第3話 実験台
行方不明になった高田が今どこにいるのか、黒崎は考えていた。
――何となく、身近にいるような気がして仕方がない――
と感じたが、それも錯覚のようであり、そうでもないかのように思えた。
ただ、高田の裏に、誰かがシルエットで見えているようだが、それが誰なのか、知っている人に思えて仕方がなかった。
高田が行方不明になったのは突然というわけではなかった。彼はおおらかな性格で、しかも思いつきで行動することが多かったので、数日くらいなら連絡が取れないことも結構あり、誰も気にすることはなかった。
しかし、さすがに決まった就職先に初日から顔を出すこともなく、何ヶ月か過ぎると、実家に会社から通知が来た。
親展とはなっていたが、さすがにその頃には家族も、
「捜索願を出した方がいいのでは?」
と話していた矢先だったこともあって、気になって開けてみた。
するとそこには、解雇通知が入っていて、さすがに新入社員が一日も出社してこないのであれば、会社側としても解雇して当然であろう。通知が送られてくるだけマシなのかも知れない。早速、捜索願を警察に出したが、だからと言って、今まで見つからなかった人間が急に見つかるはずもない。
ただ気になったのは、
「何かの事件に巻き込まれていたりはしないだろうか?」
という心配だった。
警察組織で、身元不明の死体が見つかれば、高田ではないかということで調べてくれるに違いない。もちろん、これは最悪の場合のことであるが、そうならないことだけを家族は願っていた。
そういう意味では、見つかってほしいと思う反面、死体として見つかっていないことにホッとしている家族としては、これほど情けないと感じることもないだろう。
黒崎には少し気になることがあった。
黒崎が研究所に残ることになり、他の研究員は暖かく迎えてくれたが、一人だけ、黒崎を訝しそうに見つめている人がいた。
その人は生駒という名の研究員で、彼は新宮教授の右腕と目されている人だった。
黒崎が入所してから、二ヶ月経った頃に、黒崎の歓迎会が催された。他の研究員とはそれまでにだいぶ距離を縮めていたので、飲み会でも和気あいあいという雰囲気を作ることができたが、生駒研究員だけは、黒崎に睨みを利かせるだけで、馴染もうとはしなかたった。
黒崎も、生駒には一線を画していて、こちらからも睨み返していた。
すると、飲み会が終わり、一人家路につこうとした黒崎を後ろから呼び止める男がいた。それが生駒だったのだ。
「黒崎君。ちょっといいかい?」
意外に思い、生駒に近き、
「何でしょう?」
というと、
「君は、高田という男を知っているかい?」
「同級生の高田ですか? ええ知っていますよ。でも彼は今行方不明になっています」
というと、
「彼は今、新宮教授の元にいる」
「えっ、どういうことなんですか?」
「彼は、教授の研究を悟ったみたいで、教授に近づいてきたんだ。そして教授と話をしたらしいんだが、自分から教授の研究の実験台になることを進言したんだよ」
「教授の研究? それはどのようなものなのですか?」
新人の自分が知らないだけなのか、それとも知っているのは教授と生駒を含めたごく身近な人間だけなのか、そのことが一番最初に気になった。
「教授は、不老不死の研究をしていたんだ。もちろん、心理学の面からね。そこで生物工学の権威である鶴崎教授と共同で、不老不死、いわゆる「永遠の命」の研究を続けているんだ」
「永遠の命ですか? でも、不老不死と永遠の命という概念は、違うんじゃないかって思うんですが、僕の考えすぎですかね?」
というと、
「そんなことはない。君のいう通りなんだ。確かに不老不死と永遠の命とは違うもののはずなんだけど、それを生物工学だけで研究していると、どうしても混同してしまうらしいんだ。だから、鶴崎教授は心理学の権威である新宮教授を巻き込むことにしたんですよ」
という返事が返ってきた。
「そういえば、高田という男もSF小説が好きで、よく読んでいましたね。時々何を言っているのか分からないことを口にしていたので、自然と彼がそんな話をし始めると、急に彼のまわりから人が去っていくんですよ。でも、私はその場から立ち去ることができなかった。最初こそ、逃げ遅れたような感じで、聞きたくもない話を聞かされる羽目になったと思っていましたが、そんなことはありません。話を聞いているうちに、いつの間にか立場が逆転していることもあり、白熱するのは私だったりしていました」
と、黒崎がいうと、
「君をこの研究室にどうして教授が誘ったのか分かる気がする。きっと、君は自分で発想するよりも、人の発想したことを派生させる能力に長けていて、さらに他方に向けても末広がりに見ることができるのかも知れないね」
と言われると、まんざらでもないと思った黒崎は、
「確かにそうですね。私はSFやオカルトの話になると、時間を忘れて熱中してしまうこともまれではありません。いつの間にか話が脱線していることもありますが、その脱線は相手の望むところのようで、最後にはしかるべき場所に着地していることが多いので、私自身も、発想の派生に関しては、自分でも長けていると思っていました」
自慢しているようだが、黒崎は自慢することを嫌ってはいなかった。
自慢するにはそれなりに自分に自信がなければいけない。一度くらいは身の程知らずで許されるだろうが、二度三度と自慢が鼻についてくると、相手は訝しく思うに違いない。
しかし、これまで人からこの手の話をしていて訝しく思われたことはない。自信過剰といわれればそれまでだが、同じような話を同じ相手から何度もされれば、それは訝しく思われていないという証拠である。そう思うと、
――自信過剰くらいの方がいいのかも知れないな――
と感じた。
しかし、それはあくまでも自分が興味を持った話にだけであって、興味もないことに自信を持ちすぎるとロクなことはない。のちに教授と二人で飲むことになるその日を、この時黒崎は自分の中で想像できていたのかどうか分からないが、少なくとも生駒研究員との話は、自信過剰であったに違いない。
話を戻すことにしよう。
不老不死と永遠の命に違いがあるとすれば、
「言葉が違っているだけだ」
と思っている人がどれほどいるだろうか?
