第7話 私と貴女⑦

「うーん、そうですね……」

悩みつつも選んだのは、有名な洋楽アーティストの曲です。

イントロが流れると愛梨が目を輝かせてこちらを見ていました。

私は、そんな彼女の反応に気を良くしながら歌い始めました。

愛梨は私が歌っている間、ずっと聞き入っていました。

やがて歌い終えると拍手をしながら褒めてくれました。

「凄い! めちゃくちゃ上手いじゃん! 感動しちゃったよー!」

手放しに褒められてなんだか照れ臭くなってしまいます。

「ありがとうございます! そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいです! 愛梨のために歌った甲斐がありました! あっ……!」

「へぇーそうなんだー? 私のこと想って歌ってくれたんだー? 嬉しいなー」

ニヤニヤしながら言われてしまい、顔が熱くなるのを感じました。

(うぅ……恥ずかしい……)

そんなことを考えているうちに2曲目が始まりました。

今度は愛梨の方から誘ってくれたため、一緒にデュエットすることにしました。

愛梨の歌声を聞いていると、やはりプロ並みの実力を持っていることがわかります。

(本当に綺麗な声だなぁ……)

うっとりと聴き惚れていると、いつの間にか終わってしまっていたようでした。

(あ、終わっちゃった……)

名残惜しく思いながらも席を立つと、愛梨に手を取られてしまいました。

「次いこ!」

そのまま引っ張られる形で部屋を後にし、その後も何曲か歌い続けました。

「ふう……ちょっと休憩しましょうか……」

さすがに疲れてきた頃を見計らって愛梨が提案してくれました。

「そうだね、ちょっと休もうか……」

そうして私たちはドリンクバーへ行き、飲み物を取ってくることにしました。

愛梨はメロンソーダ、私はアイスティーを選び席に戻ってくると、二人で乾杯してから飲み干しました。

それからしばらく他愛もない話をしたりしているうちに時間は過ぎていき、気づけば夕方になっていました。

(そろそろ帰らないといけない時間だな……)

そう思い帰り支度を始めると、

「ねえ、最後に一曲だけいい?」

と声をかけられました。

(まだ帰らないのか……まあいっか、どうせ暇だし……)

そう思いながら頷くと、彼女は嬉しそうに笑って言いました。

「ありがと! じゃあこれ歌ってよ!」

そう言って差し出してきたのは私のスマホでした。

(え!? これってまさか……)

嫌な予感がしつつも画面を見ると、案の定そこには例のアプリが表示されていました。

(やっぱりかぁ……)

内心ため息をつきつつ、渋々承諾しました。

「わかりました……じゃあ入りますね……」

覚悟を決めて再生ボタンを押すと、前奏が流れ始めました。

それに合わせて歌詞が表示されるのですが、

「うぐっ!?」

その内容を見て思わず呻いてしましました。

(なにこれ……こんなの無理に決まってるじゃない……)

しかし愛梨の方はノリノリのようで、私にぴったりとくっついてきます。

(うう……やるしかないのか……)

意を決して歌い始めると、愛梨は楽しそうに聴いてくれています。

(よし、このまま最後まで乗り切ろう……)

そう決意したものの、すぐに後悔することになった。

なぜならこの歌は、恋人同士の甘いやり取りを歌ったものだったからだ。

しかも、その相手が愛梨なの。

つまり、私と愛梨が恋人のようにイチャイチャする様子を目の前で見せつけられているということになるの。

「〜♪」

隣で気持ち良さそうに歌う彼女を見ていると、だんだん変な気分になってきた。

(なんか変な気持ちになってきたかも……)

そう思った途端、急に恥ずかしくなってきてしまった。

(ど、どうしよう……このままじゃマズイ気がする……)

そんなことを考えているうちに曲は終わりを迎えてしまった。

「ふぅ……どうだったかな……?」

恐る恐る感想を尋ねると、彼女は満面の笑みで答えてくれた。

「すっごく良かったよ! 特に最後の方とか最高だった!」

そう言って抱きついてきた彼女を受け止めつつ、ホッと胸を撫で下ろすのだった。

(よかった……気に入ってもらえたみたい……)

そんなことを考えているうちに彼女は再び歌い始めていた。

「あー楽しかった!」

あれから数時間後、私たちはカラオケ店を出て駅へと向かって歩いていた。

「それは何よりだよ……」

私はげっそりした様子で答えた。

(結局あの後も三曲くらい付き合わされたからな……おかげで喉が痛い……)

そんなことを思っていると、不意に手を握られた。

「ちょっ、いきなり何を……」

驚いて声を上げると、愛梨が悪戯っぽく笑いながら言った。

「いいじゃん別に、減るもんじゃないしさ〜」

そう言いながら指を絡めてくる彼女に呆れていると、不意に声をかけられた。

「あれ? もしかして君たちってカップル?」

声のした方を振り向くと、そこには見知らぬ女性が立っていた。

「はい、そうですけど?」

私が答えるより先に愛梨が答えてしまうと、女性はニヤリと笑った。

「へえ、そうなんですね!  実は私たちも付き合ってるんですよ〜」

そう言うと、彼女の後ろからもう一人の女性が姿を現した。

(うわぁ……また増えた……)

内心で辟易していると、愛梨が声をかけてきた。

「どうする? 逃げる?」

その言葉に頷きかけた時、愛梨の背後から別の声が聞こえてきた。

「あら、逃げなくてもいいじゃないですか」

振り返ると、そこにいたのは見覚えのある人物だった。

(この人は確か……)

記憶を辿っていると、愛梨が小さく耳打ちしてきた。

(ほら、前に話したでしょ?

