第15話 ディラックさん 後編

その後、僕は静かに眠り、2日後、

ついに目が覚めた。

「クレイ、気がついたのね! ここがどこだか分かる? 私は、誰?」

僕は……そうか、倒れたのか。

目の前には、

心配そうな顔をしたレイラインがいた。

レイラインは突然黙って、どこかを見つめて

いた。

「……今、エリオットとリゲルを呼んだから。気分はどう?」

呼んだって、そんなそぶりはなかったけど?

僕が考えごとをしていて、黙っていると、

「クレイ? 見える?」

レイラインが、僕の顔の近くで手のひらを

広げて、左右に振った。

「み、見えるよ」

僕が言うと、

「よかった」

レイラインが、僕の頭をなでながら言った。

「クレイが、目を覚ましたって!?」

リゲルとスノウが走って来たのか、

息を切らせながら言った。

そのあとすぐに、エリオットさんもやって

来た。

「具合はどう?」

スノウがベッドのそばにあった、浮いている

クッションに座った。

「うん、大丈夫」

僕がニコッとすると、

「よかった。2日も目が覚めなくて、すごく心配だった」

スノウは、目にうっすら涙を浮かべた。

「ふ、2日も……すいません、すぐに勤務に戻ります」

僕が起き上がろうとすると、スノウが体を

支えてくれた。

「勤務は、しばらく休んだ方がいい」

リゲルが言ったので、

「もう、大丈夫。勤務を休んでしまって、ごめん」

僕が、申し訳なさそうに言うと、

「そんなこと、気にしないで。誰だって、具合が悪い時がある」

リゲルが僕の肩に、優しく手を置いた。

「うん……ありがとう。あの……ディラックさんは……ここにいる?」

僕が聞くと、

「いるよ。ストゥートが、手当てをしてくれている」

リゲルが、ニコッとした。

「よかった……会える?」

「もちろん。でも、骨折の度合いが酷くて、痛み止めと睡眠薬を点滴しているから、目が覚めるのは数時間後になると思う」

レイラインが言った。

「そうか……だったら、その間、勤務に戻り……」

「クレイ、気持ちは分かる。でも、今は休むべきだ。今日と明日は休んで、明後日から2週間、衣服講座を受けて、そのあと勤務に復帰するのはどう?」

エリオットさんが、僕の話を遮って言った。

「えっと、衣服講座とは何ですか?」

僕が聞くと、

「部屋をひとつのグループとして、順番に受けてもらう講座なのだけど、ここでは、衣服を作るために必要な知識や技術を学ぶ。例えば、衣服の材料になる綿花の栽培方法や衣服の染め方、縫い方を」

