第13話 影送り―弐
「あぁあ――…可哀想に……。なんて、苦シそゥ…なのでしょう――。」
そう言って、長草の上に横たわる血まみれの桜の前で、
「ハァ――。ハァ――。」と、桜は浅く息を吐く。
「……はぁ……ワタシが、楽にしてあゲます…」
彼女の掌の上に血が集まる。
「楽しかったわ…。さようなら――」
冷たい。
沈む。
沈む。
沈む。
どれくらい経ったのだろう。
底が見えない。
暗く、寂しい場所に彼女は永遠に沈んでいる。
意識があるのか無いのか…わからない。
今、自分が生きているのかもわからない。
ここは、死後の世界なのだろうか?
さみしい。
「だれもいない」
静かで何も無い。
そんな水底で、ある変化が起きた。
「―――音?」
音……この音…。祭り場やしだろうか…。
なぜ。こんな水底で聞こえる筈がない。
「あ…れ……?」
その次の瞬間。
水底から光が見えた。
「―――っ」
眩しい…。誰だ…?
底に…誰かいるのか?
光の方へ手を伸ばす。
底が見えなくとも、すぐ近くに『それ』はいる気がする。
ブクっ――。
「(なんだ――?)」
その光に近づいたからだろうか、水に流れが表れた。
光に向かうように水が流れて、吸い込まれる――。
「うっ……!!うあぁぁぁあ―――――っ!」
気泡が割れて、音がする。
少女は光の向こうへ飲み込まれた。
バシャァァンッ!!!と激しい水の音がした。
辺りが眩しい。
日が差している。
さっきの真っ暗な空間と違い、晴れやかな青空が見える。
森の中だろうか。
近くで滝の音――生き物の声が聞こえる。
私は川の下流で倒れていた。
身体が動かない。視界が少しボヤけている。
「あ?なんじゃ人か?」
誰だ…?
誰かが、こっちに近づいて来ている。
「なっ――!子供!?」
草履と白いダボっとしたズボンを履いた足。
全体的に白い和装に身を包んでいる男性だ。
「ええーっと――!これじゃ風邪引いてしまう…!」
慌てた様子で彼は、肩に掛けた外套を私の水に濡れた身体に掛け、包んでくれた。
そして、身体の力が抜けて動けない私を、その背に背負った。
――暖かい。
そのまま、彼は何処かへ向かっている。
ゆさゆさと、揺れが伝わり、なんだか落ち着いてくる。
この暖かさ、この包容感に私は懐かしさを覚え、眠くなり、その目を閉じた――…。
「…………ぅん…」
しばらくして、私は意識を取り戻した。
目を開くと、見知らぬ天井。
バチっバチっ…と近くで囲炉裏の火が揺れていた。
ここは?
「おぉー。目覚めたか」
その囲炉裏の向こうに座っていた男が立ち上がる。
白い和装と、白銀の髪の男性。
先ほど、私を背負い助けてくれた人だろう。
「あ…」
あれ?声が――
「なんじゃ…喋れないのか?」
え…いや、そんなわけ……。
「あ…あ…っ」
声が…出ない?
「まぁ、いいわい。寒いだろ?ほれ、おじやじゃが…食べれるか?」
目の前に差し出される、炊きたての暖かそうなおじや。
今の状況は良くわからないが、ありがたい。
そのお椀を受け取り、私はスプーンでおじやを掬う。
口に含むと、卵の柔らかい味が広がる。
「――――っ!」
「うまいか?」
「んん!!」
「そうか!そうか!」
いったい、ここは何処なのだろうか。
そして彼は…?
疑問を浮かべた次の瞬間だった。
情景が変わった。
「――え?」
外に出ている。
前方にはさっきの銀髪の男性。
刀を握って、彼は人型を模した巻き藁の前に立っている。
握られている刀に見覚えがあった。
水色……それより薄い、青みがかった刃。
あの刀だ
私が大事にしている刀。間違える筈がない。
「桜よ。良く見とけよ」
少しわかったような気がする。
これは――私の記憶だ。
彼から溢れ出る気が刀に流れていく。
その佇まい。私と全然違う。
立っているだけでも感じる――。
強い――!
