第6話 私と貴女⑥

「花音、キスしたい、ダメ?」

「ダメです! 絶対に許しません!」

必死に抵抗するものの全く歯が立ちませんでした。

「むぅ……」

不満げな表情を浮かべながら顔を近づけてくる彼女を押し退けようとしたもののビクともしません。

結局されるがままになってしまいました。

(あぁ……またやっちゃった……)

後悔してももう遅いということはわかっていますが、それでも思ってしまうのです。

「ん……んん……ぷはっ……えへへ、美味しかった」

満足そうな表情を浮かべる彼女とは対照的に私はぐったりとしていました。

(もうやだ……)

心の中で泣きながら嘆いていると、再び唇を重ねられました。

しかも今度は舌まで入れられてしまいました。

(んんっ!?)

「んっ……ふぅ……ちゅぱ……れろぉ……くちゅっ……じゅるる……ぢゅうぅぅううっっ!」

激しいディープキスの後、解放される頃にはすっかり息が上がってしまっていました。

そんな私を見下ろしながら彼女は妖艶な笑みを浮かべます。

その瞳はまるで獲物を狙う肉食獣のようにギラギラとしていました。

(怖い……逃げなきゃ……!)

そう思っていても体が思うように動いてくれず、

「ふふ、可愛いね」

と言われてしまいました。

「なっ……!」

反論しようとするも言葉にならない声しか出せず、口をパクパクさせるだけで精一杯でした。

「ねえ、もっとしようよ」

耳元で囁かれた瞬間、背筋がゾクッとする感覚に襲われました。

(だ、だめ……!)

頭の中ではそう思っているはずなのに、何故か逆らうことができずにいる自分に戸惑いを覚えました。

(どうして?)

そうしている間にもどんどん追い詰められていきます。

(このままじゃまずい……!)

そう思いつつもどうすることもできずにいると、不意に首筋を舐め上げられました。

「ひゃうん!?」

突然のことに変な声が出てしまい、

「あはは、可愛い反応するじゃん」

と笑われてしまいました。

(うぅ……恥ずかしいよぉ……)

顔が熱くなるのを感じつつ睨みつけると、彼女はニヤリと笑いました。

そして、耳元に顔を寄せると囁いてきました。

「ねぇ、好きって言って?」

甘く蕩けるような声音で言われてしまうと断ることができませんでした。

(うぅ……仕方ないか……)

覚悟を決めて口を開きました。

「す、好きです……」

消え入りそうな声で呟くように言うと、彼女の顔がパァッと明るくなりました。

「嬉しい! 私も好きだよ!」

「ひゃっ!?」

いきなり抱きつかれてしまいました。

(うぅ……苦しいよぉ……)

息苦しさを感じながらもなんとか耐えていると、不意に拘束を解かれました。

ようやく解放されたかと思うと、今度は正面から抱きしめられました。

「えへへ、幸せだなぁ〜」

そう言いながら頬ずりしてくる彼女を愛おしく思いながら頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細めていました。

(なんか猫みたい……)

そんなことを思いつつしばらくの間撫で続けていました。

すると、彼女が顔を上げてこちらを見つめてきました。

その視線に気づいた瞬間、心臓が大きく跳ね上がりました。

(ど、どうしよう……!)

緊張のあまり固まっていると、唇に柔らかい感触が伝わってきました。

(えっ!?)

「えへへ、奪っちゃった」

悪戯っぽく笑う彼女に見惚れていると、もう一度キスをされました。

今度は先程よりも長く深いものでした。

(うぅ……またしちゃった……)

恥ずかしさに耐えかねて俯くと、耳元で囁かれました。

「もう一回してもいい?」

その問いに対して小さく頷くと、再び唇を奪われました。

(うぅ……やっぱり恥ずかしいよぉ……)

恥ずかしさに耐えかねて顔を逸らそうとするも、両手で固定されて動かせませんでした。

その間もずっと続けられていました。

(うぅ……いつまで続くの……?)

