第3話 お茶会

時間は午後に差し掛かる。

日に当たる城のバルコニー。

そこに、お茶会用のテーブルと椅子が並べられ、お菓子とお茶がずらりと並んでいる。


それを前にし、桜は苦笑いくらいしかできなかった。


「…えーっと……」

「ん?どうした?無くなるぞ?」


と言いつつ、バサルトは次々とケーキやクッキーを取ってゆく。

「ふがふが」と口に頬張る茶菓子達のせいで、大王の言葉は何一つ聞き取れない。


そんな彼を見て、銀髪の少年は文句を言えずにはいられない。


「…って言いながら、大王がバキュームみたいに次々と取ってんじゃん…」


彼の名は〈メイチュ〉

ネズミの様な耳を頭に生やした、銀髪の少年。

この城の司書である。


と言っても、常に大図書館にいるだけで、司書の仕事あまりせず、図書館内の本を読み回っているだけである。


「……桜が読んでいる本は…どんな内容なの…?」


メイチュは桜の方を向き、本を指差す。

その動きと共に、彼の背丈程もある銀色の長髪がゆらりと彼の身体を伝った。


その容姿は少年…と言う程には幼く見え、少女の様にも思えた。


初めて彼にあった時、性別を見間違てしまったが無理もないと思う。


彼の質問に、桜は本のページを二人に見せ、説明する。



「色んな国の歴史とか伝承…。まだ私が行ったこと無い国を重点的に調べてるの」


「色んな国……。どんなことが書かれてんだ?」


バサルトは興味津々に本に顔を近づけ桜に聞く。

桜はページをペラりと巡り、彼に見せる。


例に上げられたのは『黄楽こうらく』と言う国。

海を跨ぐが、桜花ここから比較的に行きやすき国だ。


その国の伝承。



「黄楽には鬼が住む鬼ヶ島があったんだって。それで…。その昔、悪さをする鬼達を当時の王殿が退治したって話…。」


「へー…鬼。見たことねぇや」

「妖怪の中でも希少な種族だね…。昔話しや書物の中でしか存在を確認できない伝説の妖怪だ。」


「その他にも。この『夢夜むや』って国。」



次に開いた国は星空の絵が添えられた国のページ。

夢の国と呼ばれる『夢夜むや』。

その国の深い全貌は知られてない、リゾート地として大人気の地。


望むことは何でも叶う、まさに“夢の国”と訪れた人々は口を揃えて言うそうだ。



「夢夜かー…。確かそこの姫さんには会ったことあるぞ。なんかフワフワした変わった人だった。」

「そのお姫様………確か歌姫とか呼ばれる世界的な有名人のはず………」


「あはは…。さすが大王……」



「んで…『夢夜』は何があんだ?」


「え?…んーっと……『…?伝説?』」


その言葉に二人は「巨人?」と声を揃えた。

鬼や唐笠お化け等の妖怪、リザードマンやゾンビと言った魔物は良く聞くのだが、『巨人』などはここらでは余り耳にしない。


「巨人…つーと…。デカイ種族?」

「そうだね…巨人族は全般的に、体長50m超えの種族で、戦闘に不慣れな人物でもパワーは凄まじく、鉄製の壁なら軽く破壊できるらしい。」


「へー…凄い……」

「そんなに強ぇのか…」


「ただ、『夢夜の巨人』に関しては…その様な記述は無かったはず……。あの浮島を作ったのと何か関係があるのか………」


メイチュはぶつぶつと何かを推理し始めたようだが、バサルトはそれに興味は余り無いようで、紅茶をゴクゴクと飲み干した。


ティーポットを手に取り、空になったカップへ紅茶を注ごうと傾けた。

