第11話 妖怪樹・『空亡木』

ガメとソルフィの駆けつけにより、桃井桜はカカオを撃破した。


桜の【水神】を受けた彼女は、その大ダメージにより大の字になり倒れ、動けずにいた。

そんな彼女へガメは近づく。


「んじゃ…観念すんだな」

「……観念…ねぇ…………」


桜から一部始終を聞いた二人は、とりあえずカカオを拘束しておこうと動き出す。

しかしそんな彼らへ、彼女は不適な笑みを浮かべるのだった――…




「……妖怪樹ようかいじゅ空亡木ソラナキ。その力の根元は…内部に広がる『無幻結界むげんけっかい・〈常世の国〉』。…その中に魂を連れ込み、喰らう…。それが“彼女復活の方法”………」



メキッ…メキッ…と不吉な音が聞こえる。

……この音に、桜は聞き覚えがあった…

それは…

が自分を捕らえた時に聞こえた音だ――


異変に気づいた桜が声を荒げる…!


「ッ!!!二人とも!!離れて!!!!」


その声と共に、砕ける地面。その下から顔を出すのは、巨大で鋭い…“根”。

その巨根は、その営利な先端をこちらへ向け、貫こうと迫り来る。


ガメ、ソルフィ、桜の三人はその場から離れる。

だが、狙いは彼女達では無かった。

桜の視線に映ったのは、根がカカオ目掛け、迫っている光景だった。



「…!!」

「………空亡木は…“私”で…代用するみたいね…」


諦めた様な彼女の声……その次の瞬間…グシャッ!!と砕ける音が響き、根は地面に突き刺さった。


「…え?」


状況が飲み込めない桜。さっきまでそこにいた筈のカカオの姿が消え…地面に突き刺さった巨大な根が視界を占めた。


――――――…。


桜の絶望……それは「みやぁ~」と耳元で聞こえた、間抜けな鳴き声で吹き飛ばされた。


横を振り向くと、大きな黒猫。

その口には、カカオがぶらーん…と咥えられていた。

その猫の上に座る、マントの男はニヤニヤと笑みを浮かべ、カカオに話し掛ける。


「へへっ…どうだい?気分は?」


カカオは不服そうな表情で、頬を膨らませる。


「…むぅ~!本当に…嫌な所で邪魔するのね…!!」


「ハハッ!!俺は『道化師どうけし』…素晴らしい手品を…種明かしで台無しにするのが……得意だからね…」

「みゃぁ~」


「ぐえっ」と猫の口から落とされるカカオ。

桜はその光景に安堵し…その道化師の姿に驚く。

』。あの時、自身を助けてくれた謎の男の特徴と一致したのだ。


「…あの時の…っ!」


桜の声に耳を傾けるより先に、彼は猫から飛び降り、空亡木の方へ歩いていった。


呼び止めの声も聞かず、彼はそのマントをなびかせ、両手を広げる。


「ンンッ!!サァーサァー!!お待たせいたしました!!!あっと!驚くショーが始まるよー!!見たい奴は寄っといでー!!!」


男は声を上げる。

まるで舞台上に立つマジシャンの様に客を集める彼の声は、この静かな世界に良く響いた。


その声を聞き付けてか、いくつもの魂が彼の周りへ集まって来る。


「なに…あれ?」と、そんな桜の問いに答えたのは、横で寝ていたカカオだった。


「……あれは…。行き場の無い亡霊達」


「え?」


「場所を失い、出口の無いこの世界を彷徨さまよい……いつかは空亡木に喰われる運命の死者…」


そう話すカカオの声は、あの時の怨みの籠った声とは違い…。…悲しく、諦めに近い声だった。


目的を失い、自由を奪われ、空っぽになってしまった者達の行き場の無い世界。

かげの国』

いずれ、妖魔に喰われ、無に帰すその時を…怯えながら待たなければならない。


きっと…空亡木ソラナキはその『恐怖心』と『不満』を掻き立たせ、彼女達を操り人形へと…変えたのだろう。

すべては、『――自身の復活の為に――』



それに気づいた桜の表情は、怖いものだった。

目に角を立たせ、口を結び、その瞳に光は無かった。

自分でも、何故ここまで妖魔ようまに怒りを見せているのかわからない。

…しかし、心の奥から沸々と沸き立ってくるこの怒りを押さえられる程、彼女に余裕など無かった。


こんな陰湿な世界でも、その時を待って、希望を捨てなかった反逆者パフォーマーが今、その表舞台に出てきた…と言うことだろう。


今回の事件、彼が後ろから彼女達を手助けしつつ、見守っていたのは、彼女達がどう言った人物で、どう言った能力なのか…観察する為。

彼の中では『準備は整っていた』


この三人が居れば、この妖魔ようまに牙を向けられるだろうと、見込んだ。

だから今、彼は立っている。

道化どうけであることを辞めず、この負の連鎖を笑い飛ばす彼の名は―――…


「“我が名は!!”