少なくとも新宮研究室のメンツで、そう思っている人はいないだろうと、黒崎は思っていた。
「不老不死というのは、その名の通り、年を取ることもなく、死ぬこともないということですよね。でも、永遠の命というのは、『年を取らない。死ぬことはない』ということではないような気がするんです」
と黒崎がいうと、
「というのは?」
と、相手を見上げるような表情で生駒が聞いた。
その表情は、相手を探っている表情で、ここでの返事が黒崎の力量を測っているかのようで緊張感に溢れていた。
「不老不死という言葉は、言葉の額面どおりであって、永遠の命は、その言葉の裏に含まれているものがあるはずなんですよ。つまりは、命と言う言葉に隠された『生きる』という意味ですね」
「死なないんだったら、生きるというのと同じ意味なんじゃないですか?」
「そんなことはありません。死なないというのは、どんな状態であっても生きていればいいんですよ。つまりは、植物状態であっても、あるいは、冷凍保存された状態であっても、死なないと言う言葉に含まれますよね。でも、生きるというのは、ただ生存しているだけではないんですよ。そこにはハッキリとした意思が存在し、その意思をつかさどっているのが、意識じゃないでしょうか? 意識は記憶とも結びついています。生きていなければ意識もなければ記憶もないと思います」
と黒崎がいうと、生駒は少し考えてから、
「じゃあ、今新宮教授と鶴崎教授が研究しているのは、どっちだと思いますか?」
と聞かれて、
「永遠の命なんじゃないかって思います。だって、心理学の権威である新宮教授が参加しているんですから、当然、意思がそこに働いているわけですよね」
「その通りです。永遠の命となるヒントは、遺伝子にあると鶴崎教授は考えています。専門外である新宮教授も、最初から遺伝子の問題だと感じていたようです。最初から二人の意見が一致していたのですから、研究を共同で行うというのは、当然の成り行きですよね」
「遺伝子ですか。確かに遺伝子は、親からの遺伝というだけではなく、生きているということの証明を、遺伝子ならたいていのことはできるんじゃないかって私も思います。遺伝子やDNAなどという観点に行き着く人はいるでしょうが、そこから先はなかなか踏み込むことのできない領域だったりします。一種のパラドックスのような観点だと思っていいんじゃないでしょうか」
というと、生駒は、
「永遠の命というのは、『死なない』ということなのか、『いき続ける』ということなのかのどちらなんでしょうね?」
と聞いてきた。
「同じじゃないんですか?」
と即答したが、答えた後、黒崎は少し考え込んでしまった。
その様子を見ながら生駒はおそるおそる話し始めた。
「そうなんでしょうか? 生きるということと、死ぬということ、これは人間にとってそのどちらかしかないという考えでいいんでしょうか? 確かに植物人間のように、死んではいないけど、生きていると言えるのかどうなのか、疑問に思うこともありますよね」
「それに、死を目前にして、死を待っているだけの人は生きていると言えるんでしょうか? 心臓が止まっていても、まだ脳が生きているので、生きているという判断になる。その瞬間というのは、どっちなんでしょうね」
と黒崎がいうと、
「ここまで細かなことに言及してしまうと、理論が整然としていないことになってしまいます。頭を整理した方がいいかも知れませんね」
生駒は、自分に言い聞かせるように言った。
この意見には黒崎も賛成で、少し黙ってしまった二人だった。
少しして、話し始めたのは黒崎の方だった。
「人の命って、一種類なんでしょうか?」
「どういうことですか?」
「人には寿命というものがあって、長い人もいれば、短い人もいる。もっと生きたいと思っているのに、道半ばで死んでしまわなければいけない人もいる。戦争などで理不尽に殺されたりもしますよね。特に戦争などになれば、命というものに対しての感覚がマヒしてしまうことだってあるでしょう? そんな時、奪われた人の命と、天寿を全うした人の命って、本当に同じ重たさなんでしょうか?」
「それはそうでしょう」
と、生駒は断言はできないようだが、またしても、自分に言い聞かせるように語った。
「本当にそうなんだろうか? 戦争中は、自分の命は国家のために捧げることが美徳とされ、それが常識のように言われてきた。でも今は一人一人の命が大切だっていう。そういう教育を受けているからなんだろうけど、もし、時代が変わって、今度は今想像もできないような何かのための命だということが常識になりかねない。人間なんて、プロパガンダによって、いくらでも考え方を変えることができるんだ。何が正しいなんて、歴史を勉強していれば、分かりっこないと思いませんか?」
黒崎は、今まで思ってはいたが、人にこのことを話すのは初めてだった。
「黒崎さんの意見は、私には承服できませんね」
と言われて、少し出鼻をくじかれた気がした。
しかし、それでも、黒崎の考えに変化が訪れることはなかった。
