第8話 初めての仕事3
ぎゅうぎゅうと詰められた車内の後部座席、真藤刑事と織部刑事に挟まれる形で僕は肩を狭めていた。
「浅井刑事もっとデカイ車買いましょうよー。このシートだってクッタクタで座り心地悪いっすよー。ちょっとヤニ臭いですし」
口にはしないが彼の座り心地が悪いという点では同意見だった。いったい何年乗り続ければこんなにシートがぺちゃんこになるのか。
「この車には愛着があってなぁ。換えるに換えられないんだよ。ちなみに言うがコイツとは俺が高校卒業時からの付き合いだ。一緒に色んな場所を走り回った
「この車を乗り続けてる限り、絶対に浅井刑事は結婚できないと断定できますねー。織部もそう思うだろ?」
「私に振らないでくださいよ!」
「でも、こんなボロい車に乗ってる男と付き合いたくないっしょ?」
「えっと……、それは」
どうもそうらしい。しかし未來理さんは、「私は物を大事にする人は素敵だと思うわ。流石にゴミ屋敷に住む人はごめんなさいだけど、あの人も似た感じでしたし」あの人とは婚約者の畠中真澄だと想像が付く。浅井刑事も直ぐに誰かを察して、「ああ……、しっかりと引き締めてくれる嫁さんにでも貰われなきゃ、整理整頓もできない奴だったからなぁ、真澄は」事情を知らない若い刑事たちは首を傾げて顔を合わせた。
車は甲州街道から旧甲州街道へ。裏高尾の細い道をひたすら真っ直ぐに走り、民家も少なない奥まった場所で車を停めた。コンビニもスーパーもない山に囲われた場所で生活する人物とはどんな変わり者と顔を合わせるのか、などと考えてしまうのは、面職人という芸術家に部類される人種だからだ。
手入れのされた小さな庭園の中に建つ小さなログハウス。手作り感のある腰くらいまでのフェンスと扉。脇には削った木の立て看板があり、『瑠璃丸仮面展』の浮き文字。
インターフォンらしきものは無い。未來理さんが勝手に門戸を開けて庭園を堂々と歩いていく。
「未來理さん。ここに住んでいる方というのは?」
織部さんの質問に、「あのデスマスクを作った面職人、本多瑠璃丸のアトリエよ。年齢性別住所の全てが不明。大きな展示会には常に瑠璃丸の作品が並び、高値で売買される有名な職人よ。付け加えて言うと此処には住んではいないのよ。説明はこんな感じで良かったかしら、やっちゃん?」勝手に織部刑事に渾名を付けて説明を終えた。
扉をノックするとゆっくり扉が開き、「未來理読子と付き添いの方だね。どうぞ」白衣に緑袴姿の、未來理さんを除いて固唾を飲んだのは、その人物が不気味な表情をした面を付けていたからだ。色づけされていない赤茶色の面は、恐怖に歪んで泣いているような生々しい、子供が絶対的な暴力に怯えているような顔だった。正直言って趣味が悪い。
「どうぞ」
もう一度言って、僕等はログハウスへと足を踏み入れて、またしてもその異様な光景に息を詰まらせた。
外観同様に内装も木造でありきたりな造りだが、壁一面には人の喜怒哀楽無を模した精巧な面が飾られていた。此方には色付けもされていて、皺や陰影もまるで本物の人間の顔を切り取って剥製として飾っているように見える。
悪趣味を通り越して悍ましい、というのが素直な感想だが口にしない。
織部刑事と真藤刑事は圧巻され、恐怖と興味に表情が引き攣っている。
落ち着かない心持ちのまま全員が部屋の中央に置かれた木製テーブルを挟んで椅子
に腰掛けた。
「ぼくは本多瑠璃丸だ。ここにいる未來理読子から聞いているかもしれないが面職人をしている。ある面について聞きたいということだが?」
声も男性なのか女性なのかよく分からない中性的で低い。あえてそうしているのか、仮面でくぐもって判断がつかない。
「この三つの面。これは貴方の作品ですね?」
テーブルの上に三つの面を浅井刑事が並べた。瑠璃丸さんはそれらを仮面というフィルター越しに眺めているが、刑事からしたら表情が読み取れない相手にどう対応するのか見物である。
「ぼくの作品に相異ないよ。彼女たちの顔も覚えていてるからね」
「本多さん。どうして彼女たちの面を作ろうと思った?」