しかし、気付けばティーポットの中は空になっていたようで、彼は「あ」と声を漏らした。


「…ネリネ~。お茶~!」


彼の呼び掛けを耳にし、城の中からメイドが一人出てきた。


青を基調としたメイド服に身を包んだ高身長、茶髪のウルフボブカットの少女である。



彼女は有無を言わず、素早い手付きで、テキパキと新しいティーポットに変え、茶菓子を並べた。


「大王様。食べ過ぎはイケませんと……いつも言ってますよね?」


彼女の指摘にバサルトは手を止め、「ガハハ~…」と苦笑い。


「……はぁ。今日は特別ですが、明日からのティータイムはほどほどに…」

「は、は~い……」


そう言って彼女は、空の皿を片付け城の中へ戻って行った。


「大王~?」


「なっ…あいつの飯が美味すぎるからだ!」

「だからって…毎日、この量のケーキとお茶は…やばいよ~?」

「ま、毎日は食っとらん!!」





それから、一時間程経っただろうか。

日当たりの良いバルコニーで、桜はポカポカ陽気を浴びながら優々と数々の国について知っていった。


少し顔をしかめ、ページを進める桜。

そんな姿を見受けた大王は、ふと口にする。


「いろんな国見て思うけどよ。」

「ん?」


「…………うちの国って…地味だよな?」


「へ?…そうかな?……良いところだよ?」


「それはそうなんだけどよ……。」

「要は…他の国には、すごい伝説や、物品があるのに比べて…ってことでしょ?」


「その通りだよメイちゃん!」

「メイちゃんやめろし」


「………でも、ここに残ってる伝説と言えばさ…」


桜はそう言って、あるページを指した。


壁画の様な絵が描かれた、見開きのページ。

中心に立つ、赤いローブの男が周りに14本の剣を携え立っている絵。


「これは……あー!『“英雄伝説”』か!」


「そう。14本の剣を携え、世界中に散らばる凶悪な妖魔ようま達を退治した英雄の伝説。」


「…でも、それって他の国にも広まっているやつじゃなかった?」

「…あはは……確かにそっか。……でも、この伝説…好きなんだよね」


「…剣…な…。」




話は続き、気がつけば日が暮れ始めていた。

うっすらと一番星が見え始めた、黄昏色の空を見上げ、ため息混じりに声を漏らす。


「うぁー…っ。結局、収穫なしだよ~っ……」


「あははっ…まぁ、だよね~」

「うちの図書館はでっかいからな~。その種の本を探すだけでも骨が折れる」


「ふふっ…。ぼくは大図書館内の本、すべての内容を記憶しているもんね~」

「…いや、だからお前を司書にしたんだが……」


「ふぅ…そろそろ、本の内容だけじゃ…難しくなってきたかな~……」

「ん?なら、実際に行ってみりゃいいじゃねぇか?」


「そうしたいのは山々なんだけど……。黄楽や夢夜は船や飛行船を経由するし……それ相応の機会がないと…訪れることすらままならないんだよねー…」


そう。

今までの桜が訪れた国は大体、陸続きのもの。


それと反し、『黄楽』はこの陸地から大きく離れた別の大陸の国。

さらに、『夢夜』に関しては、その権利がなければ訪れることも不可能な国である。



「……もし、どこでも行ければ…」

「じゃあ、“天月あまつき”にでもなったらいいんじゃないか?」


「……ん?天月あまつき?」


「おおん。これ」


そう言ってバサルトは、懐から携帯を取り出し、画面をこちらへ向けた。

その画面に映されているのは、何かの募集要項だろうか?


