第8話 アヤメ
「なっ…え?……桜?」
土煙の中から表れた少女は桜に瓜二つであった。
髪をおろした黒髪の長髪…赤い目。色違いの桜が彼女達の前に立っていた。
桜の刀が彼女のガラスの様な刀と交わる。
「……っ!君は…?」
「桜にそっくり!!!髪おろしたら、ほとんど一緒じゃない!?」
ソルフィは驚いているのか喜んでいるのかわからない声で叫んでいた。
「あー…そうだねっ!」
桜はソルフィに軽く返し、襲い掛かって来た少女を押し飛ばした。
「そうだねって…!もうちょっと驚きなさい
よ……っ!?」
その瞬間、ソルフィは背後から肩を掴まれ、口を押さえられた。
「んんっ!?」
「っ!ソルフィ!!」
背後は壁だ…。その壁から黒い水の様なものが表れて、その中から誰かが顔を覗かせた。
その姿は…顔の半分が
「……アヤメ~。この子は私がやるね~」
「…はい。」
「っ…!!待て!!!」
桜がソルフィを助けに足を踏み出した瞬間、アヤメと呼ばれた桜似の少女が桜の目の前に…。
「っ!?(早…っ!)」
ガンッ!!!彼女の刀は構えた桜の刀に大きくぶつかり、桜は思わず後ろへ飛ばされてしまった。
「んんーっ!!」
「じゃあね~~」
ソルフィは水の中へ引きずり込まれた。
そしてその水は壁の中に溶け込む様に消えてしまうのだった。
「……!ソルフィ…!」
桜は彼女の方を見た。ガラスの様な
そんな彼女が口を開いた。
「
その質問へは答えずに、その青い
コツ…コツ……と彼女は階段を下りてくる。
その度に桜の緊張感は上がって行く。
「…………っ」
「…お覚悟。」
その瞬間、桜の視界から彼女が消えた。
気づけば、彼女は桜の背後から刀を振りかぶっている。
「っ!?」
ガンッ!!!刀をぶつけ、彼女を弾き飛ばした。
「…!!(なんだ…?いつの間に後ろを取られた?)」
少女は階段に着地した瞬間、屈んで何かの構えを取った。
「っ…!(あれか…!)」
「……【奥義…
アヤメはそこから消えた。桜が後ろへ視線をやると、彼女が背後にいた。
その刀が横に振られ、桜の首をかっ切ろうとしていた。
桜は
「……っ!!(危なっ!!)ハァッ!!」
桜はその
「【奥義!!
水を
飛んでいった水を彼女は刀で切り裂き、水は弾けてしまった。
「……(なんだ今の…!目に見えなかった…!瞬間移動でもしてるのか!いや…にしては何か引っ掛か…)」
考え事など、している暇など無い。
「…【奥義…
少しでも思考を巡らせているうちに、少女は桜の背後を取り…その刃を振る。
「(っ!!!また…!!!)」
そこから離れて避けたり、刀で防いだり…そんな間も無い。体勢を低くして、その軌道からずれるしか避ける方法が無い…!
「ッ!!」
長い密編みが当たり、髪留めがほどけてしまった。
「(あぁもう!!間に合わなかった…!!)ハァッ!!【
そのまま後ろへ刀を振り、アヤメを遠ざける。
「ハァハァ…!(危なかった……!てか…こいつがさっきから使っているのって…奥義!!)」
「……気づきましたか?
謎の少女、アヤメは…桜と同じ
何処をどう取っても彼女達は似ていて、まさに
「ですが…。あなたと私……違う所があります。」
コツ……!赤い
彼女が歩む度にリンッ…リンッ…とガラスの刀が答える様に
その
「…………っ」
リンッ………。彼女は歩みを止めた。
「……私とあなたの…殺意の違いです。」
………っ!急に空気感が変わる…!自身の視野が
桜は彼女の赤い
「ッ!!」
その瞬間には、アヤメは刀を振っていた。桜から離れた位置でその
すると、どうだろうか?空気が切れ、見えぬ
「【奥義…
無数の見えない
その
「(やば…っ)……ッ!!!」
思考を巡らせている暇もなく、桜は必死に刀を振った。
身体を傷つけながらも、いくつかの斬撃を切り落として行く。
しかし次の瞬間。
「【
その
「(…!!まずい!!また、後ろに…!!)ハァッ!!【
だが…全く持って、その手応えは無い。
切り裂かれた、彼女は血を噴き出すこともなく…
「…!?(うそ…っ!
