第9話 霧と亡霊

桜は先の見えない階段を登り、進む。

辺りは薄暗く、灯籠とうろうの灯りがゆらゆらと揺らめいていた。


「……(この階段…何処まで続いているんだ?まったく…先が見えない。)」


そんなときだ。辺りに少しきりが立ち込めて来た。


「(……?きり?)」


まったく変わりはしなかった風景。そこにきりが増えただけなのに、何故だか凄く進んだ感じがした。


そう感じたとたんだった。階段の先が見えたのだ。

「あれは……?」


登り切った。その先には、大きな木。


「…枯れ木?いや…違う…。」


大きな枯れ木……に見えたは根であった。

何処から伸びているのかもわからない、太く長い根。


恐る恐る近づく。すると、その根の隙間に人影の様なものが見えた。

「………っ!」

よく目を凝らして見ると…、はミイラの様な仏像。

服装からして僧侶…だろうか。


「ミイラ……」

「それは即神仏そくしんぶつよ?」


「っ…!?」


横から声がした。

振り向くと、黒髪の和装の女性が立っていた。


「………誰…!」


女は、ゆっくりと桜の方を向く。

上品な素振りで桜を見つめ、にっこり…と笑顔を投げ掛けた。


「お初にお目にかかりますわ…。わたくしは『“カカオ”』…、かげ達のおさをやっております…」


緊張感をまったく感じない話し方で一瞬だけ気を抜いてしまったが、すぐ持ち直し、彼女に質問する。

「………かげ達、あなた達はここで何してるの…?」


「……」

その問いを投げ掛けた瞬間、彼女の笑顔が少し変わった様な気がした。空気がピリついて、彼女から目を離せなくなった。…いや、離す訳にはいかなかった…。

空気の重さで動こうにも動き出せ無い桜を見つめ、彼女は口を開いた。

「…この木の根は、何万年も前の空亡木そらなきの一部分。」

「…………そら亡木なき?」


その根を見つめる。デカイ…。この根が一部分でしか無いことが信じられない。


「こんな巨大樹みたいな大きさで一部分って…っ」

「信じられないわよね~。でも…本当なのよ?」


彼女は空亡木そらなきの前に立って、桜を見つめた。


「……何万年も前に、すごーいお坊さんが“彼女”を…この巨大樹に封印した…。そして今やここにはその根しか残って無くて…木の本体は何処にあるのか、私達でもわからない。この根が何処から伸びているのか…はたまたもうみきは無いのか…」


根は一本一本が太く、絡み合って巨大な木の様になっている。その中に埋め込まれたこの即神仏そくしんぶつがそのお坊さんだろう。


彼女は笑う。

「まぁ…。そんなことはどうでもいいけどね~」

「っ…」

消えた。さっきまでそこに居たはずの彼女は桜の視界からいなくなった。

「(消えた…アヤメと同じ…!)」

辺りを探す。その時、彼女の声が思いもしなかった所から聞こえた。

桜の耳元だ。

「……私達の目的は…空亡木そらなきの復活よ」

「え」


振り返る。彼女の姿を捕捉する前にカカオは動く。

「うぐっ…!?」

彼女は腕を桜の頭の中へ

頭を透かす様にその腕が彼女に入り込む。脳の何かを握られている様な感触。

「っ……やめっ…ろッ!!」

背後に刀を振る。カカオは宙を舞うようにして、それを交わす。


カランッ…コロンッ……と下駄の音が静かな空間に響く。

「ハァ…ハァ…!あれは…っ…?」

彼女の手のひらには何か物体が握られている。あれが抜かれた物か。

「うふふ……結構、綺麗な色しているわね~」


それを眺め、口を開く。その物体を口に近づけ…


「は…?」


「いただきます」


口の中へそれを入れた。


「はむ…はむ…」

ゴクンッ…。口の中に押し込み、飲み込んだ。

を飲み込んだ彼女は目を見開く。何かを見つめている様だ。

「…………あぁ…。やっと…」

青い光が彼女を包む。服装が変わっている。


「………なに?」

髪型も変わり、服装も今時のラフな格好に変わった。

「うふふ~。どうかしら~?あなたの記憶の中からコーデしてみたのよ~?」

「………私の…記憶…?」

「…いや…記憶って言うより…!かしら?」

服を摘まみくるくると回る。風で羽の様に舞う服の裾を彼女は満足気に見る。




「うふふ…これが私の能力――…

――【虚ろげな記憶ディープ・ブルーホール】――」


よくわからない…脳の記録…?

