第7話 僕は、すごく、トイレに行きたい!

次の日、目が覚めると、

まだみんなは眠っていた。

両手のひらで、布団をさわった。

両手で自分の頬をつねった。

「痛い……」

夢じゃない、現実だ。

もう少し眠ろうかと思ったら、

「おはよう」

ガレットに声をかけられた。

アイザックとジュノーも目を覚ました。

「身支度をして行こう。クレイ、これをどうぞ」

ベゾラスの前にいたガレットが、

僕に向かって、何かを投げてきた。

「タオル?」

「そう。これは、『洗顔タオル』だよ。拭くだけで、顔を水と石鹸で洗ったかのようにさっぱりするし、保湿成分入りだから、肌が潤う」

ガレットがニコッとして、実演してくれた。

僕は、ゆっくりと洗顔タオルを顔にあてた。

その瞬間、石鹸のいい香りがした。

すごく不思議なことに、タオルなのに、

水に顔を浸しているような感覚になった。

「不思議だね……」

僕は、洗顔タオルを顔からはなして、

じっと見た。

そんな僕を、優しい 眼差しでジュノーが

見ていた。

「クレイ、ベゾラスの『洗顔タオル』という表示を押すと、出てくるよ。使い終わったら、『消滅』と書かれたタグがついているでしょう? そこを指でつまむと……」

やってみて、という表情をガレットがした

ので、手に持っていた洗顔タオルのタグを

探して、指でつまんでみた。

すると、洗顔タオルは、僕の手の中から、

跡形もなく消えてしまった。

「これまた不思議だね」

僕が言うと、

「ここには、他にも不思議がたくさんあるよ。でもそれが、普通になってくる」

アイザックが言った。

「うん」

僕はうなずいた。


髪の毛を整えて、身支度が終わった僕達は、

みんなでエンヴィルに入った。

「1階」と言うと、体がゆっくりと上昇して

いった。

接続通路を出て、右へ壁沿いに行けば、

食堂室に着くことは覚えたので、

居住塔の接続通路を出た時に、

右へ自信満々に歩いていたら、途中で、

「クレイ、また夜にね」

ガレットとアイザック、ジュノーが歩みを

止めて、左の通路へ入ろうとしていた。

「朝食は、食べないの?」

僕が聞くと、

「食べないよ。最近、あまりお腹が空かなくて。クレイはまだ来たばかりだから、お腹が空いているよね? しっかり食べてから勤務をしてね」

ガレットが言った。

「うん、分かった。また、夜にね」

笑顔で僕に手をふりながら、別の方向へ

進んで行くみんなを見送った。

みんな、少食なのかな?

僕は、お腹が空いていたので、

足早に食堂室へ向かった。

「おはよう。クレイ、何にする?」

テオが言った。

「朝は……マテンで」

僕が言うと、

「分かった。受け取り口へ進んで」

と言った。


食事を済ませた僕は、食堂室を出て、

壁沿いに左へ進み、右側の通路へ入って、

ぐるっと回って、設備・捜索塔へ向かった。

「ちゃんと、たどり着けそうだ」

なんとなく、道が分かってきて、

嬉しくなった。


設備・捜索塔の接続通路へ入る寸前、

騒がしい声が聞こえてきた。

気になったので、声のする方向へ行くと、

医療塔の接続通路の出入り口の一歩手前に、

ストゥートが立っていた。

「おはよう。何かあったの?」

僕が、ストゥートに近づいて言うと、

少し間をおいてから、

「……おはよう。何かって……『いつものこと』よ」

ストゥートがルーンに、家族や恋人、友人も

一緒に助けて欲しいと訴えている人を見て

言った。

「あの……ここって、レベル3以下の人々の避難所だよね?」

僕が聞くと、

ストゥートがうなずいた。

「なら、どうして……あの人が助けてと言っているのは、レベル3の人みたいだけど」

僕が言うと、

「そうよ。そうだけど……」

ストゥートが、暗い表情をした。

「そうだけど? 違うの?」

「……詳しくは知らない。噂だけど、ここに入れるのは、レベル3以下は以下でも、本来ならレベル4以上だった人だとか。クレイはどう? やむを得ない事情があった?」

ストゥートの問に、僕は困った。

もし、この話が本当だとしたら、

ここにいるみんなに何かしらの人には言い

にくい事情があるということになるのかも

しれない、と思った。

ストゥートにもあるのかな?