戸惑う桜…。消えた彼女は何処へ?と思う間もなくその
その
「【奥義…
「………!!【
「【奥義…
彼女が振った刀は巨大な
「ウッ!!(なに…!?これ…!!!)」
その一撃はギリギリの【
バゴッ!!と音を立て…
その時…水の中へ引きずり込まれたソルフィは目を覚まし、口を開いた。
「ブクブクっ!!(桜っ!!!)…んんっ!!」
空気が
「んんっ!?(ここは…水の中…?)」
辺りは薄暗く冷たい…水の底だった。
足は着かず…段々、自分が下へ沈んでいっている事がわかる。
とりあえず…明かりを灯そう。
「ブク…ッ!!(【
手のひらの上に
光は小さくも水底を照らし、ソルフィの視界を安定させた。
「ブクブク…(…これで明かりはオッケー…。水中での視野とか呼吸は魔法でどうにかできるけど……。水中での移動はフィジカルも必要なのよね~……)」
そう…ソルフィは
困ってしまい…水底へと段々と沈んでいると…自身の上に何かがいるのに気づいた。
「ブクッ!?(誰ッ!?)」
見上げる。そこにいたのは自身を引き込んだ、
彼はじー…っとソルフィを見つめていた。
「ブクブ?(なに?)」
ソルフィを指す。…そして。
「―肩。」
ソルフィの肩が何かに射ぬかれた。
驚いていると、次々と彼は指を差して言葉を連ねる。
「―足。―手。」
その言葉と同じ場所に
「(いっ…!言った場所と同じ所に何かが…!?)」
「……―目。」
目。この言葉……この場所に何かが飛んでくる事が予想される。さすがに…それはまずい…!!
「ブクブッ!!(【チェンジッ!!】)」」
「…お?」
ソルフィと彼の位置が変わる。
「おっと…―耳。」
「(へ?)」
彼は入れ替わった先のソルフィを指差した。
バンッ!エルフの長い耳の先端に何かが当たる。
「(イッタっ!くっ!)」
ブクブクっ!!と気泡が上った。
小さな傷口が開く。傷が小さくともその痛みは
先が
歯を食い縛り、その痛みに耐える。
少年はそんなソルフィを淡々とした、冷たい表情で見つめている。
「あーあ…。なんで、そんな必死になる必要ある?……痛みに耐えるより…ちゃっちゃか楽になった方が良いのに。」
彼はまた、ソルフィを指差した。この動きずらい水中で…どう戦えば良いのだろう。
薄暗い水中に赤い血が溶け込み…水は濁り始めているのだった。
そして桜だ。彼女の方にも危機が迫っている。
壁に強打し、頭がふらついている。
「あっ……え…?(間に合わなかった…?斬られて………いや…ギリギリ出した
何もわからない。頭は回っているが、視界は良く見えないし全身の痛みも凄い。
「(…てか…動けないな…。あー……これ…
コツ…。
「(…やばいな…。動けないし…痛いし……視界もぼやける………)」
コツ…。コツ…。音が近くなる。
「(…ソルフィは……そっか…そっちも探さなきゃか…………)……はぁ…」
胸に溜まった息を振り絞る様に吐いた。
コツ…コツ…。コツ…。目の前まで足音が来た。そうして、やっと彼女の刀が見えた。
「(……………)」
「
「……(……わからない。)」
声が出ない。動けない。口が開かない。
「………私たちは…何のために戦っているのでしょうか…?」
「…………(…私は…誰を探しているの…?)」
腕に力が入らなくて、刀を握れない。今さら気づいたけど、結構切り傷がある。多分…無数の
「私は…何の為に戦ってるのでしょうか。こんな…殺意しかない奥義で……。こんな…血に汚れた手が…何を守れる?」
自身の手のひらを見つめていた。その瞬間のみ、彼女の声が
段々、意識が
目の前の彼女は手を握りしめ…刀を持ち直す。
そして振りかぶった。
「……無駄…話しでしたね……。…お覚悟…っ」
その瞬間…桜の命に
走馬灯の様に世界が一瞬だけ遅く見えた。
死を覚悟する。
「(あー……私って…何がしたかったんだろ…)」
何か…声が聞こえる。
―『桜?お主は…奥義をどう思っておる?』―
男性の声だ。おじいちゃんと…言う程でもない…若い青年の声だ…。
あなたは…何で私にそんな事を聞くの…?
―『ただの武器に過ぎぬか?それとも…』―
わからない……けど…あなたと私を………繋げる物じゃ…ないかな…?
ぼやけて見えたのは、温かい太陽の光と…誰かの顔。白髪の…………あなたは……誰?
