第12話 半分だけの弟、ジュール 前編
「避難の扉3」へ着いた僕は、ボーアと
挨拶をかわし、エンヴィルに入った。
1階に着いたので、エンヴィルを出ると、
何だか騒がしい雰囲気だった。
「ただいま、戻りました」
捜索隊室へ入ると、誰もいなかった。
「あれ?」
騒がしい声は、捜索隊室ではなくて、
接続通路の方からのようだった。
声をたどって進むと、接続通路から中央塔へ
少し入った場所で、数人の人が、
もみくちゃになっていた。
ゴロン。
スノウが、もみくちゃの人の塊の中から、
転がって来た。
「大丈夫? 一体、どうしたの?」
スノウが、立ち上がるのを手助けしながら
僕が聞くと、
「リゲルが5人、連れて来たのだけど、そのうちのひとりが、ナノスタンプが埋め込まれていた皮膚が損傷していて、NREで確認したら、ヒューマンレベル5だったから、ここにはいられないけど、避難所に入れるから大丈夫、と伝えているのに、理解してくれなくて」
スノウが、額から汗を流していた。
「なるほど」
「残りの4人を、医療塔に連れていこうとしているのだけど、外に出ようとするから……」
スノウは、壁にもたれながら座った。
「大変だったね」
僕は、鞄からタオルを取り出して、
スノウの額に流れていた汗を拭いた。
「ありがとう。そうだ、ハッブルには、会えた?」
「あ、それが……いなかった。ミスタの故障だったみたい」
僕が言うと、
「故障!? ミスタが壊れることあるの?」
スノウが、驚いた様子で言った。
「あ、うん。設備室に行ったら、ミスタの不具合だって言われたよ。あの、すごく珍しい現象だって。もう2度とないくらい、珍しいって」
僕は、ハッブルと約束したので、
心苦しかったけど、嘘をついた。
「そうなの? 珍しい現象にぶち当たったのね。ある意味、ラッキーね」
スノウが笑った。
信じてくれたのかな? ごめんね。
「そうだね。ラ……ラッキーだね」
僕は、苦笑いをした。
「リゲルはどこ? 僕を呼んでいる、とスクエアに聞いたけど」
エリオットさんが、事務塔の方向からやって
来た。
「エリオットさん、リゲルは、あの中です」
スノウは立ち上がって、エリオットさんに
近づき、事の経緯を説明した。
スノウから話を聞いて、状況を理解した
エリオットさんは、騒ぎの中心へ近づき、
「僕は、ここの責任者のエリオットです。今から僕と話をしましょう」と言った。
「エリオット!」
リゲルが、涙目で言った。
「ご苦労様。あとは僕が」
「うん、よろしく。みんなもありがとう。持ち場に戻って」
リゲルが言った。
「ヒューマンレベル5の人は?」
エリオットさんが聞くと、
「説明をして、もうあっちに連れて行った」
リゲルが言った。
「分かった」
うなずいたエリオットさんは、外へ出ると
騒いでいた4人に、冷静に語りかけ始めた。
僕は、鞄を捜索隊室に戻してから、
スノウと居住塔へ向かった。
僕もスノウも新月塔だったので、
接続通路に一緒に入ろうとしたら、スノウが
立ち止まった。
「どうしたの?」
僕が聞くと、
「なんだか、さっきの人達を見ていたら、弟のジュールに会いたくなった。よかったら、一緒に行かない? ジュールに、クレイを紹介したい」
スノウが言った。
「スノウとレイスには、弟さんがいたの?