――しょせんは人に受け入れられるような考えではないんだ――
と考えていた。
それでも、黒崎は意地になっていたのかも知れない。
「承服できないのであれば、それも一つの意見でしょう。でも、僕は自分の意見を曲げる気はしませんよ」
というと、
「それはそれでいいんですよ。むしろ、黒崎さんのような意見の人が、今は少なすぎると思うんです。承服はできかねますが、貴重な意見だとは思いますよ」
生駒の話を聞いていると、
――彼もいろいろと考えるところがあるんだろうが、彼にとっての考え方というのは、消去法なのかも知れないな――
と考えた。
そして、黒崎のような考え方は、結構早い段階で、消去法に組み込まれていたに違いない。
「承服できない」
と言ったのは、それだけ早く消えたからなのだろう。
「じゃあ、生駒さんは永遠の命をどう思っていますか?」
と黒崎が聞くと、
「大切なことだと思いますよ。ただ、それはその人個人としてではなく、世の中のためという意味で大切だと言っているんです」
その言葉を聞いて黒崎は、
――どうやら、生駒という男、僕が思っているよりも、相当に現実的な人間なんだな――
と感じた。
黒崎は、自分のことを、
――人とは違う現実的なところを持っている――
と感じていた。
生駒に対しては、同じ現実的な人間だと言っても、交わることのない平行線であり、いわゆる、
――他の人と同じ一般的な現実的な部分を持った人間だ――
と感じた。
生駒の話を聞いて、
「そうですね、個人の範囲で考えるならば、生き続けるということは、その反面、死ねないということでもありますよね。死にたいと思った時に死ねない。それは辛いことだと思います。でも、それはいずれは死が訪れると思うから、辛さも我慢できるんじゃないでしょうか?」
というと、
「それは一種の理想論かも知れませんね。人間にとって『死』というのは、絶対的な恐怖だと思うんですよ。それを死にたいと考えるのは、よほどのことですよね」
「そのよほどのことというのは、『孤独』に直結していると思うんですよ。今まで自分に関わってきてくれた人が次々に死んでいく。それを目の当たりにしながら、自分は死ぬことができない。これは辛いことではないですか?」
という黒崎の意見に、
「孤独が、必ずしも辛いとは限らないでしょう。たとえば、自分は選ばれた人間だという自意識を持って、世界貢献していると感じることで、それを生きがいにできる人もいるかも知れない。ただ、それは絶対に強制できるものではなく、望んだ人のみに与えられるものでなければいけないんでしょうけどね」
という生駒の話に、
――それはもっともだ――
と感じた黒崎だったが、言葉に出すと、どうしても反論してしまう。
「それはそうなんでしょうけど、人間の考えというのは、刻一刻で変わっていくものなんじゃないでしょうか? 永遠の命を与えられた時は社会貢献に生きがいを感じたとしても、実際にまわりの人が次々に死んでいって自分だけが生き残るという運命を目の当たりにした時、どう感じるんでしょうね」
激論は自分の考えを凌駕しているような気がした。
「それは自業自得とでも言いましょうかもうどうしようもないことですよね」
「じゃあ、それを生駒さんは、後の祭りだとして、仕方ないと思われるんですか?」
「そう思わないと、この理屈は成立しません」
黒崎は、生駒のこの言葉を聞いて、自分がその場で凍り付いてしまいそうになるのを感じていた。
氷解を待つこともなく、自分から氷の壁をぶち破り、反論していた。
「だから、そもそも永遠の命なんてものは、成立させてはいけないんだ」
というと、
「それは宗教の類じゃないですか。宗教では永遠の命という発想は、『人間を作られた神に対しての冒涜だ』として片付けられるでしょう。神から与えられた人だけが持つことのできる永遠の命であれば、それは許されるということですよ」
「生駒さんは、宗教を信じているんですか?」
「いや、信じてはいない。だが、この世の中で理屈では解明できない不思議なことがあるのは事実なんだよ。私は現実的な考え方しかできないと思っているんだけど、この不思議な力だけは認めないわけにはいかないと考えることはよくありますよ」
「ずっと思い続けているわけではないんですね?」
「そうですね。あなたがさっき言ったじゃないですか、『人間の考えというのは、刻一刻で変わっていくものなんじゃないでしょうか?』ってね。私もその意見には賛成なんですよ」
巡り巡って、考え方が一致する部分もあるということは、二人の考え方は、話をしているうちに、次第にお互いのまわりを回っていて、近づくことはないが、
――いずれどこかで同じ発想になることもあるのではないか――
という思いを抱かせた。
宗教の話に入り込むと話がややこしくなると思ったのか、
「まあ、宗教の話は置いておきましょう」
と、生駒の方から言い出した。
これが契機になり、少し興奮状態になりかかった話は、少しトーンダウンした。冷却するにはどれくらいの時間が必要なのだろう?
