第22話 行動開始2
なんでこうなるんだ。
僕は運転をしながらチラリと助手席を見る。
不機嫌そうな鳴海がへの字に口角を下げて頬杖を突きながら西日が差す窓の外を眺めている。車内に未來理さんの姿が無いのは、彼女はこれから本物の榊希美である雛杜烏晄さんとの約束があるらしく、高尾駅で降ろしたのだ。
それからずっと無言が続き、この息苦しい空気をなんとかしたいのだが、「なあ」意外にもさっきからずっと黙り込んでいた鳴海が口を開いた。
「犯人はどうして俺に罪を着せたがっていると予想する?」
瑠璃丸から得た話を彼にしたのだ。
それからずっと不機嫌そうにしていたのだから、未來理さんの悪戯なのか、意図してのことか、長い時間の緊張感は心労だ。
「さあ、キミの性格もあるし、多方面から恨まれていてもなんら不自然でもないと思うけどねぇ」
「だろうな。俺は未來理読子を超える為に色々と危ない仕事を強引に請け負って、誰がどうなろうが知ったことか、と多くの人間の人生を破滅させてきた……。それがこの仕返しだっていうんなら、俺は何も言えねぇのかもしれない。だが、俺は仕事でやったが奴は快楽で人の人生を破滅させていやがる。それだけは許せねぇよ。なにより俺の」
「俺の?」
「いや……、充に手を掛けた。それだけで俺が動くには十分だ。面白れぇじゃねぇか、充を殺した挙句には俺を確実に犯人に仕立て上げようとしてやがったんだ。会ったら鉛玉の一発でも受けてもらう」
言うと鞄から一丁の拳銃を取り出し、銃に祈る様に両手でしっかりと包み込んだ。
「え、え、ええ!?」
「なんだよ。しっかり運転しろよ。事故るぞ、馬鹿」
「そんなもん持ってるんだよ!」
「護身用だ。言っただろ、俺は多方面から恨まれている。報復に来る奴もいないとも限らない」
「銃刀法違反だぞ!」
「そんなもんが怖くて人の人生破滅させてねぇ」
手入れを終えた鳴海は拳銃を仕舞い、眠いから寝る、といってそっぽを向いた。なんて勝手な奴だ、と反論しようとしたが数々の取り調べや逢瀬さんの件を考えると、そっとしておいてやろうという気になった。
小宮の現場は黄色いテープで外部とを遮断している。警察は引き上げたようだ。しかし、浅井刑事だけが僕等を待っていた。
鳴海を一瞥して、「キミが倉澤鳴海君か。警察として謝罪させてくれ」深々と頭を下げる浅井刑事に、「そんなもんはいらねぇよ。現場を見せてくれれば、俺は俺の仕事に取り掛かれる」浅井刑事に案内されて室内に入った。
窓も締め切られたリビングを見て、「遺体を初めに見つけた奴は、アンタなんだろ?」未來理さんから、情報をいち早く仕入れた彼は警察官を数名連れて急行したようだ。
「密室だったよ。この家の所有者は事故で二年前に亡くなっている。それから放置されていたようだが」
「その事故発生時にこの家の鍵は持っていたんだろうな」
「調べているよ」
二年前と言えば雛杜烏晄さんが榊希美として事件を起こしていた時期だ。たんなる偶然かもしれない、程度として頭に留めておく。
「その事故は、どういった事故だったんですか?」
僕が問うと、「衝突事故だったそうだよ。真正面から。しかし、ぶつかった相手は車ともども雲隠れしたらしく、事件当時は大雨だったから証拠も流れてしまっていたそうなんだ」目を瞑って記憶を呼び起こしながら話してくれた。
「そんなこたぁどうでもいい。密室となると、鍵は犯人が持っていやがるな。近辺は住宅街から外れているから目撃証言も得られていないんだろう、あんたら警察は」
「ああ……」
「ふん」
鼻を鳴らして嘲る態度を見せたのも一瞬。血痕が床に残る遺棄現場をまじまじと観察し、未來理さんと僕が説明した状況をイメージするかのように眼を閉じた。
「織部は巻春と同期でね。初めは交通課に所属していたのを、俺が新米の巻春と相性が良さそうだと判断して上に掛け合ったんだ。だから織部が死んだのは、俺にも原因がある」
自分を責める浅井刑事の目元には隈ができていた。眠っていないし休んでもいないといった様子だ。自分を責め続けている。どうして、あの時ああしていれば、とどうしようもない過去を悔いているのだろう。そこに共感できる鳴海は、感傷に浸っている彼をどのような感情か、説明が付かないが同情しているような眼の色だけは印象的に捉えた。
