第3話



 戦前からある大きな蔵で、すでに少し埃を被った愛知県警と書かれた段ボール箱を開け、紫色の布に納められた刀を取り出す。


 江戸の世では着物の帯の間に刀を差していたが、現代でそんなかっこう和装をしているのは、伝統芸能の関係者か、ヤの付く自由業の妻ぐらいだろう。


 そのため現代の武家系陰陽師達は、太刀紐たちひもと言うヒモを使って刀の鞘にある金具を使って刀剣を固定する。

 一振りは、以前使っていた小太刀を、もう一振りは先祖伝来の刀を腰にはいし、念のため数枚呪符を拝借しておく。


 蔵の戸を施錠すると車に乗り込んだ。


「待たせたな」


「いえ、5分程度ですので……車を回してください」


「畏まりました」


 運転席に座った男性は返事を返すと車を走らせる。


「資料にも書いてあった通り、場所は東京某所の山間にある廃屋です。数年前から心霊スポットととして認識されているみたいで、騒々しい幽霊ポールターガイスト現象の報告が数件上がっていました」


「どうして霊度2と推察される状況を放っておいたんだ?」


 霊度とは心霊災害に置ける状況の段階を指し、例えば霊度1は『自然レベルでの回復を見込めない霊気の陰・陽への過度な偏向』の事を言う。

 今回の霊度2とはそれよりは多少強力と言った程度であり、本来なら低級の陰陽師が使わせられる案件だ。


「先輩も知っての通り、三年前の惨劇で中部、関東、関西周辺の陰陽師達は壊滅的な被害を受け、その穴埋めとして北海道、東北、北陸、中国、九州、四国、沖縄地方の陰陽師達が出ずっぱりの状態で、格階級も“準”級と言う名誉階級を導入する事で陰陽師協会は何とか勢力を保っている状態です。

そのため、近づかなければ大きな害の無い霊度の災害には退避勧告や封印、妖怪の間引きで対応している状態です」


俺が引退してから三年、そんな事があったとは露ほども知らかった。だからここ最近顔を見ないヤツがいるのか……


「なるほど、出来れば現役を退いたとはいえ、俺みたいな元高位陰陽師にその穴埋めをしてもらいたい、っていうのが協会上層部の考えて事か……」


 俺の質問に星川が直接答える事はない。

 それ故に暗に俺の推測が真実であることを認めている。


「到着しました」


 自動車のドアを開けると、自然に回復することはないほどの陰の気……瘴気しょうきただよって来て俺は思わず眉をひそめる。

 現役の陰陽師である二人にとって、この程度の瘴気しょうきは当たり前なのだろう。だが前線を離れ、穢に触れないようにして来た身としては少し辛い。

 

 周囲には東京は思えない山と林、来た道の方を見れば水で満たされた水田などの田畑が見え、目の前には何時の時代のものか分からないコンクリート造りの廃墟があるばかりである。

 こういった場所には肝試しに来る学生がいる可能性があるため、極力武器は使いたくない。

 スマホのライトで照らすが光を反射するようなモノはないらしい。


「ガラスなんかの痕跡がないほど風化した建物……第二次大戦の遺物か?」


「うーん瘴気しょうきが濃いですね。封印が緩んでいるのでしょうか? 封印を強化しないと……」


 何て呑気のんきな事を言っているが、実践経験を積んでいる俺には分かる。間違いなく鬼が顕現けんげんしている。


幾ら前線から長い間離れていたとは言えこの嫌な気配を忘れる事はない!!


『来るぞ!』


 そう直観がささやいた瞬間。腰にはいした剣に手を掛ける。


刹那!!


 走って来たのは数人の男女だった。その直ぐ後ろを牛のような顔をした多足のバケモノが土埃を上げて近づいて来る。

 大きさは2、3mと言った所か……


「土蜘蛛か牛鬼と言った所か……二人はアレ倒せる?」


 一応二人に訊いておく……


「足止めなら……」

「一般人の救助なら……」


 ――――と二者二様の回答をする。

「そりゃそうだろうね」と言いかけるが俺はその言葉グッと飲み込んだ。


「じゃぁ、星川が足止めを……運転手さんと俺が一般人の救助に当たるそれでいいか?」


 呪符を一枚取り出すと霊力を流し、呪文を唱える


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 運転手さんも呪符を取りだし呪文を唱えた。


臨兵闘者皆陣列前行りんぴょうとうしゃかいじんれつぜんぎょう急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 二人とも発動したのは、近接戦闘を得意とする武家系の陰陽師にとって戦闘の基本、『身体能力強化』の呪符だった。

 元々50メートル5秒後半の俊足が約半分まで早くなる。


ちっ! 術の係りが悪い……霊力が封印に持っていかれている性もあるだろうが、明らかに鈍っているな……


 二重で術をかけている運転手の方が僅かに脚が速く、先頭を走る男二人を小脇に抱えると、そのままの勢いで林の中に突っ込んだ。

 俺も負けじと脚を早める。

 小石でつまずいたのだろう姿勢を崩した女の子に手を伸ばすが届かない……が、


木行符もくぎょうふよ。悪鬼羅刹あっきらせつからめ取れ! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 地面が揺れ木の根のようなツタが出現すると、鬼の手足を絡めとる。

 その光景を横目で確認にしながらもう二人を小脇に抱え走り出す。


「ちょっと! 私は抱えてくれないの?」


「自分で走れ!」


 カチャカチャと太刀が金属音を立てているが、そんな些事を気にしている暇はない。


木行符もくぎょうふ悪鬼羅刹あっきらせつに頭を垂れさせろ 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 ――――と星川は追加で木気を用いた術を使い。あくまでも足止めに専念してくれている。

 実践経験は少ないハズなのに、俺の意図する事を忠実に実行してくれる……いい術者だ。




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TIPS 『牛鬼 (ぎゅうき、うしおに)』


 牛頭の鬼として描かれる事もあれば、江戸時代の絵巻物『百怪図巻』では、牛の首をもち蜘蛛の胴体を持っている姿で描かれ、『百鬼夜行絵巻ひゃっきやぎょうえまき』では同様の絵が『土蜘蛛』として紹介されている。

 その理由としては、牛鬼の伝承のバリエーションの多さや、共に病に関する伝説が存在する事に原因があると思われる。


頭部だけでも鬼、牛、龍、頭が八つの大牛、猿と多種多様で、


身体も同様に、鬼(人)、蜘蛛、虫、猫、虎、鯨と統一感がない。


付属品として両前脚にはムササビ・コウモリのような飛膜状の翼や昆虫の羽、3mを超える長い尾や剣のような尾などがあり、蛍のような緑光だったり怪火として描かれたり、伝承される事もある。


 金属の神が零落れいらくした姿や古い椿つばきの神霊、スサノオノミコト(牛頭天王)の化身ともされ、海に現れれば他の妖怪と共に現れる。とある学者の説によると巨大海獣を昔は纏めて牛鬼と呼んでいたとか。



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