そう思った次の瞬間、ようやく解放されました。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「どうだった? 気持ちよかったでしょ?」

「そ、そんなこと聞かないでください!」

顔を真っ赤にして叫ぶと、愛梨はニヤニヤしながら見つめてきました。

「ふーん、そっかぁ〜気持ち良かったんだぁ〜」

「ち、違います! 別に気持ちよくなんてなかったです!」

必死になって否定すると、さらにからかわれてしまいました。

「ほんとかなぁ〜?」

「本当ですよ! もういい加減にしてくださーい!」

私が怒っているにもかかわらず、愛梨は相変わらず楽しそうに笑っていました。

(まったくこの人は……本当にしょうがないんだから……)

呆れつつもそんなところも含めて好きになってしまっているので諦めるしかありません。

「花音、そろそろお昼休みも時間だし、お互いの教室へ戻ろ」

「そうですね」

そう言って立ち上がると、どちらからともなく手を繋ぎました。

そのまま歩き出そうとすると、愛梨が何かを思いついたように声を上げました。

「そうだ! せっかくだからこのまま一緒に行こうよ!」

「えぇー嫌です」

即答で断ると、悲しそうな顔をされてしまいました。

「えーなんでよーいいじゃんかー」

駄々っ子のように文句を言う彼女を見ていると思わず笑みが溢れてしまいます。

(ふふっ、こういうところもかわいいんだよなぁ……)

そんなことを考えながら見つめていると、突然腕を引っ張られてしまいました。

「きゃっ!?」

バランスを崩した私はそのまま愛梨の胸に飛び込んでしまいました。

「ちょ、ちょっと何するんですか!?」

慌てて離れようとするも、背中に回された腕によって阻まれてしまいました。

「えへへ、捕まえた〜」

嬉しそうな声を上げる愛梨に文句を言おうと顔を上げると、目の前に彼女の顔がありました。

(近い……!)

驚いて顔を背けようとした時、頬に柔らかいものが触れました。

(へっ!?)

一瞬何が起こったのか理解できずに固まってしまいましたが、すぐに我に返りました。

(い、いま、ほっぺにちゅーされた!?)

その事実を認識した瞬間、一気に顔が熱くなりました。

「あ、あの、えっと、これは一体どういう……?」

混乱しつつも尋ねると、彼女は笑顔で答えてくれました。

「んー? なんとなくしたくなっただけだけど?」

あまりにも平然とした様子で答えるものだから拍子抜けしてしまいました。

(なんだ、そういうことか……びっくりしたなぁ……)

内心ホッとしつつ改めて歩き出すと、愛梨も隣に並んで歩いてきました。

それからしばらく無言のまま歩いていると、ふいに話しかけられました。

「ねえ、今日放課後空いてる?」

唐突な質問だったので少し考えてから答えました。

「はい、特に予定はありませんけど……」

そう言うと、愛梨は嬉しそうに微笑みました。

「じゃあさ、デートしない?」

そう言われてドキッとしてしまいました。

(デ、デートだって……!?)

「え、ええ、いいですよ……」

動揺を隠しきれないまま返事をすると、

「やった! ありがと!」

と言って抱きついてきました。

「ちょっ、やめてください!」

慌てて引き剥がすと頬を膨らませて抗議してきます。

「むぅ……別にいいじゃん……」

拗ねてしまった彼女を見て苦笑しながら謝ります。

「ごめんなさい、つい反射的に反応してしまって……」

「むぅ……まあいいけどさ……その代わり今日はいっぱい甘えさせてもらうからね!」

「はいはい、わかりましたよ」

やれやれといった調子で返すと、彼女は満足そうに頷きました。

(全くもう……子供じゃないんだから……)

内心でため息をつきつつ、私たちはそれぞれの教室へと向かいました。

「じゃ、また後でねー!」

手を振って見送る彼女に手を振り返しながら自分の席に向かいました。

(さて、授業頑張りますかね!)