』!!!影の王に反逆する、『戯れ言の魔術師』さ!!!」



彼以外の影達は、殆ど諦めてしまっていた。

妖魔ようま復活を目論み、脱出を願った。

しかし、彼は妖魔ようまその物を終いにさせる方へ舵を切った。


影達から見た反逆者はんぎゃくしゃ



覚えられずとも良いさ――


――嘘をつき…他人を利用し…本心を隠し通す…


この行動が――この悪夢を立ち切られるのなら―…


俺は、遠慮無くこの舞台の上に立つ――


「……今宵、皆様にお見せ致すは…!

空亡木ソラナキ!!』」


反逆の狼煙が上がった。


こんな彼の心情は桜達には聞こえない。


「お前さん達は今から、俺の助手だ…」

彼は桜達へ振り向き、声を掛ける。

彼女らと手を結び、この永久の世界からおさらばする。


「カメレオンは俺と、空亡木ソラナキを開ける係さ…」

「お…おん?」

「ピンクガール…君は奴の“くち”から内部に侵入して、で『核』を破壊するんだ。」


いきなりの事で、少し混乱しているが…目的は一致している…。

なので、迷いは無かった。


「……わかった…!」


ここで…空亡木これを“叩き切る”。


桃井桜は再び、刀を強く握った。

もう一踏ん張りだ…!と自身を鼓舞する。


「あのー…私は…?」

そんな彼女らの後ろから、ソルフィは力の抜けた声で聞いた。


「安心してくれ!!ちゃんと仕事はある!君の仕事は、このピンクガールが内部へ向かう援護をするんだ!!」


何処と無く大袈裟おおげさに話す彼は、説明を終え、空亡木の方へ振り返った。


皆、最後の戦闘に備え、歩み出した。

その背中を見て、カカオはどのような表情をしたのだろうか……。

うつ向き…怪猫かいびょうと共に桜達を見送った。

無数の魂達も、歓声を上げ、物語の終幕へ向かう彼らの背中を押す。

『――かげ――』

この悲劇の物語は、もうすぐ…四人の『愚者ぐしゃ』の手によって…を向かえる。



「―さぁ…行こうか!!!」


彼らが近づいたとたん、空亡木ソラナキは自身に近づくその者達を敵と見なし、猛攻を始めた。


地響きかうめき声かもわからない音が響き、地面から無数の巨根が溢れ出て来る。

溢れんばかり鋭い根は、その先端を向け、桜達へ襲い掛かる。


さっそく彼女達は、その根を避け、各々おのおの散らばった。

各自かくじ、あらゆる方向から自身の仕事を全うする…!


