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 それからイベルさんは洞窟から運び出され、私達もそれと一緒に外へ。依然と何も分からないままだったが、取り敢えずマイラさんの家へ二人と共に戻った。

 最初のようにテーブルを挟み座る私達。でも最初と違い、辺りには何とも言えない気まずさを含んだ沈黙が漂っている。さっきの事を訊きたい気持ちはあったが、口は重く開きずらい。


「折角、一日滞在して参加して下さったのにすみません」


 すると、沈黙の中をマイラさんの声が静かに泳いだ。小さく謝罪し頭を下げるマイラさんだったが、そんな必要な全くないと思ってる私にとってはむしろ申し訳ない。


「いえ。そんな謝る必要なんて……。むしろ私達が貴重な体験をさせて貰ってる方ですし」

「あの、もしよければ訊いて良いですか? さっき事。魔女族は女性のみ魔力を有するという事は知ってます。でも僕らが知らないような事があるようなので」


 会話と言うには余りにも小さくぎこちなさがあるものだったが、それにより多少なりとも沈黙の重みが緩和されたからか、コルさんは私達が抱えていた疑問を丁寧にマイラさんへと差し出した。


「仰る通り我々は女性のみ魔力を持っています」


 それを受け取ったマイラさんはゆっくりと口を開いた。


「そして女の子のみ一定の年齢になると儀式を受け、魔力を操る術を学んでいくのです。ですが、ごくごく稀に男の子でも魔力を持っている子が誕生することがあるそうなんです。私も半ば御伽話のような感覚でした。それ程までに稀な出来事で、数百年前に一度あった程度。そして皆さんも最早お分かりでしょうがこの子は――男の子なんです」


 言葉と共にマイラさんは隣に座るマギちゃんの頭を優しく撫でた。その微笑ましさを感じる光景を目にしながら私の脳裏に浮かんだ疑問。でもそれを口にするより先に代弁するようにレナさんが尋ねた。


「でもあの儀式を受けてから魔力を操る術を学ぶなら、黙ってれば分からないんじゃないですか? 最初から正直に男の子って言えば……」

「我々は出産の際、あの洞窟へ行きます。母親と産婆で洞窟へと行き、そこで出産するのが仕来りです。生まれた子は男女問わずにキルピテル様の祝福を受けます。その際、もしその子が魔力を持っているのなら泉の水は一瞬ですが神々しく光を放ち、それに連動し村の中央にある溜まりも光を放ちます」

「それで分かるって事かぁ。基本的に女性しか魔力を有する事は無いから溜まりが溜まりが光れば女の子、そうじゃなければ男の子」


 納得したと一人頷くコルさん。


「その通りです。ですが、光は魔力を持っている者に反応します」

「だからマギちゃんの時も反応した。でも言えばいいんじゃないですか? 魔力を持ってる男の子だって。それだけ稀だとむしろ凄い事じゃないんですか?」


 他意は無い。私はただ話を聞いて持っている情報だけでそう尋ねただけ。でも結果的にそれが相手にとって良くない言葉になる可能性もある。まるで練習として放った矢が偶然通り過ぎようとした動物に刺さってしまうように。


「もしそうだったら私もすぐに村のみんなに言っていたと思います。ですが我々の間では魔力を持った男の子は、災厄が訪れる予兆――忌み子として扱われるのです。なので儀式を受けられる歳まで育てば村を追われてしまいます。昔は生まれた時点で村から遠く離れた森に捨てられていたようですが、流石にそれは良心に響くようでいつしか忌み子が生まれた場合は儀式の歳までは面倒をみてその後に村を追う事になりました。いずれにせよ、この村に災いを招くと忌み恐れられているのです」


 それがマギちゃんが男の子である事を隠していた理由。私は話を聞いてから手遅れながら馬鹿みたいに凄い事だなんて言ったことを後悔した。むしろ村を上げて喜ぶような事なんじゃって思ってた自分を訂正したい。


「だから私と産婆のルーナさんはこの事を黙っていたんです。このまま誰にも知られずに儀式を終えれば何とかなるかもしれないと思って。私がお願いして――彼女を巻き込んでしまったんです」