エリオットさんが言った。

「なるほど……では、そうします」

僕が言うと、

「うん、しっかり2週間、衣服について学ぶといい。地上に戻った時に、役に立つよ」

エリオットさんが言った。

「地上に戻った時に、役に立つのですか?」

「そうだよ。地上に戻ってから、どんなことをするかは、分からないけど、色々と自分でできた方が便利でしょ」

エリオットさんが、ニコッとした。

「そうですね」

「では、ゆっくり休んで」

エリオットさんは、個室を出て行った。

「僕も行くよ。クレイの心と体の状態が大丈夫だったら……また2週間後、一緒に捜索しよう」

リゲルが言った。

「うん。2週間後は、体も気持ちも大丈夫だと思う。色々とごめんね……」

僕が言うと、

「そんなに自分を責めないで。詳しいことは知らないけど、ここにいる人はみんな、何かを抱えている。私もまだ……でも、乗り越えられると思う」

スノウが、僕の手を優しく両手でにぎった。

みんなの優しさと気遣いが、胸に刺さり、

涙が勝手に目からこぼれた。

「温泉につかってのんびりしたり、映画を見たり、少しの間でもいいから、捜索のこととかを考えずに過ごして」

リゲルが、ニコッとして言った。

「映画……」

僕はつぶやいた。

「どうしたの?」

「あ、えっと……うん、そうするよ」

僕がニコッとすると、

リゲルとスノウは、安心した様子で、

個室を出て行った。

「もう少し、ここで休む? 居室に戻る?」

レイラインに聞かれた僕は、

「居室に戻るよ」と答えた。

足をゆっくりと動かして、足の裏を床に

つけた。

立ち上がろうとした時、レイラインが僕の

体を支えてくれた。

「ありがとう」

僕が言うと、レイラインが、ニコッとした。


僕は、レイラインに支えてもらいながら、

個室を出て、医療室の出入り口へ向かって

いる時、

ベッドの上で眠っているディラックさんに

目がとまった。

「クレイ?」

レイラインが、歩くのをやめた僕が見ていた

方向を見た。

「寝顔、のぞいていく?」

レイラインが言ったので、僕はうなずいた。

ディラックさんが横たわっているベッドへ

行き、そこにあった、

浮いているクッションに、僕は座った。

ディラックさんは、左手首から肩までと

両足の爪先から膝下まで、ギブスを巻いて

いた。

「ガレキに挟まれていたから、腕や足を複雑骨折しているけど、命に別状はないし、骨はすぐにくっつくわ。サンクの医療技術はすごいのよ。仮に足を失っていたとしても、培養してくっつけることもできる。だから、何事もなかったかのように、腕を動かせるし、歩いて走れるようにもなるわ」