―『……忘れるでないぞ?奥義はな…敵を
「………っ!」
目を見開く。振り下ろされたガラスの刀が自分へ近づいて来ていた。
必死に身体を動かし、彼女は階段を転がって行った。
アヤメの刀は壁を切り裂いた。
「………?なに?」
そこから動いた桜を見る。彼女はふらふらでありながらそこに立っていた。
そして…アヤメへその刀を向ける。
「…(…まだ、手段はあるよね……。私はここを越えて…また…あなたを探すよ……。)」
アヤメは驚きを隠せずにいて、声が漏れた。
「何で…動ける…」
そんな問に桜は透かした顔を作り、笑う。
「……私はー……覚悟かな?」
「(……どうして…諦めてくれないんですか…。これじゃ…私が……!)」
―『おまえにはそれしか、才能が無いからな』―
「ッ!!アァアアッ!!!」
彼女は叫び、刀を振っている。
「…(まずは
桜は必死に防いでいたさっきと打って変わって流れる様にその
次にアヤメは桜の背後に表れる。
「…!ハッ!」
その流れのまま、桜はそのアヤメを斬った。
案の定、アヤメは消えてしまう。
「(…
動きはさっきと同じだ。
「【
あとはこれの対策。
「ッ!!ハァッ!!」
なんと桜はこれを何も
いや…
「ッ!?」
アヤメの刀が当たっている一点にのみ、力が集中している。これは……
「【奥義…水しぶき…!!】」
力が解き放たれる。その力が彼女を弾き飛ばし、
「(そんな…バカな…!)くっ!!【
もう、同じ技は効かない。そう察したアヤメは消えて表れを繰り返し、桜へ攻撃を仕掛ける。
しかし、その猛攻を桜にはいとも
どこから攻撃しても、彼女は刀で全てを弾いている。
「(あの人の言葉か忘れたけど…言っていた。)」
―『奥義は
その言葉のおかげだろう…彼女は【
あれは…ただの高速移動。動きが読めれば防げしまうのだった。
「(目が慣れてきたのかな……あの子の動きが…目で見える…!!)」
ガンッ!!!アヤメの攻撃は桜へ届いていない…!
「(なぜ…!!なんで…!!!)ハァァッ!!!!」
桜の周りに何にもアヤメの姿が…
【
桜は身体ごと回し全て切り裂く。
アヤメ本人は
「【
桜は素早く刀を持ち変え、アヤメの刀を防ぐのだった。
「(…逆手持ち…!)」
「【……水しぶき…!】」
宙へ弾かれたアヤメは取り乱していたせいか…さっきより…無防備だった。
「あっ…(…あれ?この人の
「【
ガンッ!!!と音が
「っ…!(……手加減された…!あのまま身体に当たっていたら……私は……)」
息が少し荒い…。桜はまっすぐな眼差しで彼女を見ていた。
「(手加減……された…。)」
桜の目を見る。
「(どうして……そんなまっすぐな目が出来るのですか………)ハァ…ハァ……」
アヤメは桜の目を見つめることが出来ない…。
彼女からすれば…眩し過ぎるのだ。
「(そんな目を…しないで……っ!…やさしくしないで…。手加減しないで……!!……私に似ているあなたが…輝くほど…私は私が惨めになる…)」
光がある場所に
その光が強ければ強いほど…
彼女は桜の
「(私は
―『アヤメ~?』―
「……?」
やさしい…女性の声だ。
(カカオ…様……)
温かい風景が広がる。光が当たって温かい縁側で二人はお茶とお茶菓子を楽しんでいた。
『アヤメはさ~…自分のこと嫌い過ぎない?せっかく、第二の人生なのに…
『……。カカオ様は知っているでしょ?私のこれを…』
アヤメは自身の手のひらを見る。彼女にはその手が真っ赤に染まった姿がフラッシュバックしていた。
『…これは人殺しに特化した奥義…。これを使って何人も手に掛けてきた私は……』
『アヤメ。』
カカオの声が彼女の言葉を
『私はね…悪人でもやり直すことは出来ると思うの。いや性善説とかでは無いのよ…?どんな人だって…気持ちさえあれば…』
『カカオ様…。私が許させるわけが…』
『アヤメ。許される許されないなんて話しはしていないわよ。私はやり直すことが出来るって…話しているの』
カカオの顔は一段と真面目だった。
『人はやり直そうと言う気持ちがあれば…いくらでも出来ると思うの…許す許されるはその結果しだい…。諦めるなんて気持ちは…なしよ?』
『………はい…。』
そう言うと、カカオはニコッ!と笑う。
『あとね~!奥義って沢山の
『は、はい…?』
『あれは…全部ね、同じ人が同じ用途で作ったんですって!!凄くない!?』
『………本当にそうですかね…?』
『絶対そうよ!!』
プンプン!と頬を膨らませる。
