10

 村に戻ってみると、洞窟へ向かった時とは違い激しい戦闘音は鳴り止み微かな騒めきだけが聞こえていた。まだ混乱はあるものの落ち着きを取り戻し一件落着といった雰囲気。


「あっ! いた!」


 その弾んだ声の後、私を横からレナさんが抱き締める。


「あの、さっきのは?」

「あぁー。なんか急に光り出したかと思ったら消えちゃった」


 私はその説明に思わず横を見ると、マギちゃんと目が合い私達はハイタッチをした。


「ん? 何かありそうな雰囲気だけど?」

「実は」

「マギ!」


 大きくそして愛しさの詰まったその声を追うように駆けてきたマイラさんは、一目散にマギちゃんの元へ。そして抱き締めた。母親の愛に満ちた腕の中で、マギちゃんも幸せそうに自分より大きな体を抱き締め返す。

 でもそれはほんのひと時の幸せな時間に過ぎなかった。


「マイラ」


 その声と共にやって来たのは、二人の女性を引連れたイベルさん。


「どうすべきかは分かっておるな? これ程の事が起きてしまったんじゃ。最早、弁解の余地はない」


 マイラさんを突き刺すその眼差しは有無を言わさぬ厳しいものだった。


「あの!」


 考えるよりも先に体が動き出してたっていうのが正直なとこだ。私はイベルさんとマイラさんの間に立つように一歩近づいた。


「さっきの化物が消えたのはどうしてだと思いますか?」


 突然そんな質問をする私をイベルさんはどこか訝し気な視線を向けた。


「――それはキルピテル様が我々を助けて下さったのじゃ」


 そう信じているというよりそれは確信のようだった。そこまで彼女ら一族のキルピテル様への信仰心は厚いものなんだろう。


「はい。その通りです。私はマギちゃんと一緒にルーキュラの封印場所に行ってきました」


 その言葉に対して僅かに広がる目の皺。


「そこにキルピテル様が現れて、マギちゃんが助けてくれるようにお願いしたんです」


 そうだと思います、実際に見てない私はそう心の中だけで続けた。


「そのような事――」

「さっきイベルさんも仰ったじゃないですか。キルピテル様が助けてくれたって」

「イベル様」


 するとマギちゃんはマイラさんから離れ、真っすぐイベルさんの前へと足を進めた。


「イベル様も感じませんでしたか? 上手く説明できないですけど、確信的な感覚でした」


 少しの間、何も言わずじっとイベルさんはマギちゃんを見つめていた。


「そうじゃ。魔力というのはその者によって異なる。そして魔力を扱う者にはそれを感じ分ける事が出来る」

「キルピテル様は言ってました。自分は封印して時間を稼いでるに過ぎないって。いずれ誰かが倒さなきゃいけないって」

「それが自分だと言いたいのか?」

「分からないです。でも僕……」


 マギちゃんは顔を俯かせると、服をぎゅっと握り締めた。


「強くなります! 僕の所為で起きる悪い事全部、どうにか出来るぐらい――強くなって帰ってきます。なので、その時はこの村にいていいですか?」


 それはまだ幼き子どもが浮かべるには余りにも決意に満ち覚悟を決めた表情。彼の双眸は真っすぐとイベルさんを見つめていた。

 するとイベルさんは視線を逸らし顔を俯かせながら溜息を一つ。


「――この村では子どもが生まれるのは祭り事じゃ。そしてあの日、お前さんは生まれた。何度もこの腕で抱いてはあやしたもんじゃ。だが、お前さんは母親じゃなければ中々泣き止まんくてな。大きくなっても母親にべったり。気も強いとは言えず、村の者に慣れるのでさえ時間が掛かった」


