第11話


 漂白剤とアルコールが入り混じった独特な匂いがする。

 私はその匂いに嗅ぎ覚えがあった。

 病院や保健室と言った場所の匂いだ。

 私はモゾモゾと掛けられた布団を剥がし起き上がる。

 私が動いた事を察知してか、ベッドの脇に置いてある椅子に座った少年はスマホに落としていた視線を私に向ける。


「要約起きたか……」


 そういったのは仁科祐介にしなゆうすけと名乗った少年だった。


「ここは?」


 周囲を見渡すと採光や換気のための窓がある病室らしい病室ではなく、精神病院や死体安置所、手術室のような窓のない部屋であり、壁にはにはびっしりと呪符が張られている。その雰囲気は異様の一言に尽きる。


「ここは、東京都。国立病院の地下にある特別病室だ」


「特別病室?」


 私は聞いた言葉を、まるで乳幼児のように聞き返す。


「そう、特別病室。あなたは鬼神の強力な鬼気に充てられて、生成なまなりとなりました。その貴女を保護・封印するための特別病室です」


 少年はそう事務的に言うと手荷物タイプのスクールバッグに、手を突っ込むとコーヒーの缶を取り出した。

 カシュリと音を立ててプルタブを開けると、喉をゴクゴクと鳴らしてコーヒーを飲む。


生成なまなりとは、古くは日本で言えば狐憑き、西洋で言えば悪魔付きなんて呼ばれていた。妖怪の能力や特徴を持った人間の事をいいます」


「だから封印なんですか?」


「封印は貴女の中にある鬼を封じるものです。この業界では生成なまなりなんて珍しいものではありません。かの大陰陽師、安倍晴明の母は霊狐れいこと伝わっていますので、それが直接の原因と言う訳ではありませんよ……」


「良かった……」


 と安堵の息が漏れる。が、瞬間。

「じゃぁなんで私は、特別病室に入れられてるのだろう」と思考が巡る。


「まぁ通常の生成なまなり程度であれば、封印と呪術的修練、精神的な鍛練を積んだ上で定期的に検査を受ければ、普通に生きていく事は十分に可能だ」

「――――まぁ人工透析みたいなモノですよ」と付け加える。


「そんな……」


「まぁこの程度で済めば御の字だったんですけどね……」


「へ?」


審神者さにわ……取り分け強力な『神霊を降ろし依り憑かせる』霊媒体質である君は、記紀きき……日本書紀や古事記で語られる。玉依姫たまよりひめ玉櫛媛たまくしひめと同じ能力を持った巫覡ふげき……陰陽師協会でいう媛巫女ひめみこの才能を持っている。

 これは本来ならば陰陽師協会が幼少期から鍛え育てるような希少な才覚だ。今回君いた神霊は陰の水気を帯びた鬼神だったんだ。今は強力な封印を施している事に加えて、霊力の消耗が激しく休眠状態にある。君の才覚よりも危険性が高いと判断され上層部特に、デスクワーク組は君の秘匿死刑を求めている」


「秘匿死刑? どんな法的根拠があるって言うんですか!?」


「そう、秘匿死刑。『陰陽師の罪は陰陽師しか判断できない』だから、警察も司法も我々陰陽師を裁くのには無理がある。と言う事で陰陽師協会――――その前身である陰陽寮は古くから独自の私刑を行って来た。それを明文化し纏め上げて体系化したものが『陰陽法』だ。君の死刑を求めている彼らは、その秘匿法を根拠に君を殺したがっているんだよ」


「そんな無茶苦茶な……」


「そう。彼らの論理は『危険性が極めて高いから死刑に処せ』と言っているだけだ。ただそのデタラメな言い分を通せるような解釈を現行の陰陽師が認めているだけだ。

 現場に出ない。現場に出たけどブルっちまって奥に引っ込んだデスクワーク組は恐れているんだ。使役出来れば戦力になる鬼神の巫女……つまりは【玉鬼媛たまおにひめ】になってしまった君が、肉体の支配権を奪われ受肉した鬼神となってしまう事を……」


「それは仕方のない事かもしれませんけど……私としては気分の良い話ではありません!」


 仁科祐介と名乗った男に抗議しても仕方ないのだが、自分の生死が掛かっていると思うとふと口を付いた。


「ははははは、そりゃそうだろうね。伝え忘れていたけれど君は俺の式神になった」


 しかし少年は楽しそうにケラケラと笑う。

 その姿に私は心底イラっと来る。


「どういう事ですか? 助けてくれるって言ったじゃないですか!?」


「さっきも説明したけど、君が鬼に肉体を支配されている。このままだと秘匿死刑だ! と騒ぎ出す人物に心当たりがあってね。君の中の鬼を調伏し使役式つまり式神にしてしまえば、俺の持ち物となる。

 陰陽法では他人の式神や呪具などを取り上げるには厳しい条件が必要なんだ。だから君の中の鬼を俺の式にしたという訳だ」


「そういう事ですか……」


 助けられたことを喜べばいいのか。

 勝手に所有物扱いされている事を怒ればいいのか私には分からない。どちらかと言えば彼に対して好ましいという感情さえ向けてしまっている。

 これがストックホルム症候群と言うモノだろうか?

 

「はぁ」と短く溜息を付くと彼に、こう問いかけた。


「それで私はどうすればいいんですか?」


「取り合えず。シャワーを浴びてご飯を食べよう。まずはそこから是からについて説明しょう」


 そういわれたので私はシャワーを浴びて、ユニシロで買って来たと思われる。セックスフリーの可愛くないシャツとズボンを履いた。


部屋のなかにあったのは病院に、とても似つかわしくない。弁当屋の弁当とお茶が3つ置かれている。




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『あとがき』


 読んでいただきありがとうございます。

 本日から中編七作を連載開始しております。

 その中から一番評価された作品を連載しようと思っているのでよろしくお願いします。

【中編リンク】https://kakuyomu.jp/users/a2kimasa/collections/16818093076070917291


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