「【――“■■■■”――『奥義』!!】」
ピョンっ…と地面を一蹴り。宙を蹴るように軽やかに、且つ素早く、標的へ向かう彼の姿を捕らえられたのはほんの一瞬。
瞬きの間には、彼は刀を振り終えており、藁も斬られたことに気づいていないようだった。
「【――
数秒後、彼の太刀筋上に遅れて彼の『気』が流れる。
それは飛び回る龍の様に、優雅で、豪快。
龍の通り道。龍が動いた衝撃が、藁に流れ、内側から破裂するように溢れた。
「―――っ」
藁が倒れ、その横で男性が刀を鞘に納める。
そんな優雅で、落ち着いた姿に、私は目を奪われていた――。
「――さっ、次はお主じゃぞ!」
「えっ…!?」
彼に押され、木刀を握り、巻き藁の前に立つ。
次は私の番と言っても、見よう見まねで出来るものじゃ無いような……。
「………。いいか…?気を流すとき――胸から手先に掛けて集中するのじゃぞ」
教え方が大雑把!
集中するって言っても……。
だがまぁ、いつも通り…内から気を押し出すようにすれば――。
「――ハッ!!」
気を込めて、巻き藁に向かう。
彼程の速度ではないけど、結構素早く藁に刀を通した。
「【
刀の軌道に添う様に、気の水龍は泳ぎ躍動した。
刀を振った。
しかし、いつもと少し違う感覚を覚えた。
「(――?なんだ?いつもより……力が弱い。気の操作も雑だ)」
違和感を覚え、さっきまで気が流れていた木刀を見つめていると、背後からさっきの男性の笑い声が聞こえた。
「ナッハッハッ!!マジかー!まさか、一目見せただけで、出来てしまうとは…」
あー…そうなんだ。
まさか、あれ一回目――。
待てよ?となると私は……この技をこの人に?
いや、もしかしたら、もっと前から知っていて――…。
「お主、目が良いのだな。完璧――と言うわけではないが、殆どワシと同じように出来ている。」
彼が持っている“これ”も、同じものだとすると、
この人が、私の探している人――。
「しかし……刀を振る寸前。気が乱れていたな。ほれ」
そ言うと彼は、木刀に持ち替え、自分に剣術を打つように私に促した。
少し心配しながらも、私は彼の指示通り、自身の木刀に気を流した。
「―――ハァッ!!」
「――ほっ!」
驚いた。私の木刀が彼の木刀に振れたとたん、滑り落ちる様に、私の重心は彼の足元へ流された。
「へ?」
「ふむ…やはり。当たる寸前、気が乱れて、威力が弱ってしまっておる。異常に受け流しやすかったぞー?」
なんだか悔しい気分になる。
彼の柔らかい声とその気さくな態度のせいだろうか、妙に気が抜けていつも以上に感情が出やすい気がする。
「………何でだとおもう?」
私の口を突いて、言葉が漏れる。
確かに、彼の言うとおり。私の剣術は、アヤメや彼の様な威力が出ない。
今までは、自分の気が少ないからだと思っていたが、彼の言葉を聞くと少し違うよう。
私の質問に、彼はこう答えた。
「簡単な事じゃよ。桜。お前は、怯えている。」
「―――っ」
「恐れておるんじゃ、自分の限界を…。」
限界を恐れている。何でだろうか…そんなこと意識したことは無かった。
「どういうこと?」
「――『気』を失う――『気』を消耗する。それは、どんな生き物でも心の縁で恐れていることじゃ。」
「――■■。『気』って何なの?」
「『気』。魂を核として、円形に覆っている魂のエネルギー。それを材料とし、ワシらは内に秘めたる『力』を具現化させている。」
彼の説明を聞き、おもむろに私は『心臓』の辺りに手を当てた。
手を伝い、ドクンッ…ドクンッ…と心音を感じる。
気の流れは、これと似たような感覚がする。
それはきっと、根本的に作られる場所が同じなのだろうと思った。
「気の使い方を少し変えれば、『気術』。霊気の性質を変化させ特殊な力を扱うことも出来る」
カカオや
気を明確な形に具現化させ、身体能力とは別の力を発揮させる。
「他には、その個人しか使えないものがあってな?それは、人ごとに魂の性質が違うから起こり得ることなんじゃ。」
「――。私にも…出来るかな…?」
「さぁの。それを開花させるのは、人それぞれ――。センスによっちゃ、すぐに使える者とずっと使えずにいる者がいるからの……」
「………」
少しばかり、沈黙が続いた。
私は静かに自身の心音を聞き、思考を回した。
この剣術は、誰にでも使える物だ。
私じゃなくても、アヤメやガメだって…。
でも、もし自分がここで死んでしまえば、妖魔は復活してしまうのではないか…?