 言葉と共に自分の手を見つめていたイベルさんは、その双眸をマギちゃんへ向ける。


「そんなお前さんが強くか」

「僕、この村が好きなんです。だからここにいたい。でも僕は忌み子だから……。見んなに迷惑をかけないぐらいに強くなります」


 顔を上げながら私の方へ背を向け他所を向いたイベルさんはそのまま視線を空へと向けた。


「忌み子は本来なら村から離れた場所で儀式を受ける年齢まで育て、儀式は受けさせずそのまま村の外へと追いやる。どうしてだか分かるか?」

「それは、忌み子がいると悪い事が起きるから……」

「情が湧かんようにする為だ。忌み子と言えど、変わらず共に暮らせば他の者と変わらん。村の者にとって生まれてきた子は我が子で兄弟姉妹で家族同然じゃ。そんな子を村から追い出すなど……」


 私の方からその表情は見えなかったが俯かせたその顔にどんな感情が映し出されていたのかは想像に難くない。きっと今日まで忌み子と知らずに暮らしてきたマギちゃんはイベルさんにとって――いやこの村の人達にとって一人の家族なんだろう。


「だが、忌み子はどんな災厄を招くか分からん」


 そして再びマギちゃんへと戻ったイベルさんの表情は厳しいものへ元通りになっていた。


「どれだけお前が強くなろうとも被害の避けられないものかもしれん。余りにも未知過ぎる。もしそれで誰かが死んだらどうする? やはり忌み子をこの村に置いておくことは出来ん。もし解決法が見つかったらのなら話は別じゃがな」

「……はい」


 でも――そう言おうと足を一歩前へ出した私だったがレナさんが肩を掴みそれを止めた。そして顔を向け彼女と目が合うと無言のまま首を振った。


「じゃが、たまには戻って来るといい。最早、忌み子だとしても追い出し完全に縁を切るには余りにも情が湧いてしまったようじゃからの」

「なら私も! この子は私の子です。この子が村を追われるのなら私も一緒に行きます」


 それは真剣さと覚悟の眼差し――母の強さとでも言った方がいいのだろうか。でもそれを見ていると私にはイベルさんもどこか同じようにも思えた。


「止めはせん」


 イベルさんの返事を聞くとマイラさんはマギちゃんを見下ろした。大丈夫だよ、そう言うような優しい表情を浮かべて。


「これからも一緒だからね」

「ありがとう」


 だけどマギちゃんはお礼の後、少し間を空けて首を横に振った。


「でも大丈夫」

「大丈夫って……」


 するとマギちゃんは私の方へ。


「あの。ルルさん達はシェパロンに用があるんだよね?」


 それは昨夜マギちゃんとお喋りしてた時に話した事。


「うん」

「その後はまた戻るの?」

「その予定かな。ちゃんとは決めてないけど」

「じゃあ――僕も連れてって、ください」


 言葉の後、遅れて頭を下げるマギちゃん。突然の事に私はつい意見を求めレナさんを見遣る。


「まぁアタシは別にいいけど?」


 それから依然と頭を下げ続けるマギちゃんへと戻した。


「私もいいけど……」


 このままいいからじゃあ行こうかという訳にもいかず、私はマイラさんへと視線を向けた。必ず同意が必要なんて事は無いけど、マイラさんがどれだけマギちゃんを想っているかを分かっているからこそ後ろ髪を引かれるようなのは嫌だ。


「ありがとう!」


 そんな私を他所に煌めく笑みを浮かべお礼を言ったマギちゃんはマイラさんの元へと戻った。


「お母さん。僕少しでも強くなって戻って来るから」

「大丈夫なの?」


 マイラさんの表情を見た私の中でそれはハナさんと重なっていた。私へ向けたのと同じ母の顔。まだそこまで経ってないのにもう何年も会ってないかのように恋しい。少しだけ胸が締め付けられるのを感じた。


