6
出発当日。『夕暮れ時の白兎亭』の前には私とレナさんそしてコルさんの姿があった。でもコルさんの手に握られていたのは点滴スタンドではなく、一本の杖。頭部が大きな円を描き、その中心には点滴パックが浮いている。更にその周りを円状に微かに見える何かが囲っていた。
「それじゃあくれぐれも気を付けるのよ」
見送の為に外へと出てきていたハナさんがやっぱり心配だと言うような声でそう言った。その隣にはラナスさんとウェルスさんが並んでいる。
「はい」
「大丈夫だって。あいつに会ったらちゃーんと美味いもん食わせてやるし、シェパロンまでも大丈夫だって」
「危なかったら逃げて、ちゃんとご飯も睡眠も取って、無理しちゃダメよ?」
それでもやっぱり心配なのは親の性なのか、ハナさんはレナさんをぎゅっと抱き締めた。
「大丈夫だって母さん」
「ちゃんと二人を守ってあげてね。もちろんあなた自身も無理はしちゃダメよ?」
「分かってるって」
そしてその後にまるで娘を抱くようにハナさんはその温もりと優しさで私を包み込んでくれた。
「私の我儘ですみません」
「可愛い子には旅をさせよってね。途中で止めて帰ってきてもいいのよ。あなたの家はここ。それだけは覚えておいてね」
「ありがとうございます」
母の温もり。私はそれを感じ思わずハナさんの胸へ再度飛び込んだ。でもそんな私を何度でも柔和な温もりが包み込む。これから会えない分を先に補充するように少し長く私はそうした。
「相変わらずですね師匠」
まだ名残惜しかったがハナさんの温もりから離れた私の横ではウェルスさんとコルさんの師弟の再会が行われていた。と言っても言葉ほど感動的なものじゃなさそうだけど……。
「君はまた随分とトレーニングに励んだようだね。まぁ風邪一つひいたとこ見たことないけど、元気そうで良かったよ」
「師匠が一緒なら大丈夫だと思いますが、お気をつけて」
「君の優秀なお友達がいるからね。安心していいんじゃない?」
「まぁレナと師匠が一緒なら余程の事が無い限り大丈夫でしょうし」
「そろそろいい?」
レナさんは二人の会話に割って入るとウェルスさんへそう尋ねた。
「あぁ。気をつけてな」
「当然。気を付けるに越したことはないからね」
お前らしい、そう言うようにウェルスさんはフッと笑った。
「そうだな」
「そんじゃ、たまにうちの両親共々よろしく」
「はいよ」
そして私達三人は町の外へと第一歩を踏み出した。
それは左右を自然の景色に挟まれた一本道。舗装は無いが少し上へ伸びた道の部分だけ緑を避けた土が顔を見せている。
色々な――だがそれでいて最小限の荷物の入ったリュックを背負った私と佩剣し(私よりは小さな)リュックを背負ったレナさん、片手に杖と(レナさんと同じぐらいの)リュックを背負ったコルさん。
私達は同じ景色が果てしなく続くその道をまた一歩と歩き続けた。
暫くして私はふと足を止めた。そして後ろを振り返ってみると向こうには小さくなった町が見える。これから私はシェパロン国へと向かうんだ、その景色を眺めながら既にどこか郷愁に駆られるような気持になっていた。
それからも只管に歩き続けた私達。最初の内は新たな門出という新鮮味があったけど、暫く歩いているうちに段々とそんな浮かれた気持ちも落ち着き始めていた。正直、もうちょっと続くと思っていただけに拍子抜けと言うか気が付けば日常的なモノのように感じていた。少なくとも私は。
「なんかこうやって実際に町の外を少し歩いただけで、結構な田舎にあるんだなって思っちゃうよね」
町からここまで一本道をただ只管に歩いて来たけど、建物は疎か街頭すらもっと言えば人っ子一人すれ違っていない。
「いいじゃん田舎。自然があって静かだし」
