3

「んー。まぁ妥当だけどねぇ……」

「アンセル達は色々と準備を整えながら魔王城に向かうらしいので、真っすぐ向かえば私の方が先に辿り着くと思うんですよね」

「そうかもしれないけど――遠すぎ」


 どこか呆れたように片手で頭を抱え微かに顔を横に振るレナさん。


「そうねぇ。あそこまでとなると魔物も心配だし」


 ハナさんもやっぱり心配気な表情を浮かべている。

 正直言って無理だろうとは思ってた。ここら辺はまだそうでもないけど、魔王城に近づくにつれ魔物の数も獰猛さも増していくらしい。そんな魔物に対して戦うどころか喧嘩すらしたことない私に成す術はないのだから。出くわさないよう努力し、あとは必死に逃げることぐらいだ。そんな私が一人シェパロン国へ向かうなんて自殺行為と言われても反論は出来ない。

 だからきっと快く送り出してくれる事は無いんだろうなって思いながらも、取り敢えず言ってみたって感じだ。

 もちろん黙って勝手に行くことも出来るけど、ここまでお世話になった彼女らにそんな迷惑は掛けられない。


「……そうですよね。変な事言いだしてすみません」


 しかもその理由が連夜視た夢で不安になったからなんて猶更だろう。私は魔王の到来や勇者を予言した大予言者のメールッキ一族でも無いんだから。

 すると、ラナスさんがハナさんの肩を叩き何やらレナさんを指差した。私には何が言いたいのか分からなかったが、表情から察するにハナさんは分かったらしい。


「あぁ! それなら安心ね」


 両手を合わせ微かに頷くハナさんを見る限り良い事であるのとレナさんに関係しているというのは間違いなさそうだ。良い事といってもそれが私にとってもかは分からないけど。

 そして一人(もしくはレナさんも)状況についていけずお預けされているような私へハナさんの視線が向いた。


「彼の言う通り、レナと一緒に行ったらいいわ。この子がいれば安心だからね」


 レナさんは昔、この町の衛兵だった。元々、運動能力に優れていたのと子どもの頃から相手が男子だとしても泣かせていた腕っぷしが合わさり優秀な兵士だったらしい。

 今はこの酒場を手伝ってるけど、確かにそこら辺の傭兵よりずっと頼りになるのは間違いない。って私はどれくらい強いのか正確には知らないんだけど。


「そうかもしれないですけど、レナさんが――」


 私はレナさんが良いのか? そう訊こうと思ってたが視線を向けた彼女の笑みで返事をカンニングしてしまった。


「ルルちゃんと一緒に旅なんていいじゃーん」


 その表情通りノリノリだった。


「でもそれじゃあここを手伝う人がいなくなっちゃいますよ? そんな迷惑はかけられません」

「大丈夫よー。それにレナやアンセルが生まれた頃は抱っこしながらやってたのよ。面倒見ながらだって二人で出来たんだから大丈夫」


 懐古の情に駆られたような表情で笑みを浮かべるハナさんは頼もしかった。その隣で深く頷くラナスさんも同じだ。二人を見ていると手伝っていると言うより手伝わせて貰ってるという気させする。私がここで暮らすために必要ないけどそうさせて貰ってるんだと。


「それにやっぱり何だかんだ私も心配なのよね。だから代わりに一目見てきてくれると嬉しいわ」


 ハナさんはそう言ってくれたけど、その言葉はきっと私の背中を押して見送る為の言葉なんだと思う。もちろん、アンセルの事を心配してないって訳じゃない。ただ私がしたいと思った事を出来るように、まるで自分がお願いしているかのように振る舞ってくれているんだ。


