第4話

『フレイムスプレッド!』

 美香のエレメントプラス・アクアで全身を水で覆い、通常なら絡めとられる蜘蛛の巣を無効化していた探はクイーンアラネイアに召集された蜘蛛による数の暴力に火の粉をばら撒いて引火させる作戦で対抗。敵を焼き払いながら本体のクイーンに向かって行こうとするが敵の数の多さに加え、思うように火力が出ない圧倒的不利状況で消耗戦を強いられていた。


「ひぃぃぃぃ……」

 一方、英里子を抱えて逃走中に大蜘蛛軍団に退路を塞がれた美香はとっさにプルプルな液体で壁を生成。本能的に水を嫌う蜘蛛達から身を守りつつ、次の一手を考えていた。

「あかん、あかん……もう終わりや……うちまだやりたい事ぎょうさんあったんや……」

 全身に絡みつく粘つく糸をどうにか剥がし取ってもらい、美香のワイシャツを素肌に羽織っただけの英里子は体育座りで震えながら辞世の句を詠みはじめる。

「せっ、先輩……急いでくださぁい! このプルプルウォールもどこまで持つかわからないんですよぉ!」

 大広間の天井近く、壁の蜘蛛の巣を足場にして四方八方から襲い掛かる巨大蜘蛛に防戦一方の先輩を見上げる美香は最悪の事態を考えないようにしつつ自分たちを取り囲む蜘蛛達が退散する事を祈るばかりだ。

「そうだ、あの時確か……オープンステータス!」

 美香は巨大カタツムリを爆殺した先輩が瞬時に戻れる何かを使っていた事を思い出し、マヨイガ内の情報確認用エアディスプレイを召喚。読めない文字に苦戦しつつもあちこちを触ってそれらしき物を探す。

「美香ちゃん!」

「えっ?」

 美香と英里子を取り囲んでプルプルをつつき回していた大蜘蛛達は体育祭の組体操の要領で積み重なって三角形の大きな壁を形成。そして全体の重心をずらしてこちらにゆっくりと倒れてくる。

「きゃああああ!」「いやぁぁぁぁ!」

 回避不可能な敵の押しつぶし攻撃を目の前に美香は英里子に覆いかぶさってかばう。


「華咲さん! 部長!」

 壁の蜘蛛の巣を足場にして逃げ回る敵を追いかけていた探はギガントスパイダーピラミッドの下敷きになった2人に気づき、クイーンアラネイア戦を放棄して助けに行こうとする。

『スパイダーボール!』

 部下の陽動により敵が背を向けるこの一瞬を待っていたクイーンアラネイアは近くにいた部下の巨体を掴んで力任せに放り投げる。

「ファイ……ぐあぁっ!」

 火球で撃墜する間もなく巨大剛速球の直撃を喰らった探はそのまま地面に墜落。

 受け身すら取れず硬い床に全身を激しく叩きつけられた探はこれまで味わった事の無い甚大なダメージを受ける。

「うふふ、惜しかったわねボウヤ! さて、まずは……貴方の守ろうとした娘達をおいしくいただきましょうか! お前たち! そいつに麻痺毒を打ち込むのよ!」

 指一本動かぬ探を見下ろすクイーンアラネイアはサディスティックな勝利の笑みを浮かべつつ部下達に命じる。

(くそっ……ここまで、なのか)

 美香と英里子を女王に献上すべくギガントスパイダーピラミッドが散開していく様を見る事しかできない探は自らの非力さを嘆く。


『ストーンスパイク』

「えっ?」「んっ?」

 次の瞬間、ダンジョン全体が轟音と共に鳴動し始める。

「ピギャァァ!」「ギョピャアア!」

 それと共に次々と床を突き破って飛び出して来る鋭利で荒削りな石柱がギガントスパイダーの胴を貫いて刺しつぶし、絶命させていく。

「てっ、撤収! 早く逃げろ!」

 部下のギガントスパイダーに撤収命令を出しつつ壁の蜘蛛の巣に必死でしがみついていたクイーンアラネイアも壁から突き出して来た石柱に突き飛ばされ地面に落下。

 幾重もの針山と化した石柱上に落下して負傷しつつも、大広間から逃げ出していく。

「ファッ、ファイア……ジェット!」

 全身打撲で動けない探もこの無差別破壊攻撃から逃れるべくとっさに自身の炎のエレメント塊を両手足に纏わせジェットエンジン噴射。石柱の届かない上空に逃れる。


「はぁ、はぁ……危なかった」

 自らのエレメント特性を活かしてとっさに閃いた技、ファイアージェットで暴走石柱から逃れ、上空でバランスを取ってホバリング体勢を保つ探は針山地獄と化した広間を見回す。