天月あまつき』。確かに、そこにはそう書かれている。


「…なにこれ?」

「あ?知らないのか?」

「……うん」


「えーっと…天月あまつきはなー?…何かこう…凄いかっけぇやつだ!」

「ん?」


言葉足らずの説明に戸惑いを見せる。

自分から言い出したものの、上手く説明が出来ない大王の姿にメイチュはため息を漏らし、口を挟む。


天月あまつき…。各国で起こっている、“怪異”および、その他、『“怪事件”対策組織』だ」


「怪事件対策組織……」



「……人や妖怪、魔物を襲う正体不明の怪物。“怪異”。それらの被害は、数百年にも及ぶ程前から、途絶えることはなかった。」


桜から本を受け取り、彼は続ける。

ペラり…と禍々しいあるページを開いて。


「『感情』…『心』…。怪異やつらにそれがあるか不明で、その行動原理も不明。わかり会えない……すべてが正体不明。そんな奴らを退治するべく、ある男が建てた組織。」


携帯端末の応募要項が、桜の目に止まる。



――仕事内容――『怪事件へ派遣。詳しい内容はその場の現場監督から説明あり。』



「…奴らの目撃情報…その他、被害状況を元に、『怪異退治』の仕事が設けられる。」


「おうっ!だいたいの怪異は骨のない雑魚ばっかで、楽な仕事だぜ」

「まぁ、バイト程度なら危険度の高い仕事はあまり来ないと思うけど…」


「信頼を上げてけば、そのうち他の国への派遣もあるだろうしよ。……もし、簡単に入国できる機会と権利が欲しいなら、お前にはぴったし、だと思うぜ?」


気づけば空は暗くなっていた。


「……そんな速く決めることじゃないし、今日は家に帰ってゆっくり――」


「………良いじゃん」


「…え?」


「良いじゃん!それ!!」



ガタッと、椅子から立ち上がり前のめりにバサルトの顔を見つめた。


「エーッ!!?」


メイチュはその光景に目を丸くしていたが、バサルトは予想通りだったのか、歯を見せ笑っていた。


「ちょっ……ちょっとまった!この仕事、結構危険多いし。もっと慎重にさ…!!」


「考えたよ!考えて、決めた!!剣術は…まだまだ未熟だけど、ズブズブ時間潰すの性に合わないし。」




「ブァーッハッハッハッハッ!!!……お前ならそう言うと思った!!!」




大王も椅子から立ち上がり、腕を大きく広げ大笑い。

この空気感が段々つらくなってきたのか、メイチュの表情が曇り始めていた。


「じゃあ、やるんだな!!!」

「…うん!」


「…………やった!これで相棒と仕事できる…!!」

「おーい…聞こえてるぞー……」




「で?申し込みたいんだけど、どうしたら良い?」



「あー…。それなら、オレの方で上の奴に連絡しといてやる」



「…私からじゃなくていいの?」


「あぁ。…こう見えてオレ、ここの組織じゃ、中堅くらいの立場なんだぜ?」

「……国の大王が中堅くらいって…なんとも言えないけどねー…」


「へぇ。じゃあ、お願い」


「おう!連絡取れたら、また伝える!」






そして、桜は城をあとにした。


星が輝き、月が照らす夜空の下を、桜髪の少女が刀片手に歩み行く。


「……怪異…か。」


そんな彼女の背中を見つめる黒い影。


暗闇は、“彼ら”の領域。


ある怪異が目を光らせ、暗闇から彼女を狙っている。


「キキィ――――ッ!!!」


甲高い怒号と共に、闇から飛び出す一匹の怪異。


その奇襲に合わせ、刃は抜かれた――。



少女に飛びかかった怪異の頭は、気づけば宙を舞っていた。


ベタッ…と地に堕ちた怪異の視界には、月光に照らされ、青く輝く『薄花色の刃』が見えた。


その刃を見つめると、彼女の記憶にはいつもボヤが掛かっていた。

濁った誰かの声。夢に見る顔の見えない男性。


「………誰…?」




誰だか覚えていないその人に、彼女はいつも突き動かされ、今に至る。

その足跡を追い、その先に何が待っているのか、誰もわからない――。




        ――『お茶会』――








―――――。――――――。



 

「あー…。もしもし?オレオレ…バサルト。………前話した…例の…。あー…!それそれ…そいつの話しなんだがな――」


                続く

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