しかし、次の瞬間、黒崎は急に気を失いかけるような言葉を生駒の口から聞くことになる。
「ところで、高田という男のことなんだけど」
生駒はゆっくりと話し始めた。
「えっ、高田ですか?」
唐突といえば唐突だが、考えてみれば、「永遠の命」についての話を始める前、つまりは最初のきっかけは高田の話だった。
その話がまるで遠い過去を思わせるほどに感じるのは、きっと、ここまでにしていた「永遠の命」に対しての話が紆余曲折のうちに、話が拡大して行き過ぎて、収拾がつかなくなりそうなところを、強引に収拾をつけたことによって、まったく違った話をしていたかのような錯覚に陥ってしまっていたからなのかも知れない。
「高田という男、教授と一緒に二人だけで秘密裏に研究を続けていたんだ」
その話を聞いて、本当であれば、
――そんなバカな――
と思うのだろうが、黒崎はむしろ、
――それはそうだろう――
と感じた。
なぜなら、高田は急に行方不明になり、友達の自分はおろか、家族にも知らせていなかったからだ。高田の家は黒崎の家のように複雑な家族関係ではないと聞いている。表向きには平然とした家族関係でも裏に回ればどうなっているか分からないことも少なくはないが、高田に限ってはそんな裏表はないと思えた。
なぜかというと、
――高田という男は品行方正で天真爛漫なところがあるので、裏表など考えられない――
いわゆる、「お花畑」発想である。
しかし、逆に話の内容は至極真面目で、普段の彼の様子から話の内容まで浮いたものだと思っていると、痛い目にあうこともある。
それは彼と話をしていて、自分だけが先走ってしまって、気がつけば置いてけぼりになっているという一種の錯覚に見舞われることがある。そんな時に感じるのは、劣等感であり、屈辱感だった。
しかも、高田という人間が、優越感や相手を見下すような感情を示しているとすればまだ分かるが、少なくとも表にそんな感情を示していないことで、余計に自分だけが感じることで、情けなくなってしまうのだった。
そんな不思議な感覚を抱かせる高田には、本当に心を割って話のできる相手はいなかった。一番の親友だと思っている黒崎も、実際のところは分からない。黒崎自身、友達が多いわけでもなく、親友と言える相手は高田しかいないと思っているので、
――相手の心なんて、そうそう分かるものではない――
と感じていた。
そして、今回の高田の行動であるが、ある意味では分からなくもない。
高田の心境を思い図らんとすれば、きっと最後まで理解することはできないだろう。相手を理解しようと思えば、相手の行動を自分に当て嵌めてみるしかない。
――僕だったら、高田のような行動に出られるだろうか?
そう思うと、きっと行動に出ることはできないと思う。
その理由は、踏み出す一歩に勇気が持てないのだ。何か余計なことを考えてしまい、前後のことや、損得を考えてしまうことで、最後の一歩を踏み出せない。少しでも感じた未来に対し、不安の欠片でもあったなら、最後の一歩は踏み出せない。
最後の一歩の前には誰もが立ち止まる。これは本能のようなものだろう。そこで考えることに対して、損得、将来への不安などのネガティブな発想はタブーなのだ。少々のことであれば、損得、将来への不安を考えることもなく、それこそ本能のままに、そのまま突き進むだろう。立ち止まったという意識を持っている以上、その人にとっては、少々のことではないのだ。
自分にできないことをできるためには、本能の赴くままに行動できる人でなければいけない。今まで高田を見ていて、迷うことがあれば、そのほとんどは行動に傾いていた彼なので、いつも自分と比較することで、彼との距離を測り、そして親友として考えを交換しあうことのできる相手であると再認識していた、今回は、自分と比較することで、彼の行動を自分に納得させた。
――自分の行動には自分を納得させる力が必要だ――
と常々考えている黒崎は、高田に対して自分が考えている基本的な思いを思い出していた。
「高田さんと教授は永遠の命を実際に発見したんでしょうか?」
「どうやら、発見したようです。私が最初にその話を聞いたのは、三か月前でした」
三か月前というと、高田がいなくなった頃であった。
そのことに矛盾を感じた黒崎は、
「それはおかしいですね。高田さんが行方不明になったのがちょうどその頃だったんですよ。ということは、高田さんは行方不明になる前から、研究をひそかに続けていたということでしょうか?」
「ええ、そういうことになります」
「じゃあ、どうして途中から行方不明になったんですか? 行方をくらまさなければいけない理由があったということですよね? この研究に関係のないところで行方不明になったということでしょうか?」
黒崎は、矛盾だらけの話に頭が混乱しないように、少しずつ整理して考えることを心掛けていた。
「いえ、そうじゃありません。高田さんはこの研究の最中に行方不明となられたのです。つまり、研究において行方不明にならなければいけないという何らかの事由が生まれたということですね」
生駒の話は想定外すぎてついていくことができなかった。
「その理由を生駒さんはご存じなんですか?」
「ええ、知っています。私もいきなり聞かされたので、その時は話についていけませんでした。でも、私と違って黒崎さんなら何となく理解できると思っているんですよ。私がこの話を理解するまでに、一週間かかりましたからね」
「理解できたんですか?」
「理解するというよりも、事実を見せつけられると、理解するもしないもなかったですね」
事実はどんな何ものよりも優先する。たとえ、真実と違っていたとしても、事実は曲げることができないのだ。
――では、真実は曲げることができるというのだろうか?
