第5話 我が道を往く

 

 私はまず医療ギルド側に渡した書類を確かめようと記憶を探った。

 身分証明書、薬師の資格、事業計画書、販売する薬の種類と効能などなど。

 ……うん、ちゃんと揃ってるわね。


「どういうことよ。なんで認可が下りないの?」

「特殊過ぎるからです」

「は?」


 ゴドー支部長はしきりに汗を拭いながら言った。


「ラピス様だから正直に申し上げます。貴女が出そうとしている薬は特殊すぎる」

「どうして特殊だからという理由で認可が下りないの。もっと私に分かるように説明なさい」

「例えばですがラピス様、あなたは自分の薬で王都全員分の病を賄えますか?」

「無理に決まってるでしょ」

「そうです、ならばもし、ラピス様が薬屋を開業したとしましょう。その薬の効能が知れ渡り、王都で有名になればどうなるでしょうね? 病気になった者達は皆がラピス様の薬屋に殺到すると思いませんか?」


 そりゃあ、難病を抱えた者ほど名医を頼るのは当然の話だもの。皇帝だって腰痛を治すために皇帝城勤めの医師じゃなくて私を頼ったくらいだし。


「だから何? それは私が私の技術を高めた、努力の結果でしょう」

「ですが先ほどあなたは仰った。王都全員分の薬を用意するのは無理だと」

「……それで?」

「あなたの治療を受けられない者は平等ではない・・・・・・・と思いませんか? また、現在の医療ギルドの管轄に不満を感じ、既存の医療を受けられないとは思いませんか? 不信が不安を呼び、現在の安定した体制が崩壊する恐れがあるとは思いませんか」


 なるほど、話が見えて来た。

 けど……理解すればするほどにムカっ腹が立ってくるわね。


「我々医療ギルドは国中の医療を管轄している立場にあります。均衡が偏るのは困るのです。平等な医療こそが秩序をもたらします」


 ゴドーはしきりに汗を拭きながら、息継ぎすることなく言い切った。


「じゃあなに。お前たちの『平等な医療』とやらの為に、より先進的で民の力になれる私の技術を受け入れないってわけ? それってようするに、私の技術が広まれば医療ギルドが提供している技術的価値が落ちるから認可を下ろさない。既得権益を守りたいって言ってるようなものだけど……お前、分かってて言ってるのよね?」

「それは」

「心して答えなさい。ツァーリの女この私の前で嘘は許さないわよ」


 ありったけの怒りを込めて睨みつける。

 ゴドーの顔は蒼白を通り越して土気色になって来た。


「いえ、あの、上層部がですね……貴女の技術は貴女にしか出来ないからと……」

「ならば私の技術が下々に行き渡るように努力し、場を整えなさいよ。それがお前たちの仕事でしょう」


 ただ医術に携わる者達を管理するのが医療ギルドの仕事ではない。

 治療の平均水準を上げ、技術の躍進に勤めることもギルドの務めだ。

 そのために役員は多額の報酬を得ているし、時間もたっぷり与えられている。


「そう仰いますが、国の認可が……」

「既に論文を発表しているし、治験も行った。資料は渡したでしょう。確かな数字が出ている。別に秘匿しているわけじゃないんだから真似しようと思えば出来るでしょ」

「だから、要求される技術が高すぎるのです! あんなの誰が真似でき」

「自分たちの努力不足を棚に上げて人の足を引っ張ろうとしている自覚はある?」


 必要なら講習会でも何でもやってやるし、薬のレシピだって公開する。

 実際、何度か人に教えたこともある。

 それでも認可をしないというなら、私がこう思うのも当然だろう。


「あ、えっと……」


 口をパクパクさせたゴドーは泣きそうな顔で頭を下げた。


「勘弁してください……私も上層部に言われてるだけでして……」

「なら上層部を出しなさいよ。中間管理職なんて用じゃないのよ」

「その場合、ご実家の父君にも連絡が行くと思いますが……」


 思わず舌打ちが出た。

 この男、気弱そうに見えてこっちの弱みはしっかり掴んでる。

 私とお父様の仲がよろしくないのは社交界でも周知の事実だし。


(家を出た手前、力を貸せなんて絶っっ対に言いたくない)


「ふん。お前も上層部もあの皇子も、みんな腐りきってるわね」


 帝国が建国されてから二百年だ。

 一つの国がこれだけ存続していれば、内部が腐るのも当然だろうけど。

 実際、それを不満に思う各諸領が不穏な動きをしているという話もあるし……。


「もういい。邪魔したわね」

「お、お待ちください。まさか無許可で営業しようなんて思ってないですよね? 違法ですからね!?」


 ちょっと意外だった。

 執務室を出ようとした寸前で振り返る。


「お前、あれだけ私を虚仮こけにして、まだ口を開く勇気があるの」

「あ、あはは……」


 こっちだってお前と話したくはないんだ仕事だからだ!

 みたいな顔がもろに出ていることゴドーに向き直って、私は髪をかきあげた。


「まぁいいけど。なんで私がお前に今後の予定を話さないといけないの?」

「それは、そのぅ……」

「私、思うのよ。人を守るための法が人を守らないんだったら、誰が人を守るの?」


 法律だのなんだのに縛られて、今苦しんでる患者を見捨てるなんて薬師じゃない。ツァーリの家に捨てられた私でも、ツァーリの誇りまでは忘れない。


「お前たちの許可を取ろうと思った私が馬鹿だったわ。まともに機能していない医療ギルドなんて薬師を守ってくれないんだし、お前たちが私を守らないなら、自分の身は自分で守る」

「……後悔、することになりますよ」

「後悔させてみなさいよ。ツァーリの女を敵に回したいならね」


 今度こそ用は済んだ。

 あ、そうだ。これだけ言っておかなきゃ。


「言っておくけど私、敵対する奴には容赦しないから」

「……っ」

「下手な真似をしてみなさい。ツァーリの牙がお前の喉元を食い破るわよ」

「……ご忠告痛み入ります」

「じゃ、そういうことで」


 とんだ無駄足だったわね。

 律儀に許可を取ろうとしたのが間違いだったかしら。


 いえ、最初から法を逸脱したらそれは無法者と同じよ。

 法律を利用して理不尽を押し付けてくる奴らには容赦しないけど、最初から法律を無視したら爪弾きにされるのは当たり前だ。それくらいの分別は私にもある。


 ま、一応申請はしたし、義理は果たしたわ。

 最初に私を攻撃してきたのは向こうだ。大義名分はこちらにある。

 唯一の懸念点は医療ギルドを通じて連絡を受けた王子の追手が私を狙うことだけど……まず医療ギルド自体があの一件を知らないっぽいし、皇子側もツァーリ家を本格的に敵に回したくないだろうから、手配書の布告は出さないはずだ。


「じゃ、私は私で好きにやりますか」


 薬師なんて不足しがちなんだし、そのうち客も集まるでしょ。


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