7
状況把握もままならぬまま、更に二つの人影が飛び出し、レナさんへと襲い掛かる。私はそこでやっとレナさんを襲う正体を認識することが出来た。
人型だが人間よりは小柄(大きくても人間の半分ぐらいな上に姿勢は悪い)で苔色の硬い皮膚、細長く尖鋭な耳と隙間の空いた歯は全てが先鋭、どうやって手に入れているのか決まって鉄製の棍棒を武器として持っている。
それは魔王が現れてから広範囲で目撃情報が相次ぐ魔物――ゴブリン。実際に見るのは初めてだけど、姿は写真とかで見たことがあるから間違いない。
新たに叢から現れた二体のゴブリンはレナさんではなく彼女を無視し、その視線は私かコルさんへと向いていた。飛び出した勢いそのまま宙を進み、その進行方向は確実にレナさんの左右横。
それが分かると私の頭は一瞬にして真っ白に。
だがそんな私の視界でレナさんはゴブリンの頭を横から鷲掴みにすると、右側へと投げ飛ばし強制的に鍔迫り合いを終わらせた。その投げ飛ばされたゴブリンは見事なコントロールで右側を通り抜けようとしたもう一匹のゴブリンへ直撃。
その間にレナさんは、左手へ大きく一歩踏み出しては剣を振った。切先は撫でるように更にもう一匹のゴブリンを斬り付けた。地面へ吐き捨てるように鮮血を飛び散らせながら棍棒を手放すゴブリン。その体は(レナさんから離れるように)宙を移動しながら地面へと落下していった。
一方、レナさんはというとすぐさま片足を軸にクルり体を回し残り二体の方へ。二体のゴブリンは今まさに起き上がっているところだった。
するとその時――レナさんが一歩目を踏み出したのと同時に、(ゴブリンらが飛び出してきた方と同じ)叢から別の影が二つ、飛び出してきた。かと思うと、ゴブリンの周辺にまき散らされた鮮紅色。
咄嗟に足を止めたレナさんと私達の視線先にいたのは、ゴブリンを捕食する狼のような魔物だった。一見すると普通の狼だが真っ赤な双眸に二又の尾――
「狼尾だね」
そんな私の隣でコルさんが呟く。
「ここら辺じゃ見ない魔物だったはずだけど、もうそうじゃないみたいだ」
「大丈夫なんですか?」
「まぁ、普通ならこの状況はあまりよくないけど……」
コルさんは視線をレナさんへと向けた。
「あれが無理なら大人しく帰った方が身の為かな」
ゴブリンを貪り食う二体の狼尾は口元を血で濡らした顔を上げ、レナさんへと獲物を見る鋭い視線を向けた。レナさんと狼尾との間に漂い始める嵐の前の静けさのような空気感。
すると一体が一足先に駆け出し間合いを詰め始めた。それに続き遅れて動き出すもう一体の狼尾。一方でレナさんはその場を動かない。その間にも間合いはどんどん縮まっていく。
そして狼尾は地を一蹴し、牙を剥きながらレナさんへと襲い掛かった。
だがレナさんはビル群を駆け抜ける風の如く、流れる足捌きで狼尾へと立ち向かう。余りにも一瞬で私にはただレナさんが二体の間を通り過ぎたようにしか見えなかった。
でもレナさんの背後では、噴水のように鮮血が噴き出しながら地面へ倒れてゆく二体の狼尾。
一方でレナさんは血振りをし手慣れた手付きで剣を鞘へ納めた。
すると、ピクリとも動かなくなった狼尾は一瞬に灰と化し周囲の血液ごと浄化するように消えていった。
「消えた……」
「魔物は魔王の力が生み出した存在だからね。限りなく近いだけで生物じゃない。ゴホッ、だから最期はあぁやって消えるんだよ」
私の気が付けば零れていた言葉にコルさんは説明をしてくれた。それを聞きながら視線をゴブリンへと戻してみるが、やはりさっきまでそこに転がっていたはずの体は無い。
「ここからは魔物に出会う回数も多くなってきそう」
そう言いながら戻って来たレナさんの背後では、何事もなかったかのように戦闘跡の消えた道が澄ました顔で伸びていた。
「でも当分は大丈夫そうだ」