「お悩み相談室」の先生よ)

そう言われて思い出した。

(ああ、そういえばそんな人もいたっけ……)

以前、愛梨に頼まれて一度だけ訪ねたことがあるの。

(でもなんでこんなところにいるんだろう……?)

不思議に思っていると、先生はこちらに歩み寄ってきて話しかけてきた。

「あなたたち、もしよかったら私の家に来ない? ちょうどお茶にしようと思っていたところなのよ」

突然の申し出に戸惑っていると、愛梨が返事をした。

「いいんですか!? 是非お願いします!」

即答する愛梨に対して私は戸惑っていたが、ここで愛梨と二人きりじゃないとなると私は困るし、

如何にかしないといけないの。

「愛梨はその先生とは仲いいの?」

「うん、そうだよ! よく話を聞いてもらってるんだ〜」

笑顔で答える愛梨の言葉を聞いて、私は確信してしまったの。

「愛梨って私に好きだの、愛しているとか言っているのに、恋人という契約まで

しているのに裏切るの? 最低だね」

私が冷たく言い放つと、愛梨は目に涙を浮かべながら叫んだ。

「違うもん! 私は本気であなたのことが好きなの! だから、あなたに振り向いてもらうために努力してるの!」

その言葉を聞いても私の心は動かなかった。

「努力してるなら、もっと私を大事にしてよ! もっと私のことを考えてよ!

もっと私のことを愛しなさいよ! それなのに、あなたは他の女と遊んでばっかり! 私のことはどうでもいいっていうの!?」

感情が昂ぶってしまい、つい声を荒げてしまった。

それでも愛梨は食い下がろうとしてくる。

「そんなことないよ! 私だってあなたを一番に考えてる! あなただけを愛してる! なのにどうしてわかってくれないの!?」

その言葉を聞いた瞬間、頭に血が上ってしまった。

「どうせ愛梨は私よりそこにいる先生がいいんでしょ? 私と別れて先生とお付き合いすればいいじゃない!」

「違うよ! なんでそんなこと言うのよ!」

泣きながら叫ぶ愛梨だったが、もう遅いの。

もう何もかも手遅れなの。

だってもうすでに私達は決別しているのだから。

それにもうこれ以上彼女と関わりたくないという気持ちもあるから、これでいいんだと思っている自分がいるの。

(さようなら、今までありがとうね)

心の中で別れを告げると、踵を返して歩き出した。

そうすると突然誰かに腕を掴まれたかと思うと、強い力で引き寄せられていた。

そして気がつくと目の前に愛梨の顔があった。

どうやら抱きしめられているらしいことがわかったけれど、今はそんなことはどうでもよかった。

それよりも早くこの場から立ち去りたいという思いの方が強かったからだ。

しかし彼女は、それを許してはくれなかったようだ。

「待ってよ……! お願いだから行かないで……!」

悲痛な声で訴えかけてくる彼女を無視して歩き出そうとしたのだが、

さらに強く抱き締められてしまったため身動きが取れなくなってしまったの。

私は諦めて抵抗を諦めることにした。

(はぁ……仕方ないなぁ……)

小さくため息をついていると、今度は耳元で囁かれた。

「ごめんなさい……! 本当に反省してるから……!

もうあんなこと言わないし、ちゃんとあなたの言うことを聞くようにする……!

だからどうか許してください……!」

そんな必死さが伝わってくる懇願を聞いているうちになんだか可哀想になってきたので仕方なく返事をしてあげることにした。

「……わかったよ、許すよ」

それを聞いた途端、愛梨の顔がパアッと明るくなったのがわかった。

「ねぇ、愛梨、言う事を聞くようにするってことは私の言う事を聞くのよね?」

「もちろん! なんでも聞くよ!」

元気よく返事をする愛梨を見て思わず笑みが溢れてしまう。

(ふふ、可愛い)

そう思うと、自然と口が動いていた。

「じゃあさ、今から一緒に私の家へ来て」

「えっ!? それってどういう……」

戸惑う愛梨をよそに話を続ける。

「いいから黙ってついてきなさい。わかったわね?」

有無を言わせぬ口調で言うと、彼女は渋々といった様子で頷いた。

「わ、わかりました……」

こうして私たちは二人で家路についたのだった。

「ただいまー」

玄関を開けて中に入ると、奥からパタパタと足音が聞こえてきた。

現れたのはエプロン姿のお母さんだった。

「おかえりなさい……ってその子誰!?」

驚いた様子のお母さんに向かって紹介することにする。

「この子は恋人の愛梨だよ」

「初めまして、愛梨です。よろしくお願いします」

礼儀正しく挨拶をする愛梨を横目に見つつ靴を脱いで上がると、リビングへと向かった。

「ちょっと待ちなさい、どういうこと!?」

慌てて追いかけてくるお母さんを尻目にソファーに腰掛けてテレビをつける。

すると、愛梨が隣に座り手を握ってきた。

(もう、しょうがないなあ……)

そう思いながらも振り払うことはせずにそのまま好きにさせてあげることにしました。

それからしばらくの間、愛梨と二人で寛いでいると、ようやく落ち着いたのかお母さんが話しかけてきました。

「それで、どういうことなのかしら?」

その問いに、私は正直に答えました。

「恋人は恋人なの、お母さんには関係ないでしょ」

「関係あるわよ! 娘のことだもの、心配するのは当然でしょう!」

そう反論するお母さんに対し、私は淡々と告げました。

「じゃあ、心配しなくていいよ。私は愛梨のことが好きだし、愛梨も同じ気持ちだから。だから大丈夫なの。それじゃ、部屋に戻るね」

それだけ言って立ち上がると、愛梨も一緒に立ち上がりました。

そのまま二人で私のお部屋へ急いで向かいます。

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