私が理解できない表情をしていたのか、彼女は何か別の説明を考えていた。

よっぽど…話好きの様だが………。



「…そうだ!…記録をコンピューターのファイルとしましょう…!私は、それを直接さわってコピーすることが出来るの。で、それを飲み込むとそのファイルをインストールできる…。どう?わかった?」

「……ごめん…余計わからなくなった。」

今の言葉を使ってみたが、逆効果だったみたいですね。

「んー…!どう言えばいいのかしら??んーと…んーと…っ!」

「………もう…いいよ。私が知りたいのはそっちじゃ無いから…」


桜の声が少し威圧的だ…。彼女達が行おうとしている事に少し警戒を持っているのだろう。


「……?あぁ~!空亡木そらなきの復活方法ね?それには~…空亡木そらなきに相対する魂を~…」

「そっちじゃない!!!」


桜の声が遮った。


「うんん??」

「私が聞きたいのは…“妖魔ようま”を復活させて何をする気なのか…!」


その言葉を発したのち…カカオの笑顔がさらに変わった。

そこまで変わった様には感じないが、空気が何処か重苦しい。


「………じゃぁ…一つ聞かせてもらうわね…?」

「……っ」


笑顔を向ける彼女の言葉は…重く…威圧的だ。

その口から放たれた問いは…


「あなたは…“自由”って…なんだと思う?」

「えっ?」


「色々なご飯を食べれること?それとも…お外に出れることかしら?…はたまた、人とお話ができる空間?………」


「………それ…は…」


答えが解らず、少ししどろもどろした瞬間だ…。

カカオは桜の目の前にいつの間にか

彼女はさっきより目が鋭かった。鋭い目が桜の身体を蝕み、恐怖心を煽る。


言葉が重く、その圧に桜の肉体は限界を迎え、嫌な汗が頬を伝った。


「っ…」


「……私達は…ここから出られないのよ……」


彼女の目が光った様な気がした。桜の瞳孔が揺れる様に開き、身体が震える。

今すぐに逃げ出したくなる程の圧力…。しかし、カカオの《その目》が桜を逃がすまいと見つめる。


質問を間違えた…言葉選びを間違えた…聞き方を間違えた…そんなミスが彼女自身を蝕んでいる。

後悔しても、もう遅い…。

さっきまで、威圧感を出していた自分が今や…圧を与えていた相手の圧で押し潰されそうだ…。


「……出ら…れない…?」


やっと声を出せた。小さく消えてしまいそうな声を絞り出す様に出した。


怖がる子猫の様に縮こまる桜にカカオは捕食者の眼光で縛る。でも…桜はここで負けるわけには行かない…


「…………っ。出られない…って…どういうこと…?」


この質問は火に油を注ぐことになるだろう。でも、聞かなきゃ解らない。彼女達の状況…アヤメやカカオ…。この世界の状況を知らなきゃならない……そんな気がした。


恐怖心に押されながら色々な事を考えていた桜に、カカオが口を開いた。


「…この世界は…何処まで行っても同じ風景…同じ人物…他にいるとすれば、妖怪か怪異のどちらか…」


優しくも何処か怖い声色で耳打ちされる。

“怪異”。桜がこの世界で最初に出くわしたものがそうだろう。“妖怪”。確かに、大量の妖怪が襲いかかってきた。…彼女達はこんな世界で……


「……食べ物はなんだってある……だけど、その味は自身の脳内で保管されているものでしかなく…同じ味しか感じられない。所詮は偽物。」


言葉が鋭い。突き刺さってくる様だ。


「………っ」


「…さらに当て付けの様に…外の世界は覗くことができる。いつも見て…羨ましいと思ったわ…。いつも…いつも…いつもいつもいつもいつもいつも――。」


動けない。口が開かない。彼女の言葉を聞けば聞くほど…心の底から何かが這い上がって来そうだ。

桜を蝕むこの感情…。それは…『』。「怖い」と言う感情が突き刺さる様に、噛みついて来る。


「……この世界は…外から簡単に入れても…内側からはどう足掻いても『出られない世界』。何処まで行っても…何処へ行っても…同じ畦道あぜみちが続く。永遠に…ずーーーーーっと…続く。」


