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そしてすっかり夜空で星々が皓々とする頃、私達はメルムに到着。魔物が予想以上に行く手を阻み予定より遅れてしまったけど、何とか野宿は避けられた。
レナさん曰く、メルムは付近に巨大な鉱山がありそこから取れた資源で成り立っているらしい。だからかやけにガタイのいい人とよくすれ違った。小国と言えど、活気があるように思えた。あと、酒場が多くどこも楽し気に盛り上がっているのが外まで聞こえた。
そんなメルムの新鮮な空気を味わいながら私達はまず宿屋へ。カウンターでは少し気の強そうなおばさんが煙草を片手に座っていた。でも私達が入ってくるのを見ると、その煙草を灰皿へ。
「いらっしゃい。一部屋? 二部屋? 三?」
「一部屋いくらですか?」
「六千五百ガル」
「六……。他に宿屋は?」
「ない。ここは観光地じゃないし、わざわざ人が来る場所じゃないから。たまにビジネスで来るぐらいよ」
レナさんは説明を聞くと振り向きコルさんを見た。
「二部屋も借りたらとんでもないですよ? アタシらは半々だしギリいいですけど……」
「確かに」
「どこまで行くわけ?」
すると後ろからおばさんがそう尋ねてきた。それに振り返りながらレナさんが答える。
「シェパロンです」
「そりゃあまぁ大冒険なこと。――なら特別に同じ値段でベッドが二つある部屋貸してあげるわよ。本当ならもう少し高いけど」
「ホントですか?」
「シェパロンまであと何回泊まるか分からないでしょ」
「じゃあそれで」
お店のご好意で一部屋だけで済んだ私達は少し休んでから夕食を食べに外へ。夜は酒場しか開いてないらしく私達は宿屋の近くにあるお店に行き、適当に夕食を食べていた。
店内は外からでも分かる程に活気があり宴でも行われてるかと思うほど。どの席でも鍛え上げられた体の人達が、豪快にお酒を呷り盛り上がっていた。きっとこの国の鉱山で働く人達だろう。男女問わずその体付きは立派なモノだった。
そんな人達を他所に肉から魚まで様々な種類の料理を食べながらレナさんも美味しそうにお酒を呷る。意外にもコルさんもお酒を呑んでいた。レナさんはビールなんかを水のように呑むのに対して、コルさんはロックを少しずつ。私は水で料理を楽しんでいた。
「おっ! 見ねー顔だがこんな場所に用なんてあるのか? ビジネスに来たって感じでもねーしな」
すると私達の席へやって来た一人の男性がお酒を片手にそんな事を尋ねてきた。でも別によそ者を毛嫌いしている様子でもなければ、酔っ払いが悪絡みしてきたって訳でもなさそうだ。
「ちょっと一泊させて貰う為に寄らせていただいたんです」
「ほぉー。まぁここにゃ観光出来る場所はねーからな。にしてもどこに向かってるんだ?」
「シェパロンです」
「シェパロン? はぁー。そりゃまぁご苦労なこって」
そう言って男性は持っていたお酒を口へ。
「でも今じゃそこらじゅうに魔物がいるってのに大丈夫なのか?」
男性は私達を流れるように見た。確かにレナさんも剣は宿屋に置いてきてるし、一見すると戦えそうな人はいない。
「それは心配ないよ。僕らには頼れる剣士様がいるからね」
そんな男性にコルさんはレナさんを指差した。
「ほぉー。見かけによらず中々やるみたいだな」
確かにレナさんは一見すると割と細いし(でも体は流石って言った感じだ)剣も持ってなかったら戦えるようには見えないのかもしれない。私はもう強い人だって知ってるから想像になるけど。
「――よし! ならどうだ? ちょっくら力試しでもしねーか? 勝ったら一杯奢ってやるよ」
そう言いながら男性がしたジェスチャーは腕相撲だった。
「一杯?」
レナさんは考えているのか言葉を続ける前に手元のお酒を飲み干した。
「いいね」
「よしきた! んじゃこっちだ」
そして男性と共にレナさんは隣のテーブルへ。他の仲間達がテーブルの上を片付けると男性とレナさんは向かい合って座った。
「それじゃあ行くぞ? いいな?」
手を握り構える二人。別の男性が二人の手を包み込みした確認に頷きで返す。
「レディ……ファイッ!」
声と共に解放された二人は一気に力を込める。最初の数秒はお互いにビクともせず均衡が保たれていた。
だが次の瞬間、勝負は一気に決する。勝者はレナさん。
その瞬間、周りは声を上げ盛り上がった。