僕には……ある。

「埒があかないわね。そろそろ、ルーンを手伝ってくるわ」

「うん。そうしてあげて」

僕は、うなずいた。



捜索隊室へ入ると、リゲルが僕に気づいて、

「おはよう、クレイ。今日は、ハッブルと一緒に捜索に出て」と言った。

「はい。分かりました」

僕は、机の上に置いてあった鞄をひとつ手に

取って、頭を通してから肩にかけた。

「あの、ハッブルはどの人?」

近くにいたスノウに声をかけると、

「ハッブルは、さっきここにいたけど……あ、あそこにいる。ハッブル!」

スノウが、ハッブルを呼んでくれた。

「ほら、あの人がハッブルよ」

捜索隊室の出入り口付近にいたハッブルが、

手をあげてくれた。

「ありがとう」

「いいえ」

僕はスノウにお礼を言ってから、

ハッブルのもとへ向かった。


捜索隊室を出て、エンヴィルに入ろうと

した時、急にトイレに行きたくなって

しまった。

「すいません。トイレに行ってきます」

「分かった。先に4階に降りているね」

ハッブルが言った。

居住塔にトイレがあるのは知っているけど、少し距離があったので、捜索隊室で、

最寄りのトイレはどこにあるのかを聞くと、

サンクには、居住塔と医療塔の接続通路の

近くの中央塔にしかトイレがないと

言われた。

広そうな施設なのに、

やけにトイレが少ないなと思いつつ、

僕は、急いで中央塔のトイレへ向かった。


トイレを済ませた僕は、設備・捜索塔へ戻り

エンヴィルで4階へ降下した。

今、ふと気づいた。

僕以外で、トイレに行っている人がいない

というか、タイミングは人それぞれだけど、

ここへ来て、何回もトイレを利用している

のに、誰にもトイレの中で会ったことが

ないし、僕は「トイレに行くね」と言うけど

周りにいる人から、「トイレに行くね」の

フレーズを聞いた覚えがない。

みんな、こっそり誰にも会わないように

行っているの? でも、なぜ? 考えごとを

していると、体がふわっと止まった。

4階に着いたので、エンヴィルを出て、

待たせてしまっているハッブルの姿を探して

いると、ジアに会った。

「ハッブルは、『避難の扉3』にいるよ」

「ありがとう」

ジアが教えてくれた「避難の扉3」と

書かれたプレートが貼られているアーチ状の

出入り口をくぐると、ハッブルがいた。

「お待たせ」

僕が言うと、

「うん。行こう」

ハッブルがニコッとした。


僕とハッブルは、順番に、扉の近くにあった

くぼみに手のひらを置いて扉を開けて、

人型の出入り口を通った。

「僕はあちらへ行くから、クレイは向こうを頼むよ」

ハッブルが、指をさして言った。

「了解です」

僕とハッブルは、手をふりながら、別れた。


動いている人に気をつけながら、

僕は、助けられそうな人がいないか探した。

崩れた建物やガレキもそうだけど、

特に行く手を阻んでいたのは、大量のプラスチックのゴミでできた丘だった。

小さな丘なら越えることができるけど、

大きなものになると越えることができない

ので、ぐるりとまわりこんで行かなくては

行けなかった。

「ハックションッ」

なんだか冷えるな……あ……またトイレに

行きたくなってきた。

出てきた扉はどこかな? 僕はミスタに、

「避難の扉3は、どこ? 距離はどのくらい?」と尋ねた。

すると、すぐに青い星のマークが点滅し、

直線距離で、約6kmと表示が出た。

「6km!? そんなに移動していたのか、間に合うかな……そうだ、戻りながら、トイレを探そう! どこかの建物に、使えるトイレがあるかもしれない 」

僕は、朽ち果てて廃墟になった建物を

確認しながら、青い星のマークを目指して

移動した。

「病院かな?」

赤十字のマークがうっすらと見える建物が

あった。

ここなら、トイレがたくさんありそうだから

使えるトイレが見つけられるかも。

病院の正面玄関と思われる場所を見つけた

けど、自動ドアのガラスが複雑に割れていて

通るのは難しいと感じたので、

他に出入り口がないか探すことにした。

正面玄関と思われる場所の裏側に来た時、

獣道のようになっている場所を見つけてので

進んでみると、かろうじて人がひとり通れ

そうな、開いた状態で上から圧力を受けて

九の字に曲がったであろう扉を見つけた。

僕は、ここから中へ入った。


掃除しているのかな? と思うくらい、

建物の中は、意外とキレイな状態だった。

「トイレは、どこかな?」

建物の中は薄暗かったので、

「明るくして」

僕は、ミスタに声をかけた。

ん?

何か声が聞こえたような気がしたけど

……僕の声が反響したのかな?

それより、早く、トイレを探さないと!

僕は、ミスタの灯りを頼りに、足元や

周りに気をつけながら、トイレを探した。

少し進んだところで、いくつかのフロアの

天井が崩れていて、その破片などで通路が

ふさがれて、行き止まりになっていた。

「天井が崩れて、吹き抜けになっている……」

引き返そうと思った時、

埋もれていて見落とすところだった。

「あれって……もしかして」

トイレの標識を見つけた。

「よかった、あった」

僕は、ガレキや破片など、どかせるものを

どかして、どうにかトイレの中へ入った。


トイレを済ませて、建物の外へ出ようと、

歩き始めた時、また声が聞こえたような気が

した。

もしかして、生存者がいるのかな?