もう…言葉が一言も発せない…。心の中で動け…動け…と念じても、恐怖で塗り固められた身体は言うことを聞かない。

「………はっ…はっ…」と…空気が荒く口から漏れる。汗で背中と首もぐっしょりだ。


「………話を戻すわね?」


まだ続くのかと…桜は絶望する。そんな彼女を無視し、カカオは話続ける。最初に話そうとした…『空亡木そらなき』の復活方法。

その瞬間、桜の身体からどっと汗が溢れた。

恐怖心が限界突破しそうで…震えが止まらない…。


「…『空亡木そらなき』復活に必要なのは…『空亡木そらなき』と同等の強い魂を生け贄にする。魂そのものは、外の世界から空亡木そらなきが連れてくる。…………これで、解ったかしら?」


息が荒い。自分達をここに連れてきた、黒い手。それの正体に気づき…自分達が今、置かれている状況の重大さに気づいた。


「……………………………!!」


言葉が出ない。出せない。動けない。動かなきゃ…!彼女の頭はフル回転…一旦彼女から離れなければならないと…警報を鳴らしていた。

その瞬間だ、カカオが桜に掌を近づけた。


「………ッ!!」


彼女の背後に無数の青白い炎が…ポツン…ポツン…と出現する。その炎から落武者の様な顔が見えた。

落武者達が自分へ弓矢を向けている。


「【“死魂しこん”――落武者達の放弓――…】」


無数の矢が放たれる。


「…ッ!!(動けッ!!)アァァァァッ!!!!」


放たれ、自身の命が危機に晒された瞬間に…やっと動けた。

刀を必死に振り、上へ逃げた。


「【ッ!!】」


上へ引っ張られる様に宙を舞う。

離れた所へ着地。その時、自分の身体が異常な程に強ばっていることに気づいた。

心臓は…ドクンッ…ドクンッ…と今にも飛び出して来そうで…。息を吸うのを忘れていたのか、すごく酸素が薄い。


「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ!」


喉から心臓も肺も吐き出してしまいそうだ…。

視界が悪くボヤけてる。今、カカオが何をしているのか見えない。酸素が足りないんだ…

速く…速く…速く頭を回さないと…!


「………へぇ~」


カカオの声が聞こえた。


「…まさか避けるなんて…。凄いわね~…凄い…凄い…。生きる意志が強いのね~………これならわかるわ…これは空亡木そらなきと同等の魂…」


何を言っているのか聞こえない。だけど、必ず攻撃を仕掛けてくる。視界が見えなくても、動かなければ…行動に移さなければならない。


「……【生魂せいこん…魂の波】」


扇子が彼女に向けられた。それに合わせ、青白い炎が桜へ流れる様に迫ってきた。

視界がボヤけている彼女にも、それは見える。

広範囲の波の様な魂。その見えやすい波なら避けられる…!


「っ…!【水しぶき!!】」


足元に力を溜め込み、弾ける様に彼女を押し上げる。

バネの様に弾ける力は桜の脚力を上げ、波を飛び越えカカオの目の前へ桜を進める。


「…あら」

「…ハァッ!!」


ガンッ!!と桜の振った刀を彼女の扇子が抑える。


桜からは目がボヤけ良く見えないが、黒い扇子。刀を食らっても折れないこれは…


「…『鉄扇』…!!」

「せぇ~かぁ~い~!」


段々、視界が見えてきた。彼女の手に持つ鉄扇てっせんにカカオの花の模様が描かれているのが見えた。


「うふふ…えいっ☆」


扇子せんすに少し力を加え、桜を軽く飛ばす。

まるで羽の様に軽々と飛ばされた彼女は一瞬、何が起きたのかわかっていない様だった。


考える隙は与えない。そう言わんとばかりにカカオの握る扇子せんすが桜を狙う。


「…っ!!」


開かれた扇子せんすを勢い良く振る。

鉄製…これが当たれば顔に切り傷ができるのはわかりきっている…。いや…もっと酷い傷になるかもしれない…


一瞬でそう感じ取った桜は背を屈め、その斬撃を避ける。


「あら…」


ブンッ!!と風を切る音が鳴り、彼女は大きく回る。

桜は彼女の斬撃を避けるとすぐに足を伸ばし、彼女へ蹴りを入れた。


「ぐ…っ」とカカオが苦い声を出し、少し怯む。その流れに任せ、今度は刀に水を纏わせる。


「【水神スイジンッ!!】」


刀を振る。

しかし、当たらない。

カカオ…彼女は蝶の様にヒラリと宙を舞い、それを避けてしまう。

遠い…。また、何か攻撃が来る!

