第5話 私と貴女⑤
朦朧とする意識の中でそんなことを考えていると、愛梨は私の耳元で囁きかけてきました。
その言葉を聞いた瞬間、背筋がゾクッとするような感覚に襲われました。
(まさか本気で言ってるの……?)
そう思った時には既に手遅れでした。
私は抵抗することもできずに押し倒されてしまいました。
それから数時間後、気がつくと朝になっていました。
隣を見ると下着姿のまま眠る愛梨の姿がありました。
それを見て昨夜の出来事を思い出し赤面していると、彼女も目を覚ましました。
目が合うとニコッと微笑んでくれます。
その笑顔を見てドキッとしていると、いきなり抱きつかれてしまいました。
そして耳元に顔を寄せると、甘く囁くような声で囁いてきたのです。
その内容を聞いて思わず固まってしまいました。
「ねぇ、もう一回しない?」
そう言われた瞬間、私の顔は真っ赤に染まりました。
「なっ……何言ってるんですか!?」
慌てて反論すると、愛梨はさらに追い討ちをかけてきました。
「いいじゃん別に、減るもんじゃないんだしさ」
そう言いながら迫ってくる彼女に対して私は後退りしていきます。
しかしすぐに壁際に追いやられて逃げ場を失ってしまいます。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! まだ心の準備ができてないですって!」
必死に訴えかけるも聞き入れてくれず、とうとう壁際にまで追い詰められてしまいました。
「観念してね」
そう言われてしまい、諦めるしかありませんでした。
結局その日は一日中愛梨と一緒に過ごしました。
「あー楽しかったね」
帰り際にそんなことを言われましたが、私は返事をする気力すら残っていませんでした。
(うぅ……疲れたぁ……)
精神的にも肉体的にも疲れ果ててしまい、一刻も早く休みたい気分でした。
ですが、愛梨はまだ元気いっぱいのようでした。
「じゃあまた明日学校で会おうねー」
と言って去っていきました。
(あれ? 明日は学校あるんだっけ?)
ふと疑問が浮かんだものの、確認する間もなく行ってしまったため聞けずじまいでした。
(まぁいいか……)
深く考えることをやめて家に帰ることにしました。
その夜、私はベッドの上で今日のことを思い出していました。
(今日は本当に楽しかったなぁ……)
愛梨と一緒にいるだけで幸せな気分になれます。
(ずっと一緒にいられたらいいのになぁ……)
そんなことを考えながら眠りにつきました。
翌朝、目を覚ますと枕元に置いてあったスマホを手に取り時間を確認しました。
(まだ6時半か……)
いつもより早く起きたせいか、頭がボーッとしてうまく働かない状態でしたが、
二度寝する気にもなれなかったので起きることにしました。
ベッドから起き上がると、カーテンを開けて朝の日差しを浴びました。
今日もいい天気になりそうな予感がします。
(さて、どうしようかな……)
とりあえず顔を洗いに行くために洗面所に向かいました。
冷たい水で顔を洗うと一気に意識が覚醒してきました。
(よし、目が覚めた!)
タオルで顔を拭き終わると、台所に向かい朝食の準備をすることにしました。
(昨日はいろいろあったからなあ……)
そんなことを考えながら冷蔵庫の中を漁っていると卵があったので目玉焼きを作ることに決めました。
(簡単だしね)
フライパンの上に油を引いて火をかけ、温まったところで溶いた卵を流し込みます。
ジュワーという音と共にいい匂いが広がります。
(そろそろいいかな?)
頃合いを見計らってひっくり返すと綺麗な黄身ができあがっていました。
(美味しそう!)
お皿に移し替えた後、テーブルに運んで食べ始めました。
一口食べると口の中に広がる旨味と食感が堪りません。
(うん、美味しい!)
