ダンジョンマスター先輩!!(冒険に)付き合ってあげるからオカルト研究会の存続に協力してください!

千両文士

壱ノマヨイガダンジョン:火乃宮編

第1話

『雲隠先輩、初めまして。私はこの度壇条学院高等部一年生となりました華咲 美香(はなざき みか)です』

「あれ、ここはどこ? 私、何を……」

 地下室のような石造りの頑丈な壁と床で構成された薄暗い空間。ひんやりと湿った床に倒れていた紺色のセーラー服の女の子は途切れ途切れの記憶を手繰り寄せる。

『中等部の頃は声をかける事が出来なかったのですが、私はいつも独りで寂しそうな先輩の雰囲気がたまらなく魅力的でした』

「そうだ、思い出した。私、雲隠先輩の下駄箱にメモを放り込んで……告白成就のパワースポットとして有名な校舎裏山の大桜で……どうしたんだっけ?」

 美香は冷たい床で冷え切ってこわばった四肢を動かし、何とか立ち上がるとスマホの懐中電灯で辺りを照らす。


『君がこのハートシール付きの手紙を入れてくれたの?』

「そうそう、あの後私は……本当に来てくれた先輩に本命ラブレターを渡して、すぐに開けて読んで欲しいって言って……そんな事より、ここはどこなの?」

 混濁する記憶の破片でジグソーパズルするかのような不快感に苛まれ続ける美香は薄暗く冷え冷えとした地下室を紡往う。

「スマホのGPS機能も……ダメみたいね」

 美香が居場所を探ろうと起動したスマホのGPSシステムはロードぐるぐるのまま全く更新される気配はない。

「ミェェェ……ミィィィ」

 聞きなれぬ奇声と共に重い何かがずりずりと近づいてくる気配に気付いた美香はスマホライトをそちらに向ける。


「えっ、これ何なの……よく出来た着ぐるみだよね?」

「ミィィィ……エェェェィ」

 目の前に現れた全高2メートルはある巨大なカタツムリが自分の日の前でぬめつく角をうねうねさせていると言う現実離れした風景に美香は目を自黒させるばかりだ。

「ミゲェェェイ!」

「えっ、きゃあああ!」

 次の瞬間、カタツムリの軟体から飛び出してきた触腕に足を絡めとられた美香は一瞬で持ち上げられて逆さ吊りにされてしまう。

「やめて、放して! バンツが見えちゃうよお!」

 カタツムリのバケモノはスカートを押さえて抵抗する美香を頭の角や触腕で触ってしらべていたが、その頭部が縦に二つに割け、細かいトゲがびっしりと生えた巨大な穴が出現する。


「いやぁぁぁぁ!」

 そのまま美香が巨大な軟体生物の消化器官に頭から押し込まれそうになったその時……美香の全身を青い光が覆い、下に向けた掌に光の魔法陣が出現する。

『ウオーター』

 食道に魔法陣からの高圧噴射水の直撃を受けた軟体生物はその激痛に耐え切れず美香を投げ捨ててもだえ苦しむ。

「ミギャァァァァ、ギャアアア!」

「えっ……今のは水?」

 食道を一瞬でずたずたに破壊された不幸な軟体生物と同じぐらいかそれ以上に自分が何をしたのか理解できない美香は尻もちをついたまま両手をくるくるしながら確認するばかりだ。

「アギャォォォ!」

「きゃあああ!」

 未知の生物である美香を捕食対象から敵対生物だと認識変更した巨大カタツムリは胃から吐き戻した強酸性の吐潟物の塊を発射して反撃を試みる。

『ファイア!』

 後ろの暗闇から飛んできた火球の直撃を喰らった吐潟物弾は爆散して消滅。

「ミゲッ?」

「えっ?」

『アクセラート』『エレメントプラスソード』

「動くな!」

「はいっ!」

 二重詠唱と共に美香の背後の暗闇から飛び出して来た乱入者はその手に持った炎を纏った日本刀の一閃で巨大カタツムリを殻もろとも縦に真っ二つに切り裂き、同時にその熱波で軟体部分を溶解蒸発させてしまう。