その前に、桜は仕掛けるしかない。


「…っ(この距離…水斬スイザンなら届く…!!)【奥義っ…!!」


再び水を纏い、刀を振る。


「【水ざ…っ】」


その時だ、彼女の背後からまた別の敵の気配…!!


「っ!?」


振り向き様に刀を構えた。

振り下ろされた刃こぼれした刃が、彼女の刀に当たった。


「(亡霊…!?)」


目の前に、赤い鎧に身を包んだ落武者の亡霊が立っていた。

気がつけば、周りにも鎧を着た歩兵の姿をしたドクロがワラワラと…。


「…こいつら…何処から…!」

「アァァァァ…」


なげき声の様な音と共に奴らは、その刃を桜へ向けてくる。

彼女は刀でそれを弾き、避け回る。

そして、隙を突いて奴らへ奥義を叩き込んだ。


「【水神スイジンッ!!】」


斬った!…だが、何故だろう?

手応えが無い。

そう感じたとき…桜の耳元でカカオの声が聞こえる。


「…それが幻想まぼろしだったり…?」


妖艶に発する彼女の小さな声が、桜を逆撫でする様に耳の中を木霊こだまする。

サッ…と振り向く彼女。その腹部に鋭利な物が突き刺さる。

さっきの歩兵の亡霊だ。


「うぐっ…」


腹部から血が溢れる。口内が血でめちゃくちゃになる。

口から吹き出されたは亡霊の白い骨の身体を赤く染めた。


彼女はゴロゴロと血を滴しながら、石畳へ転がった。彼女から滴る赤黒い血がぼたぼた…と落ちる。

桜は激痛で腹部を押さえる。赤くねっとりとした液体で、口内が気持ち悪い…。


「…ふぅ…っ…ふぅっ…!」


前を向く。そこに亡霊の姿が無くなっていた。



「あ…れ…?」



気づけば、自分の血も無い。亡霊も傷も…口内の気持ち悪い血も……元々無かった様に…彼女の視界から消えた。

困惑する彼女へカカオは口を開く。



「……どうしたの?勝手に飛んでちゃって…」

フフフッ…と笑う。

「勝手に……?」



目を見開き、状況を整理しようとする桜。

気がつけば、カカオがそんな桜の目の前まで近づいていた。そして…耳打ちする。



「…あなたが見たのは……『根源的な恐怖』……いわば、幻想げんそう


「…は?」


「私が仕込んだの…あなたのに…」



いつ?いつの間に…?私はいつこいつに…仕込まれた?

と…脳をフル回転させる。


「…っ…まさか…!」


何かに気付き、バッ!と前を見る。

すると…目の前の世界は変わっていた。不気味な荒野。曇り掛かっていて薄暗い。

枯れ木ばかりの荒野に…錆びた刀や錆びた槍が無数に刺さっており…不気味な雰囲気を醸し出していた。


「…っ」




幻覚…これは…幻覚…っ

ガシッ…と手の様な物が…肩を掴んだ。

軽い。だけど…力強く肩が握られる。恐る恐る…後ろを振り向く。


骸骨だ。

彼女の肩を掴んでいたのは…骨しかないスカスカの腕だ。


「ひ…っ」


小さく悲鳴を上げ、ビクッと身体を跳ねらせた。

その骨の手を振りほどき、後退する。すると…また何かに身体が当たる。


「へ…?」



振り向く。後ろにも骸骨がいた。


「……っ」


骸骨は桜の身体を掴む。

力が強い…。いくら身体を捻ってもびくともしない…!