「みんながついてるし」


 そう言ってマギちゃんは私達へ手を向けた。


「さっきの戦いでどれくらい伝わったか分からないですけど、アタシ結構やれるんで」


 私の横でレナさんは代わりに力をアピールするよう腕を構えた。


「それにティラーのコルさんもいますから」


 マイラさんはまだ不安はありそうだったが、納得したと何度か小さく頷きながらマギちゃんへと視線を戻した。


「ちゃんと戻って来るのよね?」

「うん。いいですよね? イベル様」

「長居は出来んがな」


 一度大きく頷きながら答えるイベルさん。

 それを受けたマイラさんは少しの間、何も言わずじっとマギちゃんを見つめた。一体何を考えているのか、子どものいない私には想像も出来ない。

 そしてマイラさんは泪を流し始めるとマギちゃんを力一杯抱き締めた。


「ごめんね。忌み子なんかとして産んじゃって。ごめんね」


 マイラさんが最初に口にしたのは謝罪だった。生まれてきた彼が忌み子なのは自分所為、もしくはそんな重荷を背負わせた事に対する罪悪感。普通とは違う体で産んでしまって、苦労を背負わせてごめんなさい、そう言いたいのかもしれない。

 そんな謝るマイラさんをマギちゃんは穏やかな表情で抱き締め返す。


「僕、お母さんの子どもで良かったよ。ありがとう」


 抱き締め合う二人の親子。涙腺を刺激する美しい光景。この間にも忌み子が災厄を招くかもしれない。例えそう思ったとしても、さっさと出て行けなんて言えるような人間は少なくともこの場所にはいなかった。二人が満足するまで、最後ではないけれど別れの時間を邪魔することは出来ない。

 それから私達が村を出発するまでそう時間は掛からなかった。他のティラーと協力して負傷者の治療をしていたコルさんが戻るとすぐに出発。


「それではこの子をよろしくお願いいたします」


 マイラさんは深々と頭を下げ、その隣でイベルさんも頭を下げていた。


「はい」

「任せてください。アタシが責任もって守るんで」

「僕も一緒に戦います!」

「それは心強い」


 意気込むマギちゃんにマイラさんは少し不安気な表情を浮かべていた。


「大丈夫だよお母さん。僕、強くなって帰って来るから」

「頑張ってね」


 不安や離愁、拭いきれぬ想いを抑え付ける笑みをマイラさんは浮かべた。今にも泣き出しそうでもあったが、決してその笑みが嘘と言う訳でもない。


「本当にいいんですか?」


 そんな二人を他所にイベルさんは私達の方へ。


「我々がこんな事を言えた義理じゃないですが、この子と行動をを共にすれば何が起きるかもしれません」


 この村にいるから忌み子と言う訳じゃなく、マギちゃん自身が忌み子と言いたいんだろう。他意の無い本心からの確認と言うか心配なんだろう――むしろマギちゃんを心配してるのかもしれない。一緒に行ったのはいいものの忌み子を重荷に感じ途中で一人放り出してしまうんじゃないかと。そんな心配をしているのかもしれない。それか軽はずみに引き受けるべきじゃないと言っているのかも。


「大丈夫です。最後まで一緒にいますから」

「そんな目覚めの悪い事したくないですし」


 そして最後に短くも別れを済ませた二人が私達の前へ。


「この子をよろしくお願いいたします」


 再び頭を下げるマイラさんは気持ちの分と言うように深々と。それに答え私もお辞儀を返した。


「行ってきます」

「体には気を付けてね」


 そして私達はマギちゃんと共に魔女族の村を後にした。




【不思議な夢を見るようになってから幼馴染であり勇者であるアンセル・タイムと会う為にシェパロン国へと向かう事にしたルル・ヴェム・メンクス。勇者一行とは別ルートで旅を始めた彼女は初めて見る世界に感動しながらも仲間と共にシェパロンを目指す。果たして彼女は無事シェパロンへと辿り着きアンセルと会う事が出来るのだろうか……。そしてあの夢はただの夢だったのか……】

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魔王ヒロインDear my 佐武ろく @satake_roku

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