第5話 視線―壱
耳元で気泡が割れた。
口から漏れる空気は昇り、水面へ消えて行く。
目を開けば、水面に反射する太陽光が上に見えた。
「え?」
ここは水中。
「ふがっ!?えっ!!」
桜は驚いた。
縁側で夜風に当たっていたと思いきや、夜空にヒビが走り砕けた光景を見た。
開いた亀裂から巨大な黒い腕が伸びて、ソルフィの方へ駆け出した次の瞬間には、これである。
ブクブクッ…!!と口から溢れ出す気泡。
速く上がらなければと、もがく。
「まずい……っ…息が…ッ!!」
このままでは窒息してしまう。
そう思って慌てていたのだが………?
「あれ?苦しくない…?」
何故だか、水中で息ができる。
自分は魚だったのか?とふざけ混じりで疑問するが、そんな事あるわけ無いと、自らツッコミを入れる。
ふと我に返り、彼女は冷静に水面へと上がって行く。
「ぷはっ」
薄暗い水中から顔を出す。
バシャバシャと水面から上がり、陸地に足を着く。
辺りを見渡すと、全方位田んぼに囲まれた畦道。
春か遠くに若干、モヤ掛かった山が見える。
頭の真上から太陽が照らし、ジリジリと暑い。
「ここは……何処?いつの間にか朝だし……」
不思議な風景だ。
さらに、ソルフィの姿が無い。
キョロキョロと見渡しても、何処にも彼女は見当たらない。
水の中も確認したが、やはり居ない。
はぐれてしまった様だ。
「……ソルフィ」
桜は歩み始める。
―――――――『常しえの
炎陽に照らされ、畦道を進む。
ザッザッ…と自身の足音が反響し、共にヒキガエルの鳴き声が田んぼのあちこちから聞こえてくる。
数十分は歩いた気がするが、景色が変わる気がしない。
何処まで行っても同じ畦道が続く。
「………」
こんな空間に不安感を覚え、緊張感が増す。
ソルフィは無事だろうか。
連れ去られる寸前、聞き覚えのある声を聞いたような気がするが…誰だろうか。
そんな事を考えている内、やっと何か違う物が見えてきた。
「何だ?」
崩れた建物の様な物が見える。
近づいても何かわからない。
蔵?だろうか…。
苔むして木片はボロボロ。変色しており、元の色の判別はつかない。
虫が腐った米俵に集っている。
桜はその寂しげな異様な光景に、立ち尽くしていた。
「……誰も、管理していないのかな…?」
「“ウン”」
「え…?」
ゾクッと…悪寒が指した。
自身の背後から視線を感じる。
誰かの声が聞こえ、その誰かは自分の背中をジーー…っと見つめている。
誰。
妖怪や魔物ではない。人ならざる者。
異様な黒い気配がじわじわと……自分に近づいている様だ。
「―――――――っ。」
声が出ない。
頬を汗が伝い、瞳が揺らぐ。
口を結び、その異様なモノの気配に緊迫感を高める。
どうにか刀に手を伸ばし、持ち手を握る。
息を切らし、自身に「大丈夫だ」と言い聞かせる。
振り向くほか、今の自分には出来ないだろう。
もし、逃げれば…。
「(余計なことを考えるのはやめよう…)」
振り向く。
それが、自分の視界に入ろうとした。
すると。
それを見る寸前、視界を何か布が塞いだ。
「へ?」
「見ないほうがいい。お前さんの為にも……」
今自分の視界は、誰かのマントに遮られた。
その先にいるそれは、何なのだろうか。
この時、記憶に強く残ったのは―――。
『“裏地が赤い黒マント”』
「目を閉じるんだ」
一言。
その言葉通り目を閉じ、息を潜め待った。
それから、数分後。
――――リンッ。
と。小さな鈴の音が聞こえ、それまで感じていた異様な空気は何処かへ消えてしまった。
目を開くと、何も無かったかの様に、謎の気配もあの謎の男性もそこには居なかった。
――誰も居なかった。
「………今のは…?ウッ…!」
その時、頭の中を激痛が通り過ぎた。
それと同時に見覚えの無いはずの景色が映る。
「これ……は…っ?………ッ!!」
木々の隙間から差す木漏れ日。