視線を血痕へと戻した鳴海は、「俺も牢屋で悔いた。悔い続けた。長時間の尋問で心身疲弊しても、考えるのは、浮かんでくるのは己の非力さと愚かさ、そしてあいつの笑顔や過ごした日々だった。充の為にも折れねぇ、決して、必ず仇を取る。そう誓って気付いたら、俺は……、まあ、どっかの馬鹿のおかげもあって立ち直れた。あんたも悔い続けるのはいいが、前へと進む道を見誤るなよ」意外にも優しい言葉を掛けた鳴海を二度見し、「んだよ」と悪態をつかれてしまった。
「べっつにぃ、その馬鹿のお陰でいまのキミが居るんだなぁ、と思っただけだよ。いやいや、その馬鹿には感謝だねぇ」
僕も彼に倣って片膝を地面に着けて血痕やら周囲を探る。
「ああ。わかっているが、人である以上は感情に支配されてしまう生き物なんだよ。だが、こいつは違う。榊希美は私利私欲で道徳も倫理観も欠如した殺人鬼だ」
「わかってんじゃねぇか。榊希美に容赦するつもりはねぇ」
「手段を見誤ってはいけない。キミの眼には復讐を望んでいるように思える。奴は法で裁く」
「そうだな。生きてりゃあな」
にらみ合う双方を嗜めると、鳴海は二階へと移動した。
「あの子は立ち直ったのかもしれんが、それは一時的だと思う。復讐。その執念で今を生きている。仮に榊希美を殺したとして、次に見える目標が無い状態だ。彼をああまでさせてしまったのにも、やはり警察の横着にも一因はある。我々の尻拭いで申し訳ないが、海津原運、彼を頼む。復讐は決してその心に救った穴を埋めやしない」
「分かりました。ええ、分かってます」
それだけしか言えなかった。
「すまないが、彼の様子を見て来てくれるかい?」
「え、ええ」
言われるがまま僕も二階へと上がり三つある部屋の扉が微かに空いた室内を覗き込むと、鳴海は衣装棚やクローゼットを物色している。
まるで物取りみたいな調子だ。
「何をこそこそしてやがる? 俺を監視に来たんだろ?」
「聞いていたのか?」
「察しがつく。それくらいも考えつかないようじゃ、情報屋なんて無理だ」
「むっ、僕個人的にも心配してやっているんだけどねぇ。それは想像の範囲外だったんじゃないかい?」
「どうだかな」
また作業に戻り、僕もてきとうな場所を、彼がまだ探していない箇所に手を付ける。が、ガラクタばかりだ。埃の灰色を纏った小物やら家具は見ていて咳が出て来そうになる。未來理さんからプレゼントしてもらったスーツを汚したくないので、慎重に、慎重に物色してみたが徒労に終わったのは僕だけでなくコイツもそうだったようだ。
階下からドスンと響き、互いに顔を見合わせて一緒に階段を下りて浅井刑事の元に戻る。
「どうしたんですか! 今、凄い音がしましたけど」
「あ、いいや、なんでもない。ちょっと棚上の段ボールを落としただけだよ」
背の高い食器棚の足元に段ボールが転がっている。中身は手紙ばかりだ。てきとうに何通か手に取ってみると知人からのものばかりで、「そろそろ帰ろうか。ここはもう警察が調べたし何も出てこないだろう」言われて、確かに二階には手が付けられた様子も無かった。仮にあったとしても、僕等で見つけられる程度は警察が見つけているはずだから。
僕等は浅井刑事に見送られて小宮から未來理さんの自宅へ引き返す。
収穫は無かった。未來理さんに言われてきたけど徒労に終わってしまい、なんだか妙な違和感というか納得できていない自分自身に言い訳をしながら運転をする。
帰宅すると未來理さんが僕と鳴海を迎えた。
「お疲れ様。鳴海君、どうする? 今日は泊って行ってもいいけど」
「いや。帰ります」
「何か見つけられた?」
僕は首を振る。
「そう、残念ね」
残念そうに思えないおっとりとした口調。
「さあ、二人ともご飯の時間よ」
このまま未來理さんのご飯を食べ続けていたら舌が肥えてしまう。それくらい一日の中で彼女の料理が楽しみと化していた。
食卓を囲み、「未來理読子。お前はどうなんだ?」慇懃無礼な態度で問うと、「さあ、どうでしょう」子供に謎かけをするような態度でニコニコと微笑む。
結局、彼女が何をしていたのか不明のままだった。
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