「はっ…はっ…!!」



焦る。何故、焦っているのか…彼女もわからない。わからない…わからない…わからない…

いつの間にか刷り込まれた、恐怖心に彼女は怯える。


骸骨がゆらり…ゆらり…と近づいてくる。

その手には包丁を持っており…ギラリ…と光らせ桜へ近づく。



「はっ…はっ…はぁはぁはぁ…っ!!」



包丁が振り下ろされ赤く染まった。



「あぁ…っ……いゃあぁぁあっ!!」



痛い。痛い痛い痛い。

なんども…なんども…なんども…!!腹部を刺しては抜いてを繰り返す。

お腹から溢れる血が…飛び散って……頬に…べちゃっ…て着いた。



「う…っ………あっ……あっ………ぁっ…」



なんども繰り返すうちに…彼女の意識は薄れて行った。

ついに自身の口から返答が無くなったとき、世界は元に戻っていた。


「……っ!……ぉえっ……オェェエ…ッ!!!」



ぼたぼたと…胃の中から液体をぶちまけた。

気分が悪い。悪すぎる。無理だ…耐えられない…



「はぅ…っはぁっ…はぁっ…はぁ…」


経たり込む彼女を見つめ、カカオは…笑っていた。


「ハハハ…辛そうね…」


笑顔から発せられる乾いた笑い声。

ガッ…と桜に顔を近づける。


「…そのまま壊れちゃえば…楽になるわよ…?」

「………っ…そんなこと……するか……」


力弱く、彼女に返答する。



「あぁ……そう…」


彼女に反発する桜。その解を聞いたカカオは残念そうに桜の頭に手を伸ばす。


「うっ…!!」


彼女の脳内に再び手を入れた。また取られる…!


