探先輩と昨日の告白シーンを再現させられている美香は顔を真っ赤にしてどもってしまう。
「こっ、ごれは……わたずのきもちいいですぅ。受け取ってください!」
「ありがとう! なあ、二人とも……ここで止めないか? これを開けたら……」
実験記録映像を撮ると言う英里子に自身のスマホを渡していた探は美香から受け取った件のラブレターを持ったまま英里子に問いかける。
「なっ、何を言うんや! 据え膳食わぬは男の恥やで、それを開けるのが再現実験のキモやろ!」
「そっ、そうですよ先輩! 私も身を張って頑張ったんですから先輩も最後まで付き合ってください!」
「わかった、ナムアミダブツ…… !」
マヨイガ入りのトリガーとなつたラブレターを探が再度開封した瞬間……何も起こらない。
「で、そっから先はどうなるんや。雲隠さんに美香ちゃん?」
機嫌の悪い声で英里子は二人に問いかける。
「……先輩、何も起こりませんね。確か昨日は本の根元のこの辺りから光の奔流がドバーッってなったはずなんですけど。 あれっ? これは……ミニ神社?」
美香が指さした木の根元には半分地面に埋まって木の根と一体化しつつある神棚がある。
「へえ、こんなもんあったんやねえ……知らんかったわ」
「いつぐらいの物なんでしょうね?」
英里子と美香がそれを覗き込んだその時、神棚の奥で何かが光る。
「にげ……」
最初に異変に気が付いた探の警告も虚しく、光の濁流が3人を押し流す。
「うっ……ううん」
閃光で意識を失った美香が日覚めるとそこは白い大理石の小部屋であった。
室内の簡易ベッドに寝かされていた美香は慌てて周囲を見回す。
「華咲さん、日が覚めたようだね……」
「先輩! ここはまさか……あそこなんですね」
部屋の角に置かれた宝箱の前で何かしていた雲隠先輩が既に真紅のマントと腰のベルトに二本の刀を装着済みなのに気づいた美香は疑間を自己完結させる。
「ああ、例のマヨイガに入ってしまったらしい。だが安全なセーフティルームに出たのは好都合……とりあえず部長救出の準備をしよう」
3人でマヨイガ入りしたはずなのに部屋に2人しかいないと言う事実に気が付いた美香は黙ってうなずく。
「まずは君のステータス確認と装備を整えよう。この水晶玉に手をかざしてみて」
立ち上がった美香は雲隠先輩に言われるままに壁に埋め込まれた水晶玉に向かい、手をかざす。
「これって……光ってません? あれ、何か文字が浮かんできましたよ」
水晶玉にばんやりと現れた黒いシミはしばらく波紋のようにゆらゆらしていたが、徐々に安定してテキスト化していく。
「この水晶に認証されると言う事は君もこのマヨイガの属性能力が使えるらしい。『水』と言う事はやはり……」
美香は巨大カタツムリに襲われた際、高圧噴射水攻撃で大ダメージを与えた可能性があると言う事を思い出す。
「じゃああれは勘違いとかじゃなかったんですね! つまり私も水の力であの化け物と戦える……そういう事なんですね?」
「よし、それなら話が早い! ええと君が装備できる武器は魔導杖らしいな。ならこれでいけるはずだ!」
部屋の角に置かれた宝箱を開いた探は青い球石が先端に取り付けられた杖と青いフード付きマント、そして鎧の胸当てを取り出す。
「おお、先輩と色違いのマント! そしてファンタジーな杖! そしてチェストプレートですね! ありがとうございます!」
ファンタジー装備の登場に美香は喜んで制服上着を脱ぎ、胸当てから装着していく。
「よし、後は回復アイテムとその他必要物を……」
美香が防具を装着している間、探はその他の道具を準備していく。
「先輩、ここ何か様子が変わっていません? あんなの前ありましたっけ?」
青いローブと杖を装備し、先輩と共に本格的なマヨイガ探索に臨む美香は壁や天丼に張り付いた大量の干からびた白く細い糸の不気味さに思わず探の腕を掴む。
「ああ、確かに。正体はわからないがあのカサカサっぷりだと僕の炎攻撃で引火する可能性があるな」
「そうですよね。でも大丈夫です先輩! いざとなれば私が水ドバーッで消火しますからご安心してください!」
「ああ、その時は頼む……来るぞ!」
「ミェェェ、ギゲェェァァァ……」
こちらに向かってくる重量物を引きずるような音、聞き覚えのある唸り声に探と美香は武器を構える。
「ギャァァァァォォォン!」
前回遭遇した個体よりさらに巨大なボディを持つアシッドスネイルはその巨体で石造りの地下道を完全に塞ぎ、触覚を振り立て吠える。
【第3話に続く】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます