第5話 捜索隊と助けるべき人と助けるべきではない人 後編
くぐり抜けると、扉の穴は、
水面が揺らめくような動きをし始めたと思ったら、すぐにただの石の壁になった。
「不思議だな……つなぎめもないし、一枚の大きな岩みたいだ」
僕は、くぐってきた穴があった場所を
さわった。
久しぶりの外だな……辺りを見渡そうとした瞬間、
ドッカン、バリバリ。
「うわぁ」
音に驚いて、思わず叫んでしまった。
「大丈夫?」
リゲルが僕の顔をのぞきこんだ。
「あ、はい……少し、音に驚いて」
「まだ続いているからね、天変地異」
リゲルが静かなトーンで言った。
「そうですか……まだ……」
「あ、大事なことを忘れていた」
リゲルは、僕のかけていた鞄の中に手を
入れて、何かを取り出すと、
僕の首にかけた。
「これ、なんですか?」
「これは、捜索するのにレオントの次に大切な物だよ。『ミミミミスター』と言う機器で、名前が言いにくいから、みんな、『ミスタ』と呼んでいるよ。これを額にかざすと、助けるべき人と助けるべきではない人を教えてくれる」
「なるほど……」
「地面が割れていたりもするから、足元にはくれぐれも気をつけて。それと、ああやって動いている人は無視して、じっとしている人を探して欲しい。そうだね、あの人のように」
リゲルが指をさした方向を見ると、
ガレキの丘にもたれている男の人がいた。
「どうして動いている人は、ダメなのですか?」
「それは、分からない。そういうルールだから。試しにあの人にミスタをかざしてみよう。では、レオントを被って」
リゲルがレオントを被りながら歩きだした
ので、僕もレオントを被りながら、
ついて行った。
男の人の元へ到着すると、
「ミスタの瞳のある方を上にして、この人の額にかざしてみて」
リゲルが言ったので、
「分かりました」
僕は、首にかけていたミスタを手に持って
額に近づけた。
すると、ミスタの瞳がキレイな青色から、
真っ黒に変化した。
「この人は、助けるべきではない人のようだね。もし、助けるべき人だったら、瞳の色は『緑』になるから。やり方は分かったよね? ここからは、手分けして捜索をしよう。分からないことや困ったことがあったら、その都度、ミスタは通信機の機能があるから、話しかけて。僕はこっち、クレイはあちらの方を頼むよ。あ、そうだ。くれぐれも、他の人に気づかれないように、物や人にはさわらない、近づかないようにしてね。近づいていいのは、動かない、動きが鈍い、助けるべき人だけだよ」
「はい、了解です」
リゲルと別れて、捜索することになった。
僕は、言われた方向へ進んだ。
「あの日」より、酷い状況になっているように感じた。
「ここは、住所でいうと、どこになるのかな? 知っている場所だったりするのかな……電信柱!」
僕は、ここがどこなのか知りたくなった。
だから、電信柱を探した。
ヨタヨタしながら歩いている人、誰かを
探しているのか、力なく叫んでいる人に、
さわらないように気をつけながら
僕が歩いていると、リゲルから連絡がきた。
「クレイ、ミスタの瞳が緑色になった人を見つけた?」
「あ、えっと……わす」
完全に忘れていた……僕は、別のこと、
電信柱を探していた……とは言えなかった
ので、
「えっと、まだです。見つけたのは、動いている人ばかりで……」と答えた。
「そうか。僕のところへ来てくれる? 助けるべき人を見つけたから、段取りを教えるよ」
「分かりました。えっと、どこですか? 目印になりそうな建物とかありますか?」
「地図になっているから、ミスタの裏を見て。矢印と一緒に、リゲルとクレイと表示が出ていない?」
「確認します」
僕は首にかけていたミスタを手に取って、
裏側を見た。
「あ、出ています。矢印の中に名前があります。これ、何ですか?」
「それは、今の僕とクレイの現在地で、矢印の先端は、顔の正面が向いている方向だよ。建造物は、遺跡以外は表示されないから、何の目印にもならない。クレイの矢印の先端を見ながら、僕の矢印を目指して進んでくれる?」
「分かりました。今から向かいます」
「待っているよ」
便利だな、ミスタって、すごい機器だ。
通信機能もあるし、地図にもなっている
なんて、ハイテクだ。
自分の矢印の先端を、リゲルの矢印の場所に向けて、歩いた。
リゲルまで、あと半分の距離に来た時、
「た……助けて」という声が聞こえた。
リゲルの方向とは少し違ったけど、
気になったので、声のする方へ行ってみた。
「あ!」
ガレキに埋もれている電信柱を1本、
僕は見つけた。
嬉しくて、僕は走り出した。
電信柱についている住所が記載されている
プレートを探すために、ガレキにふれた
その時、
「誰か……助けて」
ガレキに埋もれていない電信柱の先端部分の近くで、体の半分くらいがガレキに埋もれている人がいた。
僕は、とっさに「ガレキをどかさないと!」と思って、その人にかけよって、
「大丈夫ですか!? すぐに助けます!」
声をかけようとした時、ハッとした。
「物や人にさわってはいけないよ」と、
リゲルに言われたことを思い出した。
でも、目の前に助けを求めている人が
いるのに、無視して、去るなんて……
どうしよう……ガレキに埋もれている男の
人を見ながら、どうすればいいか、
考えていると、その人がだんだん、
おじいちゃんに見えてきた。
さわるなって言われたけど、緊急事態は
別だよね?
でも、駄目だって言われたし……
でも、放っておけない……。
僕は、怒られる覚悟を決めて、男の人の上にのっていたガレキを1つ、手に取った。
その瞬間、
頭の中に何かのイメージが、勢いよく押し
寄せて来て、突然、胸が苦しくなって、
「う……うぅ……」
僕は、心臓あたりを両手で押さえながら、
その人を見つめていた。
「クレイ、どうしたの? クレイ!?」
リゲルが僕の肩をたたいていた。
ハッと我に返った僕の目線の先にいたのは、おじいちゃんではなくて、見ず知らずの男の人だった。
すると、あんなに苦しかったのに、
胸の息苦しさは、不思議と治まっていた。
「あの、えっと……あの人は、助けては駄目ですよね?」
僕は、指をさした。
「もちろん、駄目だよ。こっそりミスタをかざして、『緑色』になったとしても、動いている人は、無条件で助けられないし、近づかない、これは、必ず守るべき、こちらのルールだよ」
「そ、そうですよね。すいません」
「では、僕が見つけた人で手順を教えるから、こっちに来て」
「はい……」
「クレイの矢印が動かないから、どうしたのかなと思ったら、ルールを破ろうとしていた瞬間だったとはね」
リゲルが笑いながら言った。
「すいません……」
僕がうつむきかげんで言うと、
「助けたいと思う、その気持ちは分かるよ。でも、あちら側……役所の敷地にある避難所にもルールがあるし、こちら側にもルールがあるから。それは絶対に守らないといけないよ」
リゲルが、優しい眼差しをした。
「はい、すいません。気をつけます」
「うん。分かってくれたなら、それでいい。もうすぐ夕方だ、急ごう」
僕は、後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、
リゲルについて行った。
しばらく進むと、リゲルが立ち止まった。
「クレイ、この人の額に、ミスタをかざしてみて」
「分かりました」
僕は、首にかけていたミスタを手に持って
横たわっていた女の人の額にかざした。
すると、美しい青色のミスタの瞳が、
徐々に変化して、緑色になった。
「この人は、助けるべき人だよ。鞄から、懐中電灯のような形をしたものを出して」
リゲルに言われたので、
僕は、鞄の中を探った。
これかな? と思われるものを取り出すと、
「これは、『ヴィグラ』と言って、人や物を運搬する時に使うよ。女の人に向かって、シャボン玉を口で吹く時のように、優しく吹いてみて。エアボウルが出てくるから」
リゲルに言われた通りにしてみると、
ふわぁっと、エアボウルが出てきて、
女の人を包み込んだ。
「これで、運搬するよ。ついて来て」
「はい!」
僕が動くと、女の人が入ったエアボウルも
動いた。
僕の動きに合わせて動くエアボウルの動きが不思議でおもしろくて、右や左に動いたり、ジャンプしたりしていると、
「遊んでいる暇はないよ、早く来て。あ、大変! クレイ、急いで鞄からレオントを出して、その人に被せて! 」
リゲルが慌てた様子で、こちらへかけよって
来た。
僕は、鞄の中からレオントを取り出して、
女の人の頭に被せた。
「ごめん、大事なものを忘れていたよ。助けるべき人を見つけたら、周りの様子を見て、誰も見ていない、誰もいないことを確認してから、レオントを被せて。でないと、突然、目の前にいた人が消えたとか、宙に浮いている!? と騒ぎになるから」
「分かりました」
僕は、うなずいた。
「では、戻ろう。ちなみにクレイは、戻る道は分かる?」
リゲルに聞かれた僕は、辺りを見渡して、
「分かりません……」と返事をした。
「そうだよね、安心して。僕も分からないよ」
リゲルが笑いながら言った。
「え!? リゲルも分からないのですか?」
僕があたふたしていると、
「あはは。分からないけど、ミスタに自分が出てきたところの扉の名前、今回なら『赤い扉』と言うと、こうやって、星のマークで教えてくれるから、大丈夫」
リゲルがニコッとした。
「よかったです」
僕は、ホッとした。
「では、ミスタを見ながら、クレイに案内してもらおうかな」
リゲルがお先にどうぞ、という仕草をした。
「赤い扉はどこ?」
僕は、ミスタに話しかけた。
すると、青い星のマークが点滅を始めた。
自分の矢印の先端を、星のマークへ向くように、その場で少し回転した。
僕を先頭に、エアボウル、リゲルの順に
並んで、赤い扉を目指して歩き始めた。
地面が割れている場所やプラスチックの
ゴミでできた丘は、回り道をして、避けて
進んだ。
もう少しで自分の矢印と星のマークが
重なりそうな距離感になってきた時、
朽ち果てた建物が目の前に現れた。
この建物の中なのかな?
元々あったであろう、建物の出入り口は
見あたらなかったので、入れそうな場所を
探して、建物の中へ入ると、
「分かるかな? この建物の壁のどこかに、赤い扉を開けるための鍵があるのだけど。暗い時は、『明るくして』と話しかけると、ミスタが光るから、やってみて」
リゲルが言った。
「懐中電灯のような機能もあるのですね」
僕がミスタに、
「明るくして」
話しかけると、
ミスタは、光の球に包まれているかの
ように、僕の周りだけに眩しすぎない光を
放った。
「この壁のどこかに赤い扉があるのですか?
入り口と出口というか、出てきた場所と違いますよね? 建物の中ではなかったです 」
僕は、壁に近づいて、扉を開けるための鍵、手のひらを置くくぼみを探しながら言った。
「サンク側から出る時の場所は必ず同じだけど、戻る時の場所が変わってしまう時がよくある。なぜなら、扉は気まぐれだからだ。出てきたところと同じ場所から戻れる時もあるし、今回みたいに、別の場所の時もある。だから、ミスタに確認をしないと、分からないんだ。本当に」
リゲルが言った。
「なるほど……出入り口の場所が変わってしまうのですね、不思議です」
「ほら、早く探して。また場所が変わってしまうかもしれないよ」
リゲルがニヤリとした。
「え、そんな頻繁に変わるのですか?」
僕が驚くと、
「気まぐれだからね」
リゲルが笑った。
「急いで、探します!」
ここかな?
怪しいな、と思った場所に手当たり次第、
手のひらを置いた。
でも何も起こらなかった。
しばらくすると、しびれを切らしたのか、
「ここに手のひらを置いて」
リゲルが、僕が探していた場所とはまったく別の場所の壁を指でさした。
リゲルに言われた場所へ行き、
そこで見つけたくぼみに手のひらを置くと、
ガコン、ガタガタ。
人型の穴が壁に現れた。
「クレイ、出入り口が分からない時は、ミスタを見ないと。ずっと、地図にある赤い扉とは違う場所を探していたよ」
「すいません」
僕が謝ると、
「次からは、扉を開けるまで、地図を見ていた方がいいよ。簡単にくぼみが見つけられるから。ぐずぐずしていると、扉の位置が変わってしまうかもしれないし、予期せぬトラブルに巻き込まれてしまうかもしれないから。外にいる時間は、最小限にしないとね」
リゲルがニコッとした。
「はい!」
「連れてきた助けるべき人は、出入りを管理するための登録をしていないから、登録をしている人と一体になる必要がある。エアボウルに入れたまま背負えば、重さは感じないから、出入り口にぶつからないように、気をつけて通ってね」
僕は、女の人の体が、出入り口にぶつから
ないように、慎重に通った。
「お帰りなさい」
ボーアが言った。
「た、ただいま戻りました」
僕が言うと、ボーアがニコッとしてくれた。
僕が通ったあと、リゲルがサンクに入って
来た。
「お帰りなさい」
「ただいま。クレイ、背負っている人をそのまま検査室へ運んでもいいし、おろしてもいいよ」
リゲルが言ったので、
僕は、背負っていた女の人をおろした。
すると、エアボウルは、地面に着地することなく、宙に浮いた。
「レオントをはずして、鞄の中に入れて。医療塔の検査室へ案内するから、行き方を覚えてね」
僕は、エアボウルの中に手を入れて、
レオントをつかんで、鞄の中に入れた。
リゲルに言われた通り、ついて行きながら、
どこを曲がるのか、どう進むのか、
なんとなくだけど、覚えながら歩いた。
検査室に入って、
空いていたベッドへ女の人を寝かせて、
エアボウルを親指と人差し指で押し擦ると、エアボウルが消滅した。
「ルーン、この人の検査をよろしく」
リゲルが声をかけると、
「分かった」
ルーンが言った。
「こんな感じの手順だよ。次からは、ひとりでできそう?」
リゲルに聞かれた僕が、
「少し不安はありますが、何となくは分かりました……」と答えると、
「呑み込みが早くて助かるよ。あはは」
リゲルが笑った。
「そうだ、勤務のあとは、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、自由に過ごしてね。明日、朝ご飯を食べたら、捜索隊の部屋に来てね。僕はまだ用事があるから、ここで別れよう」
「はい。お疲れさまでした」
○次回の予告○
第6話
居住塔・白星、30階・青星1の出会い
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。