「クレイ、そこで何をしているの?」

生存者の声ではなくて、ミスタから

ハッブルの声が聞こえてきた。

「えっと、トイレを探していて」

「トイレ? あぁ、出発前にも行っていたね。まだ、あの体のままなのか」

「あの体って、なんですか?」

僕が聞くと、聞こえなかったのか、

質問には答えてくれなかった。

「クレイ、トイレはサンクでしないと駄目だ。地上のものには、触れない約束でしょ!? 早く、その病院から出て! 急いで! 早く! 僕のところへ来て 」

ハッブルがなぜか、

すごく怒っているようだった。

「わ、分かった」

僕は急いで、建物から出て、ミスタの裏を

見ながら、ハッブルの矢印を目指して

進んだ。


もうすぐハッブルの矢印の近くだ……と

思ったら、目の前に、大きな建物が根本からポキッと折れたように横倒しになっていて、

どこまで続いているのか分からない、

鉄壁の城壁状態だった。

この向こう側に行かないといけないのに、

どうしよう……。

僕は、どこかに通り抜けられる空間がないか

探しながら、横倒しの建物に沿って歩いた。


「クレイ、どこへ行くの? ミスタをちゃんと見ている?」

自分から遠ざかっていく僕の矢印を見た

ハッブルが言った。

「あの、地図には載っていなかった建物があって、ハッブルのところに行けなくて」

僕が言うと、

「この建物は、遺跡ではないからね。鞄からヴィグラを出して、自分の足元に吹き出して」

ハッブルが言った。

「分かった」

僕は、鞄の中から、ヴィグラを出して、

両足に向けて吹いた。

「できたよ」

ハッブルに伝えると、

「その場で思いっきり、ジャンプをしてみて」

「ジャンプ?」

「そう、飛び越える」

「飛び越える!? この建物を?」

「そうだよ。数10mくらいかな? 大丈夫、楽勝だよ。やってみて」

半信半疑だったけど、言われた通りにする

しかないと思い、まずはその場で、

軽くジャンプをしてみた。

すると、建物の半分くらいの高さまで飛んで

パラシュートを開いたかのように、

ふわぁっとゆっくりと着地した。

「すごい……この建物を本当に飛び越えられそうだ」

今度は、思いっきりジャンプした。

ぐんぐん上昇して、建物よりも高い位置まで

来たのに、まだ体は上昇を続けていた。

「どこまで飛んで行くのかな、僕……」

不安になってきた。

「おーい、クレイ。ここだよ」

ハッブルが、僕の目の前にいた。

「ハッブル!」

僕は、嬉しくて叫んでしまった。

「ちょっと飛びすぎだね。力加減を覚えないと。手足を適当に動かしてみて、下がる……」

話の途中でハッブルは降下していき、

姿が見えなくなった。

「待って、ハッブル! おいていかないで!」

僕は、手足を必死に動かした。

すると、上昇がゆるやかに止まって、

僕の体ははゆっくりと降下して、

地面に着地した。

「ほらね、飛び越えられそうでしょ」

ミスタから、ハッブルの声がした。

「う、うん」

僕は、建物を飛び越えるために、斜め上に

向かって、先ほどよりも少し控えめに

ジャンプした。

僕の体は、キレイな放物線を描きながら、

建物を飛び越えて、ハッブルのそばに着地

した。

「飛べたよ!」

興奮気味に僕が言うと、

「よくできました。さぁ、行こう」

ハッブルが、ニコッとしたあと、

歩き始めた。

「うわ、あ、あ……」

ハッブルについて行こうとしたら、

なぜか僕は転んだ。

「クレイ、大丈夫!?」

ハッブルの手をかりながら、

僕は起き上がった。

「ありがとう」

「何かにつまずいた?」

「そうみたい」

「あ、原因が分かった」

ハッブルが、僕の足元にあったエアボウルを

指で押し擦って消滅させた。

「次からは、両足ではなくて、片方ずつ、ヴィグラを吹いた方がいいよ。でないと歩けない」

「あぁ、なるほど。そういうことか。次からは気をつけるよ」

僕は、照れ笑いをした。

「助けるべき人を見つけたから、運ぶついでに、先に戻って。僕はもう少し捜索をしてから戻るから」

ハッブルが倒れている女の人を指さした。

「うん、分かった」

僕は、鞄からレオントを取り出して、

女の人の頭に被せて、ヴィグラを吹いた。

ハッブルと別れた僕は、ミスタを見ながら

「避難の扉3」を目指して、

エアボウルを引き連れて、歩き始めた。



○次回の予告○

第8話

「謎の手稿」と「予言の太平洋文書」と

「人工言語」

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