第4話 影の道

『これは私が体験した奇怪で不思議な物語だ』



―――――――第二章 かげ―――――――


ある暑い夏のこと。


桜髪の少女は町の古本屋に調ものへ訪れていた。

いつもと変わらない。

記憶のヒントになることは無いかと……様々な本を手に取っていた。

歴史書、観光雑誌、伝記、小説…。


ジャンルは問わない。

何か引っ掛かる言葉は無いか……手に取る。


手探りだ。


「……これも違う」


一言でもいい…。この閉ざされた記憶に…一部でもいいから…触れて欲しい。

そう願っていた。


いつもこうやって、彼女は様々な書物を開く。

いつまでこれを続けるのだろう。

いつまでも…こうし続けるのだろうか?


彼女は疑問にも思わなかった。

止まれなかった。…何故か、少女は永遠と記憶を追い続けていた。

――あの日から。


「……今日も…収穫無しか…」


諦め、ここを出ようとしたそのとき。

あるが彼女の目に止まった――。


「………これは…」


さっきから、そこにあったのだろうか…?

ならば、何故今までこの本に気づか無かったのだろう?


本はその表紙をこちらへ向け、そこに立て掛けられていた。

注目の本だと言うように、それは目立つ所に置かれている。

彼女はこれに気づかなかった。


まるで、それが今そこにいきなり表れたかの様に――。


「……っ」


少女はそれをその手に取った。

墨汁で塗りつぶしたかの様な淡い黒い本。

その表紙には白字で『そら』とそれだけ書かれていた。

小説…なのだろうか?


少女はその謎の書籍を開いた。



目次であろうページには、著者の言葉であろうものが二行。


一行目。



『――これは私が体験した。奇怪で不思議な“物語”。』



奇怪で不思議な……。


怪奇小説だろうか…ただ、この強調され書かれた“物語”と言う言葉が引っ掛かる。


その疑問は、二行目の文で解消はされた。



『――物語…。そう。物語だったんだ。』



まるで自分に言い聞かせる様なそれは、現実逃避の様に思えた。

この小説の人物が体験した、奇怪な出来事とは…何なのだろう…?