しかも、ここにいるの!? 」
「うん。でも、弟と言っても、半分だけだけど」
スノウが、苦笑いをした。
「半分? どういうこと?」
僕が首をかしげると、
「ジッタだけの存在なの」
スノウが、意味不明なことを言った。
「ジッタって?」
「え?」
お互い顔を見合わせて、
「えー!?」
同時に叫んだ。
「クレイ、知らないの?」
「知らないよ、ジッタだけの存在とか半分とは、どういうこと?」
「そうなの? 知らないの?」
「うん、知らないよ」
僕達は、なぜかおろしろくなって、しばらく
笑っていた。
「弟に会いに行く道すがら、『ジッタ』について、説明するわね。さすがに、『クローン』については、知っている?」
スノウが、僕の顔をのぞきこんだ。
僕は笑顔で、顔を横に何度も振った。
「そうなの? 逆に、なぜかしら? サンクに来た日に、待機室で説明されるはずだけど」
「クローンが培養? 細胞を採取したとか、ここに来て、目覚めた時に、レイラインが言っていたような気はするけど、何のことかさっぱり」
僕が言うと、
「まぁ、いいわ。説明してあげる」
スノウが、笑顔で言った。
「お願いします」
僕とスノウは、ジュールに会いに行くために
面会室のある事務塔へ向かった。
スノウによると、まず、サンクへ運ばれて
きた人は、再度、ナノスタンプの確認を
受けて、助けるべき人だと確実なことが
判明したら、医療室で治療の有無を判断して
「クローン」を培養するのに必要な
DNA情報と細胞を採取して、老化しにくい
性質を持つ、男女ともに同じ構造をしている
サンク用の体、クローンの培養を開始する。
なぜかというと、
地上で起こっている天変地異は、
どれくらいの期間で収まるのか、
分からないし、収まったとしても、
天変地異で地面は割れ、火災によって、
ありとあらゆるものが燃え、火山が噴火して
マグマが大量に陸地や海、川に流入し、氷が
とけて海抜が上がり……など、人類が住める
環境、状態になるまでには、数万年の月日が
かかるらしい。
人類の寿命は、長くても100年足らず
なので、地上に戻る日を待たずに絶滅して
しまう恐れがある、だから、
老化しない特殊な体が必要になるので、
培養して作っている、とのことだった。
「ジッタ」とは、
「唯一無二の自分自身の人格の魂」という
意味の造語で、簡単に一言で言うと、
「魂」のことで、
「BN」という機器を使うと、今の体から
別の体へジッタ、「魂」を移動させることが
できるそうだ。
どのようにジッタ(魂)を移動させるのかと
いうと、
BNと線でつながっている、帽子型の機器を
今の体の頭にかぶせて、
もうひとつ、BNと線でつながっている、
イイイイスターの形をした機器を、15年
かけて培養して作った体の首の後ろにある、
イイイイスターの形をした差し込み口に
さしこむと、今の体の中にあったジッタが
線を通って、BNの上部に出現したあと、
線を通って、培養して作った体の中へ移動
する。
これが、BNを経由してジッタが移動する
仕組み。
洋服を着替えるように、
体を着替えるイメージで、ただ単に、外側を
変えるだけなので、僕がいなくなるとか、
別人になるとかではないそうだ。
治療が必要な人は、医療室で治療を受けて、
回復したあとに、
治療が不要な人は、待機室で、
今の普通の人類の体を細胞レベルで変化
させる薬が入った点滴をそれぞれ受ける。
なぜかというと、
老化しにくい性質を持っている体は、
培養して完成するまでに15年ほどかかる
ので、それまでの「つなぎ」として、
今の体を使うしかない。
でも、人類の体は、寿命が短いし、すぐに
お腹が減るし、トイレで排泄もする、
何かと面倒なことが多いし、培養している
サンク用の体の構造とは、まっまく異なる
ので、慣れるためにも、この体の構造の
ように変化する必要があるらしい。
どのような変化が起こるのかと言うと、
サンク用の体にはない部分は、つまり
「不要な、なくても困らない部分」は、
退化していき、最終的には、性別での違いが
まったくない、男女ともに同じ体の構造に
なる。
胃は、蓄電池のようなイメージで、使って
減った分だけのエネルギーを補給すればいい
ので、余分が発生しない、だから、トイレで
排泄する必要がないそうだ。