と考えていると、もう一つの疑問が湧いてきた。
――真実は必ずしも正しいといえるのだろうか?
という思いである。
事実は必ず一つのはずだが、真実も一つだといえるのだろうか? テレビやドラマなどでは、
「真実は一つ」
と、判で押したようなセリフをよく聞く。
しかし、本当に真実が一つなのかどうか、誰が証明できるというのだろうか?
もっと言えば、
「真実というのは、個人個人で違うものであり、他人に強制できるものではない」
と黒崎は思っていたが、それでは、紛争や言い争いなどが起こった時、その真実はどこにあるというのだろう?
また、それを誰が証明できるというのだろう?
そうやって考えてみると、証明するということがどれほど困難なことなのか、その場にかかわっているすべての人が納得しないと、証明できたと言えないのではないだろうか?
黒崎は、その場にかかわっているすべての人がン納得できるような結論を導けるだけの証明など不可能ではないかと思っている。そもそも証明ができるのであれば、最初から言い争いや紛争などできるはずもない。ただ、時間ごとに状況は刻々と変化している。理解できなかったことも、少しはできるようになっているかも知れない。だが、それは次第に理解しあえているわけではなく、妥協を模索しているだけなのかも知れない。その妥協がお互いに最接近した時、納得したような気になっているのではないだろうか。
つまりは、
――証明などという言葉で片付けようとするから難しいのであって、検証だと思えば、もう少し気楽に考えることができる――
というものだ。
証明と検証はどこが違うのかというと、
「証明とは一発で成功させなければいけないものであり、成功させるということは、納得させるということである。しかし、検証というのは、その段階ごとに途中経過としていくらでもできるものだ。たとえ道が間違っているとすれば、検証の途中で気が付けば、軌道修正もできるだろう。そういう意味では、科学者が相手を納得させるために行うのは、証明ではなく、検証なのだと言えるのではないだろうか」
と黒崎は考えていた。
そういう意味では、真実の証明とは、「検証」のことであり、検証を重ねていくうちに真実が一つなのか、複数なのかが判明していく。少なくとも研究員の考え方としては、
「真実は一つ」
という考え方から出発しないと、堂々巡りを繰り返してしまうことになるだろう。
「生駒さんは事実を見られたようなんですが、その事実とはどういうものなんですか?」
「実は、高田さんはこの研究の実験台になっているんです」
いきなりの言葉にビックリした。
ポカンと口を開けている黒崎を横目に生駒は続けた。
「高田さんは、実は不治の病に侵されていました。そのことは最初は本人も知りませんでしたが、でも、どうやらウスウス気付いていたと言われていました」
――高田の性格からいうと、きっとそれはウソだろう。ウスウス気付いていたというのは、いわゆる「負け惜しみ」であり、それは弱いところを見せたくないという精一杯の抵抗だったんじゃないだろうか?
と黒崎は考えた。
そう思うと、高田が気の毒に思え、同情が頭をかすめていた。
その様子を生駒は訝しそうに眺めていて、今にも苦虫を噛み潰したような顔になるのではないかと思えたほどだ。
「黒崎さんは本当に正直な方だ。考えていることがすぐに顔に出る。でも、本当のあなたはそうではないはず。今あなたのした同情を思わせる表情は、見ている人に不快感を与えかねませんよ」
と言われてハッとした。
普段なら、
――鬼の首でも取ったかのような言い方をしなくてもいいじゃないか――
と感じ、露骨に反発した顔になるのだろうが、最初から納得のいかない話ばかりで、反発する気分にもなれなかった。
「まあ、正直というのは痛烈ですが、同情をしているつもりはありません」
負け惜しみとも聞こえるあからさまな返答しか思い浮かばなかった。
それを聞いて、生駒は一瞬ニヤッと笑ったが、それ以上は突っ込むことはなかった。話題を先に進めて、
「そこで高田さんは、自分がどうして教授の研究に力を貸す気になったのか、自分では納得していたようです」
「ところで、高田さんが教授の研究に力を貸すようになったきっかけは何なんですか?」
「それは、教授がスカウトしたからです。さすがに教授も最初は高田さんが不治の病に侵されているとは思っていなかったようなんですが、実験台になってくれる相手を探していて、偶然あなたと一緒にいるところを見かけたらしく、そこでスカウトする気になったようです。いきなり実験台としての相手を探していたわけですが、それを納得させるには、本人にも研究お理解させる必要がある。いきなり実験台に使うなどという非人道的なことができるほど教授は非道な人間ではないということです」
「じゃあ、その過程で高田が不治の病だと知った」
「ええ、教授は実験台にするための調査も並行してしていた。その時に彼が不治の病だと気が付いて、それを使用することにしたんです」
事実と真実という言葉が黒崎の頭の中を駆け巡っていた。
――高田が不治の病だということが最初の事実であり、彼を実験台に選んだことも事実。しかし、実験台に選んだことが真実なのかどうか、誰が分かるというのだろう?
