第27話 犯人特定

「おーい、起きなよ。そろそろ到着するよ」



 春巻の声で僕は眼を開けた。



 周囲を山に囲まれた恩方地区に入ったようだ。どうやら僕は眠っていたようだ。毎年この時期に見る未來理読子との出会いの夢。彼女から学んだ情報屋としての仕事。彼女の愛情。僕が僕を捨てずに頑張れる理由をくれた恩人。それが未來理読子という女性だ。



 しっかりと握っていた花束が枯れていないか確認し、どうやら大丈夫そうなので一安心した。多忙な毎日を送っている僕にとって過眠だったのか、どうもまだ頭が上手く回らないが、日射しの眩しさが次第に意識を覚醒させていき、「いたっ」固い物が腰に食い込む完食に声を上げてしまった。



「どうしたん?」

「いや、何でもないよ」



 未來理さんの家が見えてきた。家の前には数台の車が停車している。どうやら僕等が最後のようだ。



 玄関前に雛杜烏晄、高村雄一、倉澤鳴海、本多瑠璃丸が僕等の到着を待っていた。



「ふん、遅れて到着するなんて、オメェも偉くなったもんだな、聖人」

「偉くなったからねぇ。それよりも鳴海、凄いじゃないか、僕もまだ知り得ない情報を入手したと小耳に入れたよ」

「ぜってぇ教えねぇからな」



 コイツも相変わらずなようで安心した。




「聖人君、聞いたよ。犯人が分かったようだが、本当かい」



 マスターが聞いてくるのに僕は頷き一つで答えた。



「その話は家の中でゆっくりしますよ」



 瑠璃丸が面越しに僕を見ているのが分かった。何を言いたいかまではわからないけど、僕に任せてくれるようだ。



「海津原君、辿り着いたんだね。おめでとう、これを返すよ」



 烏晄さんはポケットから紐を通した鍵を取り出して僕に握らせた。間違っているかもしれないのに。彼女は僕の言葉を信じてこの鍵を返してくれたのだ。これで見当違いな答えだったら僕は二度と未來理さんの墓前に立てないだろうね。まあ、もう確実に犯人が分かっているし、僕の情報に不確実な代物なんて存在しないんだけどねぇ。



 彼等を引き連れてリビングに集まってもらう。



「俺達はお前が話している間、一切の言葉も割り込まない。話せよ、お前の答えをよ」

「ああ。じゃあ、まずは」



 全員の視線が集まり、場は静かになった。



「六年前に起きた八王子事件は八年前に起きた八王子事件とは別の人物による犯行です」




 それはどういう事か、という顔色をしなかったのは一人を除いて居ない。全員にどよめきが広がった。それはそうだ。未來理さんは雛杜烏晄さんの事を誰にも伝えていない。それ故に一人の榊希美による犯行だと思い込んでいたのだ。



「模倣犯ですよ」



 六年前の記憶を何度も夢に見て、その度に収集した情報とを照らして幾通りも思考した。随分と長い時間が掛かってしまったが、ようやく犯人を捕まえられる高揚感が僕を満たしていた。



「明かすのはその模倣犯、安城藍さん以降の犯行をした人物です」



 模倣犯という線では納得しているかわからないけど、ひとまずは先に言ったように口を挟まないようだ。



「殺害された女性被害者、藤本愛子、児島陽子、萩野美優。犯人に繋がる情報提供者は萩野美優さんでした。彼女はストーカーに悩んでいました。ですが、相談した親も学校も真面目に取り合ってはくれず、彼女はある場所で仲良くなった人物……、そう、小野寺浩助さんに相談していたそうです。彼は親身になって下校時等は付き添っていたそうですよ。役所員ですから外回りと言って抜け出せたのでしょうね。犯人は彼が邪魔だった。獲物を目の前で吊されたお預けを食らっていたのですから」



 織部刑事と捜査して判明した二人の関係。



「犯人は萩野美優を殺害後、小野寺浩助に余計な情報が漏れていないか不安に思い、彼を拷問することにしたんです。僕が出向いた事が犯人にとって都合が良いタイミングだったんです」



 そこで高坂さんが、「出向いたタイミングって……、そんな」まるで見てきたような、問い痛げだが鳴海が制して続きを促す。



「次に狙ったのは逢瀬充さん。彼女を殺したい理由は明白です」

「誰なんだ!」

「鳴海。悪いけどまだ黙っていてくれるかい?」

「くそっ」



 ようやく大人しくなったので続きを話させてもらう。



「倉澤鳴海という情報屋が邪魔だったんです。彼に罪を着せて、一時的でも動きを抑制するために、わざわざ彼の自宅マンションで逢瀬さんを殺害し、密室を作りました。これについても後回しにさせてもらいます」



 鳴海をチラリと見ればそうとうに焦らされて苛立っている様子だが、まだ犯人を明かすわけにもいかないんだよね。もう少しの間、お預けを食らっていてくれ。



「鳴海が拘留されている期間、犯人はなりを潜めて捜査の目が鳴海に向くまで、ジッと次の獲物を物色していたことでしょう。その間、きっと楽しんでいたでしょうねぇ。面白かったでしょう。邪魔な人間を交流した優越感に浸りながら次の獲物を定めている時間が。後は時期を見て釈放させればいいんですから」



