第30話 亀裂の音
帝都に帰った私たちは竜車を返して帰途についた。
アロエの他にも色々素材を集めて来れたし、有意義な一日だったと思うわ。
夕焼けに照らされた目抜き通りを歩きながら、私はちらりとジャックを見上げる。
「……」
正直、ジャックの能力が予想以上に高くてびっくりした。
襲って来た魔獣はかすり傷一つ負うことなく倒してたし、素材採取も手慣れたものだ。それがなかったら箱いっぱいには集めて来られなかったわね。
「ほんとお前、どんな生活してたの」
「んだよ藪から棒に。別に普通だよ」
「普通の公爵令息は探索者なんてしないのよ」
「いやするぞ。うちの兄貴二人とも探索者だし」
「……バラン家の教育方針はどうなってるの」
まぁ『武』を司るバラン家だから、色々あるんだろう。
そういえば昔。お
「お前、もう探索者をやる気はないの?」
「しばらくは、ねぇな」
「どうして」
「言ったろ。あそこは利用させてもらっただけで、別に探索が好きなわけじゃない」
「ふぅん?」
……探索が好きじゃない、ねぇ。
それにしては今日楽しそうにしてたけど。
本当はそっちがしたいけど出来ない事情があるとか?
こいつのことだ。私が聞いても本音は言わない気がする。
…………。
私は心なしか顔が熱くなりながら顔をあげた。
「じゃあ、これからも、私と一緒に」
「──待て。なんだあれ」
「え?」
ジャックが顎をしゃくった方向を見て私は息が止まりそうになった。
見れば、下町の上流区画の一角にひとだかりが出来ている。
私の店だ。
薬屋の看板がめちゃくちゃに砕かれて、店の前に打ち捨てられていた。
いや、看板だけじゃない。
店のガラスも、店の中もなんか荒れてるような……。
「オイ……サシャとリリが留守番してるんじゃなかった?」
私とジャックは顔を見合わせ、走った。
私たちに気付いた野次馬の一人が目を見開く。確か前に来た客だ。
「あ、薬屋のねーちゃん……」
「話はあとで聞くから、通して!」
「お、おぉ」
店の中もめちゃくちゃだった。
薬棚はなぎ倒され、薬液のツンとした匂いが室内に充満している。
カウンターの前で、血まみれのサシャが倒れていた。
「──サシャ!」
羽みたいに軽い身体は血まみれで、慎重に抱き上げる。
見た目ほど重傷ではないけど、打ち身と擦り傷がひどい。
玉のように綺麗な肌には青あざが出来ていて、所々にガラス片が刺さっていた。
サシャは薄眼をあけて掠れた声で縋りついてくる。
「ラピス、様……ごめ、ごめんなさい……お店……守れ……なか……た」
「そんなのいいから! 今は黙りなさい!」
軽く触診した私は唇を噛みしめた。
(命に別状はなさそうだけど……)
早く処置しないと傷が残る。
乙女の肌に傷が残るのは男子のそれと訳が違って将来に関わることだ。
持ち出していた応急処置の薬で血を止めて、調合室のソファに寝かせ、丁寧にガラス片を抜いていく。そのたびに痛みに呻くサシャを見ると、胸のあたりがキリキリと締め付けられるように痛んだ。
(十二歳の子供にこんな真似を……)
こみ上げる怒りと戦いながら治療を終える。
緊張が抜けたのか、鎮痛剤が効いたのか、サシャは寝息を立て始めていた。
「ラピス」
「……リリは?」
「無事だ。ちっと怯えちゃいるが」
振り向くと、下僕の足元にしがみつくリリが居た。
こちらを見たリリは「お姉ちゃん!」と駆け寄ってくる。
「あ、あの。ラピス様……お姉ちゃんは?」
「大丈夫。眠っているだけよ。起きたらよくなるわ」
「よかったぁ……」
リリは力が抜けたように座り込んだ。
ソファに顔を埋めながら小さな肩は震えている。
「一体何があったの」
「り、リリもよく分からなくて……」