黒崎は、生駒の話を聞きながら、自分の中で事実と真実が次第に離れていっているのを感じた。
それはまるで幽体離脱のようで、肉体から精神が離れていく情景を思い浮かべ、魂が目の前にある自分の肉体を見つめて、
「まるで鏡を見ているようだ」
と、口にしても、声にならないことを分からずに、ただ信じられないという思いが、頭を巡っているようだった。
「新宮教授は実験台を見つけて、実験台にふさわしく、納得させることに力を注いでいたんでしょうが、その間、鶴崎教授は研究のためのマシンを作っていたということでしょうか?」
「そうですね。もちろん、実験をするには、実験台になる人間に適応した機械を作る必要がある。生物的な研究は新牛教授が担って、科学的なところは鶴崎教授の持ち場だということですね」
「生駒さんは、この研究にどのような役割があるんですか?」
と聞くと、初めて生駒がドキッとしたような表情になった。
――僕は核心部分をついたのかな?
と思った。
すると、しばらく考えていた生駒は、
「それはおいおい分かってくることですよ」
と、初めて答えを渋った。
ここまで話をおぼらーとに包むことなく露骨とも言える表現をしてきた生駒に、初めて変化が訪れたような気がしたのだ。
「ところで、高田さんは今どこにいるんですか?」
と聞くと、
「彼は今、研究の検証中にいます。だから表に出すことはできない。人間にとって一番デリケートな感情を、彼は今感じているとでも言っておきましょうか」
露骨ではないが、話の内容は曖昧ではない。
もし、今の生駒の話を曖昧だと感じたとするならば、それは生駒という人間に対して、まったく信用していない人が感じることだろう。ここまでの話を聞いて、少しでもイメージできた人がいるとすれば、曖昧には感じないと黒崎は感じた。
だが、たいていの人は生駒の話をまともに聞かないだろう。同じ心理学を専攻している人であっても、信憑性がある話だとは思わない。逆に心理学を専攻している人ほど、
「信じられない」
と感じるだろう。
それは学者としてのプライド、虚栄心、そして認めてはいけないという結界が見えているからに違いない。
「検証って、そんなに何度も繰り返すものなんですか?」
黒崎はここでも矛盾を感じた。
――一人の人を対象に何度も試みて、比較する相手もいないのに、検証になるのだろうか?
と思ったからである。
研究するには、比較する相手があってこその検証ではないかと思っている黒崎は、
――僕の考えが違っているのだろうか?
と不安になってきた。
今まで、心理学を研究してきて、不安に感じることはあまりなかった。
それは、自分が前をまっすぐに向いていて、上ばかりを目指しているということを分かっているからである。しかし、ここにきて、研究員として新人の立場で見ていることに初めて不安を感じたのだ。
――新人の僕なんかに、そんな大それた話をして、どういうつもりなんだろう?
と感じたからだ。
そして、今度の話を聞きながら、黒崎は、
――聞いている話の矛盾ばかりを探しているような気がするー―
と感じた。
研究を重ねてくると、当たり前のことに対してであっても、いかに疑問に感じるかということが大切だということを分かっている。
「疑問を感じるということから、研究は始まるんだよ」
と最初に言われたのを思い出したが、考えてみれば、それは研究に限ったことではなく、進級、進学のたびに聞かされてきた、
――当たり前のことー―
を念を押して言われているだけだった。
ただ、いきなり当然のことを言われた後は、そのすべてが想定外のことであった。しばらくの間はそのギャップばかりを感じていると、そのうちに感覚が鈍ってくる。そのおかげなのか、それ以降自分の研究における考え方で、
――納得のいかないことはなくなるのではないか?