「ここに来て、1か月? カレンダーがないから分からないけど、だいぶ前から、トイレに行っていない」
「なるほど。それで、トイレに行く人を見なかったのか」
トイレに行っても、誰にも会わない、
誰もトイレに行ってくる、と言わない理由が
分かって、なんだか嬉しくなった。
僕もそのうち、スノウやガレット達のように
トイレとは無縁の生活になるのか。
スノウが僕の片方の腕をひっぱって、
「ここで言うのもなんだけど、おしりの穴とか胸が、完全になくなったのよ」
耳元でこっそり言った。
「え?」
僕が驚いて言うと、
「さらに、男の子に言うのもなんだけど、『せいり』がなくなったことが、一番嬉しい。煩わしいのよ、毎月、毎月。腰と頭、お腹も痛いし、微熱で具合も悪いのに、周りは察してくれないうえに、病気ではないって言われても、具合が悪いのよ。体はだるいし、気持ちも落ち込むし……本当に苦痛だった」
スノウがだんだん、怒り口調になってきた。
「ご、ごめん……察することが、僕もできていなかったと思う」
僕が言うと、
「あ、ごめんなさい。つい、積年のうらみつらみが」
スノウが、僕の背中をバンバンたたきながら
笑った。
「もし、子供を授かりたいと思った時は、どうするの? 男女が同じ体の構造だと……」
僕がふと、思ったことを聞くと、
「ここでは、細胞と細胞をくっつけて培養すれば、子供を授かることができるみたい。だから、男女ともに同じ体の構造でも、問題ないそうよ。しかも、女性同士でも、男性同士でも、その人達の細胞と細胞をくっつけて、子供を授かることができると言っていたわ」
「同性同士でも、自分達の遺伝子を持つ子供を授かることができるの!? ここは本当に、不思議な仕組みというか、映画の世界みたい」
「そうね、私もそう思う。今は慣れたけど、最初の頃は、ジュールは死んでしまった……と思っていたから」
スノウが、悲しそうな表情をした。
「ここの不思議な仕組みのおかげで、ジュールは、助かったんだね」
僕が言うと、
「そうなの」
スノウは、ニコッとして、
「あの日」の話をしてくれた。
――「あの日」、天変地異が起きた時、
私は、5時間目の社会の授業を受けていた。
突然、
ブオン、ブオン。
体に響く重低音が、教室中に響いた。
音の発生源は、携帯電話のようだったので、
確認してみると、
災害メール、と表示があって、
「避難する人は、各都道府県の役所の敷地に設置してある、避難所へ来てください」
と記載されていた。
何かが一瞬、体の中を通過したと思ったら、
キーンと耳鳴りがして、ピカッと窓の外、
教室の中が、すさまじく明るくなって、
すぐに暗くなった。
先生が職員室に集まるように、と校内放送が
あって、戻って来ると、
「災害メールは本物だから、家族と避難所へ行くように」と言ったので、
隣のクラスの双子の弟のジュールと一緒に、
家に向かった。
いつもは自転車で駅まで行って、
地下鉄に乗って、1時間もあれば家に着く
のに、自転車は、自転車置き場の屋根が
崩れたせいで下敷きになって、引き出す
ことが難しかった。
そもそも地震や地割れの影響で、地面には
隆起している部分や亀裂、穴があいていて
豪雨でできた水たまりがいたるところに
あったから、とてもじゃないけど、
自転車で走れる道路状況ではなかった。
私とジュールは、周りに気をつけながら
走った。
数時間くらい、かかった気がする。
駅に着くと、不思議な光景が目の前に
広がっていた。
いつも地下鉄の駅に行くのに使っていた
地下へと続く駅の出入り口から、大量の水が
吹き出しながら、地下へと流れるように、
複雑な水の流れを作っていた。
その中を人々が、水のいきおいに体を持って
いかれないように、必死に手すりにつかまり
ながら、地上へ出ようとしていた。
「姉さん……」
不安そうな表情で、ジュールが私を見た。
「駄目だわ、電車には乗れないみたい。歩きましょう」
私とジュールは、また歩き出した。
大量のプラスチックのゴミでできた丘を
いくつも越えて、崩れた建物や放置された
自動車やバイク、自転車などを避けて、
地割れの穴にいきおいよく流れ込んでいる
濁流に飲み込まれないように、進み、
休憩をしながら、いつも家に帰っている道だ
と思われる方向に移動を続けた。
何日かたったと思う、それくらいやっとの
思いで、家に着いた。
幸い家が壊れていなかったし、