あっという間に平らげてしまいました。
お腹いっぱいになったので食器を片付けた後、部屋に戻って着替えることにしました。
制服に身を包んでいると、昨日のことを思い出してしまいました。
(愛梨可愛かったなー)
思い出しながらニヤニヤしていると、突然ドアが開きました。
驚いて振り返るとそこには愛梨の姿がありました。
「やっほー!」
元気よく挨拶されてしまいましたが、今の私にはそれに応える余裕などありませんでした。
何故なら、今の格好が非常にまずいからです。
上はブラウスを着ていますが下は何も履いておらず、スカートに至っては穿いていません。
そんな状態で固まっていると、彼女は不思議そうに首を傾げました。
「どうしたの? そんな格好で突っ立ってたら風邪ひいちゃうよ?」
「そ、そうだね……」
何とか平静を装って返事を返しましたが、心臓はバクバクしていました。
(どうしよう……絶対変な風に思われたよね?)
不安になりながらも服を着終えると、何事もなかったかのように振る舞いました。
「それで、何の用かな?」
そう尋ねると、彼女は笑顔で答えてくれました。
「一緒に学校行こうと思ってさ、迎えに来たんだよ」
「そうなんだ、ありがとう。それじゃあ行こうか」
そうして私は、家の中へ戻りきちんと身支度をしてから、
愛梨と一緒に学校へ行くのです。
玄関を出ると、爽やかな風が頬を撫でていきました。
空を見上げると雲一つなく晴れ渡っていました。
絶好の登校日和です。
「ねえ、今日何の日か知ってる?」
唐突に尋ねられたので、一瞬戸惑いましたがすぐに答えました。
「えっと、4月1日だからエイプリルフールだね。それがどうかしたの?」
そうすると、彼女は満面の笑みを浮かべながらこう言いました。
「実はね、花音に嘘をついてたんだ」
それを聞いて、嫌な予感がしました。
(まさかとは思うけど……)
恐る恐る尋ねてみると、予想通りの言葉が返ってきました。
「花音のことが好きって言ったけどあれは嘘だよ」
やっぱりそうでした。
(そうだよね、わかってたけどさ)
内心ガッカリしながらも表面上では平静を装いつつ話を続けます。
「そっか、それは残念だな」
そう言って誤魔化すことにしました。
本当は少し傷ついているのにそれを悟られないように必死でした。
そんな私の気持ちをよそに愛梨はさらに続けます。
「でも、好きっていうのは本当だからね」
その言葉にドキッとした次の瞬間、唇に柔らかい感触が伝わってきました。
キスされたのだと理解するまでに数秒かかりました。
(えっ!?)
突然のことで動揺していると、彼女は悪戯っぽく微笑みました。
「えへへ、びっくりしたでしょ?」
その笑顔を見た瞬間、胸が高鳴りました。
(やばい、めっちゃ可愛いんだけど……)
そう思いながら見つめていると、またキスをされました。
今度は先程よりも長く深いものでした。
唇が離れると、銀色の糸が伸びていました。
それを見て恥ずかしくなったのか、愛梨の顔が赤くなっていました。
そんな彼女を見ていると、ますます愛おしく思えてきます。
(ああ、もう我慢できないかも……)
そう思った瞬間、無意識のうちに抱きしめようとしていました。
しかし、寸前のところで思いとどまることができました。
(危ないところだったぁ……!)