あの時のカカオの言い振り的に、私一人の魂でも事足りてしまうかもしれない。
その、かもしれないが重要なんだ。
もしもがあった場合、外の皆に危険が及ぶ。
バサルトやネリネでも、無傷じゃ済まない…。
もしかしたら二人でも――…。
「お前は怖がりじゃな。」
「――うん。」
「………じゃが、怖がりなことは悪いことではない。その恐怖心がお主の力になるからな。」
「…恐怖心。■■は、怖いときあるの?」
「――勿論じゃ」
「………そっか」
心音が大きくなってゆく。
ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ――…。
血管を流れてゆく血液が、青い川のようにイメージされる。
心臓から全身の先の隅々まで、力の
そう思うと、身体が少し暑くなった様な気がした。
「さて、そろそろ良いか――。」
「うん。」
「そんじゃ、
■■は、微笑み柔らかく少し口を開いた。
「――もしもを恐れるお前も、それを望まないお前も…正しい。…じゃが、それで全力を出せなくてはいけない。今お前が出来る全力をぶつけて、それからその先を考えろ。『恐れ』『恐怖』はお前を次のステージに上げる力になる。じゃから――…」
私は彼を知っている。
だって、この剣術〈“
「――怖いと言う感情から逃げてばかりではいかんよ。……勿論、逃げてしまっても良いときもあるがな…?」
にへっ…と笑う■■の表情が強く脳裏に焼き付いた。
『「…うん。わかったよ――…師匠」』
葉の隙間から差す木漏れ日に、私は包まれる様に、水底から押し上げられる。
水面に反射する、目映い光が、暖かくも厳しいく私に力をくれた。
一度沈んだ意識が、再び吹き返す――。
「――っダァッ!!」
「!?」
いきなり飛び掛かってきた桜に
「――グッ!!離せっ!!」
妖術や気と言った力は強くも、素体はただのいたいけな少女。
気で身体能力を強化している桜には力差で負けている。
「ただの生け贄風情がぁッ…!!」
身動きが取れない少女を手助けするように、真紅に染まった根が桜へ向かってゆく。
「――【水しぶきっ!!】」
高速で地面を抉り貫く
自分の目の前から消えたと思った、桜髪の小娘が遠くに刺さっていた刀を再び手に取り、自身の核へ向かってゆく姿を目にした
「ッ!!待てッ!!!【
紐状の血の塊と真紅に染まった根が核へ向かう桜を追う。
がしかし、何故だか彼女にはどれ一つ掠りもしない。
それどころか、根を足場に利用されて核へより近づかれてしまう。
「(何故だ――!先程の彼女からは考えられない瞬発性…!!あの気の消費量ならば、そのうち自滅する筈では…っ!)」
少女は信じられないものを目にしているかのように、根の上を掛ける桜の姿を見ていた。
それもその筈。
今の桜は、
今の桜は、限界など恐れること無く、その身体が崩壊するその時まで力を振り絞り、自身が今やるべき使命を遂行する。
「―ふザけルナ…ッ!!」
顔から怒りの色以外消え去った彼女は、その掌で再び赤い星を作り出し、桜へ向ける。
「【――
天空から落下する赤い流星群。
大地を埋め尽くす触手の様な紅い根と共に、その空間を地獄絵図へ再び作り替える。
それと共に、宴をしていた怪異達が近づいてくる桜に気がつき、喚きながら襲い掛かってくる。
「ッ――!!(多いっ!!この密度、明らかに焦りが見える…!――止まるなッ!!!)」
先程とは異なる攻撃性が剥き出しになり、妖魔のその心情が察せられる。
大量の赤に桜は怯むこと無く集中力を高め、刀を構える。
「【
彼女の
今までと同じく、龍を模した気は桜を包み込み、荒れ狂う波のようなその衝撃が、根や怪異に牙を向ける。
だが、今までと少し違うのが、その威力だ。
記憶の奥地で出会った、桜が『師匠』と呼ぶ男性。
彼の言葉によって、今、彼女は力にセーブを掛けていない。
彼女自身も自覚していなかった真価。意識外に封じ込めていた彼女の潜在能力。
その封印が解き放たれた今、未復活の妖魔はその
龍は咆哮を上げ、その牙や鱗を武器に桜に迫る脅威を薙ぎ払う。
「【――
「なっ――!」
気が付けば、無数の怪異も血濡れた根も、赤い星も、龍が次々と飲み込み、その場から消え去った。
桜のスピードは落ちること無く、
が、それは桜に届くことは叶わず、
彼女は最後の手を使わずにはいられなかった。
「――くっそぉ…!【血結びッ!『死体舞巫女』】」
