情報屋見習い、海津原聖人の成長
幸田跳丸
第1話 プロローグ
世間は休日を何処かに出掛けたりして各々の日常を楽しんでいる中、この日だけは僕も仕事の一切を放棄して下りの中央線に乗車していた。
昨日まで休暇も無ければ睡眠時間も取れていない多忙な日々。少しでも仮眠しておこうかとも思ったが、五月一日という日はあの事件を思い返してしてしまう。日々の多忙に仕事を引き受けていたのも、あの日を忘れようと必死に逃げていただけなのかもしれない。
中野駅を出発して一時間も掛からずに終着駅へ。大勢の登山客が改札を出てバス停に並ぶ中、まだ開店したばかりの花屋で毎年予約している花束を受け取り、近くのコンビニで焼酎ハイボールを二本購入した。
高尾駅ロータリーのタクシーやバスに紛れて軽自動車が僕の前に停車した。「毎年すまないね、春巻刑事。それと警部補昇進おめでとう」助手席に乗り込みながらハンドルを握る猫背気味の青年へ気さくに声を掛ける。
「聖人君さぁ、そろそろ春巻って呼ぶの止めてよぉ。巻春だって、いつも言ってるじゃん?」
「僕の情報を毎回無償提供してあげているのはキミだけなんだけどねぇ? 春巻刑事。数少ない友人なんだし、それくらいは許してもらいたいものだよ」
バックミラー越しの後部座席には花束が二つ横たわっている。
僕達はあの事件で大切な人達を失った。
六年前、犯罪史に残る八王子市で起きた若い女性の両眼を抉り出す連続殺人事件で。
多くの犠牲と悲劇の渦中を生き残った僕達は毎年、黙祷と献花を捧げ、いつか真犯人を暴くと約束し続けてきた。
六年か……。長いようであっという間だったかな。まあ、忙しかった、忙しく生きることを選んだのは僕自身の選択ではあるんだけどね。
僕が情報屋なんていう胡散臭い業界に身を置く切っ掛けをくれたあの人は、天国……、もしくは地獄から面白可笑しく酒を飲みながら僕等を眺めて笑っていてくれているのだろうか。いや、馬鹿馬鹿しいな……。僕らしくない馬鹿げた少女趣味な妄想だ。今日という日だからこそこんな妄想に励んでしまっているのか、働き過ぎて頭が一時的なバグを起こしているのか。そんなことはどうでもいい。
明日からまた僕は日常を普通に生きるだけだ。
死者は生者の過去であって、今が在るのは彼等の存在が在るからだ。
「ちょっと眠いかも」
窓から差す陽気な斜光は思考を緩慢にさせていく。
「着いたら起こすから寝てても良いよー」
「そうさせてもらうよ。今日は全員が揃って記念日となるんだ、頭は冴えていた方がいいからね」
「なんのこと?」
過去を思い返しながらゆっくりと暗い夢裡の世界へ落ちていく感覚に快楽を最後に感じた。
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