「どうして? 変なことを聞くものだ。彼女たちの依頼を受けたから制作した。他にどんな理由があるというのか。まさかぼくが彼女たちを殺害してからデスマスクとして作ったなんて言うんじゃないだろうね」
「そうではないとも言い切れない」
「この話は平行線になりそうだ。ぼくの回答を裏付ける証明はなく、刑事さんの疑念が正当だという証拠もない。他には?」
「変な話だな。本多さんの一切の素性は秘匿とされているそうじゃありませんか。というのに、彼女たちがどうやって貴方に行き着いたのか」
「それはぼくの預かり知らぬ所だ。この世に知らぬ闇無しと賞賛されている、腕利きの情報屋から仕入れたのかもしれないよ」
可笑しそうな口調で未來理さんを向いた。
「ああ、失礼した。わざわざ足を運んでもらったというのに茶も用意しないで。質問を考えながらゆったりとくつろいでいてくれ」
席を立つ瑠璃丸。「一つ聞いちゃってもいいっすかー」キッチンへと向かうその背中に間延びした緊張感の無い真藤刑事が声を上げた。「なんだい?」冷蔵庫からお茶を取り出しながら返す。
「本多瑠璃丸って本名? あと男性なの女性?」
「質問が二つに増えている。でもその質問には答えられない。もちろん面もとらなければ、着物も脱がないよ」
お盆に人数分のコップを載せて戻ってきた瑠璃丸は笑いながら、「女だったら何かある? 男だったら幻滅かな? 性別が気になるのはどうしてだろう」友人に語りかけるような気さくさで逆に問い、「あー、いや。男として気になっただけっすかね。でも、男でも女でもきっと美人だっていうことは直感で断定できるんすよー」ケタケタと笑う真藤刑事を「事件と関係ないことを!」織部刑事が叱責した。
「いや、構わない。ここに籠もっていると電話越しに仕事の話くらいしか話題も無い。こんな機会でもなければ世間話をしたいところだよ」
ずっと黙っていた未來理さんがここで、「でしたらもう一つ、私の世間話に付き合っていただけますか」切り出し、「面職人を志そうとしたワケはなあに?」突飛な発言に誰もが彼女に注目した。
「ぼくには才能があった。他人を恐れているからこそ、他人の顔を模することに長けていたようなんだ。亡き先代に拾われていなければ、ボクはもうこの世には生きていないのは確かだね」
「このアトリエも先代の頃から?」
「そうだよ。ここに飾ってある面は全てぼくの作品で、生憎と先代の言付けで彼の作品は全て燃やしたんだ」
「自分の生きた証をわざわざ燃やさせる理由があったのかしら」
「どうだろうね。その理由については聞いていない。聞く気もなかった。一つの事実、今居るぼくこそが本多瑠璃丸。それだけで十分だよ」
全員にお茶を渡して一息ついた瑠璃丸は僕を見て、「キミは警察の人ではないようだけど、未來理読子の関係者かな」悍ましい表情を訴える仮面が首を傾げた。
「未來理さんの助手をしています、海津原聖人です」
簡潔な自己紹介に、「未來理読子が助手を、ねぇ。海津原君、連絡先を交換しないかい?」唐突な申し出に僕はどうしていいか判らず、未來理さんの指示を仰ごうと彼女を見ても、未來理さんは出されたお茶を啜るだけでこっちを見ようともしない。
その判断は僕に任せるという意志だろうか。
「僕にメリットがありますか?」
交換するのも構わないが、本多瑠璃丸という人物の真意が読めない。未來理さんや警察の人達でなく、どうして僕なのか。
「キミに興味が湧いた。気付いているかい、キミは刑事や情報屋とも違う、キミの視点でぼくを見ていたことに」
「何を言っているのかさっぱりですが」
「刑事達はこの部屋とぼくが何かをしでかさないかという眼で見ていた。未來理読子はぼくの言葉にのみ意識を傾けている。キミはぼくをずっと見ていた」
「それだと刑事さん達と同じ目線ですよね」
「違うね。全然違う。彼等はぼくを警戒する、いわば危険人物として動きを見張っていたんだ。キミはこの面の奥に隠したぼくを見続けようとしていた」
「余計にわかりませんよ」
「あはは。わからなくてもいいんだよ。ぼくがキミを気に入ってしまった、その事実だけが伝わってくれれば、ね」
