あとがき

「いはゐつら 〜女官・福益売〜」いかがだったでしょうか?


 いはゐつら、とは、蔓草つるくさの一種であろうが、現在では未詳、だそうです。

 可保夜かほやが沼も未詳です。



 これは、あまり本編で描かれなかった、福益売ふくますめの物語です。

 福益売は、希望を見いだせないような環境でも、明るく、元気な笑顔を絶やさないでいられる、健気な女の子です。そして、古志加の良い友人であり続けてくれます。


 彼女は、はじめ、大川さまに強い憧れを持ち、アイドルを眺めて心の慰めにするように、大川さまへの恋心を日々の潤いとしています。


 だって、大川さまが美形すぎるんですよ。



 そして、女官ではなくなり、運命の男と出会いました。

 彼女は、じっと、川嶋を、強いまなざしで見つめます。


 あたしは、大川さまじゃなかった、あなたが、恋しいのだ、と。


 その眼差しの印象が強くて、きちんと恋物語として、描いてあげたくなりました。




 古志加は、川嶋が、福益売に初対面で年齢をきいて、福益売をじっと見つめていたので、「おほーん。」とピンときました。

 川嶋は口数が少ない男。女性に年齢をきくなんて考えられなかったからです。

 翌日、卯団に顔を出したいであろう川嶋を誘ってあげ、二人で卯団に行く道すがら、郷に帰って、妻は作らなかったのか聞きだしています。

 しかし、卯団にいける高揚のなかて、川嶋はそんな会話をしたことは忘れています。




 川嶋は、寡黙な武人、という男ですね。

 大柄で鍛えた身体。目は小さく、顔が美形というわけではありませんが、落ち着きと、頼れる男、という空気を纏っています。

 その醸し出す空気が、彼を格好良く見せています。


 薩人さつひとと同じ年齢、同じ年に入団です。つまり同期。

 川嶋もストイックに武芸に打ち込んでいった男ですが、薩人は剣、体術、かなりの才能があり、斥候せっこうをやらせても、うまくこなす。薩人のほうが出世し、少志しょうしとなりました。


 薩人さつひとは本当に穴がないんですよ。女好き以外は。


 しかし、川嶋はくさったりせず、いつもと変わらない寡黙さで薩人に接します。

 薩人はそんな川嶋のことが好きで、お調子者の薩人と、薩人の冗談にふっと笑っている川嶋は、仲が良いです。


 今は、薩人も上毛野君かみつけののきみの屋敷の外に、おみなの屋敷をかまえましたので、川嶋は時々会いにいって、酒を酌み交わしているようです。


 さて、そんな川嶋。

 口下手なので、恋がうまく行くか、私もハラハラしました。

 守りたいと思った、恋におちた年下の美しい女から、


「あなたは誰よりも素敵だもの。

 川嶋が思ってるよりずっと、ずっと、あたしはあなたの事を恋い慕ってるんだから……。」


 と言われ、もう天に昇るほどの嬉しさを味わってます。

 

 雑草を踏みつけ、寝床を作る作業は、二人でやっても良いし、おみながやっても良いものです。

おみなが、草をならして、寝床を作った、という和歌が実際にあります。)


 ですが、川嶋は、ちょっと福益売に良いところを見せたかった。

 男の自分がやるよ、男より力のない女は、待ってるだけで良いよ、オレは力仕事は得意だから、この先、力仕事はいくらでも変わってあげるよ、とアピールしたかった。

 福益売は、


(二人でやっても良いのに、川嶋の郷では、そういうものなのかな?)


 と、その不器用なアピールはあまり通じてないのですが、どきどきしながら、微笑んで、川嶋が寝床を整え終わるのを待っています。


 その微笑んで立つ福益売は、とても可愛らしいです。


 福益売の、今宵だけは十六歳にして、発言にひいた読者の方もいらっしゃったかもしれません。

 これは福益売が幸せになるために、譲れない想いでした。

 彼女の心情を見てみましょう。



 今宵だけ、あたしに夢を見させて。

 あたしは、母刀自に売られていなかった。

 あたしは、女官になっていなかった。

 今宵は、16歳の、郷の娘。

 歌垣に行き、とても素敵なおのこに歌われるのよ。

 あなたよ、川嶋。

 あなたも、今宵だけは、もと卯団衛士でも、柿の木の屋敷の警備人でもない。

 郷のおのこよ。

 誰よりも素敵な、屈強なおのこ

 あたしに、恋してるのよ。

 あたしも、あなたに恋してるの。

 歌われ、受け入れ、微笑みながら、憧れた歌垣の夜を過ごすの。


 あたしの愛子夫いとこせ

 あたしが得ることができなかったあたしを、あたしに返して。

 あたしの願いを、叶えて。

 


 こういったものでした。

 一夜、夢をなぞる共寝をすれば、自分は満足し、全ての心のしこりを、洗い流せる。

 彼女はそれを分かっていました。

 


 川嶋と福益売は、柿の木の屋敷で一部屋を与えられ、幸せな仲睦まじい夫婦となります。

 お熱い新婚さんを古志加に適度にからかわれ、赤くなる二人。

 そんな娘を、飯売は嬉しそうに見守ります。



 良かったね、福益売、川嶋!




 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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いはゐつら 〜女官・福益売〜 加須 千花 @moonpost18

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