 誰も口を挟まなくなったのは口を挟んだところで僕が答えないと承知しているからだろう。



「次に標的にされてしまったのは、刑事課に配属されたばかりの新米刑事、織部八束刑事です。都合が良かったんでしょう。己の快楽を満たすと同時に捜査進捗を聞ける最高の獲物だったに違いない」

「海津原君、獲物というのは止めてくれよ。織部は……」

「そうだね。すまない」



 表情を暗くした春巻に謝って、「織部刑事は」と訂正をした。



「彼女一人を呼び出すことなんて犯人にとって朝飯前といったくらい簡単だったでしょうねぇ。自分の立場を利用すれば、ね」



 織部八束刑事の殺害現場となった小宮の空き家。これについてはもう調べが付いている。所有者を上手く操って事故に見せかけて殺害し、所有権を自分の言いなりになってくれる人物に相続させ、後は自分が好きに使えるのだから。



「これが織部刑事殺害の一連の流れになります」



 推理ごっこももう後は長くも無い。



 浅井刑事殺害についてですが。織部刑事はまだ新米で現場を把握しきれていなかった。だから次に浅井刑事を誘い出したんです。立場上、疑われていないことを承知で、浅井刑事を呼び出し、酒か薬かを用いて動きを鈍らせ、実力行使で拘留して拷問を行った。捜査進捗を聞き出し、敏腕刑事と噂の彼もいつかは邪魔な種。用済みになれば殺害し、これまたあきる野市の鳴海のマンション知覚の雑木林に遺棄した。



「此処で一つ、犯人は確かに若い子が好きでした。女の子を殺害することに興奮する変態野郎。ですが、それはあくまでも大本命の女性を殺害するため。これまでの十代や二十代前半の女性とは違い、最期は二十代後半の未來理さんでした。これまではあくまでも前座。自分の技量を高める踏み台でしかなかった。ちょうど良かったんですよ。未來理さんを殺害した人物を模倣犯の犯行だと攪乱できるんですから。その場合、一番犯人として近いのは鳴海で、もちろん警察は彼に視点を絞って捜査したでしょう。ですが、鳴海も二度も捕まれば学習はする。自分を守る情報を全て揃えて捜査を躱し、この六年間、僕とずっと犯人に関する情報収集をしていたんですが、確かに伝手パイプとしては最高の関係だったね」

「うるせぇよ。テメェに伝手なんて言われたくもねぇし、つか、早く茶番を終わらせろよ。犯人がわかったらそいつの事を調べて殺しに行ってやる」

「はいはい」



 そこで瑠璃丸が挙手をし、「僕を襲った人物について話されていないよ」少しイラついたくぐもった中性的な低い声。



「あー。まあ、保険だよ。瑠璃丸の面が世間で取り上げられれば、犯人に仕立て上げられるからね。でも運悪く僕等が到着してしまいその策略も頓挫してしまったわけだけど」



 手短く説明して終わり。



「未來理さんは犯人が誰か分かっていました。きっと自分が殺されることも……。でも、彼女は身内には甘いんです。僕を成長させるために彼女は自ら殺されることも甘んじた」

「それで、誰なんだい、聖人君」



 僕は背後の腰ベルトに手を伸ばして、その覚悟の重さを伴うグリップを握った。



「あんただよ、高村雄一」



 躊躇いなく拳銃を抜いて照準を榊希美に会わせてトリガーを引き絞った。パンという発砲音。肩から血を溢れ出させて大男の図体が膝を折った。



「いいだろう。僕が答え合わせをしてやる」



 僕を睨み上げる高村と視線が混じり、「キミに逃げられてもまた面倒だからねぇ」だからあえて殺さなかった。



 これまでの説明で不鮮明にしていた裏側を明かしていく。



 小野寺浩助を殺害するにしてもタイミングが大事だった。殺すなら全ての条件が揃っていて欲しかった。そして未來理さんの使いで僕が小野寺浩助の下に向かうと聞いた高村は、ナビとして佳奈を僕に同行させた。体良く厄介払いが出来て両手を挙げて喜びたかったんじゃないかなぁ。まあいいさ。その間に八王子市役所に連絡を入れ、情報屋として伝手を使って揃えていた小野寺浩助の情報を餌に帰宅させることにした。彼が帰宅するより先に彼のアパートを訪れ、帰宅した彼を拷問し殺害した。



「これが小野寺浩助殺害のシナリオです」



 次に逢瀬さん殺害について。



 コミュニティーで全員が酒なり飲み物を飲んでいた。これは簡単だねぇ。鳴海の飲み物に睡眠薬を混入させ、解散したあとにあきる野市にある彼のマンションを訪れた。顔見知りの高村を家に上げた無邪気な逢瀬さんをその場で殺害して遺体を装飾した。電気を消して、鳴海の眠る部屋の窓を少し開けた状態でそこから堂々と姿を消したのだ。寒さで眼を覚ました鳴海はまだ意識がぼんやりとしている。何の疑問も抱くこと無く窓を閉めただろうねぇ。隣の部屋では逢瀬三が殺害されていることも知らずに犯人の思うままに行動してしまった。