彼女の背から伸びる血のコードが
確実に動きが変わった彼女に桜は警戒を強めつつ、そのスピードを落とすこと無く、次の攻撃に備えた。
そんな中、核と接続した彼女は核から直に、気を接種し、そのエネルギーを何かに変換していた。
「【『
彼女の頭上に血が収集し、巨大な血の球体を作り出す。
球体はどんどん大きくなり、より丸く形を成してゆく。
「………【“血月ノ印”『終式』真球】」
完成した巨大な血の球体は、完璧な球を作り出し、その空に存在している。
これは、
その質量、出力は、
当たれば、人溜まりも無いのだ。
そう、当たらなければいい。桜もそう思って、あの球体が届かないだろう経路を考え、動こうとしていた。
だがしかし、
球体がいきなり回転を始める。
回転は徐々に速度を上げ、球体が熱を帯び始めた。
回転で付与された重量・風圧・熱を力に変換し、球体の速度を上げさらに出力を上げた。
「(これはっ…不味いんじゃ――)」
桜の畏怖した通り、その巨体が高速で当たれば、逃げきらないのは勿論、衝突した時のエネルギーも凄まじいだろう。
逃げることは出来ない。
「(っ…ダメだ!止まるな…!足を止めるな…!!止めたら死ぬ!この刀を握れッ!!力を…振り絞れ――!!!)」
再び脳裏に過る恐怖に、桜は集中力を削がれていた。
気が乱れ始め、さっきまでの勢いが落ち始めた。
龍の勢いが圧倒的に落ちている。
桜の心の乱れが目に見える様に分かる。
これでは――…。
「(まずい…っ。速度が落ちてる…!これじゃ、踏み込みが足りない!!もっと出力を上げなきゃ…!間に合わない…っ!!)」
熱を帯びた血の球体は空を切り、熱波を放ちながら桜の目の前へ迫っていた。
「―――ッ!!」
彼女に残されている時間は僅かも無い。
急いで打開策を見つけ、すぐ実行に移さなければならない。
そんな短い時間の中、桜の脳裏を走馬灯の様に記憶と考えが巡る。
『師匠』の言葉。『カカオ』『トロール』。
―――『アヤメ』。
その時、桜は『
『お主、目が良いのだな。完璧――と言うわけではないが、殆どワシと同じように出来ている。』
『まさか、一目見せただけで、出来てしまうとは…』
目が良い。一目見せただけで――…。
出来るのか?
もし、出来るのなら……。
彼女の“あれ”と合わせれば、もしかしたら、出力を補えるかもしれない。
「――やってやる…ッ!!」
そうと決まれば桜は動き出す。
完全にスピードに任せたいたさっきと少し構えを変える。
「………スゥ――――。ハァーー…。」
――『同じ剣術』――
同じでも、少し違う。
なら、剣術ごとに重視している場所は違う筈だ。
「【
気が集い、水の龍と共に、彼女の周りに八体の蛇が表れる。
「【“
蛇と龍が合わさり、球体へ飛び立つ。
その彼女の行動に
「(…は?いったい何を?血迷ったか…?)」
だがしかし、その考えは彼女の刀が自身の血塊に当たった時に吹き飛んだ。
刀が当たったとたん、『真球』は爆発を起こさなかった。
それどころか、火花を散らして、彼女の刀が『
「(――――――ありえない。わ、私の『真球』があんな小娘に…!)……あんたに打ち破れるわけないじゃない!!」
“普通”はありえない。
桜もそれは承知の上だ。だが、もしも打ち破れるとすれば……試す他無いだろう。
可能性が低い。無駄な足掻き。非合理的な行動。
そんなものは、彼女が諦める理由にはならない。
だから、合理性で動く
『勝利』に、理由など要らないのだ。
「―――ハァァァァァァァアッ!!!!」
「ッ!?やめ…!待って!!」
アヤメと比べれば、『桜
彼女の様な性質の気では無いし、彼女ほどの出力は出ない。
でも、今はそれでいい。
今は『
桜の龍に沿うように、巻き付き並走する。
青色の閃光が火花を散らし、赤黒い球を貫通する。
熱を帯びた血しぶきと、大蛇の中から、飛び出すように表れた龍が、『
一瞬にして、龍は宙を舞い、一線を描きその
「――へ…?」
「グォオォォォォォォオ――…!!!」っと、地響きの様な呻き声と共に、核から気が大量に溢れ出す。
桜が切り裂いた『真球』も遅れて爆発を起こし、二つの衝撃波が決壊内を満たした。
それに桜も飲み込まれ、何処かへ流され、消えてしまうのだった――。
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