リリは涙に濡れた顔をあげた。
「上で遊んでたら、お姉ちゃんの悲鳴が聞こえて、来ちゃダメ、って。それで、隠れて」
「さっき表で聞いて来た。顔を隠した奴らが店に押し入って滅茶苦茶にした。サシャは店を守るために立ち向かって、あのザマだ」
「……」
守れなくてごめんなさい、とサシャは言った。
助けて、でもなく、痛いとか、辛いとかでもなく。
十二歳の女の子が最初に言ったことが、ごめんなさいだ。
「……あいつら」
「統率された動きだったと聞いた。たぶん傭兵か、貴族の私兵だな」
「だ、誰なんですか? こんなひどいことしたの、誰なんですか?」
「そんなの決まってるでしょ」
自分の愚かさに腹が立ってくる。
あのニヤケ面が頭に浮かんで拳にぎゅっと力が入った。
「ルイスよ。大方、あの第二皇子が差し向けた私兵でしょ」
「は?」
「今回の一連の騒動……たぶん、ラディンが病気になった時から仕組まれていたのよ」
そもそも私が厳重に周囲を固めていたラディンの傍に子爵令嬢が入り込むことからおかしかった。皇位継承者にラディンを推していたツァーリ家の方針で私はラディンに近付く女を監視していたから。唯一その監視が緩んだのが、ラディンが神秘病にかかった時だ。あの時、婚約者がお母様と同じ不治の病にかかったことが悔しくて……そのために研究室に籠りきりになって世間から遠ざかっていた。
ルイスはそこを突いた。
「ラディンが私と自分を比べて劣等感を抱いていることは分かっていたわ。でも私にはどうしようもなかった。比べてる本人から慰められるほど惨めなものないでしょ? そういうのは自分で乗り越えるものだし……とにかく、ルイスはラディンの劣等感を利用した。あいつは昔から私に執着していたし、野心家の子爵令嬢はいいカモだったでしょうよ」
ラディンが私を冤罪にかけたあの時、私はそのことに気付いた。
「私はもうあの時点でルイスの術中に嵌まっていた」
ルイスはどっちでもよかった。
私が冤罪を晴らしてラディンを擁立するもよし。
私が冤罪を晴らさずにラディンとの婚約を破棄するもよし。
どちらにしろ、私はシルルの後ろにいるルイスと対峙せざるをえなくなる。
それこそがルイスの狙いだった。
ただ遊び相手が欲しいだけの子供が、最悪のやり方で構ってほしいとねだってるようなもの。
「テメーはそれが分かってて家を出たのか?」
「いえ別に。お父様がムカついたから嫌気が差しただけよ」
ルイスの思惑とか知ったことじゃないのよ。
なんで私がそんなことをわざわざ気にしなきゃいけないの。
さすがに今回のこれは看過しないけど……
「で、どうすんだ。さすがに実家に助けを求めるんだろ?」
「いいえ、自分たちで片をつけるわ」
「は?」
「私とお前が居れば余裕よ。サシャの回復を見届け次第、反撃に行くわよ」
私とお母様の店を壊し、あまつさえサシャを傷つけた奴らは絶対に許さない。
あんな奴らは死すら生温い。
永遠と続く苦しみを味合わせてやらなきゃ気が済まないわ。
幸い、こっちにはジャックという戦力もいる。
私の毒と合わせれば、まぁ何とかなるだろうというのが私の目算だった。
だったのだけど……。
「いや、実家を頼れよ。さすがに無理だろ」
「……はい?」
振り返ると、ジャックが感情の抜けた顔で私を見ていた。
まるで私が感じている怒りが私だけのものであるみたいな。
「何言ってるの? 実家を頼る?」
「そうだよ。相手は第二皇子だろ? 俺たちじゃいくら反撃しても社会的に死ぬだけだ。つまんねー意地張ってねぇで頼るべき所に頼れ」
そう、言ったのだ。
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