8
そしてその日の夜。寝る準備を整えた私達は就寝しようとしていた。
「じゃあ僕はこのソファで寝るよ」
「本当にいいんですか?」
「もちろん。二人と一人なら二人が寝た方がいいでしょ。それに家にいる時もよくソファで眠ったりするからね」
そう言ってコルさんは一人用ソファへと腰掛けた。
「さーて。じゃあアタシ達も寝ようか」
その声と共に後ろから抱き着くように手を回すレナさん。
「そうで――」
私は思わず言葉を止めた。だってそこに立っていたレナさんがシャツにパンツ姿だったから。
「れ、レナさん! せめて下履いて下さいよ」
「いーじゃん。アタシいつもこうだし」
「でもコルさんもいるし……」
私の言葉にレナさんはコルさんを見た。
「まぁそうだけど……」
そして歩を進めコルさんの前へ。
「申し訳ないですけど、コルさんなら何かしようとしても負ける気しないんでね」
申し訳なさと自信が入り混じった表情と共に顔の前で両手が主に代わって謝罪している。
「まぁ確かに敵わないだろうね。僕もこんなに綺麗な人らと一緒で嬉しいけど、流石にガードがキツすぎるかな」
柔和な笑みでそう言うコルさんからは一切危険な感じはしない。それが良い意味なのか悪い意味なのかは分からないが。
「だからまぁ、安心して寝て休んでよ」
コルさんはそう言ってベッドを手で丁寧に指した。
「僕も明日に備えないと無駄に力を消費しちゃって最悪の場合、命に関わるからね」
ハハハッ、なんて笑いを零してはいたが聞いている私からすれば恐ろしさすら感じる言葉だった。しかも彼が言っているだけに冗談に聞こえない部分が多少なりともある。
「それじゃあ一緒に寝ようかルルちゃん」
まだコルさんに対しての申し訳なさを胸に私はそんなレナさんに引かれベッドへ横になった。遅れて電気を消したレナさんが隣へ。
本来なら一人用だけあってその距離は近い。というかむしろレナさんは手を回し抱き枕のように私を抱き締めた。
「お休み」
その時に気が付いたのだが、どうやら感触的に上の下着は付けてないらしい。でもそれは今更驚くような事実じゃない。レナさん的に寝る時にはなるべく締め付ける類は付けたくないって前に話していたから。
「お休みなさい」
だけどその柔らかな感触を少しだけ意識してしまった私が眠りに就けたのは疲れとは相反しちょっと時間が経ってからだった。
そしてそれなりに疲労も回復した次の日。私達は早朝には町を後にし、先へと足を進めていた。途中、魔物と出くわす事もあったが数も少なくレナさんが全て倒してくれた。しかもあっという間に。本当に心強い。
体の疲れ的には大分歩いたような気さえしていたが、現実はただ隣町に来ただけ。先はまだまだまだまだ長く、昨日を思い出せば先が思いやられる。でもオーラシャンを出発し歩いていた道は特にこれといって何もない平坦に伸びる一本道。そのお陰で私はさほど体力を消費せずこのまま一気にシェパロンまで行けてしまうような気さえしていた。当然ながらそんな事が不可能なのは言うまでもないが。
「今日は間の場所には寄らない事になるけど、最短でメルムまで行こうか」
「もし辿り着けなかったら……」
「もちろん野宿ね」
それもまた楽しみ、まるでそう言うような清々しい笑みをレナさんは浮かべていた。
でも私は出来る事ならボロくても宿屋で寝たい。だから頑張って歩こう。私は密かにそんな決意を光らせた。
オーラシャンを出発してから休みも挟みつつただ只管に歩く私達。その道中で知った事なのだが、コルさんは植物にとても詳しい。
「もしかしてこれも何かわかります?」
不意を突くように私は目の前に入った何の変哲もない草を指差した。私からすればただの雑草だ。
「あぁ、オバコだね。確か整腸とか鎮咳とかに作用する薬草だったかな」
「おぉー。こんな雑草にそんな効果が」
感動のあまり私はつい足を止めてその雑草もといオバコをまじまじと見つめてしまった。