「ぐぅっ!…(これだ…!!この時…同時に入れ込まれているんだ…!!)…【水っ…神…《ッ!!】」


「おっと☆」


彼女はふざけ混じりでその龍を避け、桜から抜き取った『記録』を口に含んだ。

どんどん、彼女に情報が筒抜けになって行く。

これが続けば完全に動きを読まれるのも時間の問題だ。


桜は必死に彼女の動きを捕らえようと、目線を彼女の方へ向けた。

そのときだ…彼女の世界はまた変わる……


「………っ…」



さっきと同じ風景が見え、桜の顔に恐怖が浮かぶ。そろそろ彼女のメンタルも限界かもしれない……。



「……………アァア」


案の定、彼女は背後から何かに押さえ込まれる。

耳元で死霊の声が聞こえる。

冷たい質感が自身の頬に触れる。

冷たい吐息が耳の中に流れる。

目の前に包丁を持った死霊が見えた。


「あぁ…っ!」


まともに声が出せない。恐怖心で硬直する彼女に死霊達は次々としがみつく。

足を引っ張られ、彼女は地面に経たり込む。

死霊の刃は…また、腹部へ振られる。

ザクッ…と突き刺され、下へ引かれる。

激痛が流れて…「うぁっ…!!」と泣き声を漏らす。

意識が飛び、すべてがリセットされる。

また、繰り返す。


なんども…なんども……

どれもパターンが違う。

同じく包丁で腹をかっ切られるものと、無数の矢で射ぬかれるもの…何体もの死霊が手に持つ刀をいくつも突き刺してくるもの……。

色々あった……。こんなにやられても彼女の心は完全には折れなかった。

何故なのかも…彼女にはわからなかった。

楽になりたいのに…それを自分が押さえてくる。



「はぁ……はぁ……うぷっ…(ソル……フィ……)」



「彼女が心配」。その思いのみで桜は折れない。折れるわけなには行かない……


「……はっ……はぁっ……!!」



刀を振り上げた。その瞬間、何処からか放たれた矢が彼女の手を貫き、手元の刀を吹き飛ばす。


「……!?」


飛んできた方を向くと、最初に彼女に襲い掛かってきた鎧の姿があった。

他のと違い少し色の違う赤い鎧。この色のない世界ではそいつの色は際立っていた。

桜は何かに気づいた気がした。

「こいつかもしれない」と彼女の心が伝える。


次の行動を取る前に、他の死霊達が彼女を押さえ込む。頭を押さえ身体中に刃物を突き刺す。

「うぐッ…!!」と彼女は激痛に声を上げ、食い縛った表情をする。

何度も食らった鋭い痛み。もう、これが現実なのか幻想なのかわからなくなり初めている。

遠く飛んで行った自分の刀は、荒れた地面に突き刺さっていた。

簡単には手が届かない。

彼女は這いつくばり、血を流し、押さえつけられ、手を伸ばすが…届かない。


「……はぁぁあ…っ!!」


無理やり身体を起こし、足を動かそうとする。

それに合わせ、死霊達は桜の頭や肩を掴み後ろへ引っ張った。


「ごっ…!?」


その力で無理やり身体を倒され、ゴキッ…と言う音と共に、桜は板の様に倒れた。

その彼女の上に次々と死霊達がのし掛かる。

背骨がギリギリ…と音を立ててる。桜の目の光が……消え始めていた。


「かはっ………が……っ…」



(…ソルフィ……………)




………パキッ…








――私達が初めて出会ったのは…あの城だった――…。


旅の途中…私はここ…『桜花』に立ち寄った。

その時……ちょうど、あの事件が起きた。


氷城事変ひょうじょうじへん


大王が起こした、国中を氷付けにした事件。

私は…『■■■■の予言』……〈氷〉と言うキーワードを頼りに…その城に侵入……


あるエントランスで、ソルフィとガメに出会った…。

それから…私達は4人でバサルトの所に―――



……4人?

……私…ソルフィ……ガメ………■■■■■。

………っ……■■■■■……?

■■■■■…って……誰?

あの時…私達と…一緒にいたのは………

…て…予言を教えてくれたのは……キーワードって……誰から聞いたん…だっけ…?

■■■■■……■■■■■……■■■■■……




「……次のは――」




「―〈〉―〈〉―〈〉―〈〉―〈〉―〈〉―〈〉―〈〉―〈〉―」



誰かの声が…木霊こだました。

聞き覚えの無い声だ……。これは、確実に言える。知らない…男性の声。


その声と共に、誰かの目が見えた気がした。

赤い…桜色の目だった。


「道は…まだ…先だ……」


これは私の声。でも…私じゃない気もした……。



ドクンッ……!…と鼓動が脈打つ。

それと同時に、彼女の身体が動き出す。

青い目が開かれ、体内の妖気が溢れ出る。彼女の魂に触れし物は…《ヤツ》に蹂躙されるだろう…。


「ォアァァァァ…!!」


死霊らが吹き飛ぶ。ボロボロの彼女から奴らが離れる…!


「………っ…なに…?」


彼女自身、何が起きているのかわからない。しかし、今なら届く。この悪夢から覚める為に、その手を…!


ォォオ………と鎧武者が唸り声を上げ、他の死霊達に指令を出す。

奴らは弓を構え、桜へ放つ。


「…ぐっ!!……止まる…っ…ものかっ!!」


身体中に矢が刺さり、彼女を赤く染める。しかし…どんな激痛でも、今の彼女を止められるとは……私は思わない。


赤く染まり、原型がわからないその手を伸ばし、彼女はまた…そのを取る。

この《幻覚》は彼女のに過ぎない…。ならば、彼女自身の感情がこれに打ち勝てば良い。

彼女は再び立ち上がり、薄桜を咲かす。

ニヤリと笑う彼女に色がつき、モノクロの世界に桜色の髪と青い瞳が映える。

”が“無色モノクロ”を切り裂き、恐怖心の幻想を破壊するのだ…!



「―――【水神スイジン】―――」





――――――――――キンッ





そんな幻想の外では、目覚めぬ桜を見つめ、カカオはその時を待つ。


「あなたの心を疲弊させ…それの核を露出させる……これが…私達の計画…。……改めて見ると…無茶苦茶ね………」


黒い扇子を彼女へ向ける。


「………そろそろかしら…」


その時…誰かの魂が強まる気を感じた。


「…へ?」


驚く。それもそのはず…目の前の彼女は《幻想》に捕らわれ、脱け殻の様な状態。

そのはずなんだ…


でも…彼女は抜けたはずの力を、再び込めて…刀を握った。

下を向いた彼女の髪の隙間から、自身を睨むが見えた。



――グッ。


「【―――水しぶき…】」


パァンっ…と何かが弾ける音が聴こえ、刃が近づく。

彼女は反射で宙へ逃げた。桜はそんな彼女を逃がさない。


逃げた彼女の足を掴み、石畳に叩きつける…!


