第4話 開業認可の壁
五年前に亡くなったお母様は薬学研究の第一人者だった。
反乱の鎮圧や盗賊の討伐などで生傷の絶えないお父様とは治療所で会ったという。あの頑固親父のどこがいいのか分からないけど、まぁ親の恋愛なんて興味ないからどうでもいい。
重要なのは、お父様とお母様が結婚して私が生まれたこと。
そしてお母様の元々の夢が、『帝都で薬屋を出店すること』だった。
私が隠れ家として選んだお店はお母様が私と共同名義で買った店である。
『いつか、アニスと一緒に薬屋をしたいわ。手伝ってくれる?』
『もちろんよ』
あの約束は今でも覚えている。
思い出すと切なくなるけど、お母様との約束は私の中で今も息づいている。
「お母様、あなたの夢は私が引き継ぐわ。許してくれる?」
空に向かって呟き、目を瞑って数秒祈る。
……。
よし、感傷に浸るのは終わり。
お母様はもうこの世に居ないのだ。私は今を生きる。
「さて、まずは掃除かしら。キーラ、掃除道具を……」
返事はない。
「キーラ? どうし……」
振り返った先に誰も居なかった。
──あぁ、そっか。居ないんだっけ。
ずっと幼い頃から一緒だったのに、ずいぶんあっけないものね。
まぁ、自分で選んだことだから仕方ないけれど。
「……」
私は机に指を滑らせる。
……ちょっと埃っぽいけど定期的に掃除はさせてたし。
あと掃除めんどくさいし。このままでいいかな。
うん、薬屋が軌道に乗ったらキーラを雇おう。
不幸中の幸いか、お母様は店を出す直前で亡くなった。
お店の内装は完成していて、薬棚や薬草棚、一階の奥には調合室もある。
二階に三部屋あるから、私室と物置に使えそうね。
「とりあえず看板を出して……あとはあれね。出店許可。面倒だわ」
薬屋は特殊販売店に分類されるから医療ギルドのほうに許可が必要だ。
薬師の資格や管理、事業計画、人格の問題などなど……。
医療ギルドの管轄を得た薬屋じゃないと、薬屋としては認められない。
「しょうがない。行きましょうか」
店を出てからサッと視線を走らせる。特に見られている気配はない。
もしかしたらあの
まぁ、無理やりすぎる冤罪だ。
あの可哀想なおつむでは捏造した周りに証拠を認めさせるのは難しいだろう。
(変装はしなくてもよさそうね)
そもそも、私は何も悪いことはしていないのよ。
何の罪もないのに捕まえようとしてきたから反撃をしただけ。
相手が王子だろうが何だろうが、悪いのは向こうに決まってるじゃない。
なのに、どうして私がこそこそしないといけないの?
何も悪いことしていないんだから、堂々として居ればいい。
ツァーリ―の女は悪に屈しないんだから。
というわけで私は変装せず、ありのままの姿で行くことにした。
いちおう平民に扮してはいるけど、そこは公爵家を出たけじめということで。
(医療ギルドは……あっちね)
広大な帝都の街は広すぎて、ギルドも本部と支部に分かれていることがほとんどだ。その中でも医療ギルドは治療院を管轄する立場とあって十個も支部がある。私がやってきたのは医療ギルドの第七支部だった。
医療に関わる建物だからか、板張りの床は綺麗に掃除されていて清潔感がある。訪れているのは主に平民だ。貴族たちは本部のほうか、貴族街の支部に行くんだろう。受付の一つに足を運ぶと、受付嬢の女性が頭を下げて来た。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか」
「薬屋の開店をしたいんだけど」
受付嬢が私を品定めしたのがすぐに分かった。
上から下まで眺めるのにほんの一秒にも満たないけど、目がそう動いた。
「失礼ですが、薬師の資格はお持ちでしょうか」
「ん」
首にかけていた蛇と林檎の首飾りを取り出す。
上級薬師の資格を見て受付嬢の顔色が変わった。
「黒髪赤瞳……まさか、ツァーリ家の」
私は用意してきた資料を手渡した。
「ラピスよ。支部長に取り次ぎなさい」
「しょ、少々お待ちください!」
ツァーリの令嬢だと分かった途端にこれか。
別にいいんだけど、家を出た身としてはあんまり面白くないわね。
──早く私自身の顔で人が動くようにならないと。
そんなことを考えながら待つこと十分と少し。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
「ありがとう」
受付嬢と一緒に最上階へ上がる。
普段運動をしない私にこの階段は億劫だ。
ほんと、どうして人間って立場が偉くなればなるほど上に行きたがるのかしら。
無駄に豪勢な執務室に入ると、頭の真ん中が剥げた四十歳頃の男がソファから立ち上がった。私に向き直り、左手を胸に当てて恭しく頭を下げてくる。
「偉大なるラピス・ツァーリ様にご挨拶申し上げます」
「医療ギルドの支部長ね。名前は?」
「ゴドーと申します」
「そう。ゴドー。よろしくね」
「はは。本日はお日柄もよく、ラピス様に置かれましては……」
「そういうのいいから」
社交界みたいな堅苦しい挨拶は嫌いなのよね。
遠慮なくソファに座り、私は足を組んで言った。
「さっさと本題に入って頂戴。私は認可を貰いに来ただけなの」
「はぁ。薬屋開業の認可だとか」
「えぇそうよ。今日から事業を始めようと思ってね」
「それはそれは……薬師業界の風雲児が開業するとなると、大ニュースになりますな」
「ゴドー。私は同じことを言うのが嫌いなの。二度目はないわよ」
「……は」
ゴドーはしきりにハンカチで額の汗を拭っている。
なんだか吹きすぎてその部分が剥げそう。ただでさえ薄いのに大丈夫かしら。
お腹の出ているゴドーが椅子に座り込む。
益体もないことを考えている私に彼は言った。
「大変申し上げにくいのですが……開業の認可は致しかねます」
「──……は?」
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