第8話



「救援が来るまで足止めが必要ならば俺がする。お前は一度下がって救援班に状況の説明を頼む」


不承不承と言った声音で、「分かりました」と答えた。 

 

私はワイヤレスイヤホン越しに、仁科先輩の指示をうけ車のある場所に向けて山林の中を走っている。

 山林の間から見える先輩は、腰に下げた刀ではなく背中に背負った刀に手をかけると、抜刀し剣構える事無く刃を地面の方に向けて腕を降ろしている。


 あの口ぶりからして、自分が囮になるつもりなのだろう。

 それにしては、呪符を構えている様子もなければ刀を構えている様子もない。


「…………」


 イヤホンから微かに声がする。

 先輩が呟いているのだろう。

 恐怖の言葉か、私たちへの罵詈雑言か? と思い彼を犠牲にするのだから、最後の言葉だけは聞かなくてはと思い音量を上げる。


「オン・マリシエイ・ソワカ、オン・アビテヤマリシ・ソワカ、オン・アビテヤマリシ・ソワカ―――」


 何度も何度も同じ真言しんごんを唱えている。

 あれは、武神ともされる摩利支天まりしてん真言しんごんしかし、なぜ今それを?


 そんな事を考えている間に車に辿り付いた。


「乗ってください! さぁ、早く!!」


 私は車に乗り込むとバックミラー越しに先輩の動向を見守る。

 ここからでは良く見えないが恐らくは、印を結んでいるのだろう…………


「―――……封印術式解放! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう』!!」


 どんと胃のを強く突き上げられるような。強烈な威圧感と不快感それに恐怖心に襲われる。先ほどの鬼気よりも気分の悪い気配だ。

 一瞬で空気感が変わった。


不味い!


 車は急停車するもガードレールにぶつかる。


 気分が悪くおうと吐感と朦朧もうろうとした意識の中で少女は鏡に意識を向ける。


 まるで鮮血の如き緋色の刀身からは、もやのようなものが漂っている即座にそれが可視化できるほど濃密になった瘴気しょうきであると理解できた。


妖刀ようとう………」


 私の口を不意に突いたのはそんな言葉だった。

 それを聞いて運転手の男は声を上げる。


「あれは妖刀なんて生易しいものではありません。神仏が与えてくださったモノで近代では霊刀とも言われる天降剣あまくだるつるぎその一振りです。仁科家の刀の銘を呉藍朱雀くれあいすざくといいます。呉藍くれあいとは、中国の染料と言う意味で、紅花の別名であもありますそれが訛って紅となったのです」


「それであの美しい緋色の刀身……」


「さ、雑談はここまでです。早くこの場を離れましょうでないと巻き込まれてしまいます」

 

 こうして私たちはその場をはなれた。


………

……


「相変わらず刀身の封印を解放するだけでも堪える……」


 妖刀呉藍朱雀くれあいすざくは、我が家に残る記録によれば、幕府からの命で鬼やぬえ時には他藩や公家から遣わされた陰陽師を葬って来たとあり、この剣には敵襲を知らせるためにカタカタと震えたという逸話にはじまり、勝手に鞘から出て敵を斬ったという伝説まである。

 村正が幕府を、徳川を滅ぼす妖刀ならば、この呉藍朱雀くれあいすざくは幕府をまつろわす妖刀。とでもいったところか……


 抜き放たれた曇り一つな無い緋色の刀身美しく、刀身に映り込んだ満月が雅だ。


「姿を隠す隠形はソコソコ上手いみたいだけど、足元の土埃で丸見えだぞ?」


 水気が満ちているこの場でも、土気の術を何度も放ち比和ひわした状態なので一時的とはいえ土行の影響が強いからだ。


――――来る!!


 少女に憑依ひょういした黒腕の鬼の拳を太刀の刃でなす。


ガリガリと音を立て、火花を散らし黒く硬化した鬼の外骨格を斬り咲く……


「黒い腕の外骨格の硬度はそれほど高くないようだ……憑依ひょういしている神霊の質の問題か? 霊力の問題か……まぁ今はそんなことどうだっていいか……」


「XXXXXXXXXXXXXX!?」


 刹那。


 鬼は大きな口を開いて咆哮ほうこうを上げる。


「――――くっ!! 霊力を込めた咆哮ほうこう、言霊の一種か!?」


 俺はなけなしの霊力で体を覆うと、無差別に放たれる言霊を防御する。


「――――ッ!!」


 あまり強大な霊圧に、さらされた俺は苦悶くもんの声を上げる。


(生身で受けていれば、ショック死しても可笑しくないくらい強力な霊気だ……)


「本当はアイツ・・・にしか使うつもりはなかったけど……ここで試運転と洒落込もうか……」


「――――ッ!?」


 俺の言葉を理解してかしいるのかいないのかは分からないが、少女驚愕きょうがくの表情を浮かべる。


 胸元から一枚の呪符を取り出した。

 呪符には赤黒い血文字で、崩した漢字や梵字そして絵図が描かれている。

 その呪符になけなしの霊力を込めると呪符が燃える。


 ボウと言う音を立てて、青白い炎により呪符が燃えると呪符から縄や鎖と言った拘束具が現れ俺を取り囲む……


「――――くっ!!」


 縄や鎖によって俺の躰は拘束され、崩した文字のようなモノが体に入り込んでくる。

 伝承通りだな……


「――――ぐぁぁぁあああああああああああああああっ!!」


 目に見える形で蟲のように蠢くような “呪い” が躰に入り込んでくる。

 痛み、不快感、虚脱感と言った高レベルの呪いに晒された時特有の感覚が俺を支配する。

 この禁術・護國之護法影童子ごこくのごほうかげどうじは、先祖が封印・調伏した鬼神を使役することが出来る。

 効果は一つ強力な鬼神の封印を弱め、さらにそれを自身に埋め込む事で使えるようになる・・とされていたのがこの禁術だ。




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TIPS 『天降剣あまくだるつるぎ

『古事記』と『日本書紀』のなかで神武天皇の東征において、熊野で手こずっていた神武天皇への救援物資として武神・武御雷タケミカズチが天より与えた神剣でが起源。(恐らくは隕石を用いた隕鉄の鉄剣と思われる)

 その剣は布都御魂フツノミタマ佐士布都神さじふつのかみ甕布都神みかふつのかみとも言われており、石上神宮に二振り、鹿島神宮に一振りの現在三振り存在し、レプリカも二振り存在する。

よりで天降剣 (完全な創作です)

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