家の中にはママがいた。
「よかった、心配したのよ」
「ママ、無事でよかった」
私達は、再会を喜んだ。
「ママは、レイスとパパが家に戻って来るかもしれないから、もう少しここにいるわ。2人は先に避難所へ向かって。しばらく待っても帰って来なかったら、手紙を置いて、ママも避難所に向かうから」
「一緒に行こう。家族と一緒に避難所に行って、と先生が言っていたよ。パパと兄さんが来てからみんなで行こう」
「そうね……携帯電話が使えないし、バラバラになるのはよくないわね。2人を待っている間に、避難所に持っていくものをリュックにつめましょう」
私とジュールは、自分の部屋へ行って、
リュックに入るだけ、私物をつめこんだ。
「姉さん、荷物はつめ終えた?」
隣の部屋から、大きなリュックを抱えた
ジュールが来た。
「うん、もうすぐつめ終わる」
「?」
ジュールが周りを見渡していたので、
「どうしたの?」
荷物をつめながら私が聞くと、
「電話の音かな? アラームの音かな? 何か聞こえない?」
ジュールが言った。
「確かに……アラームと言うよりは、亡くなったひいおばあちゃんの家にあった、黒電話のような音がするね」
私とジュールは、リュックを持って、1階へ
降りて、ママを探した。
ママは、リビングで荷物をリュックにつめて
いた。
「ママ、どこかで電話がなっているみたい」
私が言うと、
「え? 電話は、使えないはず……本当ね、どこからかしら?」
ママが言った。
私達は、家の固定電話や自分達の携帯電話が
鳴っていないのを確認したあと、外へ出て、
音の発信源を探した。
音は、隣の家からのようだった。
「ロザキノさん、いますか?」
ドン、ドン、ドン。
ママが、玄関の扉をたたいた。
「いないのかな? あの音は気になる……」
「ママ、裏庭のガラス窓が開いているというか、割れていて、入れそう」
ジュールが言った。
私とママは、裏庭の方へ行った。
「2人とも、窓ガラスでケガをしないように、気をつけてね」
「うん、ママもね」
「脱がなくていいわ。ケガをしないように、このまま入らせてもらいましょう」
靴を脱いで、中へ入ろうとした私の腕を
つかんで、ママが言った。
「うん、分かった」
私とジュールは、うなずいた。
「ロザキノさん、ごめんなさい。土足で勝手に入ります」
ママが言った。
私達は、割れて尖った窓ガラスや床に落ちた
窓ガラスの破片を踏まないように、
気をつけながら、土足で室内へ入った。
「音の発信源は、どこにあるのかな?」
音を頼りに、3人で手分けして家の中を
歩いた。
「ママ、ジュール! ロザキノさんがいる!」
私は、窓ガラスを突き破って、入って来た
土や泥、ガレキに埋もれていた
ロザキノさんを見つけて、叫んだ。
「ロザキノさん、大丈夫ですか!?」
何度か声をかけると、少し反応があった。
別の部屋にいたママとジュールが来たので、
3人で、ロザキノさんの体の上にのっている
ガレキをどけようとした。
泥のせいか、重たくて、ひとつも取り除く
ことができなかった。
「ママ、どうしよう?」
ジュールが涙を流した。
「ロザキノさんが、何か言ってるわ」
ママは、泣きだしたジュールを私に託して、
ロザキノさんの顔に耳を近づけた。
「ライナが幼稚園で、電話は旦那さんかもしれない、隣の部屋ですね。分かりました」
ママは、ロザキノさんに、家の固定電話が
置いてある場所を聞いて、移動した。
「もしもし? どちら様ですか?」
「あの、ここはロザキノの家ですよね?」
「そうです。私は、隣に住んでいるブルーリアです。もしかして、ロザキノさんの旦那さんですか?」
「あぁ、お隣の……そうで……そこに妻とライナはいますか?」
「奥さんはいるのですが、ガレキなどが体の上にのっていて動けないので、私と娘達で取り除こうとしているところです」
「ありが……ござい……ライナはいますか?」
「ライナは、幼稚園にいるそうです」
「幼稚園で……会社が近い……ライナを幼稚園に迎え……妻……お願い……ですか?」
「もちろんです、任せてください。気をつけて、早く戻って来てくださいね」
ママは、電話を切ってすぐに、
ロザキノさんの元へ戻って来た。
○次回の予告
半分だけの弟、ジュール 後編
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