コルさんはそう言うと両腕を広げ大きく深呼吸をした。だがその途中で咳き込んでしまった。
「でも王都と比べちゃうと殆どが田舎ですよね」
「まぁそりゃあねぇ」
「僕は王都よりもここの方が好きだけどね」
「コルさんも王都にいたことあるんですか?」
「いたって言うより何度か行ったことがあるって感じだね。どうもあの規模の人混みは合わなくて」
その時の事を思い出しているのかコルさんは今にも溜息を零しそうな表情を浮かべていた。
「だから王都の事は僕よりもレナ君の方が知ってると思うよ」
「いやぁアタシもそんなに居たわけじゃないですからねぇ。それにあんまり出歩いてないですし」
「でもこれから色々な場所に立ち寄ったりするって考えると何だか楽しみですね」
「あっ、もしかしてホントはそっちが目的だったりして」
レナさんは意地悪な表情で訝し気な視線を私へわざとらしく向けた。
「ち、違いますよ! ただ折角だし道中も楽しめたらって思っただけで」
「旅人の才能はアリだね」
「まぁまだ始まったばっかだし――さて、いつ帰りたくなるか。楽しみだね」
確かにまだ町を出て一日どころか半日も経ってない。今はまだ元気もあるし旅の辛さも知らないからこんな悠長な事を言ってられるのかも。
でも今の私には進む以外ない。だからそんな存在してない悩みは隅へと寄せた。
それからも私達はただ只管に歩き続けた。迷いようのない、景色の変わらない一本道を。
町を出発してから一度も足を止める事なく歩き続けた三人の中で最初に息を荒げ始めたのは意外にも私だった。レナさんは森の時もそうだったから分かるけど、意外とコルさんも落ち着いた呼吸で今も歩き続けている。相変わらず咳はしてるけど。
「そろそろ休憩でもしよっか」
そんな私に気を使ってくれたんだろう。レナさんは平然とした口調でそんな提案をしてくれた。
いつの間にか道を挟む景色は森なのか林なのか鬱蒼とした木々が集結するようなものへと変わっており、私達はその中でも座りやすい木の足元で初めての休憩を取ることにした。と言っても荷物を下ろし座ったのは私だけでコルさんは木に凭れかかる程度、レナさんに関しては道の方に立ち辺りを警戒した眼差しで見回していた。
「でもまぁこのペースなら隣町には余裕で着くわね」
「今のとこ魔物も――」
いなくて良かった、とでも言おうとしたんだろう。でもそんなコルさんの言葉を遮り反対側の方から草木の揺れる音が聞こえた。反射的に私達の警戒が集まるが、単なる風の所為か何か生物がいるのかは分からない。
すると立ち上がった私へレナんさんの静かに制止する手が伸びる。言葉にはしなかったが「動くな」そう言われてる気がして私は木に身を寄せながらじっとし音のした方を見続けた。
そんな私の視界の中で、レナさんは警戒した足取りで歩みを進め始める。その手は既に剣の柄へと触れ、いつでも抜けるようにしていた。突然の緊張感に包み込まれながらも忍び足の如く微かな音すら立てないような足付きで進んでいくレナさん。
するとその静寂を破るように腹部辺りまである叢から一匹の兎が飛び出してきた。兎はこっちの緊迫感などお構いなしと軽快に飛び跳ねては道を横断し、別の叢へと消えていった。
その光景に私はほっと胸を撫で下ろした。レナさんも剣から手を離し、勘違いに安堵の笑みを零している。
だがその時、レナさんの背後から隙を突くように人影が飛び出してきた。
「レナさ――」
咄嗟に叫んだ私だったが、最後の一文字と被り金属のぶつかり合う音が辺りへと響き渡った。その間も時は進み、気が付いた時にはレナさんは背を向け何者かと鍔迫り合い状態になっていた。
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