桜は気になった。



ペラ…と次のページに移る。

目次は無い。


すぐに“物語”は始まった。



『――ある暑い日。私は古本屋へ小説を買いに向かった。

しかし、めぼしいものは見つからず…私はその店を出ることにした。』


「私と同じ状況だ……」


そう…この“物語”の主人公は桜と全く似た様な状況の様だ。

ならばこのあと…


『――そのとき、ある本が私の目を引いた。つまらない代わり映えの無い書物達の中に…一人私へ目線を送るものがいた。

私を取ってくれと――…』


やはりだ。私の今をなぞる様に、“物語”が進んでいる。

こんな変な状況に違和感を持たずに読み続ける自分に、桜は少し恐怖を覚えた。


だが、読み進めるのは止めない。


この後、私達はどうなるのか気になる…。

心に一度浮かんだ疑問を解消せざるにいられないのが、人間と言うもの。

少女は人間なのだから。その文字を読む。


彼に私に…この本を取った後…何が起きたのだろうか…


その答えはそこにあった。


『――興味を抱き本を読んでいた私に。が声を掛けてきた。』



「……“彼女”…?」


だれ?と疑問が脳を横切ったその瞬間、桜の耳元である音が聞こえた。


リンッ――。


鈴の音だろうか。すぐ近くで鳴らされた。


桜は音のした方を向く。

入り口の前に少女が一人、立っていた。


黒い着物に身を包んだおかっぱの黒髪の少女。


「誰?」


口を突いて言葉が漏れる。

少女は桜の方を向き微笑む。その目は前髪に隠れ見えなかった。


リンッ――。と再び鈴の音が聞こえ、少女が桜の目の前に表れる。

そして耳元で――。


「――宴を止めて――」



「宴…?」


「――今宵。くうに穴が開く」


そう耳元でささやいた行った少女は、気づけば姿を消していた。

そこはに唖然とした桜と、初夏のさわやかな風が残った…。


今だに耳の中を木霊する少女のささやき声と、夏らしい蝉とカエルの鳴き声が気になって仕方がない。

理解が追いつかず、桜はその古本を握り、店を出る。


古本屋の店主に本を見せた所、レジに通せず見覚えが無いようで「処分するつもりだったのかもしれない」と返答で、只でその本をもらい受けられた。


家に帰り、居間でぼーっと考える。

あの幽霊の様な謎の少女の正体。

店主の記憶にも無い本。


そして『宴を止めて』『くうに穴が開く』。

この二つの言葉がずっと引っ掛かる。

すでに、とんでもないことに巻き込まれた様な気もする。


考えても考えてもずっとモヤモヤが晴れず、最終的に携帯を取り出し、別のことに気を回し忘れる事にした。

そんな時、ちょうど着信が入る。

ソルフィからだ。

どうやら帰りが少し遅くなるよう。


「ソルフィ…遅いのか………。」


それから暇な時間を費やした。

空が暗くなり、やっとソルフィが帰ってきた。


「桜?寝てるの?」

「………んぅ?ソルフィ…?おかえり……」

「あ、うん。ただいま…」


どいやらまたガメと出掛けて来たみたいだ。

手に掛けられたカバンには、ぬいぐるみやら美容品やら色々入っている。

これはたっぷり遊んできたようだ。


桜は机に突っ伏したまま荷物を置く彼女を見つめる。

いつも通りだ。


「(なんだろう…この感覚………やっぱりモヤモヤする…)」


桜はぼーっと…黒い本を見つめる。

それに気づき、ソルフィはその本を手に取った。


「なにこれ?」

「小説。古本屋で見つけたの…」


ソルフィはペラペラと本をめくる。

その間、桜は気分転換に縁側で夜風に当たる 。


「………ふぅ…」


このモヤモヤしたよくわからない感情の正体はなんだろうか…。

あの本を読み、あの少女の声…すべてが脳内をぐるぐると渦巻いている。

スッキリとした涼しい風に吹かれ、少女は考える。


うたげを止めて』


どういう意味なのだろうか…。

この『宴』とは、どこのどんなものを意味するのだろうか…。


彼女の脳を巡る疑問は、どんどん大きくなり彼女を『黒く』染めて行く。


ぼーっと見上げる星空はとても綺麗だった。



「桜?」


そんな彼女に違和感を感じる。

ソルフィは不安に思い、縁側に寂しげに座る彼女の背中を見つめる。

その時、ふと開かれた本のページがソルフィの視界に入って来た。


「え」



『――夜風は気持ちがいい。彼女と話してから、私の中にこの黒が纏わりついて、落ちてくれない。』


違和感を感じた。


本の登場人物と桜が…重なって見えた。


「これ……って…」



『――黒は私を離してくれない。黒は口を開いてくれない。黒は――その正体を教えてくれない。

私の心を染め上げ、黒く沈めて行くだけだ。』


――私は黒から逃げられない。


逃がさない。


逃げるな。





頬を冷や汗が伝うのを感じた。

冷たい。寒気がする。悪寒が…身を包む。


視界が黒くなって行く。


「おぇ…っ…」


気分が悪くなった。

手から本が離れ落ちた。


ドタンッバタンッ…と音を立て、本は重たく落ちた。

気が動転してそうな気分だ。


ソルフィは目を震わせ、歯をガタガタと鳴らす。

何が起きているかわからず弱く桜へ声を掛けようとする。


「さくっ――…」


その瞬間、爆発の様な音が轟いた。

地が揺れ、立っていられない。

ソルフィは尻餅を着き、力無くそこに座り込んでしまった。


……腰が抜けた。


「イテテ…っ…桜!?」


驚いて我に帰るソルフィ。

桜の様子を見る。


彼女は縁側で何かに驚いて、ピタリっ…と固まってしまっていた。


「ソル…フィ……」


桜が振り向く。

それと同時にこちらへ駆け出してくる。

必死な表情で、走り出した彼女は何か言おうと口を開き始めていた。


ソルフィの視界には、その桜と彼女の背後から表れた巨人の様な黒い手が入った。


「へ?」


「逃げ―――――――ッ!!!!」



桜が叫んだ。

彼女達の視界は途切れたビデオの様にブツッ…と黒に包まれてしまった。


その微かな間、最後に二人は聞き馴染みのある青年の声も聞こえた様な気がした。


黒の中で水が揺らぎ、気泡が割れた。

静かな空気の音が彼女達の耳に反響し、物語が幕を開くのだった―――。

  

                 続く

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