「華咲さん! 無事で良かった! 怪我はないか?」

「せっ、先輩……そのマントは? その刀はどこから? そしてここはどこですか?」

 檀条学院の制服上に赤いマントを羽織り、日本刀を腰に差した謎の人物。

壇条学院高等部2年生・雲隠 探(くもがくれ さぐる)先輩の登場に美香はこれまでの疑間を一気に吐き出す。

「とりあえずこのマヨイガを出よう! ステータスオープン!」

 雲隠先輩は日の前に現れたエアディスプレイをポチポチ操作し始める。

「ピッ、ポッ、パッと……よし、華咲さん動かないで!」

「はっ、はい!」

 告白してから数時間後、初めて憧れの先輩に抱きしめられた美香は先輩の胸に顔をうずめて目を開じる。


「華咲さん、もう大丈夫。目を開けていいよ」

 雲隠先輩の声に恐る恐る目を開けるとそこは関東地方の地方都市、迷処町(まよいがまち)の東にそびえる迷処山(まよいがやま)の頂上にある大桜の下であった。山のふもとに見える私立中高一貫校・壇条学院の白い校舎と迷処町のパノラマ、ローカル線路と幹線道路に美香は思わず腰が抜けてしまう。

「良かった、帰って来れたん……ですね」

 美香はスマホのGPSアプリで現在地確認しつつ安堵のため息をつく。

「華咲さん、今の場所の件なんだが……少し場所を変えて話せないか?」

「ええ、大丈夫です。どこに行きましょう?」

「じゃあ駅前のロイヤルガストにしよう」


 それからしばらくして、ロイヤルガスト迷処駅前店内。

「驚かないで聞いて欲しいんだが……あの地下迷宮は夢とかじゃない現実なんだ」

「そうですよね」

 夢と切り捨てるにはあまりにもリアルすぎる空間にグロテスクな化け物のぬめぬめ感。ある程度覚悟を決めていた美香はすんなりと探の言葉を受け入れる。

「僕もよく知らないのだが……この地域にはかつて多くの武士の信仰を集めたタメシヤ様と言う土俗神がいらっしゃったそうなんだ」

「タメシヤ様?」

 ドリンクバーの紅茶を優雅に飲んでいた美香は聞き返す。

「……武神様だとか、この地域を支配した強大な大豪族を神格化した存在だとか言われてはいるけど実態は不明。唯一伝わっている伝承は五つの試練の社を管理する『マヨイガ五神の主』と言う事だけ」

「マヨイガ? さっき先輩が言っていたあそこってまさか……」

「それもよくわからない。僕が伝承に基づいてなんとなくあの地下世界をそう呼んでいるだけだから。確かなのは僕はいつどこであの迷宮に放り込まれるかわからないと言う事、そしてあの世界で僕は火を操って化け物と戦える事それだけなんだ」

「えっ、じゃああの時私が水ドバーッ! って出来たのもそれなんでしょうか?」

「……あの場所から入ったのも初めてだし、人を巻き込んでマヨイガ入りしたのは僕も初めてだからそれはわからないとしか言えない。まあとにかく……今日は本当にごめん。華咲さんを危険な目に合わせたのは僕の責任だ」

 コーヒーを飲み終えた探は美香が渡してくれたラブレターを差し返す。

「気持ちは本当に嬉しいんだけど……君を二度と危険な目に合わせたくないんだ」

 探は2人分の伝票を手に取り、立ち去ろうとする。

「先輩、それは受け入れかねます」


 美香は先輩が取ろうとした伝票を上からテーブルに押し付けて止める。

「えっ、でも……しかし」

「もう我慢の限界なので本音でぶっちゃけますけど……先輩ってすごいんですね! 異世界ダンジョンでフアイアーとかスラッシュだなんてもう最高です!」

「えっ、えっ?」

 予期せぬ清楚系お嬢様の変貌っぷりに探は思わずたじろぐ。

「もうそういうの大歓迎です! 私、そういう冒険とか大好きなんです! どうか私も先輩のマヨイガの探索メンバーに加えてもらえませんか? お願いです!」

 本性を現したハイテンション美少女に手を強く握られ、キラキラの目でゼロ距離にまで迫られると言う事態に探は返答も出来ない。

「そして、私と一緒にオカ研を盛り上げてください!」

「はいっ…… ってええっ?」

雲隠 探、壇条学院高等部二年生。思いがけぬ出会いにより停止していた試練の歯車が回りだした瞬間だった。


【第2話に続く】

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