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「でも迷子って言ったってここら辺に町とかってありましたっけ?」
顔を拭きながら首を傾げるレナさん。
だがその言葉を聞いてコルさんは何か思い当たるものがあったらしい、納得顔で一人頷いた。
「どうしたんですか?」
「この辺りにある町や国は知らないけど、一つだけ村を知ってるかな」
焦らす様にその名前は言わなかったが、コルさんの言葉に少女は彼を見上げた。
「そうかぁ。――君は魔女族の子だね」
「魔女族?」
私は思わず聞き馴染みの無いその言葉に首を傾げた。
「そう。元々少数種族な上にあまり外と関わらない、更に体内に特殊な臓器を女性だけが持っててそこから生成された魔力を変換する事で魔術を操るという稀有な種族」
「この子がその魔女族」
それは容易く受け入れるには奇妙な説明で、私は多少なりとも懐疑の念を含んだ視線で少女を見てしまった。
そんな私の表情に怯えたのか一瞬だけ目が合うと少女はすぐさま顔を逸らした。
「へぇー。話は聞いた事あるけど実際に見るのは初めてだなぁ」
物珍しそうな声と共にレナさんはタオルを片手に少女へと近づく。
「てかこんなとこで何してたわけ?」
そして逸らした少女の顔を覗き込みながら本題とも言うべき事を尋ねた。
「――その……薬草とかを、集めて……」
最初から小さかったその声は段々と更に小さくなっていき、最後は言い終える前に消えてしまった。
「つまり、その途中でアレに襲われちゃったって事か」
「じゃあホントに迷子だ」
すると笑い交りのレナさんの声を聞きながら私の頭にふと疑問が浮かぶ。
「でも薬草とかって……何に使うの? その魔力? とかがあるならティナとかも出来るよね?」
「ティナと魔力は別物だよ。ジャンルが違うって言えばいいのかな? とにかく、魔女族の中にも扱える人はいると思うけど、魔力がある全員が出来るとは限らないよ。それに漢方や薬膳なんかは元々魔女族が発祥らしいからね」
「そうなんですか?」
「魔女族は自然と密接に関わってて大切にしてるからそういうのが得意らしいよ」
へぇー、私はそう声を漏らしながらまた少女を見遣る。こっちを見た自信無さ気な双眸と一瞬だけ目が合うが予想外の熱さに反射的に手を引っ込めるようにすぐに視線は他所へ。
「まぁでもとにかく、あんな魔物に追われて怖いだろうしこの子を家まで送ってあげませんか?」
小さく不安そうな少女を見ながら自然に出てきた提案を言葉にした私は返事を聞く為に二人へ交互に目をやった。
「確かにこのままはいさようならっていうのも心配だからね」
「魔女族の村かぁ。行ったことないし興味あるね。中に入れないとしても近くまで行けるだけで結構いい経験になるかも」
要するに二人共も賛成って事らしい。
私は少し前屈みになって少女に最後の確認をした。
「良かったら家まで送ってってあげるよ? もしまた魔物が出てもこのおねーちゃんが倒してくれるから」
そう言って私は隣を指差し、レナさんは堂々とした笑みで親指を立てて見せた。ついさっきグペールを倒したことだけあってその説得力と頼り甲斐は凄まじい。
「どうする? 一緒に行こうか?」
少女の視線はじっとレナさんを見つめ、それから私へと戻って来た。
そして無言のまま頭が下がる。でも顔を上げると後から小さく微かに震えた言葉を口にした。
「お、お願いします」
「それじゃあ、行こっか。道案内はお願いね」
そして私達は少女の後に続き、道を外れては彼女が出てきた方の森へ足を踏み入れた。当然ながら早々に道らしきものは伸び伸びと生えた草に呑まれ、気が付けば辺り一面が森。右も左も無ければ、ここまで来た道も進むべき道すらない。ただ私達という点がこの場所に存在するだけ。
でも一歩前を歩く少女は道が見えているかのように滑らかな足取りで先へと進んでいく。一応、私も辺りを警戒していたが魔物が現れる事も無ければ危険な野生動物すら影すらも見る事は無かった。ただ途中、小動物が飛び出してきたり叢が揺れる事は何度かあり、その度に体を跳ねさせ少し大袈裟にも思える反応で驚く少女が、申し訳ないがちょっとだけ愛らしく思えた。言葉を選ばずに言うのなら少し臆病なのかもしれない。