「くっそー! つえーな! ――おーい! こっちにビールひとつ!」
やられた男性は清々しい表情に負けた悔しさを混ぜながらも手を上げ約束通り一杯を注文。
「わぁーお。勝っちゃったよ」
その様子を一緒に見ていたコルさんは少し一驚しながらも感嘆の声で呟いた。
そんな私達の横を通り店員さんはビールを運んだ。それをレナさんは勝利の美酒と言うように呷る。
周りを囲む人達はその豪快な呑みっぷりにまた声を上げ盛り上がった。
「はい! 次あたしー」
やる気に満ちた声を上げながらレナさんの向かいに座ったのは他の人同様に体付きの良い女性。女性は微笑みを浮かべながら腕をテーブルに置き、先に準備を済ませた。
レナさんはもう一口ビールを呑んでからその手を握る。
「レディ……ファイッ!」
そして同じ人の掛け声で二回戦が始まった。結果はレナさんの勝利。
勝利瞬間、またもや周りからは歓声が上がりもう一杯のビールが運ばれてきた。そして更に次の挑戦者が現れ……。
それからも予想外の歓迎というより陽気な人達と出会い宴のような呑み会は続いたけど、腕相撲大会は数人と勝負をしたところで自然と終わりを迎えた。勝率は六割ぐらいだろうか。
すっかり一員のようにお酒を掲げるレナさんだったけど、私達は明日もまた長い道のりを歩いて行かないといけない。だから一足先に酒場を後にしたけど、その頃にはレナさんはすっかり酔っ払っていた。
「あぁー。しんど」
翌日。昨日よりは少し遅めにメルムを出た私達は今日もシェパロンへと足を進めていた訳だけど、レナさんは案の定と言うべきか体調が優れないらしい。
「まぁそりゃああんだけ呑めばそうなるよね。しかもあんな風に呑んだら猶更」
「――あっ、そうだ! コルさんの力でちゃちゃっと治してくれたり?」
レナさんは期待の眼差しをコルさんへと向けた。
「まぁ、頭痛ぐらいなら全然出来るけど……」
一方でコルさんはその眼差しを受けながら何やら前へ持ってきたリュックを探り始めた。そして少し中で手を動かした後、出てきたのは小さな袋。
「はい」
それをレナさんへ渡すと先にリュックを直す。その横でレナさんはその袋から小さなカプセルを二つ掌へ。
「それを飲めば少し時間が掛かるけど、痛みも引くし二日酔いの症状が良くなるよ。それに他にも色々と入ってるからこう」
言葉の前に頼りない腕で筋肉をアピールするようなポーズを決めた。
「元気になる……ゴホッ!」
「ホントにぃ?」
レナさんは打って変わり訝し気な視線を向けていた。
「まずは呑んでみなって。それで治らなかったらその時は」
そう言ってコルさんが掌を見せるとそこには淡い光が灯った。そう言えば実際に見るのは初めてだけど、それがティナなんだろう。
「じゃあ」
レナさんはその二つのカプセルを口へと放り込んだ。でも当然ながらそんな即効性がある訳でも無く暫くの間、レナさんは二日酔いと格闘していた。
しかしそれからどれくらい歩いた何回目かの休憩の時。
「そう言えばレナさん。二日酔いはもう大丈夫なんですか?」
「あっ、そーいえばもう大丈夫かも。しかも体も軽い気がするし」
私とレナさんは同時にコルさんを見遣る。
「だから言ったでしょ」
「おぉー。流石は強制的に学ばされただけの事はありますね」
「まぁこれでもこれで稼いでたりもするからね」
そうドヤ顔をするコルさんだったが、その表情はいつもよりとても頼もしく見えた。
「いやぁあ、体の調子が良くなったって分かったらより元気が出てきたかも」
メルムから出発した時とは朝と夜ぐらい一変したレナさんは軽やかに立ち上がると大きく伸びをした。
「よし! それじゃこの調子でシェパロンまで行っちゃうかぁ」
まるで本当に行ってしまいそうなレナさんに感化されたのか私も何故だかここまでの疲れは吹き飛び元気が湧いて来た。それに引っ張られるように立ち上がり隣へ並ぶ。
「行っちゃいましょうか」
「ちょっとお嬢さんたち?」
そんな私達に遅れ立ち上がるコルさん。
「そんな歩いたら僕死んじゃうって」
「それコルさんが言うとちょっと怖いですね」
「いやいや、僕の場合は本当の意味で死んじゃうからね」
「コルさん洒落になってないですって」
「洒落じゃないよ」
私達は自然と歩き出しながらこれまで通り雑談を交えながら流石にシェパロンまでとはいかずとも出来る限り先を急いだ。
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