好意を持たれたということになる。本多瑠璃丸は確かに正体不明で喋り方から何までミステリーが過ぎるように思える。そんな形を持った不思議が興味を持ったのは僕だけ。ならばこれは未來理さんの何かしらの手助けにもなるかもしれない。そう判断したから、「いいですよ。でも、僕は未來理さんの家で住み込みなので」互いに連絡先を交換した。
「友人として手助けしたい。何か困ったことがあれば、いつでも連絡を寄越すといい。キミの役に立てると自負しているし、損はさせない」
本多瑠璃丸が席を立ち、「もう質問はないかな」仕事に戻りたいという意思を表示した。
「では最後にいいかしら。次は誰が殺されると思う?」
本多瑠璃丸が足を止めたタイミングで、「被害者は全員あなたの作品を被せられているの。この行為には犯人の何かしらの事情があると考えるのは普通の事でしょう? 若い女性で最近あなたに面を依頼したお客さんはいらっしゃらない?」続けて言った。
「どうだったかな。ぼくは顧客の情報を喋りたくはないんだ。でも、レジ裏に顧客情報を記載したリストがあるはずなんだ。ああ、そろそろ仕事に戻らなくてはいけないから見送りは出来ない。海津原君、また会おうね」
背中を向けて軽く手を振って部屋に引っ込んでしまった。
「これって、勝手に見ていけってことっすよね?」
織部刑事と真藤刑事が早速仕事だと早足でレジ裏に回り込んで、戸棚やレジ下を探し始める。直ぐに顧客リストと書かれたファイルが見つかり、直近での依頼者の中から若い女性を探し始めた。カメラで該当する人物たちの情報を撮影し終わって、元在った場所にファイルを戻してログハウスを出た。
「随分気に入られたわね、海津原君」
「言っている意味も気に入られる理由もよくわかりませんけどね」
「私達とは違う視点で本多瑠璃丸さんを見ていたと仰っていました。無意識だったんですか?」
「そんなつもりで見ていたつもりは無いんですけど。どうして本多瑠璃丸はあの数ある中であの面を選んで被っていたのかは気になりました」
「そこなんだろうな。本多瑠璃丸が言っていた、ぼくを見ていたというのは」
合点がいったという浅井刑事に、「そうね。私達、あの子の被っている面なんて気にしていなかった。顔を隠したい程度の認識だった。でも海津原君はその理由を無意識に探って、あの子を知ろうとしていたのね。ふふふ、連れてきて大正解ね」両手をパンと合わせて喜んだ。
「俺達は早速署に戻ってリストの人物に当たってみます。未來理さんも何か新しい情報が入り次第連絡をください」
「ええ、任せて」
後部座席でまた肩身狭く座る新人組。「俺とも連絡先交換して欲しいんだけど、どうっすか、海ちゃん」真藤刑事が自宅電話の番号をいつメモしたのか、紙切れを手に僕に迫る。
「情報屋と繋がりを持っておきたいっていう下心が無いと言えば嘘になるけど、ほら、若い者同士で友情を育むのもいいと思うんすよね。上司の辛辣な教育に毒吐きたいって時とかにねぇ。ほらほら、織部もお友達になりたそうな顔してるっすよ」
「わ、私を巻き込まないでくださいよ、真藤刑事!」
と言いつつも手帳に番号を書いていく織部刑事もまんざらでは無い様子。
「よしお前等、帰ったらしばくからな」
浅井刑事が冗談交じりにそんなことを言った。
「お友達が増えて私も安心したわ。そうだ、帰ったらパーッと飲みましょうね」
揺れる車内で新人刑事二人と連絡先を交した。
僕との
「んじゃ、暇な日に三人で飲んで騒ぐっすかね。署内に若い奴があんまいなくて寂しかったんで」
「私の方も、何かなくても連絡していただいて構いませんので。捜査で外出が多く出れないできないかと思いますが、宜しくお願いします」
「最悪、警察署に連絡して呼び出してくれてもいいっすけどね。サボれるし」
問題発言を浅井刑事がとがめた。
そんなやりとりをしていると未來理さんの家に到着した。
この後、本当にパーッと飲み会をするのだろうか……。
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