それを反射する“白銀の髪”。
その人物の腰に差された刀。
自分が持っている物とよく似ている。
『―――――――。』
何か言っている。
耳を傾け、集中してその声を聞き取ろうとした。
だが、そうした瞬間。
その幻にモヤが掛かり、風景が遠のいて行った。
「うぐ…っ………ハァーハァーハァー……。なんだ……?今の……」
畦道のど真ん中。
彼女は膝を付き、息を切らしていた。
そんな彼女を、隠れ見届けていた者がいた――…。
マントを下げ、シルクハットと仮面に素顔を隠したその
「桜髪の少女……。青い瞳…。………何故だろうか?…普通の少女に見えるが、彼女の放つ『気』は…そんな儚げな少女が持つモノには見えないね~。」
パチンッ。彼は指を鳴らす。
その瞬間。桜は別の場所へと、転移された。
広々とした畦道は、妖々とした薄紫の霧が立ち込める長い長い階段へと変わった。
「…っ。景色が…変わった……?」
「お手並み拝見…と、行こうかね」
桜の目の前に表れる、猫の様な大きな黒い何か。
「ニ゛ャー…」とそれは低く唸り、鋭い黄色い瞳を尖らせ、鋭利な爪を立てる。
「妖怪…!」
「キシャー…!」
さっきまで、うろたえていた彼女とは打って代わって、少女はすぐに戦闘態勢を取った。
一歩後ろに下がり、刀に手を据える。
持ち手を握り、少し足を開き構える。
猫は唸り、ジリジリと桜に距離を積めてゆく。
彼女はその猫を目から離さぬよう、集中力を高めその時を待った。
『気を高め、刀へ流す』
「スゥー……ハーーァ――…。」
深く深呼吸をした…。
その次の瞬間。
猫は「シャッ」と軽く鳴き、桜へ襲いかかってきた…!
その巨体からは想像できない程、軽やかに素早く猫は階段を駆け降りる。
猫が迫ってくる、そのタイミング。
桜はその刀を抜いた――。
「――ハッ!」
刀の動きに合わせ、彼女の『気』が水の様に流れ、一匹の『水龍』を形成する。
【■■■■】
「【『奥義』
一瞬の隙に、猫は桜を通りすぎた。
彼の背後には、刀を振った後の桜。
そして彼自身には、いつの間にか出来た一線の切り傷。
「ギャァッ……!!」
遅れて、爆発する様に切り傷から彼女の気の残りが炸裂した。
猫はのたうち回り、そそくさと階段を駆け下り桜から逃げて行った。
あっという間に姿が見えなくなると、彼女は刀を再び鞘に納めるのだった。
「………ふぅ。びっくりしたぁ~…」
力が抜けたのか、段に腰を掛ける。
そして、少し冷静に、現在の状況を整理し始める。
さっきまで、家に居たはずだったが……。
気づけば、畦道の水田の底にいた。
水田はあんなに深く無いはずだが……あれは…?
そして、さっきの異様な何かの気配。
この世界は…いったい?
「あの手に拐われたのか…」
影の様に真っ黒だった、『巨大な手』。
あれに拐われ、気づけばここに連れてこられていたのだろう。
きっとソルフィも自分と同じ状況だろう。
ならば、急いで合流すべきだ。
だが、こんなに広大な異界で、合流するなど不可能に近い……。
敵がいるのかわからないが、敵の目的がもし、自分達ならば―――…。
「この階段は何かある――。」
この先の見えない石段。
この空間の気配は、何かを感じさせた。
この段を登り進めば、何かがありそうだ。
桜は、その歩みを始めた。
その後ろ姿を見つめる、
顎に手を当て、考えていた。
「成る程。気を特有の部位や刀に流し、身体強化などの様々な恩恵を受ける術か…。へぇ~。こんな所で、“あれ”と似た種類を見れるなんて……」
ケラケラと笑い、見つめる彼の視線に気がついたのか、桜は振り向いた。
しかしそこに彼の姿はなく。
「……気のせいか」
桜は何事も無かったかのように、無限に続く階段を登り始めた。
続く
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