そして最早どの道順で進んだかすら分からない森を抜けると、そこにはすぐ小さな村が広がっていた。まるで森を抜け異世界にでも行ってしまったかのような感覚の中、私は疎らに人の歩くその村を見つめる。これが魔女族の村かぁ、そう心の中では感動していた。コルさんから聞いた話とここまで来るのに森を抜けた事も相俟って、今自分は貴重な体験をしているっていう気持がより一層強かったのかもしれない。
村自体は小さく素朴で、私達の町の家より自然的とでも言うのだろうか。質素、近代的じゃない、どう表現していいかは分からない。だけどその木製の家はコルさんが言っていた「自然と密接に関わってて大切にしてる」という言葉を思い出させ、同時に納得させるには十分な気がした。
そして私達は更に歩みを進める少女の後を追い、その村へと足を踏み入れた。私達を見るや否や、怪訝そうな視線を向けては近くの小声で何か話をし始める村人。あまり歓迎されているようには到底思えない。
でも私達は足を進め一軒の家へと到着。どうやらこれが少女の家らしい。
「ただいま」
ドアを開けた少女は私達の前とは打って変わり、元気な声で帰宅の合図を響かせた。
一方で私達は勝手に人様の家に上がる訳にもいかず、開きっぱなしのドアの前で立往生状態。少女に続いて中へ入るべきか、それともこのまま立ち去るべきか。私は無言で問うように足は止めたまま二人を見遣る。
するとそうこうしているうちに家の中ではあの少女と母親であろう女性が姿を見せた。
「どうぞ」
母親は一礼をしてから私達を家へと招いた。
それに対して私達は「お邪魔します」と頭を下げて中へと入る。
「奥に案内して」
そう言って母親は少女の背を軽く押し私達とは別の場所へと向かった。
一方、この村へ来るまでと同様に少女の後に続いた私達は掘りごたつまで案内された。私とレナさんが並んで座りその隣にコルさん。少女は(私とレナさんの)正面に座った。少し遅れてトレイに人数分の飲み物を乗せた母親が戻り、それぞれの前にコップが差し出されていく。
「ありがとうございます」
お礼を言ってまずは一口。初めて飲むお茶だったけど、美味しい。
「この人達が魔物に追われてるとこを助けてくれたんだ」
「魔物に?」
未だ緊張の残る少女の言葉に驚きを隠せないと言った母親は、私達へ顔を向けると深々と頭を下げた。
「それはありがとうございます」
「あっ、いえ。私達っていうか、魔物を倒したのはレナさんでして……」
素直にお礼を受け取るには余りにも何もしていない私は、顔を覗かせた罪悪感に思わず訂正してしまった。
「あんなおっきい魔物を一人で! 本当に凄かったんだ」
大きいを両手で円を描くように表現した少女は声こそ小さかったものの、その表情は陽光を反射する水面のように煌めいていた。そんな少女の頭を微笑みを浮かべ撫でる母親。
それはどこにでもあるような親子の光景。見ているだけで微笑ましく心が温かな気持ちに包まれるが――何故か微かな雑味がそれを濁らせる。
すると私はそのどこか矛盾するような変な感覚を無意識的に避けようとしたのか、ふとこの村に入って来た時の事を思い出した。
「でもご迷惑じゃないですか? その……余り歓迎されてなさそうでしたし」
申し訳なさと少しの言い辛さに言葉を詰まらせながらも、私はそうだったらすぐにでも村を後にするという意味を込め思い切ってそう尋ねた。
「そういう訳ではないんですよ。確かに私達は外の人とあまり関りが無いですし、余り歓迎する方ではありませんけど、あなたたちはこの子を助けて下さったので」
私の方を見ながら再び伸びた手は少女の頭を撫でた。
「迷惑だなんてそんな事はありませんよ」
すると私がホッと言葉の詰まりが消えていくのを感じるのとほぼ同時に玄関からノック音が鳴り響いた。
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