と思えるようになってきた。
「研究なんていうもの。自分で納得さえできれば、そこから先はその繰り返し、堂々巡りを繰り返していると思っても、間違いなく前を向いていることになるんだよ」
と教授に諭されたのを思い出した。
そのことを、生駒と話しながら感じていると、生駒の唐突の話も、自分なりに納得できるのではないかと思えてきたのだ。
「黒崎さん、あなたが考えていることは結構分かりやすいですね。僕の考えに近いということは分かりました。だったら、きっと今話していることも、時間を掛けることもなくわかってもらえると思っていますよ」
と生駒は話した。
少なくとも行方不明だと思っていた高田は教授の元にいる。そして実験台という言葉にすると大問題になりそうなことも、黒崎はこの話の間に理解できることだと感じるようになっていた。
だが、少し不思議にも感じられた。それは、高田が不治の病だということを理解した時、すぐさま実験台に承服したということだ。
「高田さんは、すぐに実験台に承服したんですか?」
と聞くと、ハッとした表情をした生駒だったが、すぐに元に戻り、
「お察しの通り、すぐに彼は承服していないようでした。どこに引っかかっているのか分からなかったんですが、少し考えてから、承服したんです」
「彼が不治の病だと分かってから、すぐに彼に実験台を申し出たんですか?」
「いいえ、そんな無粋なことはしません。考える時間を与えないような露骨なやり方は、こちらとしても後味が悪いですからね」
「なるほど、分かりました」
「どういうことですか?」
「彼は我々が考えているよりもかなり頭がいいんですよ。最初に自分が不治の病だと気づいた時、何を考えたのかを想像してみました。まず、自分の残りの人生をどのように生きるかを考えると思うんですよ。もちろん、ショックも大きいでしょうから、我々の想像の域を超えるかも知れませんが、彼の性格からすると、楽しく過ごすことを考えたかも知れない」
「私なんかは、どうしてもネガティブにしか考えられず、刻一刻と死に向かって進んでいることに焦りを感じ、何も考えたくないと思うかも知れませんね。時間がないなんて今までには試験勉強以外では考えたことはありませんからね。試験以外で時間がないなんて想像もつかないし、タイムリミットの先には何もないわけですから、気力がなくなっても仕方がないと自分に言い聞かせているかも知れません」
「その通りです。それが普通の人間なんじゃないでしょうか。だから、患者への告知に対して、医者は神経質になるんです。皆同じ性格であれば、マニュアルどおりにできるでしょうが、人によっては失望して、その場で自殺を考えるかも知れない。先がないのだから、それも仕方がないと思いますが、そのまま死なせてやるわけにはいかないのが現状ですからね」
「本当に難しい問題です」
と生駒は言ったが、
――そこまでは同意できる――
と、黒崎も考えた。
黒崎は続けた。
「動物によっては、死期が迫ってくるのが分かるらしいんですが、そういう動物に限って、自分の死ぬところを他の連中に見せたくはないらしいですよね。一人孤独に死んでいくという習性なんでしょうが、それも本能からくるものなのでしょうか。私は黒崎を見ていると、そんな動物たちを思い出すんです」
「彼には、動物的な本能が備わっているということですか?」
「ええ、そうでしょうね。彼を表から見ていると、動物的なところを誰も感じないと思いますが、あの人の天真爛漫なところは、よく考えてみれば、本能の赴くままだと思えなくもない。だから、彼のまわりにいつも人がいるから、孤独を感じていないように見えるかも知れませんが、彼は決して自分から人に近づいているわけではないんですよ」
と黒崎は分析していた。
「じゃあ、彼が人を引き寄せるというわけですか?」
「ええ、だから天真爛漫に見えるんです。自分から人に近づいているのであれば、きっと天真爛漫に見えることはないと思うんですよ。その証拠に、私は彼の本当の背中を感じたことはないんです」
黒崎は、昔風俗に連れて行ってもらった時、その大きな背中を感じたことがあったが、それは彼の本当の背中ではなかったことに、今気付いたのだった。
「俺の背中を見たって、何もないぞ」
と、その時笑って高田は話したが、その言葉の意味を理解していなかった。
「どうしてなんだ?」
と、聞ける雰囲気でもなかったので、そのまま疑問として頭の中に残ったが、その疑問は悶々としたものではなく、感覚的び、
――いつか理解できる時がくる――
という確信めいたものがあったのだ。
黒崎の背中は、何も語っていない。あれほど大きな背中を感じれば、何かを語ってくれてもいいのではないかと思うのだろうが、その時、そのことが分からず、
――何かが違う――
としか感じなかったのだ。
今は分かる気がする。
――黒崎の本当の背中は、正面から見て、透けて見える背中だったんだ――
というのが、彼の孤独を証明することでもあった。
「お前には分からないだろうが、俺って孤独な人間なんだぜ。だけど、ネガティブな孤独ではなく、孤独を愛すると言えば、格好がよすぎるか?」
と言っていたのを思い出した。
「寂しくないのかい?」
と聞くと、
「寂しくなんかないさ。孤独というのは俺にとっての自由のことさ。他人に左右されない自由な時間を、自分ひとりで謳歌できるんだ。これほど素晴らしいことはないさ」
他人が聞けば、言い訳にしか聞こえないようなことでも、高田がいうと、説得力がある。しかし、あまりにも見た目とピッタリ合っていたので、その存在感が薄れて感じてきた。そのため、その言葉を、黒崎は今まで忘れていたのだ。