 次に織部刑事殺害について。



 これは先程も話したように、情報屋という立場を利用して織部刑事だけを呼び出し、コレまでの被害者同様に殺害した。そして、小宮にある空き家に遺棄したのだ。その後に自由に使える駒を脅すなりなんなりして警察に不審な物音がしたと通報を入れさせれば織部刑事の殺害が明るみになった。



 この時には快楽とは別に自分に陶酔していたんじゃないかい。自分の犯行が世間を騒然とさせ、警察も自分には気付いていない。まるで世界の中心に自分がいて事象を操る神にでもなった気分だったんじゃないかなぁ。



 浅井刑事については先程説明した通りだ。



「未來理さんはアンタを見て覚悟したんだろう。自分が殺される覚悟を。そして彼女の死で僕が成長してくれることを期待して、あんたを部屋に招き……」



 グリップに力がこもる。



「未來理さんを殺したんだ……」



 声が震える。



「はは、キミもあの時に殺しておくべきだったかな」

「認めるんだね」

「認めるさ。世界最高の情報屋の推理ショーだ。全て情報が揃っているんだろう? 彼女の口癖だったな、情報は裏取りがされなければ商品としての価値は無い、とな」



 僕は、「そうだよ」銃口を眉間に押しつけてトリガーを引き絞った。



 巨軀を仰け反らせてそのまま仰向けに倒れ込み、もう動くことの無い骸と化した。



「僕を逮捕するかい春巻」

「だから巻春だって……。職務上ではそうなんだけど……、まあ今回は見なかったことにしてあげるよ。これで共犯だね」



 春巻きに小さく頷いてから、「雛杜さん。死体を回収してくれる業者を紹介してください」目の前に転がる高村雄一を一瞥して言った。



 直ぐに回収業者が来た。黒いスーツを着込んだ、いかにも、な人達が手早くドラマで見るような袋に高村雄一を収めて帰って行くまで五分も経たなかった。なれているのだろう。こんな業者とも繋がっている雛杜烏晄という人物は敵に回してはいけないと思った。そもそもこの女性こそ本来の両眼を抉り出す榊希美本人なのだから。



「それと、瑠璃丸」

「なんだい?」

「キミの正体だけど、ここの面々ならいいよね?」

「へぇ。誰か分かるんだ?」

「高村雄一を暴くよりかは楽だったよ、穂村佳奈さん」



 瑠璃丸は面を初めて僕等の前で外した。



 そこにはコミュニティーで何度も見た女性の顔。六年という歳月は経っていてもまだ全然変わらない容姿の彼女にいつもの人懐っこい笑顔は無く、近しい者を亡くした顔でもなく、ただ虚の顔をしていた。



 これはこれで良い機会だったのかもしれない。



「流石だね。これが僕の本当の姿だよ。ご満足かな、ふふ、穗村佳奈を知っている人達は唖然としている。良い表情だ。是非とも帰って彫らせてもらうよ」



 高坂さんと鳴海が表情を引き攣らせている。二人はここ五分で起きたあまりにも多すぎる情報量に追いつけていない様子だ。それはそうだろう。僕が人を殺し、穂村さんが本多瑠璃丸だったんだから。



「みんなはもう帰ってくれていいよ」



 僕が静かに言うと、高坂さんと鳴海が何かを言いたげにしたが結局口を閉ざしたまま出て行った。



残ったのは僕と雛杜、佳奈と春巻だけ。



「キミたちも帰りなよ。僕も此処を片付けたらそうする」



 この家に汚い血痕を残したくはない。どうせならあの業者が掃除して帰ってくれれば僕も楽だったのに。まあいいさ。もう少し思い出に浸っていたい気持ちもある。未來理さんの墓に良い手土産が出来た。



「恩方から墓地まで遠いだろう。俺がちゃんと送っていくよ、織部と浅井さんの墓参りも一緒にしたいしね」



 春巻はウィンクして鷹揚に言った。



「じゃあ、僕は帰るよ。また連絡してくれ、キミは数少ない友人なんだから」



 そう残して本多瑠璃丸も家を出ていった。



「雛杜さん?」

「ありがとう。私の友人の仇を取ってくれて。できればキミの手を染めたくはなかった。実を言うと、私はキミが犯人を指摘したら直ぐに殺すつもりだったんだけど、キミの予想外な行動が私を遅らせた、すまなかったね」

「いいんです。こうするつもりだったので」

「そうか。もうすぐキミも私も読子の年齢に追いつくな」

「そうですね」

「読子は二十九だったから、あと二年くらいか」

「そうですね」

「じゃあ、私も行くよ。機会があれば一緒に仕事をしよう」

「できればプライベートでの付き合いがいいですよ」



 ヒラヒラと細い手を振って彼女も自分の日常へと帰って言った。



「さて、ちゃちゃっと片付けちゃいますか」

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