あのまま衝動に身を任せていたら確実に嫌われてしまっていたでしょう。
そうならなくて良かったと安堵していると、愛梨は不思議そうな顔をしてこちらを見つめてきました。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
慌てて誤魔化したものの怪しまれてしまったようです。
「ふーん……」
疑いの眼差しを向けてくる彼女に愛想笑いをすると、それ以上追及してくることはありませんでした。
ホッと胸を撫で下ろしていると、不意に手を握られてしまいました。
びっくりして顔を上げると、そこには満面の笑みをたたえた愛梨の顔がありました。
「行こっか!」
その言葉と共に手を引かれて歩き出します。
(うぅ……恥ずかしいよぉ……)
恥ずかしさに耐えかねて俯いていると、耳元で囁かれました。
「大丈夫、誰も見てないから」
その言葉を聞いた途端、余計に恥ずかしくなってきました。
(うぅ〜……恥ずかしいよぉ……)
顔が熱くなるのを感じつつも歩みを進めること数分、ようやく校門が見えてきました。
そしてそのまま昇降口まで行くと靴を履き替えてから教室へ向かいました。
しかし、私は先輩で愛梨は後輩なので、それぞれ違う教室へ行きます。
名残惜しそうに手を離すとそれぞれの教室へ向かうべく別々の方向へ進み始めました。
(はぁ……寂しいなぁ……)
もう少しだけ一緒にいたいという気持ちを抑えて自分の教室に入ると既に何人かの生徒が来ていました。
その中には友人の桜木優香もいたのですが、何やら様子がおかしいことに気付きました。
よく見ると机に突っ伏しているようでした。
(どうしたんだろう……?)
心配になって近づいてみると、どうやら眠っているだけのようでした。
気持ちよさそうに寝息を立てている彼女を見て思わず笑みが溢れてしまいます。
(まったく、しょうがないんだから……)
呆れながらも起こそうと手を伸ばしかけたその時でした。
突然背後から声をかけられました。
振り向くとそこにいたのは担任である早乙女先生でした。
先生は心配そうに話しかけてきました。
「あら、おはよう。今日は早いわね」
そう言われて時計を見るとまだ8時前でした。
いつもは遅刻ギリギリに来ることが多いので不思議に思っていると先生が説明してくれました。
「いつもならもう少し遅い時間に来ているから珍しいと思ったのよ」
そう言われて初めて気が付きました。
(そういえばそうだったかも……)
いつも愛梨と一緒に登校しているので自然とこの時間になるみたいです。
そのことを先生に話すと納得してくれたみたいでした。
それからしばらく雑談した後、始業を告げるチャイムが鳴り響きました。
その音を聞いてハッとした表情を浮かべた後、慌てた様子で走り去っていきました。
(私も急がないと!)
急いで席に着くと授業が始まりました。
1限目は現代文の授業でしたが、内容はあまり頭に入って来ませんでした。
2時間目以降も同じような感じでしたが、なんとか乗り切り昼休みを迎えることができました。
購買で昼食を買ってから屋上に向かうとすでに先客がいたようでした。
近づいていくとこちらに気付いたらしく声をかけてきました。
「あ、やっと来た〜」
声の主はもちろん愛梨でした。
彼女の隣に腰を下ろすと早速お弁当を広げ始めます。
今日のメニューはサンドイッチとサラダ、デザートにはフルーツヨーグルトを用意しています。
まずはサンドイッチを口に運びます。
中身はハムとチーズが入っていてなかなか美味しいです。
次にサラダを食べようと箸を伸ばした時、横から手が伸びてきてトマトを掻っ攫っていきました。
犯人はもちろん愛梨です。
「ちょっと、何するんですか!?」
抗議するも聞く耳を持たず、それどころか逆に怒られてしまいました。
「ちゃんと野菜も食べないとダメでしょ?」
そう言われると何も言い返せなくなってしまいました。
仕方なく黙って食べていると、今度はプチトマトを奪われてしまいました。
(うぅ……酷いよぉ……)
泣きそうになりながらも我慢して食べ終えると、今度はデザートを食べることになりました。
フルーツヨーグルトはさっぱりしていて食べやすいのでお気に入りなのですが、やはり量が足りません。
そんなことを考えているうちにあっという間に無くなってしまいました。
「ごちそうさまでした」
と言って立ち上がろうとした時でした。
急に視界が真っ暗になりバランスを崩してしまいました。
気がつくと目の前に床がありました。
何が起こったのか理解できずに混乱していると、頭上から声が降ってきました。
「捕まえた」
見上げるとそこには、笑顔を浮かべた愛梨の姿がありました。
そこでようやく自分が押し倒されたのだということに気付きました。
慌てて起き上がろうとするも両手を押さえつけられて、身動きが取れなくなりました。
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