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そして下がる手と同時に私達へ視線を戻すウェルスさん。
「姉貴の子どもで姪っ子なんだけどさ。これが可愛くて……だからもし一緒に行っちまったら帰った時にはもう大人になっちゃってるじゃん」
「いや、そんなに掛かんねーだろ」
「とにかく! あの子の成長を一秒でも見逃したくないから一緒には行けないな」
「流石にティラーは欲しいんだけどなぁ。もしもの時の為にも。腕の良いティラーがな」
レナさんはそう言ってウェルスさんを指差した。余程、彼の実力を信頼してるんだろう。
「それなら良い人を知ってる。俺の師匠だから腕は確かだしな」
だがあからさまに眉を顰めるレナさん。
「師匠? そんなじいさんじゃあちょっとなぁ」
「大丈夫だって安心しろ。師匠って言っても少し年上なだけだ」
少し苦い顔をするレナさんに対してウェルスさんは笑い交り。
「なら、とりあえず頼んでみるか」
「名前はコルディア・タース。町の近くにある森に住んでるんだが――簡単な地図描くからちょっと待っててくれ」
そう言ってウェルスさんは家へ。時間は全く掛からず直ぐに一枚のメモを持って戻って来た。
「道自体は分かりやすいから多分、大丈夫だろう」
「さんきゅー」
お礼を言いながらレナさんは一度メモへと視線を落とした。
「あぁそうだ。それと、時間がある時でいいからたまにうちの店手伝ってくれよ。二人だけで大丈夫だろうけど、人手があるに越したことはないからな」
「あぁ任せろ!」
ウェルスさんは、快くそして頼もしくその頼みを受け入れてくれた。
「よろしくお願いします」
そんな彼へ私もお礼と共に頭を下げる。
「それじゃあ出発日が決まったら教えてくれ。見送りぐらいはするからよ。それと師匠によろしく言っといてくれ」
「あぁ、分かった」
そして私とレナさんはメモを頼りに狩猟なども行われている近くの森へ。
と思ったが、その前に一度家へと戻ったレナさんは腰に剣を差した。
「ここら辺じゃ魔物の目撃情報はほとんどないけど、念の為にね」
足を踏み入れた森は普段行くことが無いからか、私にとっては別世界のような感覚だった。どこを見回しても木々が囲っている。一応、道と呼べるものは伸びていたけど少しの歩きずらさも、静けさの中へ時折響く鳥の囀りや木々のざわめき。空気同様に全てが澄み渡っていた。
胸の高鳴りと歩きずらさに運動不足が重なり、気が付けば口でする程には私の息は乱れていた。
でも一方で隣を同じ速度で歩くレナさんは町を歩くように平然としている。
「レナさん全然疲れてないんですね。凄いです」
「まぁ体力には自信あるし、昔はよく森に来てたからね。あっ、休憩したかったら無理せず言うんだよ?」
「はい。でもまだ大丈夫です」
それからも立ち止まる事なく私達は森を進んだ。
どれくらい進んだんだろう。それは分からないけど確かなことは一つ。
「これっぽいね」
「そうですね」
森の中にポツリと建つ家が一軒、私達の目の前にあるという事だ。まるで森と同化するようにもしくは迷彩のように、その家の外壁には蔦が這っていた。
「あんまり人が住んでるようには見えないけど、とりあえず行こうか」
「はい」
そしてドアまで近づくと一歩前のレナさんがノックした。
だが消えたノック音を乱す応答は無く、沈黙が私達の間を通り過ぎてゆく。
「すみませーん」
レナさんは声と共にもう一度、ノックをした。
一秒、二秒……。続く沈黙。
もしかしたら場所を間違っているのかもしれない。私がそう言おうとして、レナさんが振り返ろうとしたその時。
緩慢と開き始めるドア。
「ゴホッ! ゴホッ!」
第一声は激しい咳。
開いたドアから姿を現したのは、点滴スタンドを握った今にも倒れそうな顔色の悪い白髪の男性。
その思わず心配してしまう男性の姿に私は言葉を口にするのを忘れてしまっていた。それはレナさんも同じなんだろう咳の後、沈黙がこの場を包み込んだ。
「――あっ。えーっと、コルディア・タースさんに会いに来たんですけど」