「もしかしたら華咲さんの時のように呉居さんが……?」

 いろいな事を考えつつ探が眼下の惨状を見ていると、どこかから水音が聞こえてくる。


「先輩! ご無事で何よりです!」

 串刺しは免れたものの、英里子と共に石柱に囲まれてしまった美香は上空でファイアホバリング中の雲隠先輩を発見。居場所を知らせるべく狼煙代わりに上げたミニ噴水に気がついて降りてきた先輩にしがみつく。

「華咲さん! 無事でよかった!」

「英里子ちゃんも無事みたいですし……ひとまずこの前のアレで脱出しましょう!」

「ああ!」

 体力を使い果たしてぐったりしている英里子を背負った探はエアディスプレイを召喚し、緊急脱出する。


「うっ……ううん」

「英里子ちゃん頭は大丈夫? これは何本? ほらっ、先輩も!」

 意識が戻った英里子を心配そうにのぞき込む美香と探はピースサインをちらつかせる。

「2人とも2本、合計4本……やな? それよりここは、あれ? あたしの服が……戻ってる?」

 英里子は蜘蛛女に捕まった時にびりびりに引きちぎられたはずの壇条学院制服を触って確かめる。

「ええととにかく……呉井さん。この度は誠に申し訳ございません!」

「英里子ちゃん、私もごめんなさい! まさかあなたまで巻き込まれるとは思わなかったの!」

 2人は芸術的な程に滑らかなモーションで英里子の前で上下座する。

「雲隠さんに美香ちゃん、こっちこそすまんかった! ウチ2人がかつごうとしとるんと思っとったんや! だから助けてもらって頭を下げんといかんのはウチの方や。とにかくここを早う離れんと……何が起こるかわからん!」

 先輩と友人による予期せぬダブル土下座謝罪に英里子はわたわたと謝って止めさせる。


 それからしばらくして、ロイヤルガスト迷処駅前店。

「つまり、あの時……ウチが何かに目覚めて2人が助かった。そういう事なんやな?」

 英里子は探のおごりでロイヤルフルーツパフェを食べつつ確認する。

「ああ、状況証拠からしてそれしか考えられない。ただそれがどう言モノか確かめるにはもう一度あのマヨイガに入るしかないだろう。だが……君を襲った化け物はまだ生きているのは間違いないからやめたほうがいいのは確かだ」

「まあそうやろねぇ……これは考え方の問題やけど、今後ウチも雲隠さんのように何の前触れもなくあのダンジョンに放り込まれるかもしれんやろ? その時戦える力があるなら生存率は上がると思わんか? それに聞いたところではあのバケモンは雲隠さんと美香ちゃんも苦戦したようやし、戦力が1人増えるっちゅうことはお2人にとってもええことやと思うけど、まあ2人があんな場所で秘密の逢引と逢瀬を重ねたいっちゅうなら止めんけど……」

「英里子ちゃん、ストップ! つまり英里子ちゃんとしては今後も私や先輩とあのマヨイガに入りたい、だから連れていけ……そういう事なのね?」

「せやせや、美香ちゃんは話が早くて助かるなぁ。まあ乗り掛かった呉越同舟って事で今後もよろしくな、雲隠さん」

「そんな事言われても……」

 英里子が取り出した私物スマホに記録された美香とのラブシーン再現動画を突きつけられた探は口をつぐむ。

「よし、そうと決まれば……雲隠さん、これから3人目のオカルト研究会メンバーとしてよろしくな! 入部届も忘れんようにな!」


【第5話に続く】

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