まずはガメだ。

地面を破壊しながら次々と突き刺さる根を避け、その上を駆け上がる。

自分に迫って来る脅威は、その毒の爪を突き立て、払い除ける。



「【毒牙っ!かぜッ!!!】」


吹き荒れる毒の斬撃は、巨大な妖魔ようまの爪をバラバラと輪切りにし、道を切り開いた。


開いた道を突き進み、その長い舌を伸ばした。

適当な根にくくりつけ、その伸縮自在の舌で自身を空亡木ソラナキのその足元へ跳ね飛ばす。


「うっしゃー!一番乗りぃ!!」


迅速かつ、最速で空亡木ソラナキへ接近に成功したガメ。

さてさてと…次に何をすれば良いか、あの魔術師マジシャンに聞く事とした。


「おーい!!開けるって、どうやんだー!」


「えー?そんなの簡単さぁー!!空亡木に毒を注入すれば――…」

「えいっ」


全体的に動きがうるさい彼が話しきる前に、ガメは動いた。

爪を根に突き刺し、毒を流した。

すると…再び地響きやうめき声の様な音が聞こえ、根がメキッ…メキメキッ……ときしむ音を出した。


即神仏そくしんぶつのすぐ近く、太い根が最も絡み合っている場所が歪む様に動き出した。


「うぉっ…これは……!!入り口だ!」


「ジャジャーン☆」

「で、この後どうすんだ?」


すると、トロールは周りを確認。桜を探している様だ。


「おっと……」


どうやら桜は、警戒心の上がった空亡木ソラナキにマークされてしまっている様だ。

ガメ以上に根の量が多く、手こずっている。


「くっ…(まずい…!警戒されてる…!!私をあそこに行かせる気がない…!!!)」



「ちょっとまずいかもね~……おーい魔女っこー!」


ソルフィを見かけ、呼び掛ける。

ソルフィの方も方で、忙しそうだ。しかし、そんなのお構い無しに彼女を呼び止める。


「ちょっ…!え、なに!?」

「君のー……魔法…?なんだっけ………んーっと…」


「ちょっと!!速くしてっ!【氷柱アイスッ!!!】」


必死に根を氷漬けにしている……。


「あー!そうだそうだ!!だ!!」

「チェンジ!?それがどうしたのよ!!」


「うんうん…」


彼は何かを思いついた様に頷いた。



桜へ襲い掛かる根は、その物量を増している。

彼女はそれを何とか避け、どうにかして空亡木ソラナキへ近づかなければならない。


「くっ…【水神スイジンッ!】」


刀を振り、空間を圧迫する巨根を切り裂いた。

馬の様な速度で襲い掛かる根を、何度も刀で斬りつけ受け流す。

だが…それにも無理があるようだ。


「(うっ…さすがに連戦で…っ…体力が…!)」


体力の底が近い彼女は、ついに膝を付いてしまった…


「(ヤバい…ここで動きを止めたら…っ!!)」


恐れた通り、膝を付き止まってしまった彼女へ根は攻撃を仕掛けてくる。


「ッ!!!ぐっ…!!」



刀でそれを押さえた…だが、根は背後からも彼女を狙う。


「っ…まずっ…」





鋭利な根が彼女を貫く直前――…

その視界に一瞬、『“ガラスの刀”』が見えた。



「【“大蛇オロチ斬りッ!!”】」


ゴンッ!!と爆風が起きる。

大蛇が天へ昇り、無数の巨根を粉々に粉砕した。

桜の視界に、粉々の木屑と“灰色の長髪”が写り混む。


「………アヤメ……!?」


目の前に立つ彼女は、振り向き様に桜が押さえていた無数の根も粉砕した。


桜の元へ駆けつけた影の少女は、少しばかし一息置き…その一言目を口に出した。


「……スミマセン…」

「……ん?」


物凄く小さな声で何か言った様だが、桜は聞き取れなかった。


「…イヤ……あの…。色々……スミマセンデシタ……」

「あ…え?」


ボソボソと…言葉が続かないアヤメ…そんな彼女に桜もしどろもどろとしている。

この微妙な空気を、彼女のご主人が塗り替えてくれた。


アヤメの背後からカカオのニコニコとした笑顔が見えた。


「こらこら~、アヤメ~?言いたいことは~…ちゃ~んと…言わなきゃダメじゃない?」

「は…はい…そう……ですケド…っ!」


「と…言うより~、今はその話は後にした方が良いかしらね~?」


そう言われ、桜とアヤメはカカオが見つめていた方を見る。


――さっき以上の根の大群が押し寄せていた。


「げっ…!!」

「!!【…朧月おぼろつきッ!!!レンッ!!】」


一早くアヤメは飛び出す。

根の大群は無数の斬撃に一網打尽。


そんなアヤメを桜は眺めていた。


「すげー…」と、ぼーっとしている桜の背中にカカオは触れた。

ギョッ!と驚く桜へ、カカオは落ち着いた声で話し掛けた。


「安心して~。私の生命力を分けて上げるだけだから…」


彼女の言う通り、桜は自身の疲労が回復している様なリラックス感を感じた。


「……身体が…軽い…」

「はいおっけ~☆…んじゃ、行ってきなさい。私も出きるか限り…手伝う…」


「……わかった」


桜は駆け出した。

彼女を援護する様に、アヤメとカカオは根の相手をする。

道が切り開かれ、その間を桜が通り抜けて行く。


「【水神スイジンッ!!】」


しかし彼女らの援護にも限界はある。

そこからこぼれ落ちた複数の根が、まだ桜の邪魔をする。

彼女も奥義を使用し、その根らを切りつけ突き進むのだが…。


「ッ!?」


彼女の目の前の石畳が粉々に破られ、下から波の様な、絡まった根の塊が流れ込んできた。

物量が多く、後ろにも横にも避けられない…!


これはまずいと思ったその時…、桜は頭上を見上げた。自身の上にまでは根は無かった。

“上なら空間がある”


そう思った桜は、気を纏った刀を地面に思いっきりぶつける。

刀から伝わる反動が、桜を打ち上げた。


「【!!!】」


力任せに上空へ吹き飛んだ桜。

それに対応しきれず、空亡木ソラナキの根達はその地面に突き刺さり、彼女を追えなかった。


逃げきった。

宙を舞う桜は方向を調整し、できる限り空亡木ソラナキに近づける様にする。

ただ、諦めの悪い空亡木ソラナキは新たな手段をとってきた。


「っ…なに!?」


まさか、絡まった巨根から別の根が生え出したのだ…!!

その根は真上へ登って行き、桜の方へ迫っていた…!