「きゃ…っ!(なに…?ありえない…!確かにこの子の精神は…)」


――恐怖心に捕らわれていたはず――



「ごめん…ちょっと寝てて。」


その青い目は、覚悟に満ちていた。



「……っ…(うそ……っ…彼女が恐怖を打ち破るなんて……)」


「【―水神スイジンッ!!】」



桜色の少女の妖気が刀を包み、水の龍が口を開いた。



「――――――なーんてね。」



彼女の背から、青い蝶の羽が開く。

鱗粉りんぷんが青色に淡く光る。

蝶々の亡霊少女は、彼女を深い霧に誘い込む様に、その怪しい笑みと深い罠を浮かべるのだ…。


「【私霊しれい―。幻想蝶ファントム・ガール】」


彼女は亡霊で…霧で…実態の無い…魂。

その力を解放し、彼女を翻弄する。


彼女にとっての…“奥の手だ”…


「………っ!!」


桜は幻想の粉に惑わされ、その攻撃を外した。

「彼女が消えた」…そう思う前に、次の攻撃が桜に降り注がれた。


「【自爆霊じばくれい】」


彼女の前に降りた粉が爆発。急な攻撃に桜は怯み、空亡木そらなきの近くへ飛ばされる。


「……っ…(なんだ…今の……!)」


さらに…襲い来るのは、


「……うぐっ!?」


背後から根が…!


空亡木そらなきは自我がある様だ……。

桜を捕らえ、彼女は宙へ……


「……ぐっ……あっ……!!」


完全に動けなくなった。そんな桜の前にカカオが表れる。


「…ふふっ…あははっ!…不完全に復活しちゃうから………こうはしたくなかったのだけど――。仕方ない…」


彼女は扇子せんすを握り、桜の胸目掛け、突き立てる。





「ここだね…」




―――――パキッ。




「……は?」


その瞬間、何故か空間に亀裂が入った。


振り向く。彼女達の空間に、一つの亀裂が走る。

―パキッ…パキッ…。とヒビが広がり、向こう側の光が見える。

その中から、彼女彼達の声が聞こえた。



「【毒牙ッ!!!ばくッ!!!!!】」



爆発が起き、空間が砕けた。

何が起きたのか、カカオも桜も解らなかった。

彼女達が考える前に、あの二人の攻撃は始まったのだ。



「【超新星フラッシュ・ノヴァッ!!!】」



砕けた空間からカカオへ、光が発射された。


「うぐっ!?」


いきなりの強い光に、彼女は目眩ましを食らう。

その隙に飛び出す二人。魔法少女ソルフィ魔物ガメであった…!!


「っ…!桜!!」


彼女は根に捕まる桜に気づく。

桜も安心感を覚え、さっきまで強ばっていた表情が柔らかくなった。

―彼女/彼らが揃えば、ものなのど無い―


「【チェンジッ!!】」


桜とそこらの岩の位置が交代チェンジした。

ソルフィが桜を救い出す間、ガメはカカオへ仕掛ける。


「オラオラぁッ!!行くぞごらぁっ!!」



目眩ましを食らった彼女なら、桜の様には行かぬだろう…!


「くっ…!【落武者達の放弓ほうきゅうッ!!!】」


焦った様に、急いで攻撃を放つ。

ガメはそんな貧相な矢を受け付けない!


「【毒牙ァッ!!風ッ!!!】」


無数の毒の斬撃が、落武者達とその矢をへし折った。


「っ…!」


「次々行くわよ!!【水蛸ウォーター!!】」


バシャァンッ!!と動く様に飛ぶ水の触手が、彼女を捕らえた。


「…しまっ!」


「ハァッ!!」


カカオが捕らわれた瞬間、が天高く飛び上がった。

見上げるカカオ。その目には、さっきの《水神》の姿があった。


桜は刀に、龍を纏わせる。

この三人は、私の長い生涯で“とても相性が良い”と思った者たちだ。

彼女では……太刀打ちできる筈が無いだろう?



「ハァァッ…!!【奥義…っ…水神スイジンッ!!!】」


――恐怖幻覚にまみれた少女の策は、龍に飲み込まれ…終わりを向かえた――。


             続く


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