Ⅵ ◆二千文字の終幕


 白いりんごの花が咲いている。果樹園でシーナが何かやっている。花嫁と、それからハンスエリに花冠を作るのだそうだ。赤子には白がよく似合う。ハンスエリは庭に出した揺りかごの中で、くうくうと寝息を立てている。

 次第に魔法使いが集まり始めた。案内係をかってくれたネロロが到着した馬車を森のそばの野原に誘導している。

 シーナがハンスエリを抱き上げて家の中に入って行った。これからみんなで着替えるのだ。

 花の香りが春を告げている。

 結婚式を邑と街の人たちも覗きに来た。人間界では魔法使いの結婚式など見ることはないからだ。

 怖々と遠巻きにしていた人間も、白魔女が籠に入れた軽食や酒を振舞ううちにだんだんと遠慮を無くして近くに寄って来た。といってもやはり遠巻きだったが。

 花々にあたった日光が青い耀きを投げかけている。花明かりの中に正装したベルナルディが現れた。ルクレツィアさんを連れて来たのはマキシムだ。花嫁の手をベルナルディに引き渡す。ルクレツィアさんは申し分なく綺麗で、月の女神のようだった。

 祝福の花びらを空から魔女が撒く。マキシムとベルナルディとルクレツィアさんは互いの顔を見詰めて言葉を交わし、三人で微笑んでいた。俺とシーナとブラシウスは近くからそんな彼らを見ていた。夢の中にいるようだった。

 アロイスは此処にはいない。郷里の人間の父親の許にいる。父親が生きている間はそこにいるだろう。ルクレツィアさんはアロイスを抱きしめて、「月に一度はお母さまに逢いに来て。来ない時はお母さまの方から逢いに行きます」とアロイスに約束させていた。

 シェラ・マドレ卿もいない。

 今回の功績で子爵となったのに、結婚式には出席しようとはしなかった。魔都に用があると云って断られた。このところ、シェラ・マドレ卿は一人のヘタイラを見舞っているのだ。冬の宮殿で襲われたあのヘタイラ・ベアトリーチェだ。怪我はすぐに治ったものの、気が塞いでしまったヘタイラが俯いて魔都を歩いていたところシェラ・マドレ卿の馬車の前にまろび出て轢かれかけ、卿は彼女を馬車に乗せて気晴らしをさせた。それが今でも続いているのだそうだ。

「嘘だろ」

 式の間中、俺を手伝って招待客への気配りをしてくれていたブラシウスは悔しがった。

「あの可愛い人だろ。俺も狙っていたのに先を越された」

 礼服を着たブラシウスは王子さまのようで、相変わらず若い魔女と人間の女の子に囲まれていた。

 ブラシウスはまた『冠』を獲るだろう。その時には俺も先頭を競り合えるくらいにはなっているだろう。エリーゼ・ルサージュが俺の頭に勝利の冠を載せたがっているから一度くらいは叶えてやらないと。友人として。

 

 後片づけは魔法使いと魔女が一瞬で終えてくれた。きれいなものだった。


 師匠が領地に帰るのを俺とシーナは見送った。この家は俺たちにくれたけど、師匠がこの家から何処かに帰るというのがまだ慣れない。いつでも逢えると師匠は云うけれど、俺たちは師匠が拾った棄子だから、いつまでも師匠の不在に俺たちは慣れない。

 師匠は俺とシーナを両腕に引き寄せて肩を抱き、

「二人とも大きくなった」

 と優しい声で云った。師匠がそんな顔をしていると俺たちも倖せだ。

「アルフォンシーナ」

 師匠はシーナと少しだけ話をしていた。師匠が海辺から拾った女の子。シーナがいなければ俺も師匠とは巡り合えず、俺たちが一緒にこの家で暮らすこともなかった。いつもマキシムのことを心配していた小さな魔女。

 七剣聖は軽く大地を蹴って箒を浮かせると、夕空を斬って帰って行った。



 太陽が沈み、空が金星を浮かべて菫色になっている。山脈の輪郭だけが夕映えでまだ朱い。心地よい夜風が吹きはじめた。シーナを連れて宵空の散歩に行きたい気分だけど、家の中がまだ片づいていない。

 裏木戸からシーナが出てきて果樹園に歩いて行った。俺はシーナの後を追った。

 りんごの樹の下の繁みからシーナは糸巻きを探し出してきた。

「ハンスエリがこれで遊んでいたから、もしやと想ったらこんなところに隠してあったわ」

 木片を削ってもう少し大きな同じ型の玩具を作り、届けてやることにしよう。

 俺は魔都の学校に行くことになっている。そこで寮生活を送るのだ。休暇になったら家には帰るし、シーナも魔都に遊びに来てもらう。俺たちはそこで逢う。シーナも俺も少し距離をあけて他人になった方がいい。遠回りをしてまたもう一度、大人になってこの家で逢う時まで。

 アルフォンシーナが夜空を仰いでいる。月を浮かべた空は深い藍色に暮れている。真珠貝の破片を散らしたような星空だ。いつかシーナを北の海に連れて行こう。海辺で膝を抱えて夜空を眺めていた幼い頃のシーナの想い出がそこにある。今度は俺が箒に乗って迎えに行くよ。

 草が波の音を立て、花々に降りた夜露が風の中に舞っている。水晶の風車がまわり、月明りの下で邑が眠りについている。

 俺はテオ。

 魔法使いだ。




[魔女とりんごの花・完]

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魔女とりんごの花(統合版) 朝吹 @asabuki

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