「ありがとうございます」


 そう思うと私は心の奥底から込み上げてくるモノを感じた。でもそれは堪え、微かに震えた声と共にテーブルに触れそうなほど頭を下げた。


「それじゃあ出発する日が決まったらちゃーんと教えてね」


 ハナさんはそう言うと立ち上がりその場を後にした。それに続いてラナスさんも。

 その後ろ姿を見つめながら私は改めて良い人に出会えたと心の底から思っていた。


「さて」


 するとそんな私の視線を呼び戻す様にレナさんが一言。


「まぁルルちゃんは直ぐにでも出発したいだろうけど、その前に準備は必要だからね」

「すみません。私こういうの始めてで何を準備したらいいんですか?」

「そうだね。アタシとしてはルルちゃんと二人旅っていうのが良いんだけど、魔物がねぇ……。だから渋々、もう一人を連れてこうかな。その方が色々と安心だしさ」

「もう一人?」

「そうと決まれば行きますかぁ」


 そう言って私は半ばレナさんに引かれる様に外へ出ると、とある家へ向かった。玄関には向かわず、そのまま裏へと足を進めるレナさん。私もそれに続く。

 そこにはラナスさんといい勝負をしそうな筋骨隆々の男性が巻き割をしていた。一瞬、誰かと思ったがその人は私も知っている人だった。


「ウェルス」


 レナさんの呼ぶ声に手を止めたウェルスさんは斧を置き汗をひと拭き。


「おぉー。レナ。どうしたんだこんな時間に?」

「いやぁ実はさ……」


 ウェルスさんにこれまでの説明をするレナさん。


「――そうかぁ」


 そう言ってウェルスさんは腕を組んだ。


「――お前の頼みだし、聞いてやりたいけどなぁ」


 小首を傾げどうやら無理な理由があるようだ。

 そんな彼を見ながらもう一人とはウェルスさんの事だったんだと私は一人そう納得していた。(ウェルスさんの事はそこまで知らないけど)確かに心強い。


「なんだよ? ダメなのか?」

「まぁな」

「ウェルスさんが一緒だと心強かったんですけど残念ですねぇ。もしかしてウェルスさんもレナさんと一緒に衛兵をしてたんですか?」

「いや。俺はそういうのは性に合わないからな」

「でもウェルスさんが守ってくれたら町のみんなも頼もしいと思いますよ」


 私はそう言って格闘家に怒られそうなへっぽこなパンチをして見せた。


「いやルルちゃん。違うって。こいつは――」

「お兄ちゃーん!」


 するとレナさんの声を遮り幼い女の子の可愛らしい声が聞こえ、私達の視線は同時にその方へ。駆けてきたその子は真っすぐウェルスさんの元へ近づいた。歳は二歳から四歳といったろころ。


「エラ。どうした?」


 しゃがみ込み彼女と出来る限り目線を合わせるウェルスさんは、さながら孫を見る祖父だった。


「見てここ」


 大きく沈む悲し気で幼い声はそう言いながら肘を見せた。そこには真っ赤に染まった擦り傷が。


「あぁ痛いねぇ~。すぐに治してあげるからね」


 そう言ってウェルスさんは大きな手でその傷を優しく包み込む。

 すると、指の隙間から煌々とした光が漏れ――かと思うと一瞬にして静まり返りウェルスさんは手を退けた。彼の手から露わになった肘。そこについさっきまであったはずの傷は綺麗さっぱり無くなっていた。


「あいつはあぁ見えてティラーなんだよ」


 その光景を目にしながら少し一驚とする私にレナさんは耳打ちで説明してくれた。


「もう大丈夫?」

「うん! ありがうお兄ちゃん大好き!」


 そう言ってエラちゃんは喜色満面にウェルスさんへ抱き着いた。そんな彼女を抱き締め返したウェルスさんは幸福に満ちた笑みを浮かべている。


「お兄ちゃんも大好きだよ」


 ぎゅっと抱き締め合うと互いに手に放す二人だけど、その表情には依然と笑みが残っている。


「お兄ちゃんまた後で一緒に遊ぼうね」

「うん。遊ぼうね」

「じゃあね!」

「怪我しないように気を付けるんだよー!」


 手を振りながら走り去るエラちゃんと振り返し見送るウェルスさん。その姿が見えなくなるまで緩んだ表情で手を振り続けていた。

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