「まずい…!!」


空中での方向転換は難しく、この根は避けることは出来ないと覚った。


しかし諦めの悪いのは彼女も同じ。

桜は方法を変える。

避けようとはしない。その根を利用する。


「フッ――」


集中。


彼女はタイミングを見極める。

少しでも間違えれば、自身は串刺しになる。


根が足に近づいて来る。

それと共に緊張感も高まり、汗が伝う。

鋭い根の先端がギリギリまで迫ってい来る。

まだだ、もう少し…

その時を待って彼女は迫る根へと落下して行く。


そして――…


「【――――ッ!!!】」


根が足裏に少し触れたその瞬間に、彼女は足裏に集中させていた気を解き放つ。


解き放たれた妖気は爆発の様にパァンッ!!と音を立て弾けた。

その力が桜を押し出し、根を踏み台として空亡木ソラナキの方へ彼女が打ち出された。


その姿を見て、トロールは確信する。

“ここだ”…!!


「(いける…!!!届くッ!!!!!)」


桜は刀を構えた。

彼女は予想していた。必ず、空亡木ソラナキはまだ邪魔をしてくると…!


しかしその邪魔は、予想以上の量だった。


グオォォォオォォォォッ――――!!!


地響きの様な音。

そして地割れが起き、その地獄絵図が完成した。


「ッ!!」


トロールもガメもソルフィも…その光景に唾を飲む。

今まで一番巨大な、押し潰す程の根が…湧き出して来たのだ…!!


「(これは……っ…行けるのか…?いや…!!行くんだよッ!!!)ハァッ!!!【水神スイジンッ!!!!】」


水の龍が妖魔ようまへ立ち向かう。

トロールは感じていた。これは彼女に対処できないと…。

空亡木ソラナキの全力の防御。自身の本体まで意識を伸ばし、根をここまで運んできたのだろう。

その労力は計り知れない。


だからこそ、奴のこの奥の手は…あの龍では向かい打てない…!!


「魔女ッ!!!!」


――だが、“保険”はある。


「何をすれば良いか解るだろ?」

「……いいのね…!」

「勿論さ」


彼は、飛び上がった。

方向が木の入り口に合う様に、調整した。

そして、へ目線を送る。



「【――――ッ!!!】」


「え?」


彼は、自身を犠牲に桃井桜を空亡木ソラナキの中へ

ソルフィの力を駆使し、桜と自分の位置を変える。

【水しぶき】の余力がまだ残っていた、桜はその勢いのまま木の中へ入っていった。


そして、空亡木ソラナキは口を閉じた。

定員は一人だった。

本当ならば、何人かで飛び込んで、彼女を援護したかったのだが・・・仕方ない。


根を目の前に宙を舞う、魔術師。

彼は自分の舞台はここで幕を閉じると…覚悟を決めていた。


が、他はそうでは無い。


「【奥義ッ!!八岐大蛇ヤマタノオロチッ!!!】」


「【生魂せいこん!!たましいの波ッ!!】」


八体の蛇と蒼炎そうえんの波が根を少し押さえた。

アヤメが声を荒げる。


「CDさんッ!!お願いしますッ!!!」


その掛け声の次に、投げ出されたトロールを宙を舞う巨大な影の手が捕らえた。


「…おっと……」


その手は彼を連れ、根の上を駆け回る怪猫かいびょうの背中の上に乗せた。

ボロボロのCDが顔を覗かせ、彼を笑った。


「たく…面倒臭ぇことしてくれたな~?トロール!!」

「……面倒臭いのはあなたでしょう?」


「うるせぇんだよ!!お前がこっそり策を教えてくれときゃぁ、こんな目には会わなかったんだよ!!!」


理不尽である。


「はいはい…解りましたよ………。で、どうして裏切り者の私を助けてくれたのですか?」

「ん?一応、仲間だから」


「……ぷはっ…!!ははははっ!!あなたが言いますか!?」

「うるせぇやい!!!」


猫の上で、いじり合う彼ら。

こんな世界でも楽しそうであった。


ただ。そんな時間は後にして貰おう。


包帯を巻いた、片眼の少年がソルフィの横へ表れる。


「うわっ…!」


「うわっ…て。安心してくれよ……今の敵は君じゃない…“あっちだ”…」


そう言って彼は、空亡木ソラナキの方を見つめた。


「…………そうね。じゃあ、私の友達が帰ってくるまで、時間稼ぎ……頑張るわよ?」

「・・・やっぱ、逃げちゃだめ?」

「だめ」




かげ達は、反逆者らと共に自身らを縛り付けた妖魔ようまへ牙を向く。

妖魔の結界内へ飛び込んだ、桜の帰りを待って、戦いを続ける。


何が、どれに作用するかはわかった物ではない。

ならば、色々試そう。

外界の彼女が戦い易いよう…自分達も、微力ながら抗うのだ――…



                 続く

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