第8話

「これで倒せたんやろか…… ?」

 断末魔と共に『氷柱ノ獄』内で倒れて動かなくなった大蝦墓ノ翁を英里子は槍でツンツンして調べる。

「うん、これはもう死んでいるね。あとはええと確か……」

「ホムラモノが力の源である火の札を回収する事だったな」

 大盾を下ろした探は刀を抜いたまま慎重に近づく。

「あっ、ありましたよ先輩! これじゃないですか?」

「間違いない、華咲さんナイスだ!」

 美香と英里子が見守る中、額の角の間に貼られていた札を剥がそうと探は手を伸ばす。

「ゲゴォォォォ!」

 突然目を開けた大蝦暮ノ翁は大口全開の咆嘩と共に舌を射出。そのまま至近距離で捕らえた探と美香を一瞬で喉の奥に押し込んで口を固く閉ざす。


「雲隠さん! 美香ちゃん!」

 運良くも1人難を逃れた英里子は槍を構えて威嚇するものの、火のマヨイガエレメント持ちの探を捕食した事で一気に回復し『氷柱ノ獄』を物理的に破壊しようと滅茶苦茶に転げまわる大蝦暮ノ翁に近づくことすらできない。

「2人とも済まん! ウチ1人じゃ……無理や!」

「ゲロロォォォン!」

 英里子が緊急脱出サポートスキルを発動させようとしたその時……大蝦暮ノ翁が突然口を開く。

「ほぇ?」

「ゲロォ! ゴゲロォォォン!」

 むせるようにえづきながら苦しむその口内から大量の水が際限なくあふれ出しはじめる。

「水……いや、これはただの水やない……熱湯や!」

「ゲゴァァァァ!」

 本当の断末魔と共に口の中から吐き出された大水と共に出てきたのは美香を抱きしめた探だった。

「はあ、はあ…… しぶとい奴だ。これが……五武神なのか」

 美香と共に体内に呑み込まれた探はパニックのあまり美香が大量生成した水を加熱して熱湯化。美香と自分をエレメントプラスで守りつつ敵を体内から茄でガエルにして吐き出させたのだ。

「雲隠さん! 無事でよかったわあ! 美香ちゃんは……」

「ああ、彼女はちょっと魔力を使いすぎて……華咲さん、本当にありがとう」

 全身ずぶ濡れでぐったりした美香をそっと地面に下ろした探は脈を確認し、感謝の気持ちを述べる。

「ひとまずあんたらが無事で何よりや……ホンマに今のは寿命が10年は縮んだわ。

 とりあえずあそこで干からびとるデカブツの札はアンタが取らんといかんのやろ?美香ちゃんが風邪ひかんうちに早う取ってきた方がええ」

「ああ、そうだった……今度こそ、取れた! あっつ!」

 大蝦暮ノ翁の額から札を剥がした瞬間、探は右手の甲を押さえる。

「先輩!」「雲隠さん!」

「ああ、大丈夫……これが火乃宮の主を倒した証なのか?」

 火の五武神を倒した探の右手の甲に出現した『火』の文字に探は戸惑う。

「間違いなくそうですよ……おめでとうございます先輩! これで火乃宮は攻略完了ですね!」

「雲隠先輩、かっこええもんもろたなぁ! ウチも土の紋所がはよぅ欲しいのう……まあとりあえず今日は祝いの宴や! ロイヤルガストでビフテキ食うでえ!」

「私はロイヤルスペシャルパフェ!」

「……僕はBLTサンドかな?」

「それもいいですね、先輩! お腹空いちゃったし早く元の世界に帰還しましょう!」

 純粋に勝利を喜ぶ2人の仲間と共に、1つ目の試練を終えた探はサポートスキルで帰還するのであった。


 所変わってほぼ同時刻……(?)

「いやあ、ボク達に再招集がかかるなんてねえ……長生きはしてみるもんだなぁ」

 真っ暗な板張りの間。大型和ろうそくの燭台を囲んで座る白狩衣に烏帽子、白仮面で胡坐をかく4人。その中の1人で立ち膝座りの黒髪の若者がカラカラと笑いながら3人に目を向ける。

「その口を閉ぎせ、阿呆の小童。翁殿……お体はご無事か?」

 がっちりとした肩に筋肉隆々の立派な体格の自狩衣の1人が落ち着いた低い声で白いあごひげをたくわえた短い白髪の人物に声をかける。

「お気遣い感謝いたす、儂は己の使命を果たしたのみよ。老いたとて武人の魂……げほぉ!げっほぉ!」

「翁殿!」

 隣に座っていた長い黒髪の女性は急に咳き込みだした白狩衣の翁に駆け寄り、その背中をさする。

「ああ可哀そうに……まさかの熱湯胃洗浄されちゃぁお爺ちゃんにはたまらないよなぁ。翁殿、ボク正露丸持ってるよ。いくつ欲しい? 10粒? それとも100粒?」

「さて、我ら五武神に再招集がかけられたのは他でもない。この度、数百年ぶりにマヨイガの儀が行われている件だ」

「あれぇ、ボクの小粋なジョークは完全スルーかい? お仕事熱心な神様達だねぇ……はぁ」

 筋肉男による会議強硬進行に黒髪の若者は袖から取り出した正露丸をしまう。

「我ら五武神が再度その勤めを果たす事が出来る栄誉はさておき……この度のマヨイガの儀はこれまでのようにはいかぬようだ」

「それはどういうことですか?」

「まず一つ……これまで下界の我らの宮を守り、神事を取り仕切ってきた雲隠家、御鐵院(みてついん)家の両家は既に絶えて久しい。それ故下界の全てを我らがどうにか取り仕切らねばならぬ」

「なんと……わらわの愛しき子らが」

「そして、下界で我らのマヨイガ入りに欠かせぬ門となる宮は3つが使えぬ状態だ。残りの2つで五神の試練をまかなわねばならぬ」

「うむぅ……」

「仮にこれらを乗り越えたとしても……彼ら3人だけでは風乃宮と鳴神乃宮の門を開くことすらできぬ」

「ああはいはい、よーするにさぁ『これまではお家に引きこもって待っていれば主に挑まんとするチャレンジャーが勝手に来てくれたけど今回はそれはムリです。はっきりいって根回しが面倒くさいです! やりたくないです!』って言いたいんでしょ?」

 真剣な会議の中、黒髪の若者の空気を読まない発言に3人の白狩衣が睨む。

「そもそもさぁ、数百年ぶりに招集されて言うのもなんだけど……このマヨイガの儀と試練そのものが既にボク達とオカルト研究会の少年少女の双方にとって進行不能な詰みゲーなんだよね!……そんな中でもあの子達は3人の能力を合わせて翁殿を倒し、まだ見ぬ仲間を探しだすためなら大人に上下座行脚してでもこの試練を完遂しようと頑張っている。今時二次元でも見ないような友情・努力・勝利の冒険譚に当事者としてリアルタイム参加出来る機会ってあると思う? あるわけないでしょ!」

 立ち上がって両腕を大きく広げ、熱く語る若者をその他4人は白眼視する。

「と言うわけでボクは大事な私用があるのでお先に失礼しますね……アディオス!」

 白狩衣に烏帽子の若い男は立ち上がり、目の前におかれた小さな和ろうそくを消して暗闇に消えて行った。


【第9話に続く】

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