レナさんがいるから、そう言うような視線をコルさんは彼女に向けていた。
「だといいけど」
呟くようにそう返事をしながら周囲へ視線をやるレナさんが私は少し意外だった。てっきりいつもの調子で「そりゃあアタシがいればね」なんて冗談めいた返事でもするかと思ってたから。先程との戦闘は大して苦戦しているようにも見えなかったけど、実際に戦ってみて何かレナさんなりに感じるものがあったんだろうか。もしかしたらそれは二人分の命が乗った剣の重みなのかもしれない。
自分が思っている以上に危険な我儘を口にしてしまったのかもしれない、微かに真剣味を帯びたレナさんの表情を見ながら私は、心の中で今はまだそよ風に揺れる木々程度だが騒めく不安を感じた。
でもそんな私の不安を拭うように私の方へ戻って来たレナさんの表情はいつもの笑みを浮かべた。
それから少し休憩した私達は再び歩みを進め、夕暮れよりも随分と早くに隣の町へと到着。
オーラシャン。ウェールッドの隣町で規模などは殆ど変わらない。所謂、田舎町の部類に入るような場所だ。でもこのほど良い静けさが私にとっては心地好い。
「まぁ頑張れば次の場所まで行けそうだけど、初日だし今日はここで一泊ね。まだ野宿はしたくないでしょ?」
本当は少しでも進みたいって答えたかったけど、普段こんなに歩かない上に特別体を鍛えてる訳でも無い私は疲れが思った以上に溜まっていた。レナさんは頑張れば次まで行けるって言ってるど、多分私が途中から足を引っ張ってしまうはず。優しさに首を振った上に私の所為で初日からベッドじゃなくて野宿なんてそんな迷惑は掛けられない。
「そうですね。それじゃあまずは宿を探しましょう」
「どーせ一泊だし安いとこでいいでしょ」
薄々気付いてはいたけど、やっぱりこの町にも宿屋は一軒しかないらしい(ウェールッドにも一軒しかない)。
しかもどうやら私達は幸先が不安になるぐらいには不運だった。
「え? 一つだけ?」
「だからそういってるだろ。一部屋は修理中で他は泊ってる」
「ベッドは?」
「一つだ。二人は寝られなくないな」
部屋を取ろうとしたレナさんは振り返り私ではなく私とコルさんを見た。
「さて。らしいけどどうする?」
「君らは元々一緒に泊まる予定だったわけ?」
その必要は無いがコルさんは私とレナさんを順に指差した。
でも別にそんな事は話し合ってない。だから私はそう伝えようとしたが、その前にレナさんが手を回し抱き寄せるように肩を組んだ。
「もちろん」
「それじゃあ部屋は君らに譲るよ。僕は……まぁ適当に明日までの時間を過ごすよ」
そう潔く私達に譲ったコルさん。
だが彼一人だけ野ざらしで寝るだなんて目覚めが悪すぎる。しかも大丈夫だとは言え、彼は病弱らしく常に咳をしては何かしらの病気に侵されているらしい。そんな人を差し置いて自分らだけちゃんとした部屋で寝るのはやっぱり疲れが抜けそうにない。
「そんな! ――別にコルさんも一緒に一部屋でいいんじゃないですか?」
私は問いかけるようにレナさんを見遣る。
「アタシはいいけど?」
「本当にいいの?」
自分を指差し念を押すように確認するコルさんだったが、それが私的には一番の選択肢だ。
「はい」
「それじゃあ代金は前払いだから」
そんな私達のやり取りを聞いていた店主さんは鍵を手にそう言った。
そして鍵を手に二階へと向かった私達は殺風景の部屋に荷物を置き、まずはここまでの疲れを休める。と言ってもレナさんもコルさんも大して疲れている様子はなく、一番疲れが溜まっているのは私だろう。
結局、その日の残りの時間は特にこれと言って何かをした訳じゃない。しいて言えば夕食を食べたぐらいだ。既にハナさんとラナスさんの料理が恋しい。
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