『あはは……』
『じゃあ、約束しましょ!』
カカオは小指を立てて、差し出した。
『え?』
『ほら!』
指を結ぶ。
『んじゃ…これからは、ネガティブな言葉も自分を責める言葉も…使っちゃだめ。使ったら、その日のおやつ抜き!』
『………はい?』
―『じゃあ!ゆーびきーりげんまん!嘘ついたらハリセンボンのーます!』―
「……っ!カカオ様…すみませんでした…!」
刀を
「私…またうっかり…。これじゃ…今日はおやつ抜きですかね…?」
立ち上がり桜と目が合う。
アヤメは桜の目を見つめ、止まっていた。
「…?(なんだ?)」
そして、口を開く。
「スゥー…。
「っ!?」
「我は
彼女の覚悟を見たい。彼女がなぜ、こんなにも眩しいのか……私も彼女と同じに…と。
一人で結論が決まったようだ。
桜は急なことに目を丸くしたが…。すぐに口を開き…。
「……私は…
二人の少女が刀を構え、目を合わせる。
ガラスの刀と
見た目が似た、全てが違う二人は…その刀を交え、自身をぶつけ合うのだった。
刀を構える。
「…【
アヤメの妖気は八体の蛇の様に見えた。
対する桜は青い水の様な龍…。
「……【奥義…!!】」
(
「っ…【―秘伝―
「【
八体の蛇へと、一体の水龍が挑む。
互いの刀がぶつかり、風が辺りを吹き飛ばす。
「っ…!!これは…!」
桜はアヤメに押されている様だ…
「ハァァッ!!(全部乗せる…!全部…!!)」
「ぐっ…!(まずい…!…やってみるか…!!!)」
桜は刀を押し込む。
「【奥義…水しぶき!!】【奥義!滝登り…!!】【奥義ッ!!水落としッ!!!】」
「っ!?(奥義の重ね掛け!?)」
彼女の刀が重くなって来た…!
さらに衝撃波が流れ、辺りの
「(いくぞ…!!)ハァァァァァッ!!!!」
「ハァァァァァァァァァァッ!!!!(私は…私は…!!!)」
ピキッ…
刀にヒビが入った。
「っ!」
ッ!!!アヤメのガラスの刀が折れた。
「はっ…」
「ハァァァッ!!【
……………。
―私はそれしか才が無い。―
雨が振っていた日だった。
ドサッ…。ただの肉片になった男が倒れた。
『キャァァァッ!!人殺し…!人殺しぃぃ!!』
ギャーギャーうるさい…。
『あっ』
刀を振ってそいつは肉片になった。
私は昔からこれの才能がある…。
仕事を終え、雨の中私は家に帰った。
ガラ…っ。玄関に上がった。
そこを開けた。
その先には太った男と、性格の悪そうな女達がいた。私の家族は、この父とこの妹達だ。
男が私を見るなり
『おい!勝手に上がるな!空気が汚れるだろうが!』
それを見て女達は笑っている。
『まったく…バカね~…。んふふっ…』
『あっはっはっはっ!!頭悪いんじゃないの~?』
『こらこら…笑ったらいけないわよ?……ぷふっ!』
『アハハハハハハハッ!!』
私はこの家じゃ、ただの家畜。
家畜は部屋に上がっちゃ駄目だし…ご飯は犬食いじゃないといけない…。
怒られて、服を脱がされて外に追い出されたこともあった。
『…さむい』
明日も仕事。早く寝ないと…
次の日も雨だった。刀を握り、仕事へ向かう。
もう、自分が風邪引いてるかもわからない…視界も悪いし…頭もぼーっとしている。
『…?おねーさんおねーさん!!』
すれ違った女性に話しかけられた。
見たこともない
『何か、悲しいことがあったのかい?りんやに話してごらんよ?』
この日、私の人生は変わった。
――――――。
アヤメは階段の上に倒れていた。
桜は起き上がる。
「……イテテ…。本当は温存したかったけど…あんなこと言われたら…答えるしかないよね?」
誰に聞くわけもない疑問を口にした。
「さぁて…行くか。ソルフィとガメの行方を探さなきゃいけないし…」
立ち上がり、自身の刀を
「…じゃあね!アヤメ!!」
そう言って、桃色の少女は先の見えない階段を進んで行くのだった。
アヤメはそんな彼女の背中を薄く目を開き、見つめていた。
「………本気でも、命は奪わない。…これがあなたのやり方なんですね……桜さん」
―――――――――――――――――――――
【妖気】
全生物が潜在的に持っている魂のエネルギー。
それを認識できるかどうかで世界が決まる。
才があるものはそれを力に変化するのがうまい。
また、妖気の性質を変化させ、水や火…風の様な性質を持たせる技術を【奥義】と呼ぶ。
続く
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