男性が小首を傾げると我に返ったレナさんがその名前を口にした。
「コルディアは僕だけど?」
意外な言葉に再び辺りへ流れる沈黙。だが今度は鳥の鳴き声が途中で割り込んだ。
「あー。えーっと……実は頼みたい事がありまして」
どうすればいいか分からないままといった口調でとりあえず用意していた言葉を吐き出すレナさん。
「頼みたい事?」
「ここの事はウェルスから聞きました」
「ウェルス」
その名前に微かに頷くコルディアさん。途中で軽い咳を二度挟んだ。
「とりあえずどうぞ」
そう言って彼は家の中へ招き入れてくれた。会釈と一言、私達は中へ。
家の中は、入ってすぐにリビングダイニングがありそこまで広いという感じではない(奥にあと一部屋か二部屋ありそうなぐらい)。全体的に白を基調としたシンプルな感じで、でも町のどの家とも違った雰囲気は一瞬にして私を不思議な感覚へと導いた。そしてその色合いがそうさせているのか、それとも森の中だからか――心做しか少し涼しい。
テーブルを挟み並んだソファへ並んで腰を下ろした私達。少し遅れて私達の前へ飲み物を置いてから反対側へ座るコルディアさん。別に危なっかしいという訳じゃないけど、どこか倒れてしまいそうで手を貸してあげたくなる。少しウズウズとしながらも私はじっとその姿を見つめていた。
ふぅー、座ると一度大きく息を吐くコルディアさん。
「こほっ。こほっ。――それで? 頼みって言うのは?」
「あー、えーっと」
レナさんは言葉を渋るように詰まらせ、助けを求めたんだろう視線を私の方へ。一歩遅れ私もレナさんへ顔を向け、目を合わせる。でもどうすればいいかは分からない。頼みがあるとは言ったけど、目の前のコルディアさんに頼もうとしたのは旅の同行。
中々次の言葉が出てこない私達にコルディアさんは小首を傾げる。
「あなたがウェルスの師匠?」
「師匠って言うか……ゴホッ! まぁ教えたのは確かだね」
「あの、失礼ですけど……タースさんはご病気なんでしょうか?」
「コルでいいよ。君が言いたい事は分かるよ。ティオを扱えるティラーなのにそれでも治せないような病気なのか? でしょ」
「まぁ……はい」
あまり聞かない方がいいかとも思ったが、微笑みを浮かべたコルさんの表情はそうでもないようだった。
「一言で言えば、体質だね」
「体質?」
「昔から極度の病弱で年中何かしらの病気になってた。だからティオを学んだよ」
「つまりティオを扱えるようになって今の状態でいられるって事?」
どこか訝し気な視線をレナさんは送っていた。
でもそれを両腕を広げ受け止めたコルさんの表情は誇らしげ。
「師匠と出会ってなかったら、僕は十を待たずして死んでたね。でもあの癒しが僕を生かした。そして自分で自分を生かし続ける力をくれた。そしてそれはウェルスに引継がれたって訳だね」
「じゃあティオを扱えるのにそれは?」
レナさんが指差したのは点滴。
「これは僕が自分用で特殊に作った薬。常に術を発動させ続けると力がいくらあっても足りないし、むしろ使い過ぎて体が弱っちゃうからね。これと――」
言葉を止めるとコルさんは背を向け、服を捲って見せた。
何をしてるんだろうか、そう思いながら見ていた私の目に飛び込んできたのは――背中一杯に刻まれた一つの図。紋様と見たこともない文字が近くでじっくり見ないと分からないような――でもちゃんと意味を成して並び一つの図を成していた。
「これで普段は極力使う力を抑えるようにしてるんだよ」
言葉にはしなかったが、そこまでして保っているがこの状態なのか。私はひとり呟くようにそう思った。ならもしこの二つが無くなったらこの人は一体どうなってしまうんだ? とも。
「それじゃあ今日が特別具合悪い訳じゃなくて昔からそうなんですか?」
「そうだね。今日はむしろ――ゴホッ! 調子はいいかな」
そう言って笑みを浮かべたのも束の間、連続で咳が零れる。
そんな彼に私とレナさんは思わず顔を見合わせた。多分、考えている事は同じだろう。
流石にコルさんに旅の同行は無理だ。
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