「本当?」

僕が不安そうな表情をすると、

「もちろん、大丈夫よ」

レイラインが、ニコッとしたので、

「よかった……ディラックさんは、料理をするのが好きな人だから」

僕は、安堵した。

それと同時に、おじいちゃんのことを

話さなくてはいけない時が来る……と、

「うぅ……あぁ……」

胸が締めつけられた。

「大丈夫? 空いているベッドに、横になりましょう」

レイラインが僕を支えてくれたので、

僕は椅子から立ち上がった。

「だ、大丈夫。居住塔へ戻るよ」

僕は、ディラックさんの姿が視界に

入らないようにしながら、レイラインと、

出入り口へ向かって、歩き始めた。


出入り口に着いたので、

「ここで、大丈夫。お世話になりました」

僕が静かに言うと、

「本当に大丈夫? 居室まで付き添うよ」

レイラインが、心配そうに言った。

「うん、大丈夫。ありがとう。ディラックさんの治療、よろしくお願いします」

僕は、笑顔で言った。

その表情を見て、安心してくれた様子の

レイラインが、

「もちろん、任せて」

笑って言ったあと、

「クレイ、ひとりで悩まないで。ここにいるみんなは、仲間よ。体調もだけど、心が辛い時にも頼ってね。そんな時は、誰かに話すだけでもきっと、違うはずよ」

僕を優しく抱きしめてくれた。


僕は、レイラインと別れて、接続通路を

通って、中央塔へ入った。

新月塔へ向かいながら、何となく、

映画を見たくなったので、行き先を変えて、

公共塔へ向かった。


公共塔にある映画鑑賞室の出入り口へ行くと

公共塔担当のアニマルタイプの

浮遊AIロボット、リルがいた。

「何人で見るの?」

「ひとりで見るよ」

「分かった」

リルがしっぽを円形にすると、次元の狭間が

現れた。

仕組みは分からないけど、

鑑賞室が小さくして保管してある場所と

つながっているらしい。

サンクにある映画鑑賞室は、地球上にあった

座席が固定されている映画館とは違って、

だだっ広い、ただの円形の空間があるだけで

鑑賞室をリルに借りて、この室内の好きな

場所や空いている場所で、自由に鑑賞する

仕組みになっている。

次元の狭間から取り出した球体を、リルは

両手で持って、こね始めた。

すると、球体が大きくなってきた。

「ひとりで見るなら、これくらい?」

「うん、それでいいと思う」

僕が言うと、

「不要になったら、小さくして返してね。ごゆっくり」

リルは、どこかへ行ってしまった。


僕は、リルから受け取った、少しだけ宙に

浮いている球体を、人差し指で押しながら、

室内の空いているスペースを探して、場所を

決めて、球体の表面にいるスクエアに、

鑑賞室の入り口をあけてもらって、

中へ入った。

球体の中にあるソファーへ座ると、

空中に、立体的なスクエアが現れた。

「何見るの?」

「そうだな……」

スカイとはよく、人類と地球に関連する

不可思議やオーパーツ、宇宙が舞台の作品を

見に行っていたなぁ。

他には……そうだ、古代生物だ。

「古代生物や恐竜が出てくる作品が見たい」

僕が言うと、

「古代生物、恐竜ね……これがおすすめの40作品。どれにする?」

空中に色々な形をした立方体が出現した。

そのひとつ、ひとつに別々の作品の

タイトルが表示されていた。

僕は立ち上がって、気になった作品の

立方体を手に取った。

「お試し」という表示を押すと、あらすじが

立方体の表面に映し出された。

何個か、お試しであらすじを確認して、

僕はひとつ選んで、その立方体をスクエアに

渡した。

スクエアは、その立方体をひとくちで

食べた。

すると、スクエアの体が小さくなっていき、

僕のこめかみ辺りから、頭の中へ入って

きた。

僕はソファーに座って、目を閉じた。

映画が、頭の中で始まった。

僕が選んだのは、地球上にいた時に、

スカイと一緒に見に行った、恐竜が主役の

映画。

懐かしいな……。


「終わったよ」

僕は、いつの間にか眠っていたようで、

スクエアに起こされた。

「おもしろかった」

僕が言うと、

「嘘つきだね、寝ていたでしょう」

スクエアが、冷ややかな目をしていた。

「バレた?」

「バレるよ、頭の中にいるのだから。『地球人』は、すぐに眠るし、嘘をつく」

立体的なスクエアは、ぶつぶつ文句を言い

ながら、消えてしまった。

球体から出て、両手で球体をこねると、

小さくなってきた。

片手で持てる大きさになった球体を持って、

映画鑑賞室の出入り口へ行くと、

リルがいたので、

「返すよ」

僕が言うと、

「ここに入れて」

リルは、しっぽを円の形にすると、次元の

狭間が現れた。

僕は球体をそこに投げ込んだ。



居室に戻った僕は、食事をとらずに、

みんなが戻ってくるのを待つことにした。

いつも、ふと思う。

ここは、本当に、地下なのか……と。

部屋にあるスライド式の窓をあけると、

壁だから、窓の外に体を出すことはできない

けど、窓の外の景色は、平和な世界、

理想的な世界の景色だった。

小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、

コスモスのような花の香り、木々や葉が、

そよ風に揺れる音。

でも、これは現実ではない。

僕は捜索隊として、外へ行くから、

よく分かる。

思い知らされる、本当は濁流が怒号を鳴らし

火災により木々や葉、建物は燃え尽き、

暴風雨に雷、地震に地割れ……人類以外の

生きものなんて、ひとつもいない。

これが、現実だ。



「クレイ、大丈夫?」

「倒れたって聞いた時は、驚いたよ」

勤務を終えた3人が、部屋に入ってきた。

「うん、この通り、もう元気だよ。心配かけてごめんね」

「よかった、元気になって」

ガレットが、僕めがけて突進してきた。

アイザックも抱きついてきた。

ジュノーは、「よかった」と言いながら、

僕の背中を優しくなでてくれた。

「お腹がすいたから、食堂へ行こう」

ガレットが言った。

「そうしよう。感動の再会を無事な果たしたしね」

アイザックが言うと、

ジュノーがうなずいた。

僕達は、食堂室へ移動した。



○次回の予告○

第16話

衣服講座と『あの日』のストゥート 前編

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