2限目の授業が終わると同時にチャイムが鳴り響きました。

3限目は体育なので更衣室へ向かい着替えを済ませてからグラウンドへ向かうことにしました。

5月ということもあって気温が高くなってきており、汗をかくことを見越して早めに準備しておいたおかげでスムーズに動けたと思います。

(ふぅ……暑いなぁ……早く終わらないかな……)

そんなことを考えているうちに時間が過ぎていき、あっという間に6限目が終了していました。

6限目のホームルームを終えると解散となり、生徒たちは思い思いの行動を取り始めました。

私は愛梨とデートする為に、愛梨の教室へ向かいます。

「おーい、お待たせー」

声をかけると彼女はこちらに気付き駆け寄ってきてくれました。

「待ってたよ〜! さあ、行こっか」

そう言って私の手を取ると足早に歩き出します。

私は転ばないように気をつけつつ後を追いました。

校門を出て駅の方へ向かって歩いていく途中、ふと気になったことを尋ねてみることにしました。

「そういえばどこ行くんです?」

そう聞くと彼女は満面の笑みで答えてくれました。

「それは着いてからのお楽しみだよ〜!」

と言われてしまいそれ以上聞くことができませんでした。

仕方なく黙ってついていくことにしましたが、正直不安でいっぱいでした。

(変なとこに連れてかれたりしないよね……?)

「着いたよ!」

その声に顔を上げるとそこには一軒の建物がありました。

「ここは……」

看板には『カラオケ店』と書かれています。

(よかった……変な場所じゃなくて……)

ほっと胸を撫で下ろしていると、手を引かれて中に入っていきました。

受付を済ませると指定された部屋番号の書かれたプレートを受け取り、エレベーターに乗り込みました。

目的の階に到着し扉が開くと、そこはまるで別世界のような空間が広がっていました。

(うわぁ……すごい……)

その光景に目を奪われていると、後ろから押されるようにして進んでいきます。

部屋の中に入ると、早速曲を入れることになりました。

最初は私から歌うことになり、マイクを持って立ち上がりました。

「頑張ってね〜」

隣で応援してくれる彼女の声に背中を押されるように歌い出しましたが、緊張のせいか声が震えて上手く歌えません。

(うぅ……やっぱり難しいな……でも頑張らないと!)

気合いを入れ直してもう一度挑戦しようと息を吸い込んだ瞬間、隣から手が伸びてきてリモコンを操作していました。

そしてそのまま音楽が流れ始めたかと思うと彼女が立ち上がって私の肩を抱き寄せてきました。

そして耳元で囁くようにしてこう言ってきたのです。

「大丈夫だよ、私がついてるから」

その言葉を聞いた瞬間、不思議と心が落ち着きを取り戻していくような感覚を覚えました。

そして、自然と声が出るようになったところでサビの部分を歌いきることができました。

「えへへっ、上手だったよ〜」

と言いながら頭を撫でられたので恥ずかしくなって俯いてしまいました。

(うぅ……またやっちゃったよぉ……)

自己嫌悪に陥りながらもなんとか気持ちを切り替えようと努力していると、次の曲を入力しているようでした。

(次は愛梨の番だ……どんな歌声なんだろう……?)

期待に胸を膨らませているとスピーカーから流れてきたのは意外にもバラード調の曲でした。

(あれ? 珍しいなぁ……いつもはもっと明るい感じなのに……何かあったのかな……?)

不思議に思っているうちに曲は進み、いよいよ最後のパートに入りました。

すると突然愛梨さんがこちらを向いて微笑んできたので何事かと思っていると、

「好きだよ」

と一言だけ言ってウインクをしてきました。

その瞬間、心臓が大きく跳ね上がりました。

(えっ!? なんで今そんなこと言うのよ……!)

恥ずかしさのあまり固まっていると、曲が終わってしまったようです。

すると愛梨は何事もなかったかのように元の場所に座ってしまいました。

(はぁ……びっくりしたぁ……)

心臓はまだドキドキしたままですが、いつまでもこうしているわけにはいかないので私も座り直すことにしました。

それからしばらくはお互い無言でしたが、不意に愛梨が口を開きました。

「ねぇ、何か歌ってよ」

そう言われて戸惑いつつも、リクエストに応えるべく選曲を始めました。

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