「高田さんという人は、本当に正直な人だと思うんですよ。正直すぎるので、彼が本音で話したことが、聞き手にヒットしすぎるのか、その印象は想像以上に薄いものなんじゃないかって思うんですよ。だから彼が本質をつくような話をしたとしても、その人には響いてこない。それが彼の損なところであると思っていました」
と黒崎がいうと、
「その通りだと思います。私も今まで高田さんは天真爛漫なその表向き名雰囲気を直視していたせいか、大切なことを見失っていたような気がするんです。でも今、黒崎さんの話を聞いて、私も感じました。でも、あなたのように高田さんが損なところがあるとは思いません。損に見えるようなところがあるんだって思うようになりました」
と生駒が話した。
「実は、高田さんは彼なりの心理学についての意見をハッキリと持っていたんですよ。新宮教授と心理学について、数日間、いろいろ話をしていたようです。内容までは分かりかめますが、教授がいうには、『この男、このまま人生を終わらせるにはもったいない』と嘆いていたんですよ」
生駒は思い出したようにそういうと、
「えっ、じゃあ、最初から高田さんは実験台として選ばれていたわけではないんですか?」
「ええ、心理学の話を数日間教授をすることで、教授はすっかり高田さんに陶酔していたようです。そこで鶴崎教授と相談して、高田さんを説得するように話をして、その時の身体検査にて、彼が不治の病であることが分かったんです」
「じゃあ、私が考えていたのと順番が逆だったわけですか?」
「ええ、でも、高田さんにとっては、逆ではなかったんです。あの人は自分がもう長くないということを悟っていたようなんですよ」
「というと?」
「さっき、動物の話をされましたが、まさにあの話の通りなんです。高田さんは自分がこのまま死んでしまうことを予期していたので。どのような孤独な死を迎えるかを考えていたようです。その頃には、彼にはこの世に対しての未練はなかったようです。きっと人とかかわりを持たないように本能的にしてきたんでしょうね。人を好きになることもなく、自分から心を許せるような親友を作ることもなかった」
という生駒の話を聞いて、
――なぜ、彼が風俗に連れていってくれたのか分かった気がする。彼自体、人を好きになることを拒否し、人生をいかに楽しむかということを本能的に考えていたからなんだろうな――
と黒崎は感じた。
――もし、僕が高田の立場だったら――
と考えた。
――心を許せる友達を作りたいとは思わなかったかも知れないが、女性を好きになるという気持ちはあったかも知れない――
と思ったが、その両方を同時に満たすことのできない自分が、高田と違って中途半端であることを感じると、
――もし、僕が不治の病の宣告を受けたら、きっと高田のように、納得いく人生で終えられれば、自分の運命を素直に受け入れるというような心境に至ることはないのではないか――
と思った。
それは未練という言葉で簡単に片付けられるものではない。そのことを自分に納得させることはできないからだ。
――あの時、風俗にどうして僕を誘ってくれたんだろう?
と考えた。
後から聞くと、彼に風俗に誘われたのは、後にも先にも黒崎だけだったという。
あの時、ちょうどタイミングがよかったというだけで、本当に片付けられるものなのであろうか?
「君にも、私の実験台になってもらいたいんだ」
と、教授に言われたらどうしよう?
黒崎は自分が永遠の命を授かった時のことを考えた。
まず頭に浮かんでくるキーワードは、「孤独」であった。
そして、孤独という言葉を思い浮かべた時に、感じるのは、動物が死を目の前にした時に、他の連中に知られず、自分だけの死に場所を得ようとするのを考えた。
と、そこまで考えた時、黒崎は自分の意識が遠のいていくのを感じていた……。
「死ぬことこそ、孤独という自由を得ることなのかも知れない」
と感じたが、
「永遠の命というのも、同じものではないか?」
と感じた。
「じゃあ、結論として、死ぬことと、永遠の命を得るということは同じことであり、孤独という自由を得ることなんだ」
という三段論法を考えていた。
その思いが頭を巡った時、目の前のカプセルの蓋が開き、それを覗き込んでいるのが高田だった。
「やっとお前も目覚めたか」
その言葉を聞いて、自分が冷凍保存の機械からよみがえったことを感じた。
「ここはどこなんだ?」
「ここは、孤独という自由を得ることができる世界なんだ」
表に出ると、機械で覆われた部屋にいることに気付いた。その向こうにはもう一つのカプセル。それが高田の入っていたカプセルだった。
「俺たちが手にしたのは、永遠の命なのか、それとも死なんだろうか?」
と高田に聞くと、高田は黙って機械を操作していた。
機械には、
「二○九八年五月一八日」
と書かれていたが、高田がそれを指差して、
「もう、俺たち以外の人類は、この世には存在しないんだ」
と言って、孤独な表情をした。
しかし、その表情からは、寂しさは感じられない。
そして、一言、
「生命学とは、心理学と科学の融合なんだそうだ。これは、新宮教授の最後の言葉だった……」
いったいこの世はどうなってしまったのだろう?
すべてが消滅してしまった今、自分たちが生きていた世界のことは永遠の謎になってしまったのだ……。
( 完 )
永遠の命 森本 晃次 @kakku
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