「早くしないとホントに野宿になっちゃうぞー」
少し先まで歩いていたレナさんの声に私は駆け足で遅れを取り戻す。
「コルさんってそういう漢方関係の知識も豊富なんですか? やっぱりそういうのも覚えないといけないんですかね?」
「いや、関係はないよ。簡単に言うと、特定の人にしか出来ないのがティナでちゃんとした知識を身に着ければ誰でも出来るのが漢方じゃないかな。誰でもって言うのは語弊があるかもしれないけど、比べたらって話ね。僕のは薬膳だとか漢方だとかそういう知識かな」
「へぇー」
「でも要ります? ティナっていう力があるのにそういうの?」
感心する私を飛び越えたレナさんの質問に、思わず頷く私。
「健康を維持するって目的もあるし、それに病気の中にはそっちの方が効果的な場合もあるし。説明はしないけどティナって実は思った以上に複雑で繊細なんだよ。外傷は割と簡単だけど、内側の病気は特にね。だから併用したり、そっちでゆっくり治したり。なんてのも日常的に行われてるってわけ。でも大体はどっちか片方を専門とする人がいるんだけどね」
「つまり全部出来るコルさんは優秀っと」
まとめるようにそう言ったレナさんの言葉に乗せ私は「おぉー」っと小さな拍手をした。
「まぁ、僕は騙されて学んだだけだけど」
「というと?」
「簡潔に言うと、師匠に必要だから覚えろって言われて覚えたら、それはただ単に師匠がそっちの関連の仕事を僕にさせる為だったってこと。僕はこれを覚えられなかったら死ぬって思って、文字通り死ぬ気で覚えたんだけどね。ティナとは別ってあっさり言われちゃった。しかも全部習得してから」
はぁー、と溜息をつきながらもコルさんの表情は微笑んでいた。
「それから僕が自分で自分を生かせるようになってからそういう仕事は全部僕」
「ちなみにその師匠とはいつまで?」
「二十ちょっとぐらいまでかな」
「じゃあそれまではシェパロンにいたってことかぁ」
レナさんはそう独り言を口にしながら何度か頷いた。
「いや、国内じゃないよ。その近くにある森の中だね。そこに師匠は住んでるから」
「えっ? シェパロン近くの森っていったら……。もしかして冥王の森ですか?」
初めて聞く言葉と共にレナさんは顔を引きつらせていた。
「冥王? の森?」
「そう。沢山の毒性生物とか猛獣とかが生息してて、まさに地獄みたいな場所だからそう呼ばれてる訳。確か生態調査とかも国の指名した護衛を付けないといけないし、期限とか色々規制は多いらしいとか」
「え? じゃあそんな場所にコルさんの師匠は?」
信じ難い、その話を聞けば誰もが思うはずだ。私もその誰しもの一人で、つい疑うような口調で言葉を並べてしまった。
「まぁ危険って言っても所詮は野生動物だからね。知識もあるし力も。だからあの人にとってはただの静かな森ってとこかな」
「凄い人なんですね」
さっきの説明を聞いていたからだろう、感嘆の声が自然と私の首をゆっくりと上下させた。
「でも今は魔物も出るし、何よりあの人もそろそろ歳だからね。だからいい機会だし様子でも見に行こうかなって」
「なるほど」
「師匠孝行ってやつですね」
「そうだといいけどね。――ところで君は、誰に剣を教わった訳? あの町の人?」
その質問にレナさんは少し顔を俯かせ、表情が消えた。
私はそんなレナさんに代わってどうにかこの話題を変えようと口を開こうとした。でもそれより先に微笑みを浮かべたレナさんの顔が上がり、小首を傾げるような表情を浮かべたコルさんを見る。
「町の衛兵をしてた酔っ払いですかね」
「でもあのレナ・タイムに剣を教えたんだ。ただ者じゃなさそうだ」
でもそれ以上コルさんは踏み込まず、自然と話題は別のものへと変わっていった。賑やかという程じゃないけど、休日に町中を歩く友達同士ぐらいには話をしながら私達はそれからも足を進め続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます