花びらの契約~私と貴女は結ばれる運命~
一ノ瀬 彩音
第1話 私と貴女①
『──私は、女の子が好き』
そう自覚したのはいつのことだっただろう?
物心ついた時から、男の子に興味がなかった。
恋愛対象も当然、男性じゃない。
私が好きな相手はいつも女性だった。
でも、そのことを誰かに打ち明けることはできなかった。
同性愛者は異端視される世の中だ。
告白なんてしたら、周りからどんな目で見られるか想像がつく。
そんなリスクを背負ってまで想いを伝える勇気はなかった。
だから、ずっと心に秘めたままでいるつもりだった。
だけど、ある日のこと。
学校で偶然見かけた一人の少女に一目惚れした。
それが私の初めての恋だった。
その日から、私の頭の中はその娘のことでいっぱいになった。
彼女のことを思うだけで胸が高鳴る。
彼女を想うだけで幸せな気分になる。
いつしか私は彼女に夢中になっていた。
彼女と親しくなりたい。
彼女に愛されたい。
彼女の恋人になりたい。
そんな欲望が溢れ出してくるようになった。
しかし、現実は残酷だった。
同性を好きになる人は少ないし、そもそも接点がない。
ましてや異性愛者の彼女にとっては尚更だ。
それでも諦めきれなかった私は、ある手段を使うことに決める。
それが、「契約」することだった。
自分と相手との間に特別な関係を築くことによって、相手の興味を引くことができるかもしれないと考えたからだ。
そして、私は行動に移すことにした。
「──ねぇ、貴女ってもしかして同性愛者?」
学校の中庭で読書をしていると、不意に後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには見知らぬ女子生徒が立っていた。
突然のことに戸惑いながらも、平静を装って返事をする。
「……え? どうしてそんなことを聞くんですか?」
すると、彼女はにっこりと笑って答えた。
「だって、私もそうだから」
それを聞いて驚くと同時に納得した。
なるほど、彼女も私と同じだったのか。
それなら話が早いと思い、こちらからも質問することにする。
「あの、もし良かったら友達になりませんか?」
思い切って誘ってみると、彼女は快く承諾してくれた。
こうして私たちは友人となったのだった。
それからというもの、毎日のように彼女と一緒に過ごした。
放課後になるとどちらかの家に集まってお喋りをしたり、休日には一緒に出掛けたりしたこともあった。
彼女と過ごす時間は楽しくて、あっという間に過ぎていくようだった。
そんなある日のこと。
いつものように二人で過ごしていると、突然彼女がこんなことを言い出した。
「ねぇ、私たち付き合わない?」
驚いて聞き返すと、彼女は真剣な表情で答える。
「もちろん本気だよ。本気で君のことが好きだって思ったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、涙が出そうになった。
まさかこんな日が来るなんて思ってなかったから。嬉しくてたまらなかった。
それからしばらくして、私たちは付き合うことになった。
付き合い始めてからも私たちの関係に大きな変化はなかった。
今まで通り一緒に帰ったり、休日にお出掛けしたりして楽しく過ごしていた。
ただ一つだけ変わったことがあるとすれば、それはお互いに対する呼び方だろうか。
以前は名字で呼び合っていたのだが、恋人同士になってからは名前で呼ぶようになったのだ。
最初は少し恥ずかしかったけれど、今ではすっかり慣れてしまった。
むしろ、名前を呼ぶ度にドキドキしているくらいだ。
そんな日々を過ごす中で、私はあることを思い付く。
この関係をもっと深めたいなら、やっぱりキス以上のことをするべきなんじゃないかと思ったのである。
でも、どうやって誘えばいいんだろう……?
こういうことは初めてなので分からないことだらけだ。
とりあえず、それとなくアプローチしてみることにしようと思う。
それから数日後、私は意を決して彼女を家に誘った。
幸い両親は仕事で不在だったので、邪魔される心配はない。
あとはタイミングを見計らうだけだ。
ところが、いざその時が来てしまうとなかなか言い出せないもので、結局何も言えずに時間だけが過ぎていった。
(どうしよう……早く言わないと……!)
心の中で葛藤していると、不意に彼女が口を開いた。
「……あのさ、一つ聞いてもいい?」
その言葉にドキッとする。ひょっとして気付かれたのだろうか?
いや、まだそうと決まったわけじゃないし、とにかく誤魔化さないと!
そう思って慌てて返事をする。
「えっと、何でしょうか……?」
恐る恐る尋ねると、彼女は真剣な眼差しを向けてきた。
その視線に思わず緊張してしまう。
だが、次に発せられた言葉は意外なものだった。
「その敬語やめない?」
一瞬何を言われたのか理解できなかったが、すぐに意味を理解することができた。
つまり、タメ口で話せということだろうか?
確かにその方が親密な感じは出るかもしれないが、本当にそれでいいのだろうか?
そんなことを考えているうちに沈黙が流れる。
気まずい空気に耐えられず何か言おうとした時、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「だからさ、敬語じゃなくて普通に喋ってほしいんだけど……」
そう言われてハッとした。
言われてみればその通りだ。
せっかく仲良くなったのだから、いつまでも他人行儀なのは良くないだろう。
そう思った私は覚悟を決めることにした。
「……分かったわ」
そう答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
その表情を見て胸が高鳴るのを感じた。
ああ、やっぱり好きだなぁと思いながら見つめていると、不意に目が合ったので恥ずかしくなって目を逸らした。
顔が熱いのが分かるくらい赤くなっているのが分かったからだ。
きっと今の私の顔は真っ赤になっているのだろうと思うと余計に恥ずかしくなった。
そんな私を他所に、彼女はさらに追い討ちをかけてくるようにこう言った。
「あとさ、私のことも呼び捨てで呼んでよ」
さすがにそれはハードルが高いのではないかと思ったが、断るわけにもいかず了承することにした。
「うん、わかった」
そう言うと、彼女は満足そうに頷いた。
そして、今度は自分の番だと言わんばかりにこちらを見つめてくる。
その瞳からは期待の色が見て取れた。
どうやら期待されているらしい。
こうなったらやるしかないと思い、大きく深呼吸をしてから口を開く。
「それじゃあいくわよ? ──愛梨」
その瞬間、心臓が跳ね上がるような感覚に襲われた。
初めて下の名前で呼んだせいか妙に意識してしまい、恥ずかしさが込み上げてきたからだ。
しかし、当の本人は全く気にしていない様子だった。
それどころか、嬉しそうな表情を浮かべているように見える。
そんな彼女を見ていると、自然と笑みがこぼれた。
それからしばらく経ったある日のこと──。
いつも通り学校から帰る途中のことだった。
ふと隣を見ると、そこには愛梨の姿があった。
こうして一緒に下校するのはいつものことだが、今日はなんだか落ち着かない気分だった。
というのも、この後の予定があるからである。
実は今日、愛梨を自宅に招いてあることをする予定なのだ。その内容というのは。
「ねえ、ちょっと寄り道しない?」
唐突にそんなことを言われて驚いた。
「いいけど、どこに?」
聞き返すと、彼女は悪戯っぽく微笑んで言った。
「それは着いてからのお楽しみ」
そう言われたので大人しく従うことにする。
どこに行くつもりなのか気になるところだが、楽しみは後に取っておくことにした。
それから数分後、私達は目的地に到着した。
そこは人気のない公園だった。
普段は子供たちで賑わっている場所なのだが、今は誰もいないようだ。
「ここってよく来るの?」
愛梨に訊ねると、彼女は首を横に振って答えた。
「ううん、私も初めて来た」
それを聞いて納得する。
ということは、ここが愛梨にとって思い出の場所というわけではないのだろう。
だとすると、なぜここに連れてきたのだろうか?
疑問に思っていると、不意に手を握られた。
驚いて顔を上げると、そこには愛梨の顔があった。
彼女は微笑みながらこちらを見ている。
そして、ゆっくりと顔を近づけてきて、そのままキスをされた。
突然のことに頭が真っ白になる。
しばらくして唇が離れると、愛梨は言った。
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