 マイラさんは秘密を共有していた産婆のルーナさんを気にかけている様子だった。もしかしたらと最悪の場合を思い浮かべているのかもしれない、少し表情は曇っている。


「これからどうなるんですか?」

「分かりません。最終的な判断はイベル様が下すはずですが……」


 言葉を言い切る事もままならず込み上げた感情にマイラさんはマギちゃんを抱き締めた。それに応えマギちゃんも抱き締め返す。

 悲しくも美しい親子の愛を表現した光景に私は、何とかしてあげたいという気持ちと部外者がとやかく言うのはという気持ちが絡み付いた複雑な気持ちになっていた。

 それからどれくらいの時間が経過しただろうか。長かったのか短かったのかは分からない。

 家のドアがノックも無しに開いたかと思うとそこに現れたのはイベルさんと二人の女性。無事だったのだと安堵するのも束の間、私達を他所にイベルさんとマイラさんそしてマギちゃんはテーブルを挟み向かい合っていた。


「自分が何をしたか分かっておるのか?」

「はい。ですがこの子は私の子です。忌み子だなんて……」

「誰の子かは関係ない。おのこでありながら魔力を有しておるという時点で忌むべき存在なんじゃ」

「ですけど、この子が生まれてからこれまで災厄の類は一切ありませんでした」

「忌み子が災厄を招くのは儀式の歳――おのこが魔力を有するという本来あるはずのない事が起きてからじゃ。災いはこれから起きる」

「ですが」

「ならん!」


 マイラさんの言葉を遮りテーブルを叩く音共に響いたイベルさんの声は一喝するようだった。

 そしてその音に体を跳ねさせたマギちゃんはより一層体を小さくした。


「忌み子である事を黙っていた上にキルピテル様の泉へ。更にキルピテル様の杯へ触れさせようなど……」


 続きの言葉を潰すようにテーブルを叩いた手を強く握り締めるイベルさんは眉を顰めていた。


「この村を滅ぼすつもりか?」

「そんな……」


 そんな訳がない、マイラさんは眉根を寄せながら首を振った。


「私はただ――」


 すると、そんなマイラさんの言葉を遮り外から聞こえた轟音。一歩遅れ人々の叫声が異様さを運び込む。何が起きているのか? 私達は思わず答えを求めるように互いに顔を見合わせた。その間も続く音と声。

 そして私達はイベルさんらと共に外へ。


「嘘……」


 そこでは目を疑うような光景が待ち受けていた。

 逃げ惑う人々――それを乱暴に掴み取る触手、その横では犬と言うには余りにも狂暴な存在が後方からひと噛み。そんな惨劇が至る場所で起きているが、その触手も犬らきしきモノもよく見れば一ヶ所から伸びている。

 私は視線を触手の一本へなぞるように滑らせその一ヶ所へと目をやった。

 化物……一言ではそれ以外で表す言葉が見つからない。上半身は妖艶で絵画のように美しい女性だったが、その下半身は蛸足。かと思えば蛇が不気味に舌を動かし、更にその隣では今にも襲い掛かりそうな牙を剝き出しにした前半身の犬が並んでいる。

 そんな最早どう言い表していいかすら分からない存在が目の前で村の人々に襲い掛かっていた。男性と子どもは逃げ、魔法で応戦する女性達。辛うじて、今の戦況的にはその言葉があっているのかもしれない。

 するとその時――牙を剥き出しにした三匹の犬が私達の方へ。前足を動かしてはいるが後半身は触手や蛇同様で足は無くあの化物へ伸びている。狼尾のようだが、狼尾よりも獰猛で理性に欠けている気がした。

 そんな三匹は物凄い速さで私達へと距離を縮める。視界端でレナさんが剣へ手をやるのが見えた。

 だがそれよりも一歩先にイベルさんがその三匹へ右手を伸ばす。

 するとそれに合わせ何の変哲もない地面から突如、手の形をした塊が飛び出した。掌に三匹の内二匹を乗せたその手はそのままイベルさんの動きに合わせ容赦なく手を閉じてはその二匹を握り潰してしまった。

 だがその手を足場に残りの一匹は私達へと更に前進し続ける。

 とは言え私だけじゃないはずだが、最早そこに不安は無い。何故なら既にイベルさんの頭上には燃え盛る炎の玉が生み出されていたから。案の定、残りの一匹が私達を襲う前にその炎球は放たれ――正面からぶつかり合うと爆発するように弾けては瞬く間に炎が包み込